[スペシャルインタビュー]

東大のスマートグリッドを実現するグリーン東大の実証実験を聞く!(3):NISTなどへの標準活動

第3回:グリーン東大発のNISTやIETFなどへの標準活動
2010/03/04
(木)
SmartGridニューズレター編集部

米国でオバマ大統領(2009年1月就任)がグリーン・ニューディール政策を展開し、地球環境・エネルギー問題に対応するため、スマートグリッドなどの技術開発に2009年に45億ドルの予算を投じることを決定して以来、スマートグリッドは大きな注目を集めている。ここでは、オバマ政権誕生以前から、CO2を2012年までに15%、2030年までに50%削減することを目標に、実証実験を展開している「グリーン東大工学部プロジェクト」(2008年6月9日発足)すなわち『東大のスマートグリッド・プロジェクト』とも言える実証実験の内容を、同プロジェクトの代表である東京大学 大学院教授 江崎 浩(えさきひろし)氏にお聞きした。同プロジェクトはすでに大きな成果をあげているが、さらに、米国国立標準技術研究所「NIST」、米国暖房冷凍空調学会「ASHRAE」との連携や、インターネット技術標準化委員会「IETF」への標準化の提案なども積極的に展開しており、国際的にも大きな注目を集めている。
今回(第3回:最終回)は、第1回の「CO2を2030年までに50%削減することを目標」、第2回「グリーン東大の目指すゴールとシステム構成」に続いて、グリーン東大の活動をベースにした、NIST(米国立標準技術研究所)やIETFなどへの国際標準化活動への取り組みをお聞きした。

東大のスマートグリッドを実現するグリーン東大の実証実験を聞く!(3)

 


■ このようなグリーン東大の実証実験を通して、具体的に、国際的/国内的な標準化への取り組みはどのようにされていますか。

江崎 これまでの活動を通して、実際のビジネス・モデルが見えてきたこともあり、まず、図15の赤い部分に示すような、スマート・ビルディングの実現に向けて、共通通信プロトコル(CCP:Common Communication Protocol)の標準化に取り組んでいます。その設計思想は、共有データベースを構築し、多様なサブシステムを収容できるようにして多様な機器を接続できるように選択肢の幅を確保し、容易で自由なアプリケーションが開発できるような環境を作ることにあります。各サブシステムは、ビルなどで稼働している照明機器や空調機器、計測器など接続され、デジタル通信を用いて信号のやり取りを行うさまざまな技術規格を用いて設計・構築・運用されています。

例えば、図15の赤い部分に示す共通通信プロトコル(CCP)として、

(1)Live E!〔インターネットへの接続機能を持った気象センサーノードを用いたセンサーネットワーク技術の研究開発と応用アプリケーションの研究開発を行うR&Dコンソーシアム(www.live-e.org)で持ちているプロトコル〕

(2)oBIX(Open Building Information Exchange、ビルとビル施設、空調と企業アプリけションをWebサービスで結ぶための規約)

(3)BACnet/WS(Building Automation and Control network/Web Service、XMLなどを利用したWebサービス技術をもとに、データモデルや関数仕様を定義したもの。BACnetの仕様の一部として定義されている。BACnet:ビル・オートメーション向けのデータ通信プロトコル)

などを利用して、さまざまなサブシステムを収容してしまおうということです。


図15 共通通信プロトコル(CCP)の位置づけ(クリックで拡大)

図15 共通通信プロトコル(CCP)の位置づけ


≪2≫FIAPプロトコルをIETFやNIST、ASHREAへ提案

■ もう少し具体的にお話いただけますか。

江崎 そうですね。図16に、これを実現する仕様も作成しています。その仕様は、グリーン東大が命名した「FIAP」(Facility Information Access Protocol、ファシリティー情報アクセス・プロトコル)というプロトコルですが、これを今IETF(インターネット技術標準化委員会)とNIST(National Institute of Standards and Technology、米国立標準技術研究所)、ASHREA(American Society of Heating, Refrigerating, and Air-Conditioning Engineers、米国暖房冷凍空調学会)に提案し、標準化の活動を開始したところです。


図16 FIAP(Facility Information Access Protocol)のアーキテクチャ(クリックで拡大)

図16 FIAP(Facility Information Access Protocol)のアーキテクチャ


■ 昨年の2009年11月8日から13日まで広島で開催された第76回IETF広島会議(主催:Internet Society)で提案されたのですか?

