[スペシャルインタビュー]

スマートグリッドを実現する802.15.4g(SUN)の標準化動向を聞く!第5回(最終回)NICTの実証実験

2010/02/08
(月)
SmartGridニューズレター編集部

世界各国でスマートグリッド(次世代電力網)への取り組みが活発化し、多彩な標準化が推進されているが、現在、「IEEE 802.15.4g」で行われているSUN(Smart Utility Networks)の標準化は、スマートグリッドを実現する通信規格のひとつとして大きな注目を集めている。そこで、このIEEE 802.15.4gに参加し積極的に標準化活動を推進されている、NICTの新世代ワイヤレス研究センターの児島史秀(こじまふみひで)氏(ユビキタスモバイルグループ 主任研究員)に、標準化の現状をお聞きした。IEEE 802.15.4gは、半径数100メートル~数キロメートル程度(後述のとおり、各リージョンにおける仕様において異なる)の範囲の地域において、複数の各ホームネットワーク〔スマートメーター部分を窓口とする〕からの情報を電力会社やガス会社の情報収集局(制御センター)に集約し、双方向に制御できること、またZigBee等に比べ消費電力を大幅な低減を目指していることなど、スマートグリッド時代の無線ネットワークとして期待されている。
今回(第5:最終回)は、第1回「802.15.4g(SUN)がめざす標準」、第2回「802.15.4gでの審議内容と日本からの提案」、第4回「802.15.4g(SUN)に対応するMAC層」につづいて、NICTにおけるSUNモジュールの試作品と実証実験の内容を中心にお聞きした。
〔NICT:National Institute of Information and Communications Technology、独立行政法人 情報通信研究機構〕

スマートグリッドを実現する802.15.4g(SUN)の標準化動向を聞く!:第5回(最終回) NICTのSUNモジュールの試作品と実証実験

≪1≫日本から提案したMACプロトコルの構成と特徴

■ 日本から提案したMACプロトコルについて、もう少し具体的に説明していただけますか。

児島 図9は、私たちが提案している、MACプロトコル(スーパーフレーム)の構成で、実際にどのように中継されるかを示しています。前回(第4回)示した図8の「黄色い部分」の時間長(SD:Superframe Duration、無線回線を使用する予定区間)のことを「スーパーフレーム」と言います。ビーコン(同期用制御信号)によってスーパーフレームの始まりが決められ、それを受信する端末がみんなで同期をとりながら使っていくわけです。

例えば図9の場合は、5つの丸(CS、M1、M2、M3、M4)が書いてありますが、「CS」と書いてあるのはCollection Station(情報収集局)で、いわゆる水道局でもよく、また電力会社でもよいのです。すなわち、各戸に設置されているスマートメーターからの情報を集めるところです。それに対して「M」はメーター(Meter)であり、図9には4つ(M1、M2、M3、M4)ありまして、それぞれのメーターがデータを集めてくれているという図を表したものです。


図9 ロングライフ(長寿命)型MACプロトコルの仕組み(2)(クリックで拡大)

図9 ロングライフ(長寿命)型MACプロトコルの仕組み(2)


■ 例えば、M3はM1を経由してCSに情報を送っているのですね。

児島 そういうことです。M3は遠いのでM1が中継してくれているということですね。

児島史秀氏(NICT新世代ワイヤレス研究センター主任研究員)
児島史秀氏
(NICT新世代ワイヤレス
研究センター主任研究員)

まず、図9のCS(情報収集局)の横に時間軸(t)が書いてありますね。その時間軸上の黄色い部分が、CSが定義するスーパーフレームなのです。

まず、CSが定期的にビーコン(点線)を出します。これはCSが決めたルールなのです、「おれがこの周期でビーコンを出すよ」(図9のCS’s BI:Collection Station’s Interval)ということです。それは、先ほど申し上げましたように、ビーコンなのですが、実際には消費電力低減の目的で、必ずしも送信されないことはすでに述べました。また、スーパーフレームの中で、CAP(黄色い部分)という、実際に通信に使われる区間をCSが決めるわけです。あとは「お休み」(スリープ)ということなのです。

それに対して、例えばM1(メーター1)はどうするかというと、M1がCSに送りたいときは、このCSのルールに従うしかないのです。ですから、M1とかM4が送信(図9中の“send”)状態のときは、ここのCSが決めた黄色い四角の区間で送るしかないのです。なぜかというと、CSがそう言っている(決めている)からなのです。

一方で、M1の下に「子供」(M2とM3)がいますね。そのM2、M3のために、M1は独自にまたスーパーフレームを定義しないといけないのです。まずM1が、自分はこの時間起きているよ、ということを決めるわけです。そうすると、M2とかM3はそれに従って情報を送っていくということなのです。そうすると、図9の最下段にある図(M1’s status)を見てください。結局、この図のような流れで彼らは毎日動作しているのです。最下段の図はM1の動作を示す場合ですが、

(1)ピンク色は送信状態(Transmit)
(2)オレンジ色は受信状態(Receive)
(3)緑色がスリープ状態(Sleep)

