≪1≫NTTはFMCをどうとらえているか?
■先ほど、有線と無線を統合するFMCのお話がありましたが、例えばNTTの場合、現在、法的な規制によって有線系と無線系は分かれていますね。
橋本 そのとおりです。
■一方、KDDIやソフトバンクは両方持っています。そういう中で、NGNの目玉とも言われるFMCを実現し、サービスを提供することについて、NTTとしてはどういうスタンスで考えておられるのでしょうか。
橋本 これは、ビジネス・モデルの組み方の問題です。おっしゃるとおり、NTT誕生の経緯や、法的な規制問題などもありますし、あるいは、ユーザーが必ずしもNTTのサービスを選ばず、他のキャリアを選ぶケースもあるわけです。例えば、現在でも、固定網はNTTのサービスを使い、移動網はKDDIやソフトバンクを使う、あるいはその逆のこともあるわけです。ですから、必ずしもNTTだけで判断できない要素があります。その上に、NTTに課せられたいろいろな規制や歴史的経緯に関連する問題も加わりますので、たしかに最初から自由自在にFMCのサービスを提供するということにはならないのかもしれません。
ただ、サービスとして見ると、先ほどお話したように、あるときは携帯電話を使用し、あるときは固定電話を使用するというように、エンド・ユーザーの側からサービスを選びたいという強い要望があるのも事実です。現在、そのようなことにも対応できるようなNGNシステムを試行的に探り始めている段階なのです。
これは、まず企業のような法人ネットワークの中で試行的にやってみながら、だんだんと広く、公衆サービスへと展開していく過程の中で、規制問題において固定通信と移動通信のどちらが主体になったFMCなのか、また、どのように、どことどこをつなげるかというような議論が加わってくるのだろうと思います。
ですから、とりあえずFMCの技術基盤をつくっておこうということで、FMCの技術基盤であるIMS(IPマルチメディア・サブシステム)という技術をNGNに標準装備しています。このIMSはFMCのためだけではなく、エンド・ユーザーが自由にネットワークのサービスを選択できる基盤でもあります。したがって、今言ったような問題がクリアになり整理されれば、FMCというサービス・メニューも提供できるようになると現時点では思っています。
≪2≫ユビキタス時代を目指したFMCのルールづくり
■携帯電話の料金が一向に安くならないため、FMCへの期待は高まっています。そこで普段、外出先ではKDDIの携帯電話auを使っていて、帰宅すると携帯電話に内蔵された無線LANでホーム・サーバと接続し、ホーム・サーバ経由で安いNGNの固定網経由でIP電話ができるFMCは、今後かなり普及していくのではないかと思いますが。
橋本 当然、そのようになっていくと思いますし、これは国際的な流れにもなってきています。それが、今、いろいろな事業者間の規制がある、あるいは、端末が違ってしまうと、KDDIにはつながるがNTTにはつながらないという状況となっています。現在、加入者を識別できるSIM(Subscriber Identity Module)などの議論が出始めてきていますが、SIMカードを入れておけば、どの端末からでも個人の認証ができ、課金できるようになるわけです。IMSの場合は、これをISIM(IMS SIM)と言っています。
技術的にはだんだんそういうことができるようになってきていますので、いろいろな端末機(NTTドコモ、au、ソフトバンクなどの端末)から、自由に固定の通信事業者(NTT、KDDI、ソフトバンクなどの通信事業者)が選べるようになるのです。しかし、それを競争ルール上、どのような制度にしてそれを許すのか、あるいは、携帯端末をつくる製造メーカー間の端末製造上のライセンス移譲やノウハウ保護をどのように解決するかなどの課題があります。また、auのサービスとNTTドコモのiモードのサービスなどが相乗りできるのかどうかなど、だんだん奥が深くなっていくと複雑な話になっていきます。
ですから、技術的にできることと、規制・競争条件も含めた競争ルールをどの範囲に整理するかということが重要となってきています。これに関しては、すでに総務省で審議が進められています。したがって、現時点では技術的には可能であっても、サービスとして提供するには、そういう議論の結果を待つ必要があると思っています。ただ、ユーザーが、すべてのサービス、すべての通信事業者、すべての端末の中から利用したいものを選ぶことができ、その結果として快適なライフスタイルを実現する、また、効果的なビジネスを展開できるようになる、それがまさに「ユビキタス時代」なのだと思います。(図10)。
≪3≫放送・通信の融合(IPTV)のトライアル:NGNによる「地上デジタル放送IP再送信」
■それから、NGNフィールドトライアルのところで地デジ、いわゆる地上デジタル放送IP再送信の実験をやっておられますが、この取り組み状況はいかがでしょうか。
橋本 話題となっています放送・通信融合の課題も、法律問題や、放送業界そのものの競争ルールも含めて大きな議論となっているところです。これは技術的にできる、できないというだけでは済まされない話です。しかし、私どもとしては、光ファイバは、ハイビジョン・クラスの高品質な映像を流すための、非常に大事な社会インフラであると考えています。また、すでに総務省は英断を下して、2011年にはアナログ放送を無くし全面的に地上デジタル放送に移行することを決定しています。
この背景には、有限な資源である電波/周波数を有効活用する必要があるということがあり、総務省でもいろいろな施策が考えられてきています。アナログ放送用に使われている周波数を空けて地上デジタル放送に2011年までに切り替えるということは、電波で放送を送るだけではなく、それに相当する別の地上放送を通す設備なり、サービスを実現する必要もあるということなのだと考えています。しかも、ハイビジョン・クラスの映像を流すには、やはり光ファイバが非常に安定したものであると考えています。
■放送・通信の融合のビジネス・モデルはありますか?
