[スペシャルインタビュー]

イー・モバイルのHSPA+/LTE戦略を聞く!(第3回)

第3回 イー・モバイルのビジネス・モチベーションの原点
2009/08/21
(金)
SmartGridニューズレター編集部

2009年7月にUQコミュニケーションズによる「UQ WiMAX」の商用サービス(下り40Mbps、上り10Mbps)が開始され、10月からはウィルコムの次世代PHS「XGP」の商用サービス(下り/上りともに20Mbps)が予定されている中、イー・モバイルは、2009年7月24日から下り21Mbps(上り5.8Mbps)の「HSPA+」のワイヤレス・ブロードバンドサービスを開始。ワイヤレス・ブロードバンドの速度競争は戦国時代へ突入した。
ここでは、イー・モバイル(株)次世代モバイルネットワーク企画室室長の諸橋知雄(もろはし ともお)氏に、同社が果敢に挑戦するHSPA ⇒ HSPA+ ⇒ DC-HSDPA / LTEという新しいワイヤレス・ブロードバンドの流れを展望しながら、HSPA+サービスの内容や高速化の仕組みとイー・モバイルの今後のビジネス戦略を、お聞きした。今回(第3回)は、
第1回:スタートしたHSPA+のサービスの内容からDC-HSDPA/LTEを展望したイー・モバイルのロードマップ
第2回:HSPA+とDC-HSDPAとLTEの特徴とその比較
に続いて、なぜ、イー・モバイルは移動通信事業に参入したのか、そのモチベーションの原点を中心に語っていただいた。

イー・モバイルのHSPA+/LTE戦略を聞く!(第3回)

≪1≫HSPA+は、光ファイバ並みの実効速度

諸橋知雄氏〔イー・モバイル(株)次世代モバイルネットワーク企画室室長〕
諸橋知雄氏
〔イー・モバイル(株)
次世代モバイルネットワーク
企画室室長〕

 

■ 第1回、第2回で、次世代ワイヤレス・ブロードバンドの最新のトピックスをお話しいただきまして、ありがとうございました。イー・モバイルから21メガ(21Mbps)のサービスが2009年7月の末から提供されましたが、高速化することによって何かサービスのイメージが変わることがあるのでしょうか。ユーザーの使い勝手の環境とか料金問題とかも含めてです。

諸橋 やはり、私たちが提供しているのはモバイル・ブロードバンドですので、基本的にはできるだけ、既存のサービスと互換性を保ちながら、できるだけ安く提供するということが、基本的なミッションだと思っています。

ですから、そのサービスのうえでどのようなアプリケーションが動かされるかということは、もちろんお客様にゆだねられています。ただ、従来よりもリッチな(ハイビジョン映像などの)コンテンツをストレスなく高速に利用できる環境に近づいていることは事実です。すなわち、高速性が求められるようなアプリケーションは使い勝手がよくなっていくと思います。

■ 図1に示すように、21メガ(21Mbps)のサービスでは、実測で10Mbps以上の伝送速度が出ています。このスピードは、100Mbpsの光ファイバ(FTTH)が敷設されている光マンションで、複数戸で共有して利用するケースであれば頻繁に体験する速度ですし、50MbpsのADSLの場合も、局から比較的遠い場合は、10Mbpsを下回る速度の場合も大いにあり得ます。したがって、今まで自宅の有線でやっていたことが、戸外の無線でも実現するという目標が達成にむけて着実に進んでいるといえるのではないでしょうか。


図1 21メガサービスの速度:「ADSL/光マンション並み」のモバイル・ブロードバンドを実現(クリックで拡大)

図1 21メガサービスの速度:「ADSL/光マンション並み」のモバイル・ブロードバンドを実現


≪2≫イー・モバイルのプロフィールとビジネス展開

■ これまで技術的なお話をいただいたので、少しイー・モバイルの企業のプロフィールや移動通信に関するビジネス戦略などのお話をしていただけますでしょうか。

諸橋 イー・モバイルの企業のプロフィールを簡単にご説明しますと、図2に示すとおり、イー・モバイル自身は2005年の1月に設立された会社です。今年で4年目になっていますが、イー・アクセスの38.3%の持分法適用関連会社になっています。


図2 イー・アクセス・グループの会社概要(クリックで拡大)

図2 イー・アクセス・グループの会社概要


イー・アクセスは、現業であるADSLの事業を主とする事業は継続して行っています。イー・モバイルは、イー・アクセスの資本を入れた独立会社として、そのオペレーションをしています。

図3の左下に示すように、イー・アクセス・グループは、約30社のISP(プロバイダ)と提携して日本初のADSLのホールセール(卸売り)・ビジネスからスタートしました。

その後、AOLのISP事業を買収して、ホールセールだけではなく、リテール(一般ユーザーを対象にした販売)も行うということで、ホールセールとリテールの両方を行う会社として、世界的にも非常に珍しいADSL事業者になりました。さらに、KDDIのメタル電話サービスとセット販売するなどによってユーザー数を伸ばし、ADSLで200万前後のユーザー数を獲得するに至りました。


