[スペシャルインタビュー]

BTのNGN戦略を聞く(2):NGNによる通信設備コストの削減と人気のサービス(FMCとIPTV)

2007/08/27
(月)
SmartGridニューズレター編集部

英国の最大手の固定通信網の通信事業者である、BT(British Telecommunications)は、2006年11月から、世界初のNGNの商用サービスを開始し、大きな注目を集めています。ここではまず、2000年初頭に、一時期経営危機に追い込まれたBTが、なぜ「ニュー・ウェーブ(New Wave)」と呼ばれるデジタル・ネットワーク・サービスなどを軸に、驚異的に経営を復活させることができたのか。さらに、BTがなぜNGN(次世代ネットワーク)に取り組んだのか、さらにこのNGNを軸にすえた21CN(21世紀ネットワーク)プロジェクトとは何なのかを、BT グループ テクノロジー&イノベーション 副社長 日本・韓国担当のヨン キム(Yung Kim)氏に語っていただきました。今回は、NGNのよる通信設備の運用コストの削減と人気の高いFMCサービスとIPTVサービスを中心にお聞きしました(敬称略)。
聞き手:インプレスR&D 標準技術編集部

BTのNGN戦略を聞く(1)

≪1≫NGNで可能な、通信設備の運用コストの大幅な削減

■BTがNGNの導入を加速させているのは、どのような理由からなのでしょうか?

キム  BTでは、かなり長期間を見越して技術的な、経済的な分析を行ってきましたが、その結果、なるべく早い段階でNGNに着手するほうが、経済的にメリットがあると判断したのです。全世界を見てみますと、従来の電話交換機システムというのは遅かれ早かれ、いずれは寿命を迎えてしまうわけです。それを念頭に置いたうえで、早く変えたほうがよいのか、後にしたほうがよいのかということを検討したわけです。

確かに従来の電話交換機のサプライヤー(提供者:ベンダ)を見つけるには問題はありますが、十分な投資をすれば、きちんとつくってくれるわけです。ということもありますが、BTとして、技術的あるいは経済的な分析を行った結果、なるべく早く新しい通信システム(NGN)に変えていくほうが、現状のBTにとっては経済的であるという結論になりました。その一番大きな理由は、よく忘れられがちなのですが、通信設備の運用コストの部分の問題なのです。

ヨン キム氏

■いわゆる、オペックス(OPEX:Operation Expenditure、運用コスト)の問題ですね。

キム そうです。通信設備の場合、通常、OPEX(運用コスト)のほうが、CAPEX(カペックス。Capital Expenditure,設備投資コスト)よりもかなり大きくなります。また、CAPEX(設備投資コスト)というのは、既に支出済みの経費なのですが、しかしOPEXは、毎年の支出であり、しかも上がっていく傾向にあります。ということは、OPEX(運用コスト)が上がれば、経営上のキャッシュ・フローはそれだけ大きな影響を受けることになります。

このような理由から、BTとしてはできるだけ早くから旧通信設備からNGNへの変更に着手していこうという方針を決めました。具体的には、2006年から2008年までの3年計画ということで、21CNのアクション・プラン(実行計画)が作成されました。3年というのは、既存の古い交換機をNGNの設備にすべて入れ替えるには、早くてもそれだけかかるという判断でした。

≪2≫NGNサービスに対するユーザーの反応

■それでは具体的にお聞きしますが、2006年11月からカーディフで開始されたNGNサービスに対して、ユーザーの反応はどうでしょうか。

キム まず通常の電話だけを使っているユーザーについては、まったく従来のサービスとの違いに気がつかない、すなわち、NGNによって提供されるIP電話サービスを、これまでの従来型の電話と同じように使っていただいています。また、ブロードバンド回線を使っているユーザーの方々も、従来のブロードバンド回線と同じ機能を引き続き享受していただいているという状況です。一方、BTにとっては、NGNを導入することによって、サービスをより速く、より安く、お客様に提供できるというメリットが生じています。

■その安く、速くということですが、実際にはどれくらい安くなったのでしょうか。 設備投資の面と、ユーザーへのサービス料金の面の両方を説明してください。

キム 現在は、ちょうど21CNネットワークの全国展開を行っているところですので、この段階で、ある特定のエリアにおける特定のサービスについて、具体的な数字を出すことはできない状況です。しかし、来年の2008年以降は、NGNを使用することによって、毎年10億ポンド(2400億円)の設備の運用コスト(OPEX)の削減を、実現できる見通しが立っています。

≪3≫NGNの具体的なサービス例:IP電話/BTフージョン

〔1〕IP電話サービス:<定額>2000円/月

■先ほどお話があったように、現在のところは従来の電話がNGNによるIP電話になっても、まったく使い勝手は変わらないということでしたが、料金的にはいかがでしょうか。また、サービスとして、NGNならではのサービスというのは、現在のカーディフの商用サービスでは行われているのでしょうか。

