神戸で「CJK+ITU-T ラウンドテーブル会議」を開催
写真1:「CJK+ITU-Tラウンドテーブル会議」の模様
レポータ:TTC理事長 井上友二
TTC企画戦略部長 岩田秀行
( 取材協力:インプレスR&D 標準技術編集部)
≪1≫ITUの標準化局長であるM.ジョンソン氏も参加
NGNの標準化の進展と、国際的なNGN商用サービスやフィールド試験の開始を背景に、神戸国際会議場では、世界の各地域や国を代表する標準化機関(SDO:Standards Development Organization、例:日本のTTCやARIBなど)の年次総会が開催され、表1に示すような世界の各地域、各国の標準機関から、総勢約120名が参加した(今回はオーストラリアのACIFのみ不参加)。
このGSCは、ITUを中心とする世界の情報通信関係の標準化に関して、標準化機関(SDO)同士の協力はもちろんのこと、どのようにITU以外のいろいろな標準機関と協力しながら、どのようなテーマを中心にして標準化を進めるべきか、などを年1回、整理・検討する目的をもつ組織で、今回はその第12回(12年目)にあたる。このGSCは、現在、ITUへの参加国が191カ国にものぼっており、各SDO間で、きめ細かな議論ができにくい状況となっているため、年に1回1週間程度かけて、集中的に検討を行うために設けられている(図1)。
このような役割をもつGSCには、当然のことながらアジア地域の標準化の諸課題について検討するCJK(中国・日本・韓国)の各代表も参加しているため、今回のようなCJKの会合が実現されることになった。
このCJK会合は、
- 政府レベルの会合
- 標準化機関レベルの会合
- キャリア(通信事業者)・レベルの会合
というように、いろいろなレベルで行われているが、今回のCJK会合は、ICTに関連する標準化機関レベルの会合に位置づけられる。このCJK会合には、現在、NGNとIMT-Advanced(旧名称:Beyond 3GあるいはB3G、3Gの次世代モバイルの標準)の2つのワーキング・グループが設置されており、適宜、ITUの大きな会合などの前にCJKが集まって意見交換を行っている。
今回のGSCの会合にはCJKの代表的なメンバー(写真2,表2)とともに、ITUの標準化局長であるマルコム・ジョンソン氏(以降、ジョンソン局長)も参加されていることもあり、ジョンソン局長とCJKの代表が集まり、神戸ポートピアホテル本館で、今後の標準化に対する要望や課題を話し合おうという「CJK+ITU-Tラウンドテーブル会議」(以降「CJK会合」)が企画された。なお、通常のCJK会合には日本からARIB(電波産業会)も参加しているが、今回は「NGNにフォーカスした会合」であるため、TTCのみの参加となった。
写真2:前列左から、Reinhard Scholl氏(ITU)、Duo Liu氏(CATR、中国)、Malcom Johnson氏(ITU)。後列左から、Jinxing Li氏(CCSA、中国)、井上友二(TTC、日本)、Chae Sub Lee氏(ETRI、韓国)、Won-Sik Kim氏(TTA、韓国)
≪2≫今回のCJK会合における議論のポイント
〔1〕井上(TTC)からの3つの提案
写真3:司会 井上友二(Yuji Inoue、TTC)
まず、モデレータの井上友二(TTC)から今回のCJK会合における議論の趣旨を説明したが、その要点は次の3点である。
1. ジョンソン氏が新しくITUの標準化局長に就任(2007年1月)されたので、CJKの活動状況を伝えるとともに、ITU-Tの改革方向について率直な議論をしたい。
2. アジア地域の「標準化の溝」(スタンダード・ギャップ)をどう解消していくか、CJKとITUの協力関係を具体化したい。
3. 日本の経営層に標準化の重要性を再度認識して、リソース(人材)を再配分する端緒にしたい。そのために、日本のICT分野のオンライン・ジャーナルの代表であるインプレスR&Dに取材をしてもらう。
≪3≫ジョンソン局長からITU-T改革方向とその要点
この提案を受けて、ジョンソン局長からITU-T改革方向が紹介されたが、その要点は次のとおりであった。
写真4:マルコム・ジョンソン氏(Mr.Malcolm Johnson、ITU)
写真5:ラインハルト・ショール氏(Mr.Reinhard Scholl、ITU)
- 「標準化の溝」を埋めるため、開発途上国との関係を重視して、ITU-D(※1)との協力関係を強化する。ジョンソン局長は、地域的な会合に積極的に出るようにしている。ITU-TとITU-Dのワークショップ(研究会)を共同で開催したり、ITU-Dではガイドブックを作成しているが、これもITU-Tの関与がもっと必要である。実際、SG17(※2)がセキュリティ・マニュアルを作成しているが、これは開発途上国に大変活用されている。
