≪1≫世界の通信事業者におけるNGNの取り組みの状況
■ 国際的に見て、日本や米国、英国などの通信事業者(キャリア)のNGNへの取り組みの現状をどう見ていますか?
弓場 次世代ネットワークへの取り組みは事業者ごとに異なるというのが、世界各国の通信事業者(キャリア)の現実です(図4)。例えば、日本のNTTの場合は、光ブロードバンド(FTTH)への取り組みと、IP電話サービスの提供がほぼ同時期に開始されましたが、この2つの転換が大きなポイントとなっています。これに対してKDDIは基本的にはNTTと同じですが、1社で固定通信網と移動通信網の両方を備えていることもあり「FMBC」(※1)を前面に押し出しているところに特徴があります。
※1 FMBC:Fixed Mobile and Broadcast Convergence 、固定通信と移動通信と放送の融合
米国のベライゾン・コミュニケーションズ(Verizon Communications)やAT&Tでは、NGNという言葉はあまり発していませんが、光ブロードバンドとクワッド・プレイ・サービス(※2)によって、CATV、MSO(※3)などからの加入ユーザーの奪取と新規加入者獲得競争がテーマになっています。日本とはNGNに関する考え方が、大きく異なっています。また、日本はインフラを大きく変えていく動きが目立ちますが、国土の広い米国では、既存のインフラを活かしながら、サービスを起点に発展させていく形態が多いようです。
英国のBT(ブリティッシュ・テレコム)は、2004年6月に「21CN」(21st Century Network Program、21世紀ネットワーク・プログラム)を発表し、今後、電話網をすべてIP化することを宣言しました。この計画に基づいて、すでに、2006年11月から、英国の南ウェールズ地方で、NGNによるIP電話の商用サービスが開始されています。富士通は、このBTのIP化によるコスト削減と電話網再構築のプロジェクトである「21CN」に参画し、当社の製品を納入しています。
※2 クワッド・プレイ・サービス (Quad Play Service):IP電話サービス、IP放送サービス、データ通信(インターネット)サービス、携帯電話サービス)の4つのサービスのこと。
※3 MSO:Multiple Systems Operator、複数のケーブル・テレビ(CATV)局を運営する事業者のこと
≪2≫NGNに関する富士通の国際的なビジネス展開
■ ここで、富士通の国際的な地域ごとのNGN関連のビジネスの状況と見込みを順番にお聞きしたいのですが、まず、日本国内のビジネスはいかがでしょうか?
弓場 日本国内のビジネスにおいては、ADSLやCATV、FTTH(光ファイバ)などアクセス系のブロードバンドの普及が著しく、これによってトラフィックが急増してきています。このことが、バックボーン・ネットワーク(幹線網)の伝送関連機器の需要をドライブしています。これを市場的に見ますと、2006年から2010年の年平均成長率は4%程度と予測しています。 このような背景から、富士通は光伝送装置を中心としたNTTのNGNの構築などへの貢献を行っています。すなわち、全方位的なNGNビジネスの展開ではなく、光先端技術とQoS技術に重点をおき、従来のサービスからの移行(マイグレーション)に力を集中しています。また、NGNに対応した高速・大容量のルータについては、シスコシステムズと共同で開発したハイエンド・ルータ「Fujitsu and Cisco CRS-1」を市場に投入しています。
■ 次に、北米におけるビジネスの状況を聞かせてください。
弓場 北米市場では、IP電話、インターネット(データ通信)、IP放送(映像)のトリプル・プレイ・サービスの提供によって、メトロ領域(都市域)における光システムが堅調な伸びを示しています。この市場における、2006年から2010年の年平均成長率は5%程度と見ています。
