[スペシャルインタビュー]

IBMのNGN戦略を聞く(1):IBMが考えるNGNのアーキテクチャと「ブレードセンター」

2007/11/06
(火)
SmartGridニューズレター編集部

IT分野の国際的なリーディング・カンパニーであり、豊富なソフトウェアとハードウェアに加えて多彩なサービスをもつIBMが、NGNに向けて本格的にビジネスを展開し始めています。
そこで、日本アイ・ビー・エム(株)で先進システム事業部長・理事としてご活躍中の星野 裕(ほしの ゆたか)氏にIBMのNGN製品戦略を語っていただきました。お話いただいた内容は、IBMの考えるNGNのアーキテクチャから、IBMのNGN向け「ブレードセンター」、SDP(サービス提供基盤)、ミドルウェア、セカンドライフと連携したNGNの新しいサービスなどの実証実験結果と、多岐にわたります。
第1回は、通信とITの世界の融合を背景にIBMがNGNという通信分野に挑戦する背景、IBMのNGNのアーキテクチャ、およびブレードセンターについて紹介します(本文中:敬称略)。
聞き手:インプレスR&D 標準技術編集部

IBMのNGN製品戦略を聞く!

≪1≫NGNの登場による「通信とITの世界の融合」

■国際的なITのリーディング・カンパニーとしてNGNをどうとらえていますか?

星野 NGNの登場によって、これまで別々だった通信の世界とITの世界が近づき、融合しつつあります。IBMは過去において、一時、通信の世界のビジネスにも取り組んだことがありましたが、その後、どちらかというとITの世界に力を入れたビジネスを展開してきました。しかし、NGNの世界になると音声通信もIP化し、これら2つの世界が近づくことになります。その結果、ITの世界では以前から言われているオープン化、および標準化がより一層重視されるようになってきます。

NGNによって、従来の、サービスごとに伝送路を考慮してネットワークを作るというやり方は大きく変化し、国際標準に則り、水平統合型のネットワークが作られるようになってくるのです。

■具体的にはどのようなことでしょうか?

星野 今は、情報を転送するレイヤとサービスが乗るレイヤは明確には分かれていません。これがNGNではトランスポート・ストラタムとサービス・ストラタムという層(レイヤ)に明確に分かれます。そしてサービス・ストラタムは、音声通信もIP化されITの技術を活用して作られるようになり、さらに、その上のアプリケーションに対してオープン・インタフェース(ANI:Application Network Interface)を提供するようになります。

サービス・ストラタムはこのようにITの世界なので、この領域について豊富な製品と経験をもっているIBMにとって、NGNは非常に大きなビジネス・チャンスを作りだしてくれる機会なのです。

NGNを核にした通信の世界は、今後非常に伸びていくビジネス・エリアであり、通信事業者は今後数年間にわたってかなりの金額を投資していきます。これに対し数年前、IBMは、グローバルな戦略に則り、NGNをターゲットにして今一度、通信分野に焦点を当てて、ビジネス展開しようということになったのです。

■どのような戦略なのでしょうか?

星野 IBMはご存知のように、ハードウェアを開発・販売している事業部門、ソフトウェアを開発・販売している事業部門と、サービス・ビジネスをやっている事業部門というように、いくつかの事業部門をもっており、それぞれが事業目標をもってビジネスを展開しているのですが、NGNに関してはこれらの全事業部門が、連携したうえで、各々、戦略を立てて動いています。

つまり、IBMは、このNGNのエリアを成長エリアと位置づけて投資し、ビジネス展開をしていく方針であり、NGNを契機として、当社の強みであるIT領域の技術を、通信事業者様に対しても提供しようと考えているのです。

≪2≫NGNに対応した、IBMの新しいビジネス展開

■実際、NGNが出てきたことは、IBMにはビジネス・チャンスとしてどのように見えたのですか?

