[スペシャルインタビュー]

NTTのNGN戦略を聞く(1):中期経営戦略でNGN・FMC・光ファイバ化を決定

2007/09/26
(水)
SmartGridニューズレター編集部

2007年度中にNGNの商用サービスの開始を目指しているNTTは、すでに2006年12月から2007年12月までの1年間を目途に、NGNフィールドトライアルを開始しています。また、NGNで可能となる商用サービスの具体例を示すショールーム「NOTE」(NGN Open Trial Exhibition)を東京・大手町と大阪・梅田に開設し、展示・デモが行われています。このNOTEへの見学者は、見学の予約を開始したその日にいっぱいになってしまうほどの人気振りです。そこで、NTTの技術分野の最高責任者であり、NGN関連の最高責任者でもある、NTT常務取締役 技術企画部門長 次世代ネットワーク推進室長兼務の橋本信(はしもと しん)氏に、NTTはなぜNGNに取り組んだのかから、NGNフィールドトライアルの内容、オープンとコラボレーション、NGNサービスとサービス品質からFMC実現への道など、具体的な展望をお聞きしました。今回(第1回)は、 NTTは、なぜNGNに取り組んだのか?NTTの中期経営戦略でNGNやFMC、光ファイバ化がどのように決定されたのか、その歴史的な背景を中心にお話いただきました(文中敬称略)。
聞き手:インプレスR&D 標準技術編集部

NTTのNGN戦略を聞く(1)

≪1≫ブロードバンド・ユビキタス時代を見すえたNTTの戦略

■NGNのフィールドトライアル(実証実験)のショールーム「NOTE(大手町)」も2007年7月にリニューアルされて、NGNの本格的な商用サービスに向けて着々と準備をすすめられていることと思います。ところで、NTTが2004年11月10日に、2010年を展望した中期経営戦略を出されて、当時から、現在話題となっているNGNとか、FMCとか、光ファイバ化などの先進技術が中期計画の骨格に述べられています。そこで、まずその2004年の頃から今日までのNTTの取り組みをおさらいし、整理していただきたいのですが。

橋本 お蔭様で、NGNのフィールドトライアルは、図1に示すロードマップに基づき、個人ユーザー宅(モニター)の皆さんや多くの企業の方々のご協力を得て、順調に商用サービスに向けた実証実験が行われています。このようなNGNの実験に至るまでの道のりを、当社の中期経営戦略を含めてご理解いただくには、2004年よりももう少し前の段階にまでさかのぼる必要があります。


図1:NTTのNGNのフィールドトライアルとロードマップ(クリックで拡大)

1995年というのが、ひとつの大きな転換期であったと思います。それは、インターネットに対応したマイクロソフトのWindows 95が登場して、爆発的に日本の家庭の中にパソコンが普及し、みんなが一斉にインターネットを利用し始めた年だからです。この時点から、物凄いスピードでインターネットが普及し、現在では、ただインターネットにアクセスするだけでなく、インターネットでIP電話やゲームあるいは映像の配信などをはじめとして、いろいろなサービスが受けられるようになりました。さらに、オフィスや家庭にあるたくさんのパソコンが、お互いに情報を交換し合うことが当たり前のようになってきています。

■たしかにインターネットの爆発的普及は、これまでに体験したことのないスピードですね。

橋本 NTTは、その前後からブロードバンド(高速・広帯域)化ということに対してかなり真剣に、しかも長期レンジで考えてきた経緯があります。当時のアクセス回線はアナログ電話網かデジタルのISDNでしたが、インターネットとパソコンの爆発的な普及に伴い、もっと高速のブロードバンドでインターネットに接続できる将来のアクセス回線が必要になってくるのは間違いない。そして、そのブロードバンドの本質は、非常にスピードの速いデジタル信号を使って、データや音声だけでなく映像までも無理なく送れるものでないといけないと考えていました。そこで、NTTは、ブロードバンドのアクセス回線として、かなり早い時期から開発してきた光ファイバを本命視してきました。

≪2≫本命の光ファイバに先行投資

■でもまだ当時は、アナログ電話網に代わってデジタルのISDNが注目されていたのでは?