図3 イー・アクセスグループの成長ストーリー(クリックで拡大)

図3 イー・アクセスグループの成長ストーリー


■ 諸橋さんはいつからモバイル・ビジネスにかかわっているのでしょうか。

諸橋 私は、2004年に最初数人からモバイル・プロジェクトを始めました。当時まったくモバイルのビジネスに精通する社員はいなくて大分苦労しました。しかし、2005年11月に1.7GHz帯の周波数免許を取得して、2007年の3月からモバイルによるブロードバンドデータ・サービスを開始するに至りました。現在(2009年7月末現在)では、170万加入を超えています。また、イー・アクセス側は今年アッカ・ネットワークスとの合併が完了して、1つの会社になったという状況です。イー・アクセス・グループとしては、ADSL:256万人、イー・モバイル:170万人、AOL:16万と、計440万人強ぐらいのお客様に対してサービスを提供する企業に成長してきました。

≪3≫今後のビジネス・モデルの展開

■ 今後、モバイル・ブロードバンドを背景にして、事業を拡大するうえで、どのようなビジネス・モデルを展開していかれるのでしょうか。

諸橋 図4図5をご覧になってください。これが実は私たちが当初から言っている水平分業のビジネス・モデルです。これまでの通信事業者が垂直統合型を基本としていたのに対して、私たちは水平分業型のビジネス・モデルを目指しています。すなわち、お客様にはネットワーク(土管)部分を提供することによって、通信事業者としてきちんと利益を上げるモデルを追求していくという方針です。


図4 通信市場は水平分業型へ(クリックで拡大)

図4 通信市場は水平分業型へ


図5 イー・アクセス・グループの目指す事業モデル(クリックで拡大)

図5 イー・アクセス・グループの目指す事業モデル


イー・モバイルが提供するモバイル・ネットワーク上で、お客様がどのようなアプリケーションを通すかということについては、どうぞご自由にというわけです。したがって当社(イー・モバイル)は、現在、音声サービスも提供していますが、この音声サービスについては、ユーザーさん自身がHSPA上でIP電話(VoIP)を動かしていただいても構わないのです。ただし、その音声品質の善し悪しについては特に保証はできませんが、利用したい方はどうぞやってくださいという方針なわけです。そのあたりは、制約を設定しないということです。これは2009年7月24日からサービス提供を開始したHSPA+(21Mbps)サービスも同じ方針です。

≪4≫イー・モバイルは、なぜ移動通信事業に参入したのか

■ そのように、次々に時代を先取りする先行的なサービスを提供するモチベーションの原点はどこにあるのでしょうか。

諸橋 はい。そのご質問は、イー・モバイルが、なぜ移動通信事業に参入したのかというモチベーションと同じことですので、図6を用いて説明しましょう。


図6 イー・モバイルが移動通信事業に参入した目的(クリックで拡大)

図6 イー・モバイルが移動通信事業に参入した目的(出所:Merrill Lynch “Global Wireless Matrix 1Q06”、NTT東日本、当社)


図6の左側に示す1984年の段階で、長距離固定電話サービスは3分間で通話料が400円もしていた時代です。これが、2006年の時点では8.5円まで、すなわち2%程度まで劇的に下がりました。次の図6の中央の図では、1999年に1カ月30時間のネット利用料金が1万8,080円だったISDNは、2,006年にはADSLが導入された結果、使いたい放題(料金定額制)のサービスが登場して、その約1/6の2,880円まで下がったのです。

ところが、携帯電話の月額の平均利用料金というのは、1999年時点の7,450円でしたが2006年では6,380円と1,000円強ぐらいしか下がっていないのです。つまり、携帯電話料金は高止まりしているのです。

■ そうですね。

諸橋 これが、イー・モバイルが移動通信事業に参入する目的の1つになっているのです。私たちは、携帯電話料金がリーズナブルな価格帯でサービスを提供され、より多くのお客様に使ってもらうということが大事だと思っているのです。

ですから、別に価格破壊をすることが目的なわけではなくて、お客様が使いやすい価格までは、少なくとも引き下げる必要があるだろう。高止まりしているからお客様は気分的に使いにくく、使えば金銭的負担が大きいわけです。携帯の通話料金をある程度下げて、お客様が気分的に楽に使える料金にするということは、通信事業者としての責務だと思っています。

■ そうしてくれると、携帯電話を、通話時間を気にせず使いやすくなりますね。

諸橋 これはデータ通信だけではなく、図7に示すように、音声に関しても1分当たりの単価(43円:2008年3月)は割高となっています。この料金は、ほかの諸外国と比べても、日本では高い通信料金となっています。


図7 日本の携帯電話は単価が割高(クリックで拡大)

図7 日本の携帯電話は単価が割高(出所:Merrill Lynch “Global Wireless Matrix 4Q07”)
(参考資料:http://www.soumu.go.jp/main_content/000033579.pdf#2


