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AIを活用してがん治療で「Precision Medicine」実現、がん研究会とFRONTEOヘルスケアが共同研究開始

2017/01/31
(火)
SmartGridニューズレター編集部

がん研究所とFRONTEOヘルスケアは、ゲノム解析技術とAIを活用して、「がんプレシジョン医療」を実現するために共同研究を開始したと発表した。

公益財団法人がん研究会 がん研究所とFRONTEOヘルスケアは2017年1月31日、ゲノム解析技術とAI(人工知能)を活用して、「がんプレシジョン医療」を実現するために共同研究を開始したと発表した。がん患者1人1人の遺伝子変異などの状況変化に合わせて、最適な治療法を提供する「がん個別化医療」の実現を目指すとしている。アメリカのバラク・オバマ前大統領が2015年1月の一般教書演説で打ち出した「Precision Medicine」を、日本のがん治療の現場で実現しようという取り組みだ。

今回の共同研究では2種類のシステムを開発することを目指す。1つ目は、がん患者治療の際に、患者のゲノム情報などから最適な治療法を導き出し、担当医師に提案するシステム。2つ目は、がん患者に担当医師が病状や治療方針を説明する「インフォームドコンセント」を支援するシステムだ。

図 今回の共同研究の概要

図 今回の共同研究の概要

出所 公益財団法人がん研究会

ゲノム情報の分析は、がん研究会が設けている「がんプレシジョン医療研究センター」が担当する。がん関連遺伝子の変異を異常をくまなく解析する「クリニカルシークエンス」や血液などの液体から遺伝子の変異を調べる「リキットバイオプシー」などの最新の手法を活用して、がん患者の遺伝子情報などを統合、解析するデータベースを作る。

FRONTEOヘルスケアは、親会社であるFRONTEOが独自開発したAI「KIBIT」を利用して、治療法を提案するシステムと、インフォームドコンセントを支援するシステムを開発する。KIBITはテキスト解析から発展したAIであり、独自の「Landscaping」というアルゴリズムを利用することで、比較的少量の「良質な」データで学習モデルを作ることができる。計算コストが少ないという特徴もある。刑事事件の捜査資料の解析などの現場で、すでに実用のものになっている技術だという。

治療法を提案するシステムでは、学習モデル構築のための情報は主に学術論文を利用する、加えて、さまざまな医療関連の情報を使う。ただし、使用する情報はがん研究会の担当医師やFRONTEOヘルスケアと協力関係にある医学者が選別する。選別の基準は検討中としたが、絶対条件として「実験で再現できるもの」を挙げている。

図 「良質なデータ」のみを使って学習したモデルで、医師の判断を助ける材料を提示する

図 「良質なデータ」のみを使って学習したモデルで、医師の判断を助ける材料を提示する

出所 公益財団法人がん研究会

シカゴ大学医学部教授で、がん研究会のがんプレシジョン医療研究センターの特任顧問を務める中村祐輔氏は「ゴミと宝を混ぜて分析すれば、結果はゴミの方に引っ張られる」と語り、良質のデータのみを学習に利用するという点が、KIBIT採用の一因となったとしている。また中村氏は、アメリカの前副大統領であるジョー・バイデン氏の「トップクラスの論文でも再現できないものが50%にもなる」という発言を引き合いに出し、情報を選別することの大切さを強調した。

図 シカゴ大学医学部教授で、がん研究会のがんプレシジョン医療研究センターの特任顧問を務める中村祐輔氏

図 シカゴ大学医学部教授で、がん研究会のがんプレシジョン医療研究センターの特任顧問を務める中村祐輔氏

撮影 SmartGridフォーラム編集部

今回の共同研究の背景には、がん治療に関する医学論文や医療情報が続々と登場しているという点が挙げられる。研究が進んだ結果、患者の遺伝子情報やがん細胞に起こっている変化に対して、選択できる治療法や薬剤の種類の組み合わせが膨大な数になっているのだ。がん研究会の研究本部長兼がんプレシジョン医療研究センター所長である野田哲生氏はがん関連の遺伝子研究について「学問としてのゲノムから、今は医療としてのゲノムに移行している」と述べ、遺伝子研究の成果ががん治療の現場に浸透しつつある現状を解説した。

しかし、日本全国で最先端の研究成果とゲノム情報を利用したがん治療を受けられるわけではない。まず、日本全国の医師が最新の研究に詳しいわけではない。遺伝子情報を利用した治療を提供できる施設も多くはない。野田氏はゲノム情報を基に有用な診断を下せている例は、現状では「5%程度」としている。そして野田氏は、この数字を「5年後には30%まで引き上げたい」と目標を語った。

図 がん研究会の研究本部長兼がんプレシジョン医療研究センター所長である野田哲生氏

図 がん研究会の研究本部長兼がんプレシジョン医療研究センター所長である野田哲生氏

撮影 SmartGridフォーラム編集部

インフォームドコンセントを支援するシステムでは、インフォームドコンセント時に医師と患者が交わした会話を収集し、患者の理解度に応じてレベル分けをして学習モデル構築の材料とする。出来上がった学習モデルは患者と会話しながら、理解度を判断し、それに応じて説明の方法を変える。患者に病状や治療方針を正しく、早期に理解してもらうことを目指す。

インフォームドコンセントについて野田氏は、「医師にとっては長い時間と多大な労力を要するものだが、それでも医師が何を言っているのか理解できない患者も多い」と現状を語り、「このシステムで、医師と患者の間にある『情報ギャップ』を埋められれば」と期待を込める。

システムの開発期間は2021年末までの5年間。肺がんと乳がんを対象としたシステムを作る。2019年後半から、システムの試用を始め、2021年にシステムが完成したら、その成果を見てほかのがんに対応するシステムの開発も検討するとしている。このスケジュールについて野田氏は、「トライアンドエラーを繰り返して、システムを確立したい。5年後に確立できなければ日本のプレシジョン医療(Precision Medicine)はガタガタになってしまう」と決意を語った。


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