[スペシャルインタビュー]

イー・モバイルのHSPA+/LTE戦略を聞く!(第1回)

第1回:HSPA+のサービスの内容とイー・モバイルのロードマップ
2009/07/24
(金)
SmartGridニューズレター編集部

2009年7月にUQコミュニケーションズによる「UQ WiMAX」の商用サービス(下り40Mbps、上り10Mbps)が開始され、10月からはウィルコムの次世代PHS「XGP」の商用サービス(下り/上りともに20Mbps)が予定されている中、イー・モバイルは、2009年7月24日から下り21Mbps(上り5.8Mbps)の「HSPA+」のワイヤレス・ブロードバンドサービスを開始。ワイヤレス・ブロードバンドの速度競争は戦国時代へ突入した。
ここでは、イー・モバイル(株)次世代モバイルネットワーク企画室室長の諸橋知雄(もろはし ともお)氏に、同社が果敢に挑戦するHSPA ⇒ HSPA+ ⇒ DC-HSDPA / LTEという新しいワイヤレス・ブロードバンドの流れを展望しながら、HSPA+サービスの内容や高速化の仕組みとイー・モバイルの今後のビジネス戦略を、お聞きした。今回は、スタートしたHSPA+のサービスの内容からDC-HSDPA/LTEを展望したイー・モバイルのロードマップを中心に語っていただいた。

イー・モバイルのHSPA+/LTE戦略を聞く!(第1回)

≪1≫イー・モバイルの最大21Mbps(HSPA+)サービスのプロフィール

■ 2009年7月24日(金)から、下り最大21Mbpsの国内初の歴史的なHSPA+(エイチエスピーエー・プラス。HSPA evolution)のワイヤレス・ブロードバンドのサービスが開始されましたね。おめでとうございます。

諸橋 ありがとうございます。当初は本年(2009年)8月上旬を予定していましたが、端末側、ネットワーク側、ともに順調に準備が進みましたので前倒しして下り(受信側)で21Mbpsのサービスを7月24日(金)から開始しました。このサービスに対応するパソコン向けUSBデータ・スティック・タイプのデータ・カード「D31HW」の外観やその仕様は、図1表1のようになります。


写真1 下り最大21.6Mbps/上り最大5.8MbpsのD31HW(USBデータ・スティック・タイプのデータ・カード)の外観
(1)D31HW正面:USB口を突き出し

(1)D31HW正面:USB口を突き出し

(2)D31HW正面:USB口収納

(2)D31HW正面:USB口収納

(3)D31HW背面:USB口を突き出し

(3)D31HW背面:USB口を突き出し


表1 D31HWの仕様/価格(http://emobile.jp/products/hw/d31hw/
項 目 内  容
スペック型番 D31HW(色:ブラック)
通信速度 下り(受信)最大:21.6Mbps/上り(送信)最大:5.8Mbps
カードスロット microSDHCスロット ×1(最大16GB)/ microSD(2GB)
(スライド式コネクタを採用し、キャップレスを実現)
価格 初期費用(税込)
(1)ベーシック用:41,980円
(2)新にねん用:17,980円
対応OS (1)Windows XP Professional/Home Edition(ServicePack2以降)
(2)Windows Vista(32bit版/64bit版)
(3)Mac OS X 10.4~10.5
(上記対応OSはすべて日本語版)
メーカー Huawei(ファーウェイ) Technologies Co., Ltd
サイズ 約28.0(W)×12.4(H)×76.5(D)mm
質量 約25g
通信方式 HSPA+ /W-CDMA(1.7*/2.1GHz)
(* 国内ではHSPA+ / W-CDMA 1.7GHzのみ利用可能)
インタフェース USB 1.1/2.0準拠
同梱品 かんたんセットアップマニュアル/保証書/USBケーブル/CD-ROM/取扱説明書
21メガサービスの料金プラン 月額固定料金制
(1)スーパーライトデータプラン21
http://emobile.jp/charge/superlightdataplan21.html
(2)データプラン21
http://emobile.jp/charge/dataplan21.html

microSDHC:microSD High Capacity:SDメモリ・カードの規格の一つで、microSDのサイズで、SDHC(数GBから数十GBのデータ記録容量)のように2GB以上のデータ記録容量を実現した規格のこと。
microSD:SDカード(縦32mm×幅24mm、厚さは2.1mmデータの書き換えが可能なメモリ・カードの規格の一種)と互換性をもつフラッシュ・メモリの規格の一種で、幅11mmと超小型サイズ。