※1 ITU-D:ITU-Telecommunicarion Development Sector、ITU電気通信開発部門。開発途上国における電気通信技術の発展をめざして、主にその技術支援などを行っている部門。
※2 SG17:Study Group17、第17研究委員会。セキュリティ、言語および通信ソフトウェアに関する研究委員会 - ITU-Tの組織運営上のコストを押さえる必要があるが、その実現のために本来の標準化活動を抑えるのではなく徹底した効率化を目指す。ITU勧告など技術文書を英文に一本化(他の公用言語への翻訳を止める)することによって、4年間で約10億円の削減効果があるため、こうしたことを理事会で承認してもらって実現していきたい。
- ITU勧告を無料で見れるようにした(2007年の3月から9月までを試行期間に設定)が、その効果は顕著であり、すでに百万件のアクセスがあった。ITUへの関心の裾野が広がっていると感じている。
- ISOなど他の国際標準機関とIPR(Intellectual Property Rights、知的財産権)ポリシーを統一して、今年から適用を始めた。
- これからの課題は、ITUの成果である勧告のプロモーション(普及・促進)である。良い仕事をしているが、売り込みがまだ下手である。191ヵ国に共通に適用される標準(勧告)はITUしか作れないこと、さらにそれが実際に役に立つことを、もっとプロモーションしていきたい。
- 勧告化もAAP(※3)でスピードアップに努力している。ITU-Tでは、常に新しい施策の提案を歓迎しているので、積極的な提案が欲しい。WTSA(※4)が来年(2008年)にあるので、今からいろいろな提案を議論して、来年のWTSAで手続きなどの改善を図りたい。
※3 AAP:Alterative Approval Procedure、代替承認手続き
ITU勧告(標準)の制定をスピードアップするために、2000年に策定されたITU-Tにおける技術的勧告に限って適用される承認手続き。従来9ヵ月ほどを要した勧告化までにかかる時間を4週間程度にまで短縮した。また、2004年には、投票時には2ヵ国以上の反対がない限り、勧告として承認されることになった。従来の承認手続きは、「TAP」( Traditional Approval Procedure)といわれ、全会一致制である。※4 WTSA:World Telecommunication Standardization Assembly、世界電気通信標準化総会。ITU-Tにおける標準化活動の今後の4年間の方向性を決める重要な会議。4年に1度開催される。前回は、ブラジルのフロリアノポリス市で「WTSA-04」(2004年世界電気通信標準化総会)」が開催され、NGNの標準化が最重要課題として位置づけられるなど、記念すべき総会となった。
≪4≫今回の会議で合意したポイント
今回の、「CJK+ITU-Tラウンドテーブル会議」 で合意された主な内容は次のとおりである。
- 「標準化の溝」(スタンダード・ギャップ)を埋めるために、CJKとITUのアジア太平洋事務所(ITU-ASP:ITU Asia -Pacific )とITUが協力する。アフリカとアジアでは状況や要請が違うので、具体的な方法についてはアジアを主として担当するCJKとITUが智恵を出し合おう。特に留意しなければならないのは、途上国では技術を理解できるキーパーソンの数が極めて限られているので、狭い技術分野を深くやるのではなく、地域の問題を具体的に取り上げて総合的な観点で解決策として研修したり、議論するのが有効である。
- 標準化の成果のプロモーションが重要である。このために、インプレスR&Dのようなオンライン・メディアを積極的に活用しよう。まずは、ITU-T、TTC、TTA、CCSAのWebサイトがお互いを引用できるようにしよう。また、インプレスR&DとITUの相互リンクも可能にできるように検討しよう。
- GSCも非公開でコミュニケ(声明)は出すが、プレス(報道関係者)を呼んでの報道発表は今までしたことがない。これも次回から考えた方がよいのではないか。
- ジョンソン局長から、ITUが現在の3GPPの承認機関から脱却し、ITU-TのFG(Focus Group)に取り込んで、 活動して行きたいことを、関係機関に明日(7月13日)相談する予定であるが、その前に、CJKの意見を求めた。IMS(IP Multimedia Subsysytem)に関しては、TISPAN(※5)に残さないことが肝要だ。そのためには、電話のシミュレーションを含めて、ITUのFGがすべて受け止める必要がある〔例えば、IMS-FG(Focus Group)を設置する〕。シミュレーションは途上国特有の問題なので、パラレルで議論する(シミュレーションとエミュレーションを並行して議論する)、というようなスピードを落とさない方法論も検討する必要があろう。