星野 図1に示しますように、NGNによって音声系サービスがIPネットワークを使って提供されるようになると、データ・サービスと音声系サービスをITの技術で融合することが容易になります。これが現実になってきています。ITに注力してきたIBMにとってNGNがビジネス・チャンスであるという事がご理解いただけると思います。


図1 IPネットワークによる融合が現実化(クリックで拡大)

ところでITの世界では、新しいサービスないしビジネス・プロセスを開発する場合、開発の生産性をどのように上げるかということが常に重要課題でした。いろいろな新しいIT技術があり、これらを採り入れて開発を行おうとした場合、そういう技術をもった開発者同士の連携を綿密にしないと、開発効率が悪いのですが、これを改善することは難しいのです。

他方、世の中ではIT化が進み、サービスないしビジネス・プロセスをプログラムがまったくない状態から構築するということは殆どなくなっています。そこでIBMでは、開発済のソフトウェアをコンポーネント(部品)化し、未開発の部分は最初からコンポーネントとして作成し、GUIツールなどを使ってそれらを連携することにより、サービスやビジネス・プロセスを構築する仕組みを考え、そのためのミドルウェア製品群を充実させてきました。この仕組みがSOA(※1)です。

※1 用語解説
SOA:Service-Oriented Architecture、サービス指向アーキテクチャ。
IT分野において、ビジネスの処理単位(ビジネス・プロセス)に合わせて開発されたソフトウェア部品などをネットワークで公開し、これらのソフトウェア部品をお互いに連携させることによって、企業システムを柔軟に構築しようとするアーキテクチャのこと。

このようなITの世界におけるサービスの開発手法は、通信の世界とは別に発展してきたものなのですが、NGNでは、新サービスを作るにあたり、このSOAというITの世界で生まれた技術を使うことによって、通信のお客様に対しても価値が提供できるのです。通信分野の人たちが今まで当たり前だと思っていたサービスの作り方に対して、新しいサービスの作り方の提案ができるのではないか。そして、それがIBMの新しい事業機会になるのではないかと思うのです。

■なるほど。新しい着想ですね。

星野 加えて、IBMの場合はグローバルに展開していますので、欧米における経験をグローバルに流通させることができるわけです。通信の世界というのは、標準化されているとは言え、これまでは標準化と離れた日本独自の部分がありましたが、NGNの世界では、次第に、グローバルの標準に基づいて作るという傾向になってきています。そうなるとIBMが海外で得た経験を日本で生かしやすくなるという面があると思います。

■国際的に標準化が重視されるようになり、それがグローバル・ビジネスを促進し、通信の世界においてもITのノウハウを生かしたビジネスが非常にしやすくなったということでしょうか?

星野 そうですね。大きいのはやはりプロトコルのみならずサーバ間、プログラム間のインタフェースを標準化しようというグローバルの傾向であり、NGNによって、特殊な技術や製品ではなく、汎用的(標準化されたもの)な技術や製品を使用してサービスを構築するという流れができてきていると思うのです。これまで、通信においては、交換機専用の技術などが使用されてきたわけです。そうではなくて、通信事業者が提供しているようなサービスを、一般のITの市場に出ているサーバやルータのような製品をコンポーネントとして使用し、それらを連携することにより構築することが可能になってきているのです。

このシステムを構成するコンポーネントとして、COTS(Commercial Off the Shelf、標準的な市販製品)を活用します。いわゆる、棚(Shelf)からいつでも取ってこられる一般の商用製品を使うということです。そうするとCOTSの量産効果もありますので、サービスが非常に安く構築できるのです。これはグローバルな傾向で、世界のキャリアはこの方向に動いているのですが、最近では、日本もこの方向に動きだしており、今後、ますますIBMがこの世界で貢献できると考えています。

≪3≫IBMが考えるNGNのアーキテクチャ

■IBMがNGNに取り組む背景はよく理解できました。それでは、具体的なIBMのNGN製品についてお話をしていただけますでしょうか。

星野 まず、IBMが考えているNGNアーキテクチャの話をしましょう。

図2はNGNに関するIBMのアーキテクチャです。IBMは、この緑の部分の上半分(ネットワーク制御層)に示されるIMS(IPマルチメディア・サブシステム)と、その上位の青で示された部分を中心にビジネス展開をします。


図2 IBMのNGNアーキテクチャ(クリックで拡大)

ただし、他の層には注力しないということではなく、図2の緑の部分の下半分のトランスポート層のところのハードウェアはIBM製品(一般に「ブレード・サーバ」という※1。IBMでは「ブレードセンター」)を提供できます。