橋本 光ファイバを本命視していましたが、その時点では、まだ光ファイバを敷設する投資はそれほど進んでおらず、95年に家庭にインターネットが「どーん」と入ってきたときに、NTTのもっていたネットワークは、アナログ電話網とISDNでした。このISDNは、当時は先駆的なネットワークで、このISDNのサービスを全国で受けられるのは世界でも日本だけという状況であり、インターネットへのアクセス回線として、当時ISDNは非常に有望でした。ISDNはわずか64kbpsのスピードでしたが、当時のアナログのモデムと電話回線を使用したダイアルアップを使うよりは、はるかに早く画面が出るというあの驚きを、多分、感じられた方もたくさんいらっしゃると思います。

〔1〕本命となる光ファイバへの決断

橋本 ところが、今振り返ってみますと、当時は、ネットワークのスピードが遅くて、インターネット上で映像・映画などというものはおよそ見られない状況で、静止画面を見る、あるいは写真がきれいに映る程度が関の山でした。

先ほど申し上げたように、ブロードバンドのアクセス回線によって、インターネットを介して、映像も含めていろいろなものを通さなければいけないことに対しては、当時からNTT自身も強く意識していましたから、これからはとにかく本命となる光ファイバで行こうと、かなりの先行投資を早くから覚悟したのです。財務的には、当時はまだ携帯電話もそれほど普及しておらず、また競合も今日ほど激しくなく、固定電話サービスによる収入も含めてそれなりに安定していた時代でした。

このため、比較的早く光ファイバへの先行投資という決断はできましたが、その決断はちょうど10年ぐらいの前のことでした。この決断は、その後、NTTに財務的にも戦略的にもいろいろな課題を背負わせることになりましたが、歴史的には世界に先駆けた非常に重要な決断となりました。当時、米国は光ファイバという選択は難しい状況でしたので。

〔2〕米国が光ファイバへ移行できない理由

■米国が光ファイバへの移行に決断できない理由があったのでしょうか?

橋本 米国は光ファイバではなく、むしろ現在敷設されている銅線(電話網)を使って、何とか光ファイバに対抗しようということで、ご存知のとおりADSL(サービス開始当時、1Mbps前後)という技術を編み出して、それを適用したのです。日本においても結果的に、NTTの光ファイバの敷設がまだ全国に行き渡らないうちに、インターネット・アクセスをしたいというお客様が爆発的に増えてしまったことと、ISDNの64kbpsのスピードでは既に遅すぎるという声もありましたので、光ファイバの敷設までのつなぎとしてADSL(現在最大47Mbps程度)を採用したのです。

NTTはADSLも採用しましたが、最初からNTTの本命は光ファイバでいくという方針は変わりませんでした。その決断をしてから今日までは、実は苦しい10年でしだが、今、その花が咲いてきたところです。すなわち、先行投資した意味合いが生きてくるという段階を迎えたわけです。

≪3≫BTの21CNプロジェクトとNTTの中期経営戦略

■米国以外の海外の通信事業者の動きは?

橋本 世界中の通信事業者が、そういうブロードバンド・ユビキタスという方向に向かい、音声通信だけに特化した通信事業者から脱皮しなければいけないということになったのは、このわずか数年のことなのです。NTTがこの「中期経営戦略」(2004年11月、図2)をつくった年の2004年6月に、BT(ブリティッシュ・テレコム)という英国最大手の通信事業者)が、初めて21CN(21st Century Network、21世紀ネットワーク)というプロジェクトをアナウンスし、そこでBTは、全面的にネットワークを変えるという宣言をしたのです。


図2:NTTグループ中期経営戦略(2004年)における具体的な取り組み(クリックで拡大)

■このWBB ForumサイトでもそのBTのNGN戦略を掲載しています。http://wbb.forum.impressrd.jp/feature/20070821/454

橋本 この21CNプロジェクトは、現在、NGNの構築も行い商用サービスを開始していますが、当然ネットワークはオールIP化されています。お客様の加入者回線は、ADSL(銅線)を使ってブロードバンド・サービスが提供されていますが、また、電話交換機の設備から非常に安いIP系の設備に置きかえることによって、非常に大きなコスト削減を実現しました。当時のBTは、財務基盤が非常に苦しいところであり、通信事業者の存亡をかけて21CNプロジェクトを推進していますから、通信設備投資の合理化という側面が強く出ています。

私は、このようなBTの事情は歴史的な経緯もありますのでそれなりに理解していますが、NTTは幸か不幸か爆発的なインターネット・アクセスの需要があったために、光ファイバにいち早く先行投資を決断しました。さらに、IP化についてはBTが21CNプロジェクトを宣言したように、我々も技術的にオールIPでいけると判断したのです。ちょうどそれは、いろいろな技術の転換点でもあり、ご存知のとおり米国のシスコシステムズやジュニパーネットワークスなど、いろいろな新しいベンダーが、通信事業者向けのルータとか、サーバとか、言わばIPベースで動作する交換機を開発し、これらが実用化されはじめました。それは通信事業者用として十分使用に耐える装置であり、安定して供給されることも見えてきたわけです。

