[特別レポート]

建築とビッグデータ:未来の新しい建築の方向性を探る

― 「2013年度日本建築学会大会」情報システム技術委員会レポート ―
2013/10/01
(火)

エネルギーの情報化によるスマートコミュニティの実現

招待講演では、京都大学で「エネルギーの情報化」に取り組む松山教授より、研究開発の状況と今後の展望についての講演があった。このテーマは、ニューズレター読者も興味がある内容だと思われるため、特に詳しく紹介する。

発表では、「エネルギーの情報化」に関する詳細な解説に入る前に、「エコとスマートの違い」や「W(ワット)とWh(ワット時)」の違い、「プロシューマ注3」の概念、そして「スマートグリッドとスマートコミュニティ」の違いなどを紹介したうえで、電力会社が需給バランス制御のために行っている供給者視点の「スマートグリッド」と、プロシューマとして自律的に連携しながら電力需給制御を行う、需要家視点の「スマートコミュニティ」の違いを明らかにした。そのうえで、国が行っている「スマートグリッド」の取り組みに対し、松山教授の研究グループではプロシューマ用電力マネージメントシステムの実現を目指したスマートコミュニティを目指し、「エネルギーの情報化」に取り組んでいることを紹介した。

「エネルギーの情報化」に関する具体的な研究開発、および実証実験の4段階のステップを示したものが図1である。

図1 「エネルギーの情報化」に関する研究開発および実証実験のステップ

図1 「エネルギーの情報化」に関する研究開発および実証実験のステップ

〔出所:「エネルギーの情報化によるスマートコミュニティの実現」(2013年度日本建築学会大会(北海道)情報システム技術部門 研究協議会資料)を元に著者作成〕

発表によれば、STEP 2の「オンデマンド型電力制御システム」まではすでに実証レベルにまで達しており、またSTEP 3の「電力カラーリング」についても実験室レベルでの実証済みだと紹介していた注4

実証レベルに達しているSTEP 2の「オンデマンド型電力制御システム(EoD:Energy on Demand)」は、「エネルギーの情報化」実現のための中核技術として開発されたもので、図2に示すようなコンセプトである。

図2 オンデマンド型電力制御システムの概要

図2 オンデマンド型電力制御システムの概要

〔出所:「オンデマンド型電力制御システム」(情報処理学会論文誌 Vol.54 No.3 1185-1198 (Mar. 2013)、http://vision.kuee.kyoto-u.ac.jp/japanese/happyou/pdf/Kato_Zyohosyorigakkai_201303.pdf)〕

オンデマンド型電力制御システムは、各家電機器と電力マネージャと呼ばれるサーバとのメッセージのやり取りをもとに、電力供給を行う仕組みである。この際にやり取りされるメッセージは、EoDプロトコルと呼ばれる。EoDプロトコルでは、各機器の電源を入れた際に、要求電力や優先度などが記された電力要求メッセージが電力マネージャに送信される(図中の1)。電力マネージャは、電力使用量やユーザーがあらかじめ設定した総電力使用量(Wh)や最大瞬時電力(W)の制限値などをもとに供給の判断を行い(図中の2)、電力割当メッセージを送信する(図中の3)。これにより、各機器はメッセージに従った動作を行うことになる。

このように、オンデマンド型電力制御システムでは、全体的な調整を行ったうえで、各機器に給電が開始される。この調整はあらかじめ設定された制限値を踏まえて行われるため、同システムは、省エネ(Wh)とピークカット(W)を保証したエネルギーマネジメントシステム(EMS)ということができる。

続く著者の講演では、ビッグデータの考え方やビジネスの現状を紹介したうえで、建築分野におけるビッグデータ活用の可能性を紹介した。今回は特にBIM(Building Infor-mation Model)という「3次元の建築情報データベース」とも呼ばれるツールに着目し、BIMを利用した設計段階でのエネルギー消費のシミュレーションとBEMSとの連携などの事例を紹介した。

その後、委員会における研究活動についての発表が行われた。センサーネットワークを用いた地震被災情報収集システムについての発表を行った神戸大学の山邊准教授は、オープンソースのマイクロコントローラーシステムのArduino(アルドゥイーノ)注5とZigBee規格の無線モジュールであるXBee(ジグビー)を利用した実験計画の報告を行った。

続く東京理科大学の遠田助教は、Arduinoを活用して気軽にセンシングができるという「カジュアルモニタリング」というコンセプトを紹介し、その実践として空間の状態を推定するモデルの紹介や、教育の現場での活用実態などを紹介した。

最後に早稲田大学の林田准教授は、人間行動のデータを集める手法の変遷を紹介したうえで、加速度センサーなどを活用し、センサー情報から人間の心理を予測するという研究を紹介した。

分野を超えた協業の必要性

最後のパネルディスカッションでは、ビッグデータのセキュリティやデータは誰のものなのかという参加者からの質問をもとにした議論に始まり、建築分野における情報処理の役割についての議論が行われた。

特に印象深かったのは、京都大学の松山教授によるエネルギーの情報化に関する取り組みに基づいた指摘である。

今後のエネルギーの取り組みは、計算情報モデルに基づいた情報通信分野の取り組みで見える化などを行っていくだけではなく、物理科学モデルに基づいた制御まで行っていかなければならない。つまり、静的な環境の可視化だけではなく、動的に変化する環境や空間を制御していかなければならないという指摘である。そのためには、情報通信だけではなく、電力制御など、さまざまな分野にまたがる知見が必要となるうえ、その実現のためにはさまざまな産業分野のプレイヤーの協業、そして新しい取り組みを自由に行うことができる法制度の整備が必要になってくるのである。

今回の大会で紹介されたような建築分野における先進的な取り組みが進み、他の研究分野や既存の産業との融合、あるいは利用分野との協業が行われることで、私たちの日々の暮らし方が大きく変化する可能性を感じた。

Profile

新井 宏征(あらい ひろゆき)

株式会社スタイリッシュ・アイデア

SAPジャパン、情報通信総合研究所を経て、2013年4月に株式会社スタイリッシュ・アイデア設立。イノベーション分野のコンサルティングを軸にリサーチや執筆、翻訳など幅広く活動している。


▼ 注3
プロシューマ:再生可能エネルギーの普及などにより、エネルギーの消費者(コンシューマ)が生産者(プロデューサー)にもなることを表す造語。

▼ 注4
詳しくはYouTubeにアップされている「スマートタップによる仮想的な電力カラーリング(http://www.youtube.com/watch?v=n15jI_RtME4)」を参照。

▼ 注5
簡易な電子回路と初心者にも使いやすいプログラミング言語によって構成された電子機器のこと。

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