そして、富士通は、AT&Tやこれに次ぐ米国第2位のベライゾン・コミュニケーションズ(Verizon Communications)のような大手電気通信事業者(キャリア)と、また米国における最大手のケーブル・テレビ会社であるコムキャスト(Comcast) のようなMSOの双方に対応してビジネスを展開しています。具体的には、キャリアに対しては、長年培った信頼感をベースにして着実なビジネスを行っています。この背景には、北米では国土が広く地域差が大きいため、例えば、通信機器が低い温度から高い温度にいたるまで安定して動作できるよう厳しい信頼性への条件が求められます。当社は、これらの厳しい条件をクリアしてきた経験によって、信頼を得てきているものと考えています。
また、MSOに対しては、ケーブル・テレビに関する幅広いサービスやシステムへのニーズを実現するために、富士通が得意とする先端プロダクトを提供することによって、顧客獲得を行っています。
■ 英国の最大手の通信事業者であるBTの21CN(21世紀ネットワーク・プログラム)の内容と富士通の関係についてお話いただけますか。
弓場 BTのNGNは、これまでのアナログ電話による通信網を一気にSIP(Session Initiation Protocol、セッション開始プロトコル)ベースのIP電話に変えてしまおうというものです。レガシーな設備(既存の設備)への投資や維持コストが高いため、これらを低廉化することを重視し、すべてを新しいNGNによるSIPベースの製品に置き換えてしまおうという計画です。
さらに、BTではこのNGNで実現されるサービスを「New Waveサービス」(高度化サービス)と呼んでいます。企業向けには、ICTアウトソース、CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント、顧客関係管理)などのマネージドICTサービスを提供していきます。
富士通では、BTに2006年からNGN関連製品の納入を開始しています。すでにBTは、2006年の11月から商用サービスを開始しました。しかし、本格的な立ち上がりは、2008年以降になると思います。その理由は、BTの場合、PSTN(アナログ電話網)に加えてISDN(デジタル電話網)も広く普及しているため、NGNの中でこれらの機能を順次実現していく必要があるからです。
■ 富士通はBTの21CNに対して具体的にどのようなNGN関連製品を納入しているのでしょうか?
弓場 富士通は、図5に示すように、BTのCN21の中心となるNGNのマルチサービス・アクセス・ノード(MSAN:Multi-Service Access Node)を担当しています。これは、ADSLやFTTHをはじめ、レガシーな電話網に加えて、新しいワイヤレス・ブロードバンドであるWiMAXや、移動通信システムであるGSMといった多様な種別の回線を束ねて、イーサネットやATM(非同期転送モード)、TDM(時分割多重)などの光ファイバ回線とつなぐという役割を持つ装置です。
このMSANは、送受信されるトラフィック(通信情報)を集約する集線機能とIP化機能を統合した装置で、NGNのトランスポート・ストラタムにおけるエッジ機能(コア・ネットワークへの出入り口の機能)に該当します。SIPの機能を備えているほか、トラフィックの管理や制御も行います。国内外の通信事業者が今後、既存の電話網をNGNに収容していく場合にも、ここで得たノウハウが活きると確信しています。
■ 日本、欧州(BT)、北米以外のビジネスではいかがでしょうか?
弓場 アジアにおけるビジネスの例としては、香港でのビジネスがあります。香港では最大手のキャリアであり、先進サービスを提供しているPCCW社への取り組みを進めています(図6.PCCW:Pacific Century Cyberworks、パシフィック・センチュリー・サイバーワークス。旧香港テレコム)。
この先進サービスの一つである「アドバンストIPテレフォニー・サービス」の実現のために、富士通はNGNアプリケーション、そのプラットフォームとなるサーバ群やデータベースを提供しています。このレイヤはNGNのサービス・ストラタムの上位にあたります。
≪3≫富士通における今後のNGN製品の戦略
■ 富士通は、今後のNGN製品戦略に向けて、どのように展開していくのでしょうか?