図7に示す1分当たりの単価が高いからMoU(Minutes of Use、加入者1人あたりの月間平均通話時間)は、日本は低いのだと見る人もいれば、日本人はメールを含むショートメッセージ文化だからMoUが小さいのだと言っている人もいますが、私は前者だと思います。料金を気にしなければ皆さんどんどん電話をかけるのではないでしょうか。日本はARPU(Average Revenue Per User、加入者1人あたりの月間平均通話料金)が極めて高いにもかかわらず、図8に示すようにMoUが低水準となっています。これは世界的にも非常に例のないめずらしい市場なのです。このような市場は、携帯事業者にとって天国です。


図8 諸外国に比べて低い日本における携帯電話の利用時間(クリックで拡大)

図8 諸外国に比べて低い日本における携帯電話の利用時間(出所:Merrill Lynch “Global Wireless Matrix 4Q07”)


■ なるほど。米国、香港、中国、韓国の順にMoU(加入者1人あたりの月間平均通話時間)が高く、日本はかなり低いですね。

諸橋 そうなのです。図9に移っていただくと、日本のARPUが高いことをご理解いただけると思います。例えば、米国は812分間通話してARPUが5,982円なのに、逆に日本は米国の1/6以下の138分間の通話なのにARPUが米国とほぼ同じの5,974円なのです。


図9 日本の携帯電話の月額支払い(ARPU)は多い(クリックで拡大)

図9 日本の携帯電話の月額支払い(ARPU)は多い(出所:Merrill Lynch “Global Wireless Matrix 4Q07”)


■ なぜ、日本のARPUがそんなに高いのですか。

諸橋 図10を見てください。図10の左側に、日本が世界で一番高速で、しかも一番料金が安い固定のブロードバンド市場を示してありますが、この市場は現在、3,031万契約(総務省:2009年6月発表)ある市場です。この市場に参画している事業者は、CATVが380社、ADSLが46社、FTTHが153社と、500社を超えているわけです。このような多数の事業社で競争して値段を下げた結果が、現在の世界一低い固定ブロードバンドの料金になっているわけです。


図10 日本のモバイル市場は巨大で寡占的(クリックで拡大)

図10 日本のモバイル市場は巨大で寡占的


ところが、一方のモバイル市場というのは、長いことNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクモバイルの3社の独占だったわけです。この3社の中で競争していると言われていますが、結局閉じた世界の中での競争のため、それが固定のブロードバンド料金のように、お客様にとって使いやすい低料金の成果になってあらわれにくいのです。そこで私たちとしては、ここに参入の意義があるのではないかと参入を決意したわけです。4社目として参入し、価格を破壊するということではなく、お客様にモバイル利用料金の価格を適切にしてサービスを提供していくことが大事なのです。

ご存知のとおり、市場の規模は、図10に示すように、1億800万契約(総務省:2009年6月発表)ですから固定のブロードバンド市場に比べて、モバイル市場のほうがはるかに大きいわけです。この1億800万契約もある市場で、本来、使用料金が世界に比して高止まりする理由は見当たらないのです。

■ そのような状況の中で、イー・モバイルの事業戦略はどう展開されていくのですか。

諸橋 イー・モバイルのターゲット・ユーザーというのは、現在のすべてのブロードバンド・サービスのユーザーであり、公衆無線LANのユーザーであり、携帯電話のユーザーであり、PHSのユーザーです。イー・モバイルのサービスというのはそれらをすべて併せもつサービスとして位置づけています。

■ ターゲット・ユーザーの中では、携帯電話市場が一番大きそうですね。

諸橋 そうですね。当社の契約者数は、図11に示すように急速に伸びており、2009年7月には、170万契約(シェア約2%)を突破しています。全体のシェアは確かにまだ微々たるものですが、毎月の加入者数の純増シェアというのが結構大きくなってきています。


図11 イー・モバイルの契約数の推移(クリックで拡大)

図11 イー・モバイルの契約数の推移


--つづく--

バックナンバー

第1回:スタートしたHSPA+のサービスの内容からDC-HSDPA/LTEを展望したイー・モバイルのロードマップ

第2回:HSPA+とDC-HSDPAとLTEの特徴とその比較

第3回:イー・モバイルのビジネス・モチベーションの原点


プロフィール

諸橋 知雄氏(イー・モバイル株式会社 次世代モバイルネットワーク企画室 室長)

諸橋 知雄(もろはし ともお)氏

現職:
イー・アクセス株式会社 新規事業開発室 室長
兼 イー・モバイル株式会社 次世代モバイルネットワーク企画室 室長

【略歴】
1994年 第二電電(株) (現KDDI)入社
1996年 米国カリフォルニア州立大学サンディエゴ校無線通信センタ出向
2001年 イー・アクセス(株) 入社
2003年 新規事業企画本部長。モバイルプロジェクトを立ち上げる。
2006年より現職。主にモバイル事業における新規技術の導入戦略の企画立案・技術開発を担当。

【主な活動】
LTE等の新規技術の実証ならびに開発、導入戦略の立案ならびに新規技術導入に係る制度化、標準化に携わる。

 

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