≪1≫TG4gに提案された3つの変調方式の違い
■ 前回(第2回)のようないきさつで、FSK方式の中にSFFとCPP、MPの3つが提案されたのですね。しかしこの3つのどの方式にもNICTが参加していますね。
児島 そうなのです。NICTは、ニュートラルとは言いながら他とも協調しつつ自分独自の提案も行っているのです。
■ そのほかの2つの方式(DSSSとOFDM)の状況はいかがですか。
児島 前回(第2回)図6に示したように、DSSS方式には、
①Merged DSSS Proposal(統合DSSS提案、韓国のETRIなど)
②Joint DSSS Proposal(ジョイントDSSS提案、中国のファーウェイなど)
があります(ETRI:Electronics and Telecommunications Research Institute、韓国電子通信研究院)。
これに対して、OFDM方式は1グループのみで、韓国のETRI、中国のファーウェイ、日本から横河電機などが参加しています。このOFDMは団結力が高いのか、最初からずっと一団体で貫いています。
■ その後、変化はありますか。
児島 今までのお話は2009年9月直後の状況でしたが、2009年11月直後には大きな変化がありまして、FSKの3つ(SFFとCPP、MPの3つ)がようやく手を取り合うことができて、1つのマージ(統合)案で合意することになったのです。
その影響もあってか、DSSSもやはり1つにまとまりました。したがって、2009年11月時点で、存在する提案としては、FSK、DSSS、OFDMの3つの変調方式でそれぞれ一提案ずつ、というシンプルな状況になりました。今後、この3つの変調方式間で検討が進むことになります。
≪2≫3つの変調方式のそれぞれの特徴
■ よかったですね。まず、3つまでしぼられてきたわけですね。ここで、このFSKとDSSSとOFDMの簡単な違いと特徴を説明していただけますか。
児島 前回(
一方、DSSSは、長距離通信の場合に非常に適した変調方式なのです。FSK方式と違って、帯域(バンド幅)を広く必要としますが、例えば、米国のように広い地域(2~3キロメートル)で無線通信するような場合に適しています。
■ このDSSS方式という変調方式は、802.11の無線LANの変調方式としても使用されていますね。
児島 そうです。ただし、無線LANの場合は非常に高い周波数(2.4GHz)です。図7(2009年9月時点)に、各国のFSK(周波数変調方式)を示しますが、米国では、例えば900MHz帯(902~928MHz)を前提に定義しています(2.4GHzよりも低い周波数なのでより遠くに電波を飛ばせる)。図7の表に見るように、日本(400MHz帯と950MHz帯)、中国(470MHz帯)、欧州(870MHz帯)、米国(900MHz帯)など世界の各地域で、使用する周波数帯がバラバラに提案されています。ただし、ワールドワイドの場合は、2.4GHz帯を使用します。
■ この日本の周波数帯(400MHz帯と950 MHz帯)は現在、使用できるのですか。
児島 いいえ、4gに提案された各方式はこれまでにない新規の方式と考えられますので、基本的には使えません。しかし、この周波数帯域には「特定小電力」という規格があります。これは、電波法に適合した設備を用いて、免許を必要としないで使える無線通信の方式のひとつで、近距離通信などに使われています。すなわち、ある程度の送信電力と帯域幅を守っていれば使用できるので、将来策定された15.4g規格(周波数帯域)がこの特定小電力の枠組みに入った場合には、同様に免許無しで使えることになると思われます。
■ そういうところは、総務省と話し合いをしながらということですね。
児島 そうなのです。これに対して、DSSSというのは、米国のように無線至上主義的な傾向の強い地域では、力強く長い距離を飛ばせるのではないか、というイメージがあります。
一方、これらに対してOFDMは何かというと、ご存じのようにマルチパスに非常に強いのですね。ですからFSKとは対照的に、コストが高いけれど高性能であるというイメージがありますね〔マルチパス:送信した電波が複数の建物などに反射(反射波)するため、相手に波形が歪んでしまう現象〕。
■ ということは、OFDMは電波への干渉に強いということですね。
児島 そうです。例えば、OFDMを提案しているグループが主張するのは、電波の反射物が存在する環境で使う場合、マルチパスが発生するため、スペクトル(電波の周波数)が歪んでしまいますが、OFDMを使えば、そのような問題ありませんよということです。だから「OFDMが一番すぐれていますよ」というのが彼らの論理なのです。