江崎 浩氏(東京大学 大学院教授)
江崎 浩氏
(東京大学 大学院教授)

 

江崎 そうです。ちょうどBOF(Birds of a Feather、特定のテーマを取り上げる会合)があったので、そこで私がプレゼンテーションをしました。また、すでにNISTの責任者にも提案したところです。図16は少し複雑そうに見えますが、インプリメンテーション(実装)する際に、これを全部1つの箱に格納してもいいわけです。

ちょうど、マルチプロトコル・ルータのようなイメージで考えてみるとわかりやすいと思います。

■ 図16の4メソッドと5プロトコルとは何でしょうか。

江崎 4メソッド(data、query、registration、lookup)とはデータのいわゆる操作・制御のやり方、5プロトコル(FETCH、WRITE、TRAP、REGISTRATION、LOOKUP)というのはデータをどう活用(アクション)するなどの手順ですね。これはまだ提案ですから、これから標準化が進展するに伴って変わってきます。

■ 具体的には、どのようなアーキテクチャなのでしょうか。

江崎 図17に示した、国際的にも国内的にも標準化を目指しているこの提案のアーキテクチャである「標準化への参照システム」(Referenced System Architecture for standardization)を見てください。データベースが真ん中にあって。図17の下段には多くのフィールドバスがありますが、XMLの共通フォーマットでデータベースに書き込むわけです。データベースはいろいろなものがあってもよいのです、API(インタフェース)だけきちんと張っておけばよいのです。上段に多くのアプリケーションがありますが、その間のAPIも決めておきましょうということです。これによって、一番右側の矢印のように、アプリケーション側から直接フィールドとやり取りすることも可能になります。

この図17が、後出の図18に示す経産省がつくったSBC(スマート・ビルディング・コンソーシアム)で、中小ビルの省エネ用の相互接続仕様をつくるためにつくられたアーキテクチャなのです。


図17 FIAP(Facility Information Access Protocol)のアーキテクチャ(クリックで拡大)

図17 FIAP(Facility Information Access Protocol)のアーキテクチャ


一方、グリーン・グリッド(Green Grid:http://www.thegreengrid.org/?sc_lang=ja-JP)というデータセンター系の活動をしているアライアンスありますが、このグリーン・グリッド・ジャパンの技術担当者と相談し、一緒にやりましょうということになりました。


≪3≫「グリーン東大」と「NIST」と「IETF」による新しい展開

■ 江崎先生は、国際的なインターネット学会(ISOC:Internet Society)の理事(世界の13名のうちの一人、表1参照)としてご活躍されながら、インターネット技術の標準化組織であるIETFを後援され、またこれまでご自身も積極的にIETFに標準化を提案され標準文書(RFC 2098、RFC 2129、RFC 3038、RFC 4908等)も発行されていますね。そこでお聞きしたいのですが、先ほどお話のあったNISTとの関係は、その後いかがですか。また、IETFのスマートグリッドへの取り組みはいかがでしょうか?


表1 日本の歴代ISOC理事(Internet Society Board of Trustees)
氏名 英文名 所属 ISOC理事期間
江崎 浩 Hiroshi Esaki 東京大学教授 2007 - 2008
2008 - 2009
(Nominations Committee)
2009 - 2010
(Audit Committee)
三木 俊雄 Toshio Miki NTT移動機開発部長常務理事 2002 - 2003
2003 - 2004
村井 純 Jun Murai 慶應大学教授 1997 - 1998
1998 - 1999
1999 - 2000
後藤滋樹 Shigeki Goto 早稲田大学教授 1994 - 1995
1995 - 1996
1996 - 1997
石田晴久 Haruhisa Ishida 東京大学名誉教授
(故)
1993 - 1994
1994 - 1995
1995 - 1996
(VP Chapters & Membership)
1996 - 1997
(VP Chapters)
1997 - 1998
相磯秀夫 Hideo Aiso 東京工科大前学長 1992 - 1993


