[スペシャルインタビュー]

NGNの国家戦略を聞く(5):NGNにおける安全・信頼性確保の必要性と新たなビジネス・チャンス

2007/07/06
(金)
SmartGridニューズレター編集部

 ITU-T勧告であるNGNリリース1に基づいたNGNのフィールド・トライアル(実証実験)が、NTTによって開始されるなど、NGNは商用化に向けて大きく動き始めました。そこで、総務省 総合通信基盤局 電気通信事業部 電気通信技術システム課長の渡辺 克也氏に、NGNに関する日本の国家戦略をお聞きしました。渡辺課長は、これまで政府のe-Japan戦略やu-Japan政策づくりに参画しながら情報通信研究機構(NICT)で多彩な研究活動を展開。現在、NGNの標準化をはじめ、日本政府のIT戦略の最前線でリーダーシップを発揮しています。インタビュー内容は、e-Japan戦略からNGNへ、また諸外国の動向をとらえながらNGNの国家予算と、NGNの次にくるNWGN(新世代ネットワーク)の展望にいたるまで多岐にわたっています。
≪テーマ1≫: u-Japan戦略と日本のNGN(次世代ネットワーク)が目指すもの
≪テーマ2≫:日本におけるNGNの標準化体制と国の関連組織
≪テーマ3≫:NGN関連の国家予算と次世代ネットワークへの研究開発体制
≪テーマ4≫NGNへの移行とオープン化に向けた日本政府の方針
につづいて、今回(最終回)は
≪テーマ5≫:NGNにおける安全・信頼性確保の必要性と新たなビジネス・チャンスの到来
について語っていただきました。(文中、敬称略)
聞き手:インプレスR&D 標準技術編集部

NGNの展望と課題を聞く! (4)

≪1≫NGNにおける安全・信頼性の確保は?

―最近、IP電話で事故が多く発生し、IPネットワークをベースとするNGNの安全・信頼性に疑問を持つ声も出ていますが?

渡辺 確かに、昨年(2006年)の初め頃からIP電話で、大規模かつ長時間使えないといった事故が多発しています。私たちの社会活動や経済活動の中でネットワークに対する依存度も相当高くなっている今日において、このような事態はあってはならないことです。ネットワークがIP化していく中で、通信の安全・信頼性を確保するというのは、最も重要なことです。現在のアナログ電話は、常に安定した通信を確保していました。これは100年の歴史の積み重ねによって技術を成熟化させるとともに、ノウハウも蓄積してきました。これが「通話ができない」ということが滅多に起こらない基盤を築きあげてきたのです。

インタビュー しかし一方、IPネットワークはすぐれた特徴をたくさんもっていますし、これまでも説明したとおり、IP化の流れはもはや止めることはできません。その流れは、アナログ電話の時の普及の比ではありません。このような状況ですから、「設備」、「人・体制」、「管理」といったさまざまな面で、対応が追いつかない状況になっているというのが実態です。そういった意味で、既存の電話網に匹敵するような安定した通信を行えるように早急に取り組むことで、NGNへの移行を確実にしていく。今、まさにこれが必要となっているのです。

―この辺に関する政府の具体的な対応というのが、先日答申された90項目の対策ということですか。

渡辺 はい、昨年(2006年)8月に、情報通信審議会の「IPネットワーク設備委員会」でネットワークの安全・信頼性を専門に検討するチームを立ち上げまして、従来どちらかというと設備面中心の議論になりがちだったのですが、人、管理などソフト面など漏れがないよう集中的に検討し、2007年の5月に答申(「ネットワークのIP 化に対応した安全・信頼性対策」)をいただいたところです。

例えば、図1に最近のサービス別事故発生件数の推移と(2)発生要因別事故発生件数の推移を示しました。また、表1に、最近のIP系サービスにおける事故の傾向を示しましたが、最近起きているトラブルの中には、通信の需要の見積もり誤りであったり、操作の際の入力ミスであったりと意外と単純なものも多いのです。答申は、これらも網羅する形でまとまっていますので、事業者の皆様がしっかりと対策に取り組んでいただくことで、ネットワークの信頼性が向上し、NGNへの移行をスムーズにしていくこととなります。

≪2≫NGNの市場と通信機器ベンダのビジネス・チャンス

―そのような対策を講じながら、日本におけるNGNへの移行も進んでいくこととなると思いますが、一方、中国や韓国のアジア勢をはじめ欧州、米国などもNGNに積極的に取り組んでいます。現在、国内外と問わずNGNの市場が立ち上がろうとしていますが、国産の通信機器ベンダの動向をどのように見ていますか。

渡辺 そこは、通信機器ベンダの能力だとか、今後の取り組みにもよるかと思いますが、日本の大手ベンダは電話交換機については、世界トップレベルの実力をもち信頼性の高い製品を作ってきました。しかし残念ながら、NGNの中核となるルータについては、インターネット先進国である米国にリードされている側面もあります。

この分野での今後の展開については、特に中型ルータと小型ルータの分野において日本のベンダの活躍が期待できると思います。特に、長い時間をかけて培ってきた高い安全性や信頼性を、どうNGNで使用されるルータで確保していくか、というところが焦点になると思っています。 国際的なビジネス展開を進めていくうえで、また、日本の競争力を高めるうえで、信頼性の高さは大きなアピール・ポイントになると思います。

 

―つまり、NGNを契機にして日本の通信産業が活性化していく可能性が高いと、見ているわけですね。

渡辺 そうです。NGNがノー(N)・グッド(G)なネットワーク(N)じゃなくて、日本(N)を元気(G)にするネットワーク(N)にしなくてはいけません。ネットワーク、通信機器ベンダの方々のNGNに対する期待の1つとして、ネットワークのIP化に伴って、電気通信事業者が従来の交換機による電話網から、新しいルータによるNGNへの置き換えを行うことになりますが、それに向けた投資への期待が大きいと思います。現実に大きなマーケットがありますので、そこを核にして、世界に出ていく大きなチャンス到来ともみえます。

≪3≫欧州勢がNGNを引っ張る本当の理由

―インターネットは米国の研究機関での試験ネットワークが発祥とのことでしたが、NGNの分野では米国ではなく欧州勢のほうが、がんばっているように思いますが?

渡辺 そうですね。携帯電話の分野では、欧州発の第2世代(2G)のデジタル携帯電話方式であるGSMをベースにして、現在の第3世代(3G)のデジタル携帯電話方式である「IMT-2000」のひとつである「W-CDMA」へと発展させました。このW-CDMAは、GSMのコア・ネットワークをベースに発展させた仕様となっています。つまり、2GのGSMネットワークと3GのW-CDMAネットワークはコンセプトとしては同じものをベースとしているのです。さらに、欧州勢は、これらのコンセプトをベースにして、今度はNGNへの展開を考えているわけです。

―NGNと第3世代(3G)のW-CDMAとは、どんな関係にあるのですか?

渡辺 ご存知のように、GSMというネットワークは、欧州や、日本以外のアジア各国において非常に普及し、国際的にも広くに普及しているモバイル・システムです。そこで、欧州勢は、このGSMのコア・ネットワークを基