※5 TISPAN:Telecoms & Internet converged Services & Protocols for Advanced Networks 、
欧州の電気通信技術の標準化団体である「ESTI」(European Telecommunications Standards Institute、欧州電気通信標準化機構)のプロジェクトのひとつ(2003年設立)。当初は、インターネット関連技術に取り組んでいたが、現在はNGNの標準化などを重点課題としたプロジェクトとなっている。
≪5≫CCSA(中国)からITU-Tへの要望と改善の方向
<要望1>: 会議などの仕組みを改善して勧告化をスピードアップして欲しい。
写真6:ジンシン・リ氏(Mr.Jinxing Li、CCSA)
写真7:デュオ・リュー氏(Ms.Duo Liu、CCSA。CATR)
【例1】:勧告を議論するレベルの会議では、非英語圏からの寄書に対して、しばしば言語や表現に関する注文が付いて、次回(6~9ヵ月後)のWG(ワーキング・グループ)の会合まで結論が引き延ばされるケースが出ている。
【例2】:FG IPTV(Focus Group IPTV、ITU-T内でIPTVに焦点を当てて集中審議しているグループ)でやっているように、電子メールによる会合などをもっと活用すべきである。
■解決策: ITUのジョンソン局長から、こうした要望と改善案をまとめて、できればAPT(※6)寄書としてWTSA(世界電気通信標準化総会)に出して欲しい。ITU-T内の議長会議(SGの議長が集まった会議)でも非英語圏の寄書の扱いを含めて、事前に改善する方向の議論を始める。
※6 APT:Asia Pacific Telecommunity、アジア・太平洋電気通信共同体
<要望2>: 現状のITU勧告は、「定義」とか「アーキテクチャ」が多いが、詳細な仕様が少ないうえに勧告化が遅い
もっと詳細な仕様を早く決めるようにしないと製品化できない。仕様の決定には、欧州のベンダーの参加が必須なので、欧州がもっと参加するようにして欲しい。
■解決策:現状では、作業が時系列に割られているため、ハイレベルのアーキテクチャを決めないと、プロトコルなどの詳細な仕様を作成するSG(研究委員会)で作業できない仕組みになっている。一つの方法としては、SG間の競争(例えばプロトコルの審議を複数のSGでやるとか)を作るというのも考えられるが、さらに議論したい。
≪6≫TTC(日本)の井上からの提案
<提案1>
現状のSG(Study Group、研究委員会)は、個別の技術単位で構成されている。このよう構成は、電話のような単一のサービスを扱う時代は良かったが、ICT(Information and Communication Technologies、情報通信技術)が道具になった現在では、十分に機能していない。SGは、技術仕様を作成する受け皿として残すが、その前提としてアプリケーションの具体化を実現するグループを作るべきである。
例えば、自動車通信サービス・グループを考えてはどうか。ITS(高度道路交通システム)というような抽象的な技術ではなく、自動車そのものが「移動するロボット(センサー)」として通信することになるであろうし、同時に人も乗って通信する。したがって、この自動車通信サービス・グループは、今までのセンサー・ネットワークとかネットワークID(N-ID:Networked ID)とか言っていた要素技術を自動車通信サービスとして総合的に捉え直して、サービスとして何が必要なのか、どのようにお金をとるか、などを考えるグループである。もちろん自動車協会などとの協業が必須である。
自動車業界との協業を通じてサービスを具体化して、それを実際の技術標準の内容や必要な時期に実現できるようにするために、それらを各SGに依頼する、というようなアプリケーショング・ループが、今後の標準化で必須であろう。
■ジョンソン局長:提案内容はよく分かったのでITU-T事務局で検討する。
<提案2>
ITUの活動は重要であるが、現在の厳しい競争環境では、企業などの経営層からはその活動内容が見えなくなっている。こうした状況で「標準化の溝」に協力したくても、リソース(人材)が限られてくる。
そこで、経営層に重要性を認識させる一つの方法として、ITUが、「標準化の溝」を解決していくようなプロジェクトにシード・マネー(※7)を出す、ということが考えられる。受け手側は、お金が出ることによって依頼側の真剣度を客観的に証明できるので、経営層に説明しやすいし、経営層も手を打ちやすい。
※7 シード・マネー(Seed Money) :ITUがプロジェクトのアイデアに対して投資する小規模な資金
■ジョンソン局長: ITU側も主旨は理解できたので検討する。
≪7≫韓国のTTAも賛同
写真8:チェイサブ・リー氏(Mr.Chae Sub Lee、TTA。ETRI)