という状況にあるということを示しています。

例えば、図9におけるM1のように、送信時には、上位の端末(あるいは収集局)の定めるスーパーフレームに従い、受信時には自身で決定するスーパーフレームを下位の端末に通知し、これに送信タイミングを従わせる状況がありますが、このときに送信と受信のタイミングを効率よくずらして両立することができます。


≪2≫NICTにおけるSUNモジュールの試作品と実証実験の内容

■ そういう仕組みで、消費電力を少なくするのですね。

児島 そうです。そういうMACを、提案させていただいています。図10図11はNICTが開発した、3cm×5cm×1cmの大きさの小型ロングライフ型小電力無線デバイス(端末)のプロトタイプです。この実装形態で、電池を交換することなく、4年程度の動作が可能であることを見積もっています。ご覧いただいているのはこのようなサイズのものですが、ガス・メーターに付属させることを考えると、ここまで小型化せず、例えばインタフェースを付加する等の理由で、これより少々大きいサイズも許容されるとおもわれます。


図10 NICTで開発された小型ロングライフ型小電力無線デバイス(端末)(クリックで拡大)

図10 NICTで開発された小型ロングライフ型小電力無線デバイス(端末)


図11 NICTで開発された小型ロングライフ型小電力無線デバイス(端末)の仕様
項 目 内 容
中心周波数帯 400MHzおよびそれ以下
送信電力 最大10dBm (アンテナ入力電力)
変調方式 FSK(周波数変調)
信号帯域幅 32 kHz
データ伝送速度 19.2kbps
MAC方式 改良型15.4MAC
ルーティング方式 自律型TREE(ツリー)構成
ビーコン間隔 1s
アクティブ期間 3.5ms
データフレーム長 12.5ms


■ 今、MAC層の標準化では、技術的にそういうことが焦点になっているということですね。

児島 そうですね。

■ ところで、元に戻って恐縮ですが、物理層のところで気になったのですが、OFDMとFSKではどちらに軍配が上がるのでしょうか。

児島 一つは、先ほど申し上げたように結局OFDMとFSKが対立するところは、マルチパスの問題なのです。OFDMグループは、最初から無線環境では必ずマルチパスが発生するからFSKは絶対だめだと主張するのです。それに対して、私たちのFSKグループも実験を行っています。一つの論点は、少なくとも日本の場合使用する電波の強さ(電力)が弱くて、距離も短くエリアも小さいので、マルチパスはほとんど起こらないのです。ですから、FSKで十分だというのが私たちの主張なのです。

もう一つは、マルチホップ(回り道)というものを考えています。マルチパスというのは1対1(送信側と受信側)のパス(通信経路)の中で、途中の建物などの反射波によって干渉し合いぐちゃぐちゃになって電波が使えなくなる現象のことですね。しかし、あるパスが使えなくなったら、別に回り道すればいいのです。すなわち、2つの端末間の直接の通信が困難である場合に、第三の端末が存在するならば、これ(第三の端末)を経由した中継通信によって、回り道が可能となります。そのようなマルチホップを使えばできるという資料は、すでにタスク・グループに提出してあります。

■ しかし、最近の技術的な傾向として、地上デジタル放送も無線LANも、WiMAXも、みんなOFDMを採用するようになってきていると思うのですが、この辺はいかがでしょうか。

児島 たしかにそのような傾向はありますね。ただ大きく違うのは、とにかく消費電力というのが非常に深刻だということが大きな要因になっています。現実に、802.15.4のZigBeeの場合は、消費電力が大きいため、ZigBeeモジュールを内蔵したガス・メーターや水道メーターのZigBeeモジュールの電池を非常に短期間で取りかえなくてはならないようです。そのため、とにかく電池が長もちするものをつくってほしいというのが切なる願いになっているのです。そうすると、やはりFSKのような簡単な変調方式が必要になってくると考えます。

ただし、同じメーターでも電気メーターの場合は電源を電力線からとって給電が可能ですので、電池の寿命について心配することはなくなるかもしれません。そこで使い分けのようなこともあるかと思います。

■ たしかに。電気が来ていない(給電できないので電池が必要)ガスや水道のメーターの場合と電気のメーター場合はそこが違うのですね。

児島 そのため、前者の場合ですと、電池が10年くらいもつZigBeeに代わる低消費電力のモジュールの開発が期待されているのです。

話を戻しますと、例えばガスの場合ですと、ガス・メーター情報を月に何回か定期的にユーザーに届けるぐらいのものでしたら情報も少ないので、低速の仕様でもよいので、そういうときにはFSKのような低コストの変調技術を使えばよいのです。しかし一方で、802.15.4gでIP通信を行いそのIP通信のアプリケーションを考え、新しいビジネスを興そうとしている団体もいらっしゃると思うのです。そのような場合は、ある程度速い伝送速度が必要になるかもしれませんので、そういう場合にはOFDM等、より高コストのモードを使うということもあると思います。