弓場 新たなワイヤレス・テクノロジーへの取組みとして、先行技術を武器としたビジネス開拓を行っています。具体的には、スーパー3G(Super3G)と言われる次世代基地局システムをNTTドコモから単独に受注しました。また、WiMAXについても将来性があると考えています。WiMAXは、スーパー3Gに比べると機能やスピードは劣りますが、国際的な市場からみますと、設備投資が低コストで済むところから期待とニーズがあります。
NGNの製品戦略すなわち、「作るビジネス」の戦略としては、先進マーケットに対応しつつ、技術と経験をグローバルに活用し、お客様個別のニーズに的確に応えることに尽きると考えています。
■ NGN対応の製品はたくさんあると思いますが、キーとなるいくつかの製品について説明してください。まずは、NGNプラットフォーム・システム製品からお願いします。
弓場 富士通のNGNプラットフォーム・システムである「UB300」(図7)は、通信専用機器並みの信頼性と可用性をもつブレード・サーバ(※1)です。この製品は、業界標準であるアドバンストTCA(ATCA)規格(※2)に準拠しています。この製品ならではの特徴としては、単にハードウェアのみではなく、キャリアグレードのLinux-OSと、高可用性を実現するミドルウェアを載せていることです。また、5年間のロングライフ・サポートや、省電力、省スペースもアピール・ポイントとなっています。
※1 ブレード・サーバ(Blade Server):薄く細長い形状をしたブレード(刃物あるいは刀身という意味。基板のこと。モジュールともいわれる)を挿入したサーバ専用機のこと。ブレード・サーバには複数枚のブレードを挿入。1枚のブレードには、コンピュータとして必要なCPU、メモリ、HDDなどが搭載されている。ブレードを格納するブレード・サーバの筐体(シャーシ)には、筐体の高さにより1U〔ユニット:高さ1.75インチ(44.45mm)、幅は19インチ(482.6mm)〕型、2U型、3U型などがある。
※2 アドバンストTCA(Advanced TCA、ATCA):Advanced Telecom Computing Architecture、通信事業者向けの次世代通信機器用に、PICMG(※3)で開発(2002年)され、業界標準として策定された基盤アーキテクチャの規格。最近発表されているNGN向け通信機器には、ATCA規格を採用している製品が多い。
※3 PICMG:PCI Industrial Computer Manufacturers Group、パソコン用の入出力(I/O)バスであるPCI(Peripheral Component Interconnect)バスをベースに、産業用の機器で利用できるバスの標準規格を策定する組織。
■ 次世代ルータに関するシスコシステムズとの連携と具体的な製品を説明していただけますか。
弓場 まず、シスコシステムズの次世代ルータOSである「IOS XR」に関して、この機能を強化するために、共同開発者の立場から日本の通信事業者による要求機能の盛り込みを行っています。 製品としては「Fujitsu and Cisco XR12400」と先ほどお話した「同 CRS-1」があります。これらの製品については、シスコシステムズとのジョイント品質チームによって品質管理を行い、日本での利用形態を想定した出荷試験を実施しています。
■ その他には、どのようなNGN対応製品がありますか?
弓場 第3世代WDM(※4)システムである「FLASHWAVE 7500シリーズ(図8)」があります。世界で初めて光信号のままで(電気信号に変換することなく)宛先の変更を行う機能を実現しました。これによって、通信設備への初期導入コストと、その後のシステムの変更作業の際に発生するコストを大幅に削減することができます。このシリーズは日本国内でも北米でも利用されていますが、通信事業者によって要求事項が異なりますので、それにあわせたカスタマイズを行っています。
※4 WDM:Wavelength Division Multiplex、波長分割多重。1本の光ファイバに複数の波(光信号)を多重化して伝送する(重ねあわせて送る)ことによって、伝送容量を増大させる技術。
また、光ブロードバンドアクセスについては、子会社の富士通アクセスによる光アクセスネットワークシステムがあります。これ以外にも将来的にはWDM-PON(Passive Optical Network)や、10ギガ(10Gbps)のPONなど、さまざまな製品を数多く出していきます。
最後に、主な富士通のNGN関連のコンセプト、サービス、製品をまとめますと、表1のようになります。資料に書ききれないくらい多くのNGN関連製品がありますが、お客様のニーズにあわせたバリエーションを提供したいと考えています。
■ ご多忙のところありがとうございました。
(終わり)
プロフィール
弓 場 英 明
1970年 3月 北海道大学 工学部卒業
1972年 3月 北海道大学大学院 工学研究科修士課程修了
1972年 4月 日本電信電話公社入社
2002年 4月 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ 取締役 研究開発本部副本部長
2004年 6月 富士通株式会社 経営執行役常
2006年 6月 同社 経営執行役上席常務(現職)