橋本 以上のような背景もあり、何らかの形でNGNを含めてNTTのインフラ(光ファイバ網)がそういうデジタル放送にも使われることは想定しておかなければいけないと思うのです。具体的な例を挙げると、すでに「スカパー!」のコンテンツ(番組)をNTT東日本の光アクセスサービス「Bフレッツ」に相乗りさせてサービスを提供するというようなビジネス・モデルも出始めてきています。
これをどのように発展させるかということについては、法律制度、競争条件を含めて、現時点、まだ明確になっておらず、協議されているところです。ただ、先ほどからお話しているように、私どもとしては、通信事業者の使命として、光ファイバを選択して、苦しいながらも投資を前倒ししつつ、全国的に張ってきているわけです。
このため、どういうルール作りが行われるにせよ、今後、そういう放送のような、あるいは映画の配信のような映像配信サービスがますます多くなり、さらに、いろいろなチャンネルの放送が1本の光ファイバに乗ってくるということを想定し、いろいろなことに対応できるようにしておかなければいけないのです。このための技術的な準備をしておこうというのが、今回のNGNフィールドトライアルにおける実験なのです。このNGN環境での地上デジタル放送IP再送信(図11)の実験は、総務省から、委託されている実験でもあるのです。
幸いにして、ハイビジョンの映像を圧縮する技術は標準化が進み、H264/AVC(Advanced Video Coding)という標準が決まり、これに対応できる技術が世界中に広く普及してきています。そういう新しい標準にもできるだけ対応させておこうというのが、現時点での考え方なのです。
≪4≫米国も注視するNTTの「地上デジタル放送IP再送信」の実験
■NGNに、その地デジの「ハイビジョン放送」が流れて、ああいうきれいな映像が当たり前のように「光ファイバという通信網」の中を、IPで通っていくという実験が、日本でオープンにされたというのは歴史的なことですね。
橋本 おっしゃるとおりです。世界が注目しているのは、光ファイバのインフラ上で、きれいな映像がIPで流れるというのは、NTTのフィールドトライアルで実証された事実ですから、インターネット先進国の米国も、今、日本の動向に非常に大きな関心を持っています。
このようなこともあり、米国のベライゾンは、IPTVサービスなどにも取り組み始めています。現在、NTTのNGNにも非常に大きな関心を寄せていますから、いずれそういうところの議論も世界の通信事業者と話していくこともあると思います。ただし、それぞれ国の放送・通信の制度がありますから、それぞれの国でやり方が違うかもしれません。ただし、各国で実際にどういうやり方で行うのかという技術的なものは、統一されていくのではないかと思っています。
≪5≫世界のNGNの動向と先行するNTTのNGN
■ところで世界各国のNGNの展開について状況をどう見ておられますか。また、NTTはNGNの商用サービスを来年(2008年)3月までには始められるということですが、そこら辺のスケジュール的なことも含めて、最後にまとめてお話いただきたいのですが。
橋本 NTTでは、国際的にみても早い時期からNGNの構築に向けて取り組んでいます。先駆的に進めるということは、その間に標準化が進展してしまう、あるいは、その後新しく出てくる技術や、製品に対して陳腐化してしまうという宿命を持っているのは事実です。しかし、トライアルを含めて先駆的にやらないと、いわゆる先行者利得を得られないということにもなります。この兼ね合いは、実は通信事業者が昔から持っている宿命のようなものなのです。
なぜ先駆的に進める必要があるのかというと、通信事業は多大な投資をしてインフラを作っていくビジネスであり、時間がかかるからです。早く取り組まないと、日本の光ファイバの状況を見た外国の人たちが、「自分たちは日本に比べて10年おくれた」と言っていることと逆の立場になりかねないのです。したがって、先駆的に進めながら、できるだけ国際標準に合わせていくということになるのです。
■ますます国際標準が重視される時代を迎えているのですね。
橋本 そうです。また、国際標準に合わせていくというのは、昔、電話が世界中どこでもつながるということが大きな目的だったために、国際標準に基づく必要があったわけです。日本の電話がアメリカの電話につながらなければ困ってしまうのです。これは、NGNの世界でも同じです。遠い将来には、日本発のハイビジョン映像などが、欧米やアジアをはじめ世界の国々にも届くようになると思います。しかし、日本の当面の課題は、何よりも国際競争力を付けるということです。国際標準に合った製品を開発すれば、他の国々にもNGN関連製品を輸出できるようになります。このため、通信機器関連の製造メーカーは、NTT以上に国際標準に関心が強いのです。