※1 用語解説
ブレード・サーバ(Blade Server):薄く細長い形状をしたブレード(刃物あるいは刀身という意味。基板のこと。モジュールともいわれる)を挿入したサーバ専用機のこと。ブレード・サーバには複数枚のブレードを挿入。1枚のブレードには、コンピュータとして必要なCPU、メモリ、HDDなどが搭載されている。ブレードを格納するブレード・サーバの筐体(シャーシ)には、筐体の高さにより1U〔ユニット:高さ1.75インチ(44.45mm)、幅は19インチ(482.6mm)〕型、2U型、3U型・・・・12U型などがある。

■IBMのブレードセンターは、図2のどこをカバーしているのですか?

星野 図2の緑で示した部分を、ブレードセンターでカバーします。後ほど説明しますが、ブレードセンターは、図2の緑で示されるネットワーク制御層(サービス・ストラタム)もトランスポート層(トランスポート・ストラタム)もサポートする、カバーエリアの広い製品となっています。そのような商用のブレード・サーバをハードウェアとして活用し、その上に、SIPサーバ(CSCF:Call Session Control Function、呼セッション制御機能)といった機能を搭載するのです。

http://www-06.ibm.com/systems/jp/bladecenter/hardware/

グローバルでは、NEP(Network Equipment Provider、ネットワーク機器プロバイダ)と言われる、ノーテルネットワークスやアルカテル・ルーセントなどとアライアンスを組み、それらのパートナーが提供するCOTS製品によって機能を実現するのです。

≪4≫IBMのエコシステム「ブレードセンター」

■IBMのブレードセンターという装置は、アプリケーション・サーバ寄りの製品かと思っていましたが・・・。

星野 当社のブレードセンターは、上位層も下位層もサポートすることができます。ここで図3を使って、IBMのブレードセンターについて説明しましょう。

通信業ではアドバンスドTCA(ATCA、※2)という規格があることからもわかるように、高信頼性をもったサーバが必須なのですが、IBMは通信事業者様向け高信頼性機能をもったブレード・サーバ、つまりブレードセンターを提供しています。


図3 ATCA と IBM ブレードセンター(エコシステム)(クリックで拡大)

※2 用語解説
ATCA:Advanced Telecom Computing Architecture、PICMGで作成された通信事業者(キャリア)向けの次世代通信機器に関する業界標準規格。
PICMG:PCI Industrial Manufacturing Group、パソコンの標準的な入出力バス「PCIバス」(Peripheral Component Interconnect Bus、パソコン内部の各コンポーネント間を接続するバス)の規格を策定している団体。

他社の多くは、通信専用のブレード・サーバを新たに開発し提供していますが、当社では、新たに通信専用サーバを開発するのではなく、統一したアーキテクチャのブレード・サーバに、通信業で必要とされる機能を持たせることにより、通信用ブレード・サーバにするという方針をとっています。と言うのは、一般企業のお客様向けのサーバとは別に、通信事業用向けのアーキテクチャをもつブレード・サーバを作りますと、その上に載せるソフトや保守体制を含め二重投資になってしまうからです。

したがって、コスト高になることは目に見えていますから、1つのアーキテクチャでいこうという方針の下、すべてブレードセンターのアーキテクチャに統一しているのです。ブレードセンターの市場規模ですが、通信事業者向けを1とすると、一般企業の全業種(製造業や金融業など)ではその7倍ぐらいの市場規模なのです。

■そんなに市場規模が違うのですか。

星野 IBMのブレードセンターは、幸いなことに、市場では大変高い評価をいただいており、グローバルにはかなりの数量で売れているのです。このため、前述したように量産効果が効き非常に安くなっています。しかもインテル社から新しいCPUが出ますと、即、製品に反映させることができるようになっています。そういうアーキテクチャに基づいて、通信事業者向けの製品は、シャーシ(筐体)を強化したものとしています。

■強化しているということは?