また、サービスの料金プランのメニューは、具体的には表1内の料金プランのURLに詳しく掲載されていますが、下り最大21Mbpsデータ通信サービスの対応料金プラン(月額固定料金制)は、「スーパーライトデータプラン21」と「データプラン21」があり、要約すると表2のようになります。

なお、この下り最大21Mbpsデータ通信サービスは、まず、東名阪および全国の主要政令指定都市から提供し、2009年12月末までに全国人口カバー率60%以上のエリアで提供する予定となっています。


表2 21メガサービス(HSPA+)の料金(http://emobile.jp/products/hw/d31hw/
スーパーライトデータプラン21 データプラン21
年とく割2 新にねん 年とく割2
580円~5980円 1000円~5980円 5580円


≪2≫HSPA+からLTEまでの取り組みと全体の流れ

■ 歴史的な日ですね。私どもインプレスR&Dもこの日に合わせて、「ワイヤレス・ブロードバンド HSPA+/LTE/SAE教科書」(本記事の文末参照)を発刊させていただきました。そこで、詳しいお話をお聞きする前に、新しいワイヤレス・ブロードバンドの登場に伴って、HSPAやHSPA+、DC-HSDPA、LTEとか、さらに3.5Gとか3.9Gなど、いろいろな用語や呼び方が登場していますので、まず最初に技術の流れを簡単に整理していただけますでしょうか。

諸橋 それでは、図1を見ながら、ワイヤレス・ブロードバンドの全体の流れとそれぞれの用語を説明いたしましょう。


図1 3.9世代移動通信システムの定義(クリックで拡大)

図1 3.9世代移動通信システムの定義


図1は、3.9世代(3.9G)の移動通信システムの定義を示している図です。これは、実は3.9世代という言葉は日本でつくられたというか、これまで日本で継続的に使用されている言葉なのです。海外では日本ほどこの用語は使用されていません。

何を基準に3.9世代と呼ぶかというと、現在の3.5世代以上に高速化していきますが、具体的に下りの伝送速度として100Mbps、上りの伝送速度が50Mbps以上を実現する技術を3.9世代移動通信システムと呼んでいます。LTE(LTE:Long Term Evolution)は3.9世代移動通信システムの代表選手です。

図1の上部にそれ以外に、3.9世代の移動通信システムの基本要件として周波数利用効率や伝送品質などというように、細かい条件が書かれていますが、これは私たちもメンバーとなって総務省の情報通信審議会で3.9世代の定義としてまとめた条件なのです。これを、日本では3.9世代と呼びましょうということになっているわけです。

諸橋知雄氏〔イー・モバイル(株)次世代モバイルネットワーク企画室室長〕
諸橋知雄氏
〔イー・モバイル(株)
次世代モバイルネットワーク
企画室室長〕

 

実は、この3.9世代というのは、下りの伝送速度が光ファイバ(FTTH)並の100Mbps以上という、これが一番肝(キモ)になっているわけですけれども、かなり現行のHSPA〔HSDPA(下り)+HSUPA(上り)の総称〕と比べると技術的なハードルが高くなっています。現行のHSPA規格では、表3に示すように、下り最大14Mbps(HSDPA、変調方式:16QAM、注1)、上り最大5.8Mbps(HSUPA)と規定されています。これまで、日本では実際のHSPAサービスとして、下り7.2Mbps、上り5.8Mbpsが提供されてきましたが、このほど当社(イー・モバイル)から表3に示す、MIMOを使用しないで64QAM(注2)とういう変調方式を採用した、国内初の下り21Mbps(下りは最大5.8Mbps)のサービスを開始したわけです。