≪4≫アンバランスに映った「安価なIPと高価な光ファイバ」

■NTTの中期経営戦略の策定には、国際的動向も十分検討されているのですね。

橋本 先行投資した光ファイバは、その時点では、まだ現在のように大量の加入者を獲得していませんでしたが、幸いにして先行投資できる財務的な余裕があったため光ファイバ化に踏み切り、同時に、電話網をオールIPに切りかえるシナリオも作ろうという決断をして、この「中期経営戦略」になったわけです。

当時、高価な光ファイバと安価なオールIPとは、どのような関係があるのかということが論議されました。特に、インターネットは、非常に経済的なシステムであるところから、IPは安いものであるという印象があります。とりわけ象徴的なのはIP電話です。IP電話は従来の電話に比べ、多少品質は落ちるけれども安い。このため、これからはこのIP電話でよい、という風潮が生まれていました。

■通信史上「品質が落ちても」という発想は初めてのことではないでしょうか。

橋本 しかし、私たちは逆で、光ファイバという非常にリッチなインフラストラクチャを使って、十二分にIPとブロードバンドの良さを展開できる方針をとり、「多少品質は落ちるけれども安い」という方向を捨てました。したがって、IP電話が目的ではなく、むしろこれから出てくるであろう高精細なハイビジョンの映像伝送のような、情報量の多いものを、自由にネットワークを介して送れる方向を目指しました。また、インターネットとの連携もとれるという自信も持ちました。このような、決定を下したのがこの「中期経営戦略」だったのです。

■とても良い方向に向かいましたね。

橋本 同時に、そのころ、これは後でも詳しくご説明しますが、インターネットから始まったオールIPというものを、どのように従来の通信事業者のネットワークの中に入れるかという議論が始まっていました。それは現在、ITU-Tなどの国際標準化機関で議論され、事実、2006年にはNGNのリリース1が標準化され、来年(2008年)にはNGNリリース2が標準化される予定となっています。その中にはIPTV(IPテレビ放送)などのブロードバンド・サービスのような新しい標準化の内容が入ってきますが、そういう段階を迎えているわけです。

≪5≫NGNがインターネットを乗っ取るのか

■インターネットとNGNの関係もずいぶん話題になりました。

橋本 その間にはいろいろな議論がありました。その中の1つには、社会インフラ化したインターネットを、通信事業者のNGNが「乗っ取って」しまうというような不安も出されました。私は、これまでインターネットの研究や普及に大変な努力を払われてきた方々をとても尊敬していますし、そのような誤解を取り除くようNGNの役割をアピールしてきました。

NGNは、「インターネットと対立するのではないか」というような議論が時々起こりますが、決してそういうことではありません。インターネットは、これからも重要な社会のインフラの一つであり続けると思います。一方、企業ビジネスを展開する上では、これまで通信事業者が電話網で培ってきた信頼性であるとか、安全性であるとか、いわゆる「安心・安全」といわれる信頼感というものを持っていないと、社会インフラとしては非常に危ない面があります。事実、それが結果としてインターネットにおけるセキュリティ問題なり、あるいはいろいろな情報漏えい問題が発生するなど、社会的課題もはっきりと見えてきました。図3に、キャリア(NGN)の使命とインターネットの使命の違いを示します。


図3 NTTの考えるNGNとインターネットの位置づけ(クリックで拡大)

そういう意味では、インターネットの自由な発展と同時に、インターネットを信頼性も保証できるような社会インフラとしていくことが、通信事業者の持っている社会的な役割ではないか。すなわち、インターネットと協調(コラボレーション)する形で、通信事業者が果たすべき使命と新しいビジネス・モデルが出てくるのではないか。そういうコンセプトをかなり早くから持ち、それを現在のNGNの技術標準のほうにも随分提案してきました。このような経緯もあり、私としては、NGNはそういう方向性を持ったネットワークになっていると思っています。

(つづく)

プロフィール

橋本 信氏

橋本 信(はしもと しん)

現職:日本電信電話株式会社
   常務取締役 技術企画部門長 次世代ネットワーク推進室長兼務

1972年3月  早稲田大学 理工学部 電気工学科 卒業
1972年4月  日本電信電話公社 入社
1985年4月  日本電信電話株式会社 技術企画部 調査役
1988年6月  同 東京総支社 設備企画部長
1994年8月  同 技術調査部 担当部長
1995年7月  同 人事部次長 人材開発室長 兼務
1999年7月  東日本電信電話株式会社 設備部長
2001年6月  同 取締役 設備部長
2002年6月  日本電信電話株式会社 取締役 第二部門長
2005年6月  同 取締役 第二部門長
        次世代ネットワーク推進室長兼務
2006年6月  同 常務取締役 第二部門長
       次世代ネットワーク推進室長兼務
2007年6月  同 常務取締役 技術企画部門長
        次世代ネットワーク推進室長兼務

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