802.15.4g 4のタスク・グループに提案されている仕様をみましても、私たちのFSKグループの場合は、伝送速度は100kbpsと考えていて、オプションとして200kbpsから400kbps程度と考えているわけです。それに対してOFDMグループの提案を見ると、700kbpsなどと2倍近い伝送速度を提案されているのです。このように、OFDMグループのターゲットは高速化を目指していることがわかります。

■ 先ほどの電力の問題ですけれど、ZigBeeが100とすると、どれぐらいの低い消費電力でやろうとしているのですか。

児島史秀氏(NICT新世代ワイヤレス研究センター主任研究員)
児島史秀氏
(NICT新世代ワイヤレス
研究センター主任研究員)

児島 今のところは、何とも言えないところがありますが、大体10分の1から100分の1を目指しています。誤解のないように補足しておきますと、そもそもZigBeeは定期的にビーコンを出す仕組みですから、802.15.4g(SUN)とは目的が違う技術ととらえておいて欲しいとおもいます。

■ わかりました。今、802.15.4gが出てきて、日本でもスマートグリッドに対して非常に関心が高まっています。児島さんはそのスマートグリッドと802.15.4g(SUN)の関係をどう見ておられますか。

児島 私は、まず少なくともスマートグリッドと802.15.4g(SUN)の関係は、必ずしも一致するというものではなく、802.15.4g(SUN)はスマートグリッドを実現するための技術の一つととらえています。そもそも802.15.4g(SUN)というのは、メータリング(電力メーターやガス・メーターなど:スマートメーターのこと)のところを出発点として生まれ、低消費電力の実現を目指したものです。それが、オバマ大統領が言っているように高度電力供給網の話になってくると、スマートグリッドになってくるわけですね。私の考えでは、両者の出どころが結構違うような気がするのです。

ですから、802.15.4g(SUN)はスマートグリッドというよりは、スマートメーターと言われることのほうが多いのです。スマートグリッドとデジタル化された電子的メーターと深くかかわりがあるため、スマートメーターに関する標準仕様をつくる802.15.4g(SUN)にも関心が高いのだと思います。


≪3≫802.15.4g(SUN)の標準化にNISTも参加へ!

■ 802.15.4g(SUN)とIEEEのもう少し上部のIEEE P2030や、NIST(米国標準技術研究所)の関係はどのようになっているのでしょうか。

児島 現在は、IEEE P2030とは第1回の図2に示したような状況であり、特別に協調関係はありません。NISTは、米国におけるスマートグリッド構想の旗振りをしていることからも、802.15.4g規格とは関わりが深いと考えられます。実際に、NISTも802.15のワーキング・グループメンバーであり、802.15のミーティングにも参加しているようです〔802.15.4g(SUN)のタスク・グループにもNISTは提案などを行い、標準化づくりに参加している〕。

ですから、タスク・グループ、あるいはワーキング・グループの進行上で協力関係はありうると考えられます。また、私たちが提案を行うに当たって、シミュレーション実験を行う場合などNISTさんのソフトを使ってやらせてもらった実績もあります。

最後になりましたが、図12に、私たち(NICT)が400MHz帯および950MHz帯を用いた802.15.4g(SUN)の実証試験の様子を示します。この実験をもとに新しい標準をつくるために、NICTは802.15.4g(SUN)タスク・グループに積極的な提案を行っているのです。

■ 本日は、ありがとうございました。


図12 NICTにおける802.15.4g(SUN)を実現するための実証実験(クリックで拡大)

図12 NICTにおける802.15.4g(SUN)を実現するための実証実験


--終わり--


プロフィール

児島 史秀(独立行政法人情報通信研究機構新世代ワイヤレス研究センター主任研究員)

児島 史秀(こじま ふみひで)氏

現職:
独立行政法人情報通信研究機構新世代ワイヤレス研究センター主任研究員

【略歴】
1999年、大阪大学大学院工学研究科博士後期課程修了。
同年、郵政省通信総合研究所入所。
以来、ITS通信技術、防災アドホックネットワーク技術に従事。
現在、独立行政法人情報通信研究機構 新世代ワイヤレス研究センター ユビキタスモバイルグループにてIEEE 802.15.TG4gの標準化活動、ならびに特定小電力システムの高度利用に関する研究開発に従事。
IEEE会員、電子情報通信学会会員、IEEE 802.15および11WG投票メンバー。


バックナンバー

≪スマートグリッドを実現する802.15.4g(SUN)の標準化動向を聞く!≫

第1回:802.15.4g(SUN)がめざす標準とは?

第2回:802.15.4gでの審議内容と日本からの提案

第3回:3つの変調方式の違い

第4回:802.15.4g(SUN)に対応するMAC層

第5回(最終回):NICTのSUNモジュールの試作品と実証実験


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≪ スマートグリッドを実現する802.15.4g(SUN)の標準化動向を聞く!≫

第1回:802.15.4g(SUN)がめざす標準とは?
第2回:802.15.4gでの審議内容と日本からの提案
第3回:3つの変調方式の違い
第4回:802.15.4g(SUN)に対応するMAC層
第5回(最終回):NICTのSUNモジュールの試作品と実証実験

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