星野 シャーシの中に入るブレード自体はまったく同じものですけれど、シャーシ自体を業界標準のNEBS(ネブス)仕様(※3)にして強化しているのです。また、通信事業者の局舎にサーバを設置する場合は、DC(直流)電源に対応しなければいけないことが多々あります。これに対応した製品が、当社の5種類のシャーシ型のブレードセンター「BladeCenter E/S/T/H/NT」のうち、T(Telco)という文字が付くBladeCenter T/BladeCenter HTという製品です。HTはHigh Speed Telcoと言う意味で、バックプレーンを10Gbpsと高速にしたタイプです。

※3 用語解説
NEBS:Network Equipment Building System、通信事業者向けのハードウェア(シャーシ)が、外的要因(振動、火災、粉塵、温度)によらず安定して稼働できるように、ベルコア(現・米テルコーディア)によって定められた仕様。NEBS 1 ~3 までの3つのレベル(レベル3が一番厳しい)がある。

また、2002年に発売したブレードセンターは1Gbpsのバックプレーンですが、この古いブレードを新しい10Gbpsのブレードセンターに差し込んでも、動作するようになっています。お客様の資産を継承して保護するということを考えたアーキテクチャになっているのです。

お客様が上位層(アプリケーション層)から見ると、実はアドバンスドTCA対応のサーバもブレードセンターも、違いはありません。アプリケーション層のすぐ下の層には、いくつかの業界標準がありますが、ブレードセンターはこれら業界標準のインタフェースをすべて守っていますので、上位層からみた場合、アドバンスドTCA仕様のサーバと同様に見えます。これはIBMのブレード戦略の一つでもあります。

図3のエコシステム(Ecosystem)とは、何なのでしょうか。

星野 エコシステムというのは、日本語に直訳しますと「生態系」と訳せますが、要はブレードセンターというプラットフォーム上で、いろいろなソフトウェアやハードウェアのオプションを動かすことができるということです。ブレードセンターで動くソフトウェアの中には、IBMが出しているソフトウェアもありますが、その数よりも遥かに多く、いろいろなISV(独立系ソフト・ベンダ)のソフトウェアがあります。

独立系で通信ソフトを開発しているベンダーは、外国のベンチャー系企業が多いのですが、現在、急速な勢いで伸びています。先ほど申し上げた図2の緑の部分は、さまざまな機能を実現しなければなりませんが、このような機能をCOTSにより提供しているISVのベンチャーが複数あり、時間をかけて新規開発する必要はなくなってきているのです。

世界的にも、今までソフトウェアは、お客様が手づくりしていた部分が多かったのですが、欧米では、キャリア・グレードのCOTSを採用してシステム構築をするようになってきています。しかも、そのような機能を果たすCOTS製品は、いろいろなISVベンダーが出しており、通信事業者様ごと、各社にとって一番ふさわしいCOTS製品を選ぶことが可能になっています。こうして選んだCOTS製品をビルディング・ブロックのように組み合わせて、全体を作ります。お客様は手作りせずに、安く、早く、図2のような環境を作ることができるのです。

■なるほど。

星野 さらに、当社のブレードセンターの場合は、いろいろなISVとアライアンスを組んで協業し、事前に検証して、しっかり動くという確認をしてからお客様に出しますので、安心して使っていただけます。以上が図2の緑の部分の戦略です。この層でIBMが提供するのはハードウェアで、その上で走るソフトウェアについてはISVやNEPとアライアンスを結んで対応します。

次に、図2の最上段に青色のサービス実行環境層(後述の図4図6)がありますが、このサービス実行環境層でも、ベースとなるハードウェアは、前述したブレードセンターなのです。

(つづく)

プロフィール

星野 裕(ほしの ゆたか)

現職:日本アイ・ビー・エム株式会社 理事 先進システム事業部長 

1981年 東京工業大学大学院修士課程終了
同年、日本アイ・ビー・エム(株)入社
1996年 プロセス・インダストリー・マーケティング・マネジャー
1997年 ERPソリューションセンター・マネジャー
1999年 エンタープライズ・サーバ製品事業部長
2001年 同理事
2003年 理事- サービスオペレーション・ディレクター
2005年 理事- NGN推進担当
2006年 理事- 先進システム事業部長
現在、NGNを含む先進システムの推進を担当

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