キム 現在NGNで展開しているサービスの大半は、すでに、全国的に提供されているブロードバンド・サービスで展開されているサービスとほぼ同じサービスです。カーディフ地域では、このようなすでに、全国的に展開しているブロードバンド・サービスと、NGNのサービスを両方組み合わせて使えるようになっています。料金的な面から言いますと、BTは例えばIP電話のサービスを、全国どこにかけても一律1ヵ月定額料金(使いたい放題)で、8ポンド(約2000円)で提供しています。

〔2〕人気が高いBTフージョン(FMCサービス)

■ 1ヵ月2,000円で全国一律に使いたい放題というのは、結構安い料金ですね。そのほかに何か人気のあるサービスはあるのでしょうか。

キム  NGNベースで、FMC(Fixed Mobile Convergennce、固定通信サービスとモバイル通信サービスの融合)サービスも提供しています。このサービスは、ブロードバンドのお客様に対して販売しているサービスですが、ブロードバンドのお客様側にはBTホーム・ハブ(BTから無料で提供)と呼ばれる装置が設置されます。BTが提供しているトータル・ブロードバンド・サービスは、図6のようになっています。

図6:BTが提供しているトータル・ブロードバンド・サービス
図6:BTが提供しているトータル・ブロードバンド・サービス(クリックで拡大)

図6の中央にBTホーム・ハブの写真を示しますが、このBTホーム・ハブをもっている人は、「BTフュージョン」というFMCサービスを使っていただくことができます(ただし、相手が同じBTフュージョンに加入していることが前提です)。このFMCサービス(BTフュージョン)は、お客様にWi-Fi(無線LAN)と携帯の両方を使えるような端末(無線LAN機能内蔵携帯端末)を持っていただきます。これによって、図7に示すように、屋外では携帯電話端末として使用し、在宅時にはBTホーム・ハブとWi-Fiで接続し、BTホーム・ハブ経由で料金の安い有線(固定)のブロードバンドで電話をするという仕組みです。図8にBTフュージョンの端末の例を示します。

図7:BTフュージョンの仕組み
図7:BTフュージョンの仕組み(クリックで拡大)

図8:BTフュージョンの端末の例
図8:BTフュージョンの端末の例

このように、外出時には携帯のネットワークを使って、携帯電話を利用することができます。しかし、屋外にもBTの公衆無線LANサービスである、「BTオープンゾーン」という無線LANスポットがありますので、そのスポット内ですとWi-Fiで通信する形になります。このときお客様は、端末を操作する必要は一切ありません。ハンドオーバー(切り替え)技術によって、自動的に切り替えが行われるからです。例えば、帰宅時に、携帯電話をしながら家に入っていくと、携帯電話の接続が、自動的にWi-Fiに切り替わり、呼(話中の呼)が自宅のBTホーム・ハブのほうに転送されるという仕組みになっています。

〔3〕携帯ユーザーを固定ユーザーに取り込んでしまう新ビジネス・モデル

■つまり、携帯電話のユーザーを、ユーザーがまったく気づかないように固定電話ユーザーに取り込んでしまう(獲得してしまう)という、新しいビジネス・モデルですね。しかも、固定電話のほうが、はるかに料金が安いのでユーザーから喜ばれると言うことですね。

ヨン キム氏

キム その通りです。具体的には、FMCサービス(BTフュージョン)の場合、いろいろなサービスがありますが、一番安いサービス料金は、月額定額で20ポンド(4800円)です。この一番安い月額20ポンドという料金の中には、1ヵ月当たり100分の固定電話料金も含まれています。また通常、その契約形態にもよりますが、契約を促進するために、例えば18カ月の契約で、最初の3カ月は無料というような形の契約になっています。また、携帯端末は無償で提供されますので、お客様は端末のコストがかかりません。

さらに、お客様が携帯端末を自宅で(Wi-Fiで)使用している間、あるいは公衆無線LANスポットで使用している間、すなわちWi-Fiを利用する環境では、4分の通話時間を1分とみなして契約しますので、料金は75%も安くなることになります。英国でも、携帯の通信料金は日本と同じように高いのですが、固定電話は安いので、このFMCサービスを利用して経済的な電話が可能になっています。

〔4〕BTがブロードバンドを推進する理由

■ということは、BTフュージョン(FMCサービス)はユーザーから大いに歓迎されているサービスということですね。

キム はい、そのとおりです。また、このようなサービスを利用いただくと同時に、すべてのお客様にブロードバンドに移行してもらいたいとも考えています。その理由は、既存のブロードバンド回線は、すべて21CNのNGNと直接つながっているからです。私たちが提供するブロードバンド・サービスの中には、当然、電話サービスも含まれています。

図9に、BTのトータル・ブロードバンド・サービスの料金を示していますが、例えば、オプション3の場合、サービス料金は、現在、22ポンド99(5500円)となっています。これはあくまでも最初の3ヵ月間の特別プロモーション価格です。しかし、この料金設定の中には、夜間と週末のIP電話は、全国どこにかけても無料と言うサービスも含まれています。また、Wi-Fiを利用した場合は、250分間の電話料金も無料となっています。ということですから、FMCサービスに対応した固定電話の料金は、すでにかなり安い状況となっています。

図9:BTのトータル・ブロードバンド・サービスの料金
図9:BTのトータル・ブロードバンド・サービスの料金(クリックで拡大)

≪4≫「BTビジョン」という新しいIPTVサービス

■BTフュージョン以外の魅力的なサービス(映像系サービスなど)にはどんなものがありますか?

