[特集]

NGN時代のモビリティとセキュリティ(1):NGN時代のモビリティとセキュリティのバランス

2008/05/21
(水)
千村 保文

NGN(次世代ネットワーク)では、いつでもどこでも安心・安全にネットワークを介して生活、仕事ができるユビキタス社会の実現を目指しています。しかし、「いつでもどこでも」というモビリティ(移動性)を求めると、そこには「安心・安全」というセキュリティとのバランスも当然必要になってきます。本連載「NGN時代のモビリティとセキュリティ」では、モビリティを実現するさまざまな最新技術の動向と、セキュリティとのバランスのあり方について、現場の第一線で活躍される専門家の方に解説していただきます。
第1回は、連載の監修者でもある沖電気工業株式会社 セキュリティ・アンド・モビリティカンパニー バイスプレジデントの千村保文(ちむら やすぶみ)氏に、 NGN時代に要求される「モビリティ」と「セキュリティ」のバランスの重要性について、説明していただきます。(文中敬称略)

 

≪1≫ネットワークの2大変革「インターネット」と「携帯電話」

1990年代後半から現在に至る10年間は、ネットワークの業界にとって2つの大きな変革が起こった期間であった。

すなわち、

(1)インターネットの登場と世界的な普及
(2)携帯電話の普及

である。

まず、インターネットについて見てみよう。

インターネットによって、今までのネットワークで「つながる」という意味が大きく変わった。それは、通信している時間の費用を支払うという「従量制度」から、一定料金を支払えば常時接続が可能な「課金制度」へ移行したことが大きく影響している。

この常時接続により、ネットワークにつながることのコストが劇的に下がった。ネットワークに接続してモノを検索するということが、インターネットの中核ビジネスとして登場したのは、通信コストの低下という経済効果によると言えるだろう。そして検索により、ネットワーク上の情報へ到達するための労力が大きく削減され、多くの情報をインターネット上に置くことの価値も増大したと考える。

次に、もうひとつの大変革である「携帯電話の普及」について考えてみよう。

特に日本では、携帯電話はメール、インターネット・アクセス、情報共有と、単なる「電話」以上のアプリケーションが活用できる端末として進化した。

携帯電話の普及により、ネットワークの使い方は伝達手段から情報発信、情報共有の手段として大きく変化した。また、情報通信の端末は、いつ・どこでも使えるものとして「モビリティ(移動性)」が高いものになった。

≪2≫「常時接続」と「モビリティ向上」により実現されるユビキタス社会

さらにWiMAX(※)や第3.9世代(3.9G)のLTE、第4世代(4G)携帯電話(※)など、高速移動しながら、高速・広帯域な通信ができる無線技術が開発され、サービス開始も間近い。こうした技術により、自動車や電車など、従来はネットワーク・アクセスの用途が制限されていた場所においてもネットワークを利用することが可能になるだろう。

また、社会環境においても、少子高齢化により労働力確保のため、テレワークの有効性に期待が集まっているが、有線、無線を問わず高速・広帯域な通信ができる技術は、こうした制度の技術的裏づけとなる。

WiMAX:Worldwide Interoperability for Microwave Access、ワイマックス。高速データ通信を行う無線システム。広帯域移動無線アクセスシステム(BWA)の1つの方式であり、我が国は2.5GHz帯の周波数を使用。移動通信向けの全国バンドと固定通信向けの固定系地域バンドがある
第4世代(4G)携帯電話:IMT-Advanced 。ITU(国際電気通信連合)で標準化が進められている次世代移動通信システムの規格。高速移動時100Mbps、低速移動時1Gbpsの通信速度を可能とし、2011年以降の実現を目指す。2007年10月に開催されたRA-07(無線通信総会2007)で「IMT-Advanced」と呼ぶことが正式に決まるとともに、従来の「IMT-2000」(3G)と「IMT-Advanced」(4G)をまとめて「IMT」と総称することとなった。