江崎 実は、現在話題となっているスマートグリッドに関しては、NISTのセキュリティ担当のティム・ポーク(Tim Polk)氏からIETFに協力の要請がきているのです。すなわち、スマートグリッドの通信における「IPの部分をどう実現すればよいか」について、元IETF議長(1996~2001。シスコシステムズ)のフレッド・ベーカー(Fred Baker)氏に相談があったのです。フレッド・ベーカー氏と私は、IETFをはじめインターネット関連の活動を通して長いおつきあいをしており、気心の知れた仲です。

ですから、この分野について今後取り組んでいきましょうということで、すでに2009年3月からお話をしていました。その後に、フレッド・ベーカー氏に対して、NISTから協力要請がきたというわけです。

そのような背景から、NISTのセキュリティ担当のティム・ポーク(Tim Polk)氏とフレッド・ベーカー氏が、今回のIETF広島会議でスマートグリッドのBOF(Bird of a Feather、特定のテーマを取り上げる会合)を開催し、そこに私がスピーカーとして参加し、プレゼンテーションしたのです。


≪4≫SBCの各関連組織と人脈がつながった!

■ それで、先ほどお話しいただいた図18に示すSBC(Smart Building Consortium)の組織と人の関係がはっきりしてきましたね。


図18 SBC(Smart Building Consortium)とその関連組織(クリックで拡大)

図18 SBC(Smart Building Consortium)とその関連組織


江崎 そうですね。図18に示すSBC(スマートビルディングコンソーシアム)における、グリーン東大(Green University of Tokyo Project、「江崎」)とNIST(「ティム・ポーク」)とIETF(「フレッド・ベーカー」)がすべてつながったわけです。図18に示すW3C(World Wide Web Consortium、Web関連技術の標準化団体)については、慶應義塾大学のチームが活動していますのでこれもすでに関係がついています。


SBCについて熱く語る東京大学 大学院教授 江崎 浩氏
SBCについて熱く語る東京大学 大学院教授 江崎 浩氏


■ SBCに関する組織と人脈については、すでに順調に進んでいるのですね。

江崎 はい。ただ、これまでお話しした通り、IETFにおけるスマートグリッド関係の標準化の審議はこれから本格的に取り組んでいくところです。

■ NISTは、2009年9月のドラフト版に続いて、2010年1月19日にスマートグリッドの標準化に関する枠組みである「NIST Framework and Roadmap for Smart Grid Interoperability Standards, Release 1.0」の正式版を発表しましたね。先生からごらんになられて、このリリース1.0はどのように評価されていますか。

江崎 そうですね。基本的には、現在存在している標準を含めてさまざまなものを整理してまとめたもので、標準化への第1ステップとしてはよくまとまっていると思います。ただ、リリース1.0だけでは、スマートグリッドとしてつながりませんね。現在、欧米ではスマートメーターなどが急速に普及し始めていますが、スマートメーターから収集したデータをオープンなIPネットワーク上で、どのように有効に利用していくかが大きな課題となってきています。これらの課題を解決しながら、NISTのリリースがさらに進化発展していくことを期待しています。


≪5≫スマートグリッドの「IPの部分をどう実現すればよいか」?

■ 最後になりますが、もし可能でしたら、先ほどお話のあった『スマートグリッドの通信におけるNISTからの「IPの部分をどう実現すればよいか」』という協力要請とは、具体的にどのようなことでしょうか?