キム 例えば、2006年12月にサービスを開始した「BT ビジョン」というIPTVのサービスがあります。このBTビジョンの仕組みを図10に示します。機器の構成としては、テレビ用アンテナに接続されたSTB(セットトップ・ボックス)をBTホーム・ハブに接続します。STBとBTホーム・ハブはともに無償で提供されます。このSTBには80時間分のビデオのレコーディングができます。また、デジタル・テレビの無料視聴およびラジオのチャンネルを無料提供しているFreeview社の既存のサービスを経由して、デジタル地上波テレビのほうにも接続することができます。

図10:BTビジョンの仕組み
図10:BTビジョンの仕組み(クリックで拡大)

英国においては、9年前(1998年11月)から地上デジタル・テレビ放送(DVB-T:Digital Video Broadcasting-Terrestrial)が開始されていまして、現在チャンネル数は40を超えています。このBTビジョンというサービスによって、Freeview経由で地上デジタル・テレビを視聴できる一方、BTホーム・ハブ経由でBTが提供するビデオ・オン・デマンド(VoD)・サービス(IPTV)を視聴したりすることができるわけです。

■それはどのように契約し、料金はどれくらい支払うのでしょうか。

ヨン キム氏

キム とくに契約はいりません。無料のサービス、無料のテレビだけを見たい人は、毎月特に追加料金などはかからずに見ることができます。しかし、例えばビデオ・オン・デマンド(VoD)で何か視聴したいというような場合には、自分が視聴した分についてのみ料金を支払うことになります。VoDサービスで一番安いのが29ペンス(70円)です。最大料金のものは、2ポンド99ペンス(720円)です。しかし、常時すべてのコンテンツを見たいという方々には月額定額で14ポンド(3400円)というサービスがあります。

≪5≫21CNプロジェクトによるNGNのアクション・プラン

■ここで、またウェールズ地方のカーディフの話にまた戻らせてください。具体的にカーディフのNGNのシステムは、昔の電話交換機のシステムで構築したときと比べて何分の1で設備投資ができたのでしょうか。

キム 今この段階で、その内訳といいますか、割合を出すのは大変難しいと思います。というのは、今回のNGNの商用サービスはカーディフ地域のみということですが、電話網についても、全国展開に必要な40%のインストールをしなければならなかったことや、同じ理由でIMSに対する投資も必要でした。ここで申し上げたカーディフ地区における30万ユーザーというのは、我々のトータルのユーザー数(2,900万回線)の1%にすぎません。

この21CNプロジェクトの現状のサービスは、カーディフというエリアに限定されていますが、このエリアからサービスをさらに展開するためには、そのNGN対応の電話網すなわちIP電話網を全国に展開していかなければなりませんし、同時にNGNのコア・ネットワークも全国展開しなければなりません。

図11:21CN(21世紀ネットワーク)プロジェクトのアクション・プラン
図11:21CN(21世紀ネットワーク)プロジェクトのアクション・プラン(クリックで拡大)

■21CN(NGN)の全国展開は、どのようなスケジュールで行われるのでしょうか?

キム この21CNプロジェクトの全国展開に向けたアクション・プラン(ロードマップ)を、図11に示します。2007年7月から今年いっぱいには、いろいろなオペレータ(通信事業者)、いろいろな規模の産業の方々とか、これまでの実験結果に基づいてさまざまな形のレビュー(検討)が行われます。その後、2008年から21CNの全国的な移行の展開が始まっていきます。この全国的に移行していくために3年間かける予定です。すなわち、2010年には、2,900万の電話回線はすべてNGNベースのネットワークに移行が完了し、現状の電話しシステムは完全に消えることになります。

(つづく)

プロフィール

ヨン キム氏

ヨン キム(Yung Kim)

1956 年9 月8 日 韓国テグ市生まれ。英国国籍。
1980 年 ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジにおいて電気工学の学士号。
1981 年 同大学でマイクロ波工学および近代光学(Modern Optics)の修士号を取得。
1982 年 メッセージ・スイッチング・システムのテスト・エンジニアとしてBT に入社。
1985 年~1995 年 BT の技術研究所にて音声アプリケーション、ATM、インターネットサービスなどの開発に従事。
1998 年からの2 年半はBT ジャパンのテクノロジー担当責任者として日本で勤務。
2004 年5 月、BT グループCTO オフィスのテクノロジー&イノベーション担当副社長に
2004 年7 月より東京へ赴任。同時にBT グループ テクノロジー&イノベーション 副社長 日本・韓国担当に就任。現職

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