見方を変えますと、NTTが国際標準に合わせていてくことは、製造メーカーにとっても安心なわけです。そういう意味において、NTTはNGNに関しても常に先駆的にいろいろな技術や、サービス、ビジネス・モデルなどを開発していくつもりですが、同時に、国際協調もきちんとやりながら、国際標準の作成に参加し、それに合わせていくことを前提に展開しています。これはまさに私どもの責務だと思っています。
■国際標準も最新のものから、かなり時間をかけて作られてきたものまでありますよね。
橋本 そういうこともあります。幸いなことに、光ファイバの標準はかなり時間をかけて標準化が行われてきたこともありますので、すでに敷設してしまった光ファイバを、何か国際標準が変わったら、その光ファイバを張りかえなければならないというような問題はありません。
しかも、光ファイバはそのままで、光ファイバの中を通す信号の送り方を変えた半導体LSIを作るとか、あるいはソフトウェアを変えれば済むとか、私どもも技術的なリスク管理がうまく行えるようになったところもあります。そういう技術的な柔軟性を持てるようになってきましたので、先行的に進めたから失敗するということはないと思っています。
≪6≫既存のサービスからNGNによる商用サービスへの移行の課題
■最後に、NGNの商用サービスまでに、いくつかやらなければならないことがあると思いますが、その辺の課題を整理していただけますでしょうか。
橋本 今年度(2007年度)中には、NGNの商用サービスを開始するつもりで準備を進めていますが、そのために一番大事なことは、やはり技術的にきちんと動くかどうかということですから、その検証が必要です。そのため、このNGNのフィールドトライアルの技術検証結果を、特に重視しているわけです。それをベースにして商用版の技術を決めるわけですが、そこには先ほど申し上げた標準化の問題に加え、これらに対応したソフトウェアやハードウェアの設備をはじめ、いろいろなものを用意していく過程があります。
そのNGNの設備の上で提供するサービスをどういうものにするのか、そして、その料金をどう設定するのかということも決めていかなければなりません。現在、NGNのショールーム(NOTE)にもかなりのものが出展されていますが、そのようなサービス・メニューを参考にしながら、法人ユーザーである個々の企業などの皆様と相談しながら手作りで積み上げていくサービスも出てくると思います。ここがまさに「コラボレーション」(協調)によって開発され、提供されるサービスの部分ということになります。
■手作りのサービスとNTTのサービスが登場するのですね。
橋本 はい。手作りでやるサービスの部分は、そのお客様のリスクでサービスが提供される部分ですが、NTTが通信事業者として提供する場合は、全国的に同じサービスを提供するケースも出てきます。一例を挙げれば「ひかり電話」というサービスは、マス・サービスなので、全国一律に同じサービス仕様で提供されることになります。この「ひかり電話」の例は、NGNではすぐにサービスとして提供することになりますから、現在の料金とNGNによる料金の整合性をとっていくという課題も出てくると思います。この他、現在のネットワークから次世代ネットワーク(NGN)への移行(マイグレーション)には、図12に示すような課題もあります。
いずれにしても、そういう課題の中には、従来通り総務省に申請して認可をいただく過程を踏むものもあるわけですから、当然、そのための事務手続などに一定の時間がかかります。具体的にはどのように時間がかかって、どういうサービス・料金になるのかについては、この秋(2007年秋)以降から具体化していくと思っています。
■長時間にわたり、ありがとうございました。
(終わり)
プロフィール
橋本 信(はしもと しん)
現職:日本電信電話株式会社
常務取締役 技術企画部門長 次世代ネットワーク推進室長兼務
1972年3月 早稲田大学 理工学部 電気工学科 卒業
1972年4月 日本電信電話公社 入社
1985年4月 日本電信電話株式会社 技術企画部 調査役
1988年6月 同 東京総支社 設備企画部長
1994年8月 同 技術調査部 担当部長
1995年7月 同 人事部次長 人材開発室長 兼務
1999年7月 東日本電信電話株式会社 設備部長
2001年6月 同 取締役 設備部長
2002年6月 日本電信電話株式会社 取締役 第二部門長
2005年6月 同 取締役 第二部門長
次世代ネットワーク推進室長兼務
2006年6月 同 常務取締役 第二部門長
次世代ネットワーク推進室長兼務
2007年6月 同 常務取締役 技術企画部門長
次世代ネットワーク推進室長兼務