[ホットトピックス]

米国における電力貯蔵ビジネス

― 2020年前後は蓄電池が一般的に普及し始める大転換期に! ―
2016/05/09
(月)
伊達 貴彦 米国三井物産 新産業・技術室 ダイレクター

カリフォルニア州のBehind-the-Meter事情

 一方、Behind-the-Meterの電力貯蔵の約80%はカリフォルニア州に集中している。この違いは電力貯蔵の用途にある。前述した通り、Behind-the-Meterの場合は需要家側に蓄電池を設置する。オフィスビル、ホテル、スーパーマーケット、工場などが主な場所であるが、その目的は主に電気代削減である。

 電気代は日本と同様に基本料金注3と従量料金に分けられるが、基本料金の決め方が異なる。日本では高圧以上の需要家の場合、1年間のピーク電力(30分間の平均)で月額基本料金は決定するが、カリフォルニア州などでは1カ月間のピーク電力(15分間の平均)で決まる。よって、日本の場合、ピーク電力が発生しやすい夏場にピークカットの対策をとればよいが、同州では毎月、対策をとる必要があり、人海戦術では難しい。 また、ホテルやスーパーマーケットなどの来場者へ快適性を提供する業種では、特定の時間帯に空調やエレベータなどをコントロールしてピークカットをすることが難しい。よって、需要家の建物内に蓄電池を設置し、自動的にピーク電力が出やすい時間帯に放電し、オフピーク時に充電するようなサービスの潜在需要が高い。特にカリフォルニア州の基本料金は割高のため、電気料金の30〜70%はそれが占める。

 このようなピークカットはデマンド・リダクションと呼ばれ、蓄電池を用いたデマンド・リダクション・サービスが新興ベンダを通じて普及し始めている。各需要家のピークカットは、電力会社にとっても稼働率の低いピーク用の発電設備を保有する必要がなくなり、双方にメリットがある。米国の電気代は安いと言われるが、それは従量料金(ドル/kWh)を示す場合が多く、基本料金(ドル/kW)についても言及する必要があるだろう。

注目すべきカリフォルニア州の動き

 前述の通り、高圧以上の需要家の基本料金は月間のピーク電力で決められるが、カリフォルニア州では他州に先駆けてそれを一般家庭にも適用することを決めた。2016〜2018年の3年間の試行期間を経て、2019年から実施される。また、これに併せて従量料金部分も時間帯で変動する時間別料金メニューが標準となる。

 これによって何が起こるのだろうか。まず、複数の電気機器を同時に使うと基本料金が増加することになる。例えば、トースターを使いながら、食器洗浄機を回し、バスルームではドライヤーで髪を乾かし、クーラーも稼働させている状況などだ。こういう状況は意図せず偶発的に起こり得るが、これによって先月よりも2倍の電気代となることも考えられる。加えて、時間別料金メニューによって電力需給が逼迫する夕刻は、電気単価(ドル/kWh)がオフピークの2、3倍になる恐れがある。

 このような恐れをスマートに解決するのが蓄電池である。分電盤に接続された蓄電池がピークを感知して、自動的に充放電する。蓄電池のリース代よりも電気料金削減代のほうが大きければ、即ビジネスとして成り立つだろう。また、屋根に設置した太陽光パネルとの親和性も高い。リアルタイムに変動する電力単価を読み取り、自家消費するのか、充電するのかなどの判断を自動的に行うことで、電気を安く効率的に利用する時代へ進むことは間違いないだろう。

 さらにスマートハウス、コネクティッドホームと呼ばれるITを活用した家との融合へと展開していくだろう。ITの集積地であるシリコンバレー(カリフォルニア州)では常にさまざまなビジネスやサービスが誕生しており、時間別料金メニューの導入によって、新たなスマートなサービスが生まれるのは自然である。

 例えば、住人の行動特性を読み取り、家族で食事をする時間帯は空調を自動的に最適にしておき、仮にその時間は電力単価が高い場合は安い時間帯に事前に冷やしておく(プレ・クーリング)など、人工知能との組み合わせも十分考えられる。電気自動車の充電のタイミングや量も日頃の走行距離を事前に読み取り、最安の時間帯に充電し、乗車する時には必要な充電を終えている仕組みなども組み込まれていくだろう。

 人間では判断が難しい状況を自動的にサポートする、代わりに操作する技術は、車の自動運転とも共通しており、今後、進化を続けて身近なものになっていく。自動運転車の技術もカリフォルニア州が牽引しており、自動化の切り口からも注目すべきである。

最後に:新たな蓄電池サービスは電力業界のイノベーションを起こす

 米国では、需要によって料金が変動する仕組みがさまざまな分野で採用されている。

 ホテルは閑散期と繁忙期では3〜5倍の料金差が出ることは普通であり、飛行機も同様である。また、アメリカンフットボールやバスケットボールのチケットも当該チームが勝ち続けていると2倍になることも一般的である。これを電力業界にも適用するだけと考える風潮がある(もちろん、公共料金に変動制を導入すべきかの議論がないわけではない)。

 2010年以降、連邦政府と州政府がスマートメータを一丸となって普及推進させてきた理由の1つは電力需要の平準化であり、年間数%しか稼働しないピーク用発電設備を削減することであった。時間別料金メニューの導入は当初から計画されていたことであるが、蓄電池を組み合わせたサービスの議論は当時、ほとんどなかった。注目を集める蓄電池の組み合わせは、電力業界にとってイノベーションになる可能性がある。2020年前後に蓄電池が一般的に普及し始める大転換期になることを期待したい。

 これは米国に限った話ではない。例えば、EU最大級のエネルギー会社であるE.ON注4(本社:ドイツ)のCEOは「すでに太陽パネルを所有している需要家が他のイノベーション技術を組み合わせるとその役割は大きく変わる。その技術とは蓄電池だ。需要家の地産地消により電力系統からの独立が進むだろう」と述べている。

◎Profile

伊達 貴彦(だて たかひこ)

伊達 貴彦(だて たかひこ)

米国三井物産 新産業・技術室 ダイレクター(シリコンバー在住)

東京大学大学院工学系研究科修士課程修了(都市工学)。
スマートグリッド、スマートシティ、IT×αの領域について技術やビジネスモデルの調査研究に従事。電力会社にてITシステム構築、新規事業立上げ、通信会社にてM&A、JVの立上げ、マーケティング戦略立案などプロジェクトマネジャーを歴任し、現職。専門は都市工学、電力IT、マーケティング戦略。


▼ 注3
一度に使用できる電気の流れ(A:アンペア)が大きいと基本料は高くなる。V(ボルト)は一定のため、AとVの積であるW(ワット)や1000倍したkWを単位として用いるのが一般的。

▼ 注4
E.ON:電力とガスを供給する民間のエネルギー会社。http://www.eon.com/en.html

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