[欧州の風力発電最前線]

欧州の風力発電最前線 ―第5回 もしかして日本の蓄電池開発はガラパゴス?(後編)―

2015/07/01
(水)
安田 陽 関西大学 システム理工学部 准教授

日本では「再生可能エネルギー(以下、再エネ)には蓄電池」という風潮が支配的なようである。その誤解を払拭するため、筆者は前回(第4回)の連載で、再エネの変動対策として「エネルギー貯蔵は最初に検討する選択とはならない」との海外文献を紹介した。
それに対して「蓄電池の開発は日本以外の各国でも積極的に行われている」「米国のほうがむしろ活発だ」という反論も当然予想される。もちろん、そのような説自体は間違いではないだろうが、重要なのは、再エネへの応用を考えた場合に、海外の動向全体を俯瞰したうえで、どの程度情報が公平にバイアスなくバランスよく日本に伝わっているかを十分に吟味しなければならないことである。
今回(第5回)は、論より証拠で、海外のエネルギー貯蔵の研究開発(および再エネとの関連)について、具体的なエビデンスを提示しながらその動向を概観する。

日・欧・米のエネルギー貯蔵開発動向の比較

 まず、再エネ応用とは関係なく、電力用大容量エネルギー貯蔵(Electrical Energy Storage。以下、EES)全体の開発動向を俯瞰するために、米国エネルギー省(DOE)の「エネルギー貯蔵データベース」注1を用いて、日本と欧州、米国の比較を行うこととする。

 図1は、現在運用中・建設中・計画中のEES(揚水発電は除く)の日・欧・米の比較であり、内円はプロジェクト件数、外円は設備容量の合計を示している。この比較から、各国の特色がそれぞれ次の通り色濃く出ているのがわかる。

(1)日本では、電力用の大容量EESは、文字通り蓄電池一色である

(2)欧州では、件数こそ蓄電池が多いものの、容量的には機械式貯蔵(その多くが空気圧縮貯蔵)と熱貯蔵の2方式でほとんどを占めている

(3)米国では、蓄電池の件数は突出しているが、容量で見ると機械式貯蔵や熱貯蔵のほうにむしろ力を入れている

 ここでは、蓄電池一色の日本の開発傾向に対しての是非は議論しないが、いずれにせよ、海外ではEESの開発が多種多様であるということは事実であり、まずこのことを議論の前提として認識しなければならない。

図1 日・欧・米のEES(エネルギー貯蔵システム)開発動向の比較(内円:件数、外円:容量)

図1 日・欧・米のEES(エネルギー貯蔵システム)開発動向の比較(内円:件数、外円:容量)

〔出所 DOE Global Energy Storage Databaseのデータより筆者作成〕

EESの最大の特徴は多様性

EESの多様性という点では、米国電力中央研究所(EPRI:Electric Power Research Institute)のホワイトペーパー注2が興味深い分析を行っている。ここでは、EESが電力系統および電力市場の運用に与える影響を定量的に評価し、費用便益分析が行われている。この報告書では、表1に示すように、必ずしも再エネ関連だけでなく、電力市場への入札や送配電網の信頼度や電力品質の維持、末端需要家のセキュリティのためのバックアップなど、多岐にわたる利用用途を分類し、その用途ごとに各種EESがリストアップされ、そのコストと便益が試算されている。

表1 電力用EES(エネルギー貯蔵システム)の用途とその性能要件

表1 電力用EES(エネルギー貯蔵システム)の用途とその性能要件

〔出所 EPRI:White Paper(2010)の表より抜粋して著者翻訳〕

適切な電力市場の設計が前提

 ここで、電力市場との関連は極めて重要である。例えば、表1の小売サービスでは「裁定取引」(arbitrage)という用語が登場するが、これはもともと株式取引などの市場用語であり、電力市場用語としては日本ではまだ馴染みがないかもしれない。裁定取引は、電力市場でスポット価格注3の安い時に電力を買ってエネルギーを貯蔵し、価格の高いときに売って利ざやを稼ぐことである。

 日本では、単に再エネの発電過剰時や軽負荷時に充電し、再エネ出力不足時やピーク負荷時に放電するというイメージだが、電力市場が発達した系統では、これが市場メカニズムを用いて取引される。同様に、アンシラリーサービス注4や周波数制御、予備力も市場を通じて取引される。裏を返せば、EESがコスト効率よく威力を発揮するには、適切な電力市場が完備されなければならないことになる。

再エネへの応用は多様な選択肢のひとつ

 このようなEESの多種多様な活躍の場のなかで、再エネに特化した用途は、選択肢のひとつでしかないことがわかる。もちろん、将来、再エネが大量に導入された場合、その役割は相対的に大きくなるが、再エネ応用にしても、日本で言われているように変動成分の除去だけが特段の目的ではないことは十分留意すべきである。

 このように、蓄電池を含むEESの開発は本来多種多様であり、電力系統のなかでどのようなサービスを提供するかは、電力市場の設計という観点から開発戦略を考えなければならないことがわかる。その点で、電力自由化後の市場設計をどのようにするかが非常に重要になり、この議論を欠いたまま要素技術の開発のみを進めたとしても、全体最適設計ができるかどうかは、甚だ疑わしい。


▼ 注1
Department of Energy, “DOE Global Energy Storage Database”, http://www.energystorageexchange.org/

▼ 注2
Electric Power Research Institute(EPRI), “Electricity Energy Storage Technology Options A White Paper Primer on Applications, Costs, and Benefits”, 2010, http://energystorage.org/system/files/resources/000000000001020676.pdf

▼ 注3
スポット取引とは、先物取引に対して契約と同時に現物の受け渡しを行う取引のことを指す。一般に原油・石油製品・電力などの取引で、長期契約と区別した当用買いをスポットと言い、特に電力市場では、前日市場や当日(時間前)市場もスポット市場に分類される。

▼ 注4
アンシラリーサービス:送配電系統の電力品質を維持するために、系統運用事業者もしくは独立機関が実施する系統運用・制御などのサービス(事業)。具体的には無効電力補償、周波数制御、予備力供給、電圧制御などが挙げられる。

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