江崎 そうですね。第1義的には、そもそもスマートグリッドにとって、インターネット技術(TCP/IP)が有用・有効なのかという、これまでインターネット技術を適用していなかった産業セグメントの技術者に対して納得してもらうこと。次に、どのようなプロトコル群が最低限スマートグリッドに必要なのかを整理・提示すること。クリティカル・インフラストラクチャを含むスマートグリッド・システムに導入可能なセキュリティが実現できるか。そして、IPv6技術の具体的な適用方法の提示です。

ASHREAが技術標準化を行っているBACnetでは、これまでのIPv6の提案が受け入れられ、IPv6技術がIPv4技術と並んで採用されるに至りました。さらに、IPSO(IP Smart Objects)とIPv6 Forum IPv6 Ready Logo Programの協調関係を構築し、スマートグリッドを支える様々なスマート・オブジェクトの相互接続性の確認と確立を目指す活動の推進も期待されています。

■ ありがとうございました。今後、グリーン東大の実証実験の経験を国際的な標準化活動に反映され、IETFをはじめいろいろなところで、日本からのダイナミックな提案がされますよう期待しています。

(おわり)

 

バックナンバー

<東大のスマートグリッドを実現するグリーン東大の実証実験を聞く!>

第1回:CO2を2030年までに50%削減することを目標

第2回:グリーン東大の目指すゴールとシステム構成

第3回:グリーン東大発のNISTやIETFなどへの標準活動


プロフィール

江崎浩氏(東京大学 大学院 情報理工学系研究科 教授)

江崎 浩(えさき ひろし)氏

現職:
東京大学 大学院 情報理工学系研究科 教授

【略歴】
1963年 福岡県に生まれる
1987年 九州大学 工学部電子工学科 修士課程修了
1987年 (株)東芝 入社 総合研究所にてATMネットワーク制御技術の研究に従事
1988年~1990年 米国ニュージャージ州 ベルコア社客員研究員
1989年~1994年 米国ニューヨーク市 コロンビア大学 CTR(Centre for Telecommunications Research)にて客員研究員。高速インターネット・アーキテクチャの研究に従事
1994年 ラベル・スイッチ技術のもととなるセル・スイッチ・ルータ(CSR)技術をIETFに提案(RFC 2098、RFC 2129)し、その後、セル・スイッチ・ルータの研究・開発・マーケティングに従事。 IETFのMPLS分科会、IPv6分科会において、積極的に標準化活動を展開。
1998年 東京大学 大型計算機センター助教授に就任
2001年 東京大学 情報理工学系研究科 助教授に就任
2005年 現職(東京大学 情報理工学系研究科 教授)工学博士(1998年 東京大学)

【主な活動】
WIDEプロジェクト統括執行役(COO)。IPv6普及・高度化推進協議会専務理事、JPNIC副理事長、ISOC(Internet Society)理事(Board of Trustee)

【最近の主な表彰】
2004年:情報処理学会 論文賞/総務大臣表彰(グループ受賞 グループリーダー)/IPv6 Forum Internet Pioneer Award、グリーンITアワード2009 審査員特別賞(グリーン東大工学部プロジェクト)等

【主な著書】
インターネットRFC事典(笠野英松 監修、共著、アスキー、1998年)/インターネット用語事典(江崎浩 監修、I&E研究所、2000年)/インターネット総論(小林 浩/江崎 浩 共著、共立出版、2002年)/MPLS教科書(江崎 浩 監修、IDGジャパン、2002年)/IPv6時代のインターネットプロトコル詳解(インターネットプロトコル詳解編集員会編、毎日コミュニケーションズ、2003年)/IPv6教科書(インプレスR&D、2007年)/P2P教科書(インプレスR&D、2007年)

関連記事
新刊情報
5G NR(新無線方式)と5Gコアを徹底解説! 本書は2018年9月に出版された『5G教科書』の続編です。5G NR(新無線方式)や5GC(コア・ネットワーク)などの5G技術とネットワークの進化、5...
攻撃者視点によるハッキング体験! 本書は、IoT機器の開発者や品質保証の担当者が、攻撃者の視点に立ってセキュリティ検証を実践するための手法を、事例とともに詳細に解説したものです。実際のサンプル機器に...
本書は、ブロックチェーン技術の電力・エネルギー分野での応用に焦点を当て、その基本的な概念から、世界と日本の応用事例(実証も含む)、法規制や標準化、ビジネスモデルまで、他書では解説されていないアプリケー...