これらの「HAPA」と「MIMOを使用しないHSPA+」のサービスは、日本では通常、3.5世代(表3の上部に示す)と呼んでいます。

注1/注2
16QAM:16 Quadrature Amplitude Modulation、16値直交振幅変調
64QAM:64 Quadrature Amplitude Modulation、64値直交振幅変調
16QAMと64QAMはそれぞれデジタル変調方式のひとつ。1シンボル(各変調方式ごとに電波に乗せる一区切りのデジタル送信データの構成単位)で送信できるデジタル・データは、16QAMの場合は4ビット(=24=16値)であるが、64QAMの場合は6ビット(=26=64値)となる。すなわち、64QAM(6ビット)の場合は16QAM(4ビット)の場合の1.5倍(=6ビット÷4ビット)の速度でデータ送ることができる。したがって、16QAMによるHSDPAは最大14Mbpsの伝送速度なので、64QAMのHSDPAはその1.5倍の21Mbps(=14Mbps×1.5)の伝送速度となる。


≪3≫LTEへの移行前にHSPA+(64QAM+MIMO)と「DC-HSDPA」もある

諸橋 従来、次世代への流れは、図1に示すように3.5世代から直接3.9世代に移行すると考えられていましたが、最近ではこの流れが緩やかになってきています。すなわち、図1の左側の3.5世代からいきなり図1の右側の3.9世代一足飛びに移行するのではなく、その前に、段階的に高度化していくというパスもつくりましょう(標準化しましょう)ということで、図1の中央に示す2つの「3.5世代の高度化」という技術が3GPPで規定されたのです。

図1の左側に、3.5世代の21MbpsのHSPA+(64QAM)がありますが、図1の中央部にはHSPA+(64QAM)にMIMO(マイモ。表4参照)というアンテナ技術を追加した42MbpsのHSPA+(64QAM+MIMO)と書かれていますが、これが3.5世代の1つの高度化規格なのです。ここでMIMOとは、送信側(基地局側)と受信側(端末側)にそれぞれ複数のアンテナを使用する(例:2×2MIMOとする。送信側2本、受信側2本のアンテナを使用するとういう意味)ことによって、2倍の伝送速度すなわち、21Mbps×2=42Mbpsが実現できるようにしたのです。

それともう1つ3.5世代の高度化版として規定されたのが、DC-HSDPA(Dual Cell HSDPA、後に解説)という方式で、これは64QAMのキャリア(搬送波)を2つ並列に使用して帯域を2倍にして、下り21Mbpsの2倍、つまり42Mbpsの伝送速度を実現する方式です。つまり、従来使用している電波の帯域を2つ束ねて(帯域を2倍にして)伝送速度の高速化を実現する方式なのです。

このHSPA+(64QAM+MIMO)とDC-HSDPAは、両方とも40Mbps超のサービスを実現する技術であり、「3.5世代の高度化」という位置づけで日本では採用が可能な技術になっています。この「3.5世代の高度化」の後に、3.9世代の100Mbps(LTE)へ移行していきましょうというのが世界における一つの流れになっているのです。

これによって、図1に示した

3.5世代(64QAM)⇒ 3.5世代の高度化(64QAM+MIMO)⇒ 3.9世代(LTE)

の流れがおわかりいただけると思います。


表3 第3.5世代(HSPA/HSPA+/DC-HSDPA)の伝送速度の比較
世代 標準名 内容 伝送速度(最大) 変調/MIMO
3.5世代

 

HSPA HSDPA(下り)+HSUPA(上り)の総称 下り:14Mbps 16QAM
上り: 5.8Mbps QPSK
HSPA+ HSPA evolution(eHSPAとも表記) 下り 21Mbps 64QAM(非MIMO)
28Mbps 16QAM+MIMO
上り:11.5Mbps 16QAM
3.5世代の
高度化
HSPA+ HSPA evolution(eHSPAとも表記) 下り:42Mbps 64QAM+MIMO(非DC)
上り:11.5Mbps 16QAM
DC-HSDPA Dual Cell HSDPA
64QAM×2キャリア(DC)
下り:42Mbps 64QAM+DC
上り:11.5Mbps 16QAM


表4 表3の略語の説明(http://emobile.jp/products/hw/d31hw/
用語 フルスペル 意 味
HSPA High Speed Packet Access 高速パケット・アクセス(HSDPA+HSUPA)
HSDPA High Speed Downlink Packet Access 下り回線高速パケット・アクセス
HSUPA High Speed Uplink Packet Access 上り回線高速パケット・アクセス
HSPA+ HSPA plus(HSPA evolution) 発展型HSPA(HSPAの高機能版)
DC-HSDPA Dual Cell HSDPA デュアル・セル(帯域の2重化)によるHSDPA
MIMO Multiple Input Multiple Output 多入力・多出力(アンテナ技術)