写真9:ウォンシク・キム氏(Mr.Won-Sik Kim、TTA)
韓国のTTAも、ラウンドテーブルで積極的に発言し、各課題について韓国の方針を反映させた補充意見を出し、全体としては今回のラウンドテーブルの議論に賛同した。 特に参加者のリー氏(TTA、ETRI)は、ITU-Tでの活動が長く、ITUがNGN標準化を世界でリードする端緒となったNGNフォーカス・グループ(※8)の議長を務めており、今回もCJKの提案をITU-Tで具体化するための連携役を務めた。
また、リー氏は、IPTVフォーカス・グループ(FG IPTV)を立ち上げた陰の功労者であり、今回のGSCではネットワークID(N-ID※9)研究の具体化の重要性を提案して承認され、彼のリーダーシップのもとにネットワークIDに関する研究の方向性を策定していくことになった。
※8 NGNフォーカス・グループ:FGNGN(Focus on NGN)。NGNを集中的に審議するグループ
※9 N-ID:Networked ID、ネットワーク型ID(ネットワーク型RFID)、ITU-Tで審議されている次世代のネットワーク型電子タグ
以上、「CJK+ITU-Tラウンドテーブル会議」の概要をレポートしたが、CJKの各メンバーの協力とジョンソン局長のITU-T改革への強い熱意もあり、期待した以上の議論と実りの多いラウンドテーブルであった。
取材メモ
「CJKで流れを変え、アジアの時代へ」
■第一印象
今回の「CJK+ITU-T ラウンドテーブル会議」の冒頭に、インプレスR&DのWBB ForumとNGN Forumのサイトがノート・パソコンの画面で全参加者に紹介された。さらに、現在ベストセラーになっている「NGN入門」(井上友二監修)が紹介されると、参加者から非常に大きな関心が寄せられ、オブザーバとして参加していた私のほうこそ、びっくりであった。加えて、「インプレスR&DのサイトとITUの相互リンクも可能にできるように検討しよう」という提案には、身に余る光栄であると同時に、仰天してしまった。
ITUというと国連傘下の組織でもあるので、保守的で堅苦しい儀式の会議かと先入観をもって参加していた私には、フランクで意外に開放感のある会議の運営に「びっくりした」というのが第一印象であった。
■ジョンソン局長の熱意と意気込み
会合は、モデレータであるTTCの井上理事長の名司会の下に、率直な意見が出しやすい雰囲気がつくられ、真剣な中にもほっとするような場面があり、あっという間の2時間であった。
また、CJK各メンバーからの切実な声に熱心に耳を傾け、ひとつひとつの要望に丁寧な対応し、解決の道を示したITUのジョンソン局長の姿勢からは、ITUの改革を原点に戻って行い、活性化させようという意気込みが伝わってきた。さらに、このようなITUの改革と同時に、「標準化の溝」(スタンダード・ギャップ)を埋めるために真剣な議論が行われたことは、ITUの今後に大きな期待を抱かせるものがあった。
■改めて考えさせられた「標準化とは何か?」
一方、最近日本では、技術開発に研究投資の費用がかかるため安易に外国から技術を導入し、基礎研究を放棄してしまう傾向や、製品は製造コストの安い海外で生産する(「ものづくり」の放棄)という風潮が浸透するなど、研究の空洞化、生産の空洞化による国力の低下を危惧する声が高まっている。そのような中で、その中核に位置づけられる「標準化とは何か?」について、改めて考えさせられるものがあった。
■アジアの時代をどう創るか
また、CJKの会合中に、ふと、米国がインターネットで世界を制覇して美酒を飲み、欧州はケータイ(GSM)で世界を制覇して美酒を飲み、現在も飲み続けている、この大きな流れを変える可能性をもつ陣営は、世界のどこにいるのだろうかと思ったりした。最近、ITU-Tの先進的な技術のテーマ(IPTV他)にはアジア勢が50%以上も参加し、際立ったリードをしているという(※10)。人口も圧倒的にアジアが優勢である。アジアの時代をどう創るのか。CJKのリーダーシップが、大きく期待される時代を迎えていると感じた。
※10 例:IPTVの標準化動向 (2):後藤良則(NTT)氏によるWBB Forumの次のサイトを参照
http://wbb.forum.impressrd.jp/report/20061215/355
■時代を拓いていく頼りになるリーダーの姿
CJK会合後のインタビューの中で、井上TTC理事長は、「3年間という目標を設定し、日本の国際標準化活動をさらにレベルアップし、世界に強いTTCにしたい」と抱負を述べ、さらに「アジアのCJKを軸に世界をリードできるようにしたい」と熱く語った。これは、日本の情報通信における国際標準化の活動や研究・開発を極めてきた井上氏ならではの心意気であり、そこには時代を拓いていく頼りになるリーダーの姿があった。
(インプレスR&D 標準技術編集部 編集長 三橋昭和)