しかし、これらの変革による影響は、良いことばかりではない。ネットワーク利用のモビリティが高まり、かつ常時接続されているために、情報漏洩などのセキュリティ上の問題が顕在化してしてきた。

これまでは、自宅や企業内に存在する個人のプライバシーや企業の機密情報は、情報そのものを持ち出さない限り、漏洩の危険は低かった。しかし、携帯電話やノートPCなどの携帯型の端末がネットワークを介して自宅や企業に接続されることにより、情報漏洩の危険性、不安が高まった。その結果、企業のIT部門では、携帯型の端末を持ち出し禁止にしたり、端末に情報を残さないシンクライアント(※)が登場するなど、セキュリティ面を確保する反面、モビリティの利便性が損なわれる現象も起こってきた。

シンクライアント:Thin Client。ハードディスクを持たず、画面の出力表示とキーボードやマウスなどの入力操作のみに特化した端末で、アプリケーションやファイルの処理、管理などはすべてサーバ側で実施する

このように、移動しながらでも常にネットワークに接続し、その利便性を享受できるユビキタス社会の実現は、間近にせまっているものの、セキュリティへの不安から、現実にはモビリティが制限される側面もある。そこで、本格的なユビキタス社会は実現には、セキュリティとモビリティのバランスをとるような、明確な対策や指針が必要とされている。

図1 ユビキタス社会の実現には「モビリティ」と「セキュリティ」のバランスが重要(クリックで拡大)

本連載では、「モビリティとセキュリティのバランスをとるために」をテーマに、技術と社会制度の両面を取り上げて解説する。

無線技術の動向という点では、無線LAN、WiMAXなどの次世代無線技術とZigBee(※)などセンサー技術について取り上げる。

また社会制度の面では、テレワークや交通機関などにおける情報通信システムを取り巻く環境を中心に解説する。

さらに、セキュリティ技術の側面から、モビリティ分野でのP2P(※)技術の将来像やコンテクスト・アウェアネス(※)技術の動向なども取り上げていきたい。

ZigBee:無線PAN(Personal Area Network)標準規格のひとつ。センサ・ネットワークとしての活用が期待される次世代の無線通信規格(IEEE 802.15.4)。低価格・低消費電力で、接続可能なセンサ・デバイスの数が多く、設置も容易。端末同士で自律的に通信するアドホックなマルチホップ・メッシュ・ネットワークを構築できる。赤外線とは異なり、見通しが良い空間である必要はない。周波数帯は2.4GHz/868MHz/915MHz帯などを利用し、通信速度は250kbps程度。通信範囲は10~100m
P2P:Peer to Peer、対等通信。従来のクライアント-サーバのネットワーク形態とは異なり、コンピュータ同士が直接、分散的にデータの交換や処理を行うネットワーク形態
コンテクスト・アウェアネス:Context Awareness。GPSやセンサーなどを用いてコンピュータや携帯電話が置かれた環境に対応して、必要なデータを収集し処理する情報化技術

執筆に関しては、大学、各分野の先端企業の有識者の皆様のご協力をいただき、議論をしながら共同で進める予定である。

本連載が、今後のネットワークの発展に何らかの一石を投じることができれば、幸いである。

プロフィール

千村保文(ちむら やすぶみ)

現職:セキュリティ・アンド・モビリティカンパニー バイスプレジデント
コーポレート戦略室 上席主幹

1981年沖電気工業入社。テレックス交換、パケット交換などデータ通信システムの開発に従事。1995年よりVoIPシステムの開発、標準化を担当。H.323やSIPなどの技術標準化を推進。2002年に沖電気にてIP電話普及推進センタを設立、センタ長に就任。2007年より現職。

主な著書:「H.323/MPEG4教科書」(IEインスティテュート刊、共著)、「改訂版 SIP教科書」(インプレスR&D刊、共編著)「そこが知りたい最新技術 SIP入門」(インプレスR&D刊、共著)他

 

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