≪4≫HSPA+/DC-HSDPA時代の携帯端末(スマートフォン等)のイメージ

■ とてもわかりやすい説明でした。詳しいことは後でお話いただきますが、移動通信システム標準化の流れが以上のようになってくることに対応して、端末の側は、高機能端末あるいはスマートフォンなど新しい製品が続々と登場しています。これらの関係はどのようにとらえておけばよろしいでしょうか。

諸橋知雄氏〔イー・モバイル(株)次世代モバイルネットワーク企画室室長〕
諸橋知雄氏
〔イー・モバイル(株)
次世代モバイルネットワーク
企画室室長〕

 

諸橋 基本的には、LTEはちょっと別ですが、HSPA+並びにDC-HSDPAというのは、基本的に従来の3世代(3G)の通信方式であるW-CDMAのプラットホームに乗っかっているわけです。ですから、そういう意味では、今までの3G用の半導体チップセットを改良することによって対応できるというのが基本です。すなわち、CDMA(Code Division Multiple Access、符号分割多元接続)の技術に基づいているのです。

一方、3.9世代のLTEに関しては、実はそれほど新しい技術を使っているわけではないのです。たしかにLTEでは、従来のようにシングルキャリア方式(1つの搬送波で通信を行う方式)によるCDMA技術ではなく、新しくマルチキャリア方式(複数の搬送波で通信を行う方式)OFDM(Orthgonal Frequency Division Multiplexing、直交周波数分割多重)という技術を使っているのですが、ベースバンド処理(注3)については、デジタル処理能力が高い半導体チップセットを使うという点では、基本的には同じなのです。

注3 ベースバンド処理:通話時の音声信号や各データ信号(ベースバンド信号)等を、無線伝送に適した信号に変換処理すること

ですから、そういう意味では、端末に、例えば3.5世代(HSPA+)とLTEに対応するチップを搭載し、マルチモード化しておけば、LTEの環境でも容易に通信できるのです。このような半導体チップを作ることは、現在、技術的には十分可能なのです。

■ 要するに、この移動通信システムの世代が、3G、3.5G、3.9Gと進化していくに従って、端末側に必要なチップを搭載していけば、マルチモードに対応できる(いろいろな世代に対応できる)ので大丈夫と言うことなのですね。

諸橋 そうです。新技術が続々と投入されれば、端末はマルチモードがあたりまえになるのです。現在、GSMとW-CDMAを搭載したマルチモード端末は国際的にも多くのユーザーに利用されています。

■ そうなのですか。ところで、いままでのお話は、高速なデータ通信が主体のお話でしたが、音声はどうしているのでしょうか。

諸橋 ですから、端末では3Gの基本となっているW-CDMAのプラットホームを外せないのです。LTEでは、当初から音声サービスというところまでにいきませんから、最初はデータ主体のサービスでいくことになります。したがって、音声サービスは必ず音声端末向けには必要になりますので、W-CDMAのプラットホームというのは外せないのです。

■ そうすると、W-CDMA(音声用)というのは、必ずHSPA+の場合にも、DC-HSDPAにも入っているということになるのですね。

諸橋 そうです。実は、W-CDMAのプラットホーム上にHSPAがあり、動いているのです。言い換えれば、プラットホーム的にW-CDMAの音声は回線交換、データはパケット交換であり、HSPAはパケット交換部分のみを進化させた技術と理解してください。

■ わかりました。

--つづく--


プロフィール

諸橋 知雄氏(イー・モバイル株式会社 次世代モバイルネットワーク企画室 室長)

諸橋 知雄(もろはし ともお)氏

現職:
イー・アクセス株式会社 新規事業開発室 室長
兼 イー・モバイル株式会社 次世代モバイルネットワーク企画室 室長

【略歴】
1994年 第二電電(株) (現KDDI)入社
1996年 米国カリフォルニア州立大学サンディエゴ校無線通信センタ出向
2001年 イー・アクセス(株) 入社
2003年 新規事業企画本部長。モバイルプロジェクトを立ち上げる。
2006年より現職。主にモバイル事業における新規技術の導入戦略の企画立案・技術開発を担当。

【主な活動】
LTE等の新規技術の実証ならびに開発、導入戦略の立案ならびに新規技術導入に係る制度化、標準化に携わる。

 

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