それに対して私たちが考えているのは、それが高出力の1ワット(1W)のような強い電波の場合は、強い電波であることによって、かなり遠くからもマルチパスによる反射波が返ってくる可能性があるので、スペクトル(波形)がぐちゃぐちゃになってしまう現象は起こります。しかし、日本の場合は100分の1程度の10ミリワット(10mW)程度と弱い電波なのです。ですから、せいぜい100メートルから300メートルとかしか飛びませんので、その程度の距離よりも先で反射したところで、戻ってくるまでにかなり減衰してしまい干渉などは起こりにくいのです。
■ なるほど。
児島 ですから、私たちは、日本のような環境ではマルチパスはそんなに発生しないのではないかと思っています。加えて、マルチパスが発生した場合にも、端末同士で中継通信を行うマルチホップ通信等の導入によって、劣悪な通信リンクは回避することが可能だと考えられます。ですから、日本での運用を想定した場合に、わざわざマルチパス対応機能などを付けずに、例えばFSKモジュールを安価でつくれないかというのが私たちの主張なわけです。マルチパスの特性について、2009年9月の会合において、SFF陣営は、実証試験と計算機シミュレーションにより、以上の主張を裏付けるデータを発表済みです。本トピックについては、今後も継続的に議論したいと思っているところです。
■ OFDMのほうが面倒で高価ですが、マルチパスに強いということは干渉に強いだけでなく、この電波には、例えばガス料金や電気料金のほか個人(プライバシー)情報も乗るのでセキュリティ上も、FSKよりもよいように感じますがいかがでしょうか。
児島 基本的にセキュリティについては、例えばDSSS方式の場合はコード(特殊な符号)を付加することによってセキュリティをかけたりしますが、アプリケーション・レベルでもセキュリティは十分かけられますので、OFDMのほうがセキュリティに強いとは一概には言えないと思います。
≪3≫2010年の12月に標準の完成を目指す
■ 標準化は、いつ頃完了するのでしょうか?
児島 基本的に、2010年の12月に標準化が完成するということになっています。
■ 標準と言うのは、いつも多少遅れ気味になりますがいかがでしょうか。2011年にずれ込む可能性がなきにしもあらずでしょうか。
児島 そうですね。現状のから推測しますと、少し遅れ気味ですので、大幅な遅れではなく、2011年の初頭くらいまで、若干ずれるかもしれません。
■ 大きな技術的な争点というのは、先ほどお話いただいた変調方式のところなのでしょうか。
児島 まさにそのとおりです。変調方式については3方式が提案されて審議されていますが、ここまで来ますと、お互い引けない面も出てきます。そこで、これまでの流れから一方式に絞り込まれることはなされず、複数の方式が標準として併記されるということも考えられます。
■ 例えば、3つのうちFSKとOFDMが併記されて標準化されるということですか。
児島 例としては、そういうことです。
■ 802.15.4gでは、低消費電力化が重視されていると言われましたが、OFDMは消費電力の面から行くと多少問題があるのではないでしょうか。例えば次世代のLTEの場合は、端末の消費電力を少なくするために、上り(端末⇒基地局の通信)の場合はOFDMを使用しない(SC-FDMAを使用)ことになりましたね(SC-FDMA:Single Carrier Frequency Division Maltiple Access、単一波周波数分割多元接続)。
児島 そうですね。実は、OFDMの消費電力の問題はタスク・グループでも論議されています。それに対してOFDM陣営の言い分は「最近は以前と違い、所要条件を満たす実装が可能となっている」と主張しています。今後、この点でもOFDMについて検証する必要があると思っています。
■ わかりました。
--つづく--
プロフィール
児島 史秀(こじま ふみひで)氏
現職:
独立行政法人情報通信研究機構新世代ワイヤレス研究センター主任研究員
【略歴】
1999年、大阪大学大学院工学研究科博士後期課程修了。
同年、郵政省通信総合研究所入所。
以来、ITS通信技術、防災アドホックネットワーク技術に従事。
現在、独立行政法人情報通信研究機構 新世代ワイヤレス研究センター ユビキタスモバイルグループにてIEEE 802.15.TG4gの標準化活動、ならびに特定小電力システムの高度利用に関する研究開発に従事。
IEEE会員、電子情報通信学会会員、IEEE 802.15および11WG投票メンバー。
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第1回:802.15.4g(SUN)がめざす標準とは?
第2回:802.15.4gでの審議内容と日本からの提案
第3回:3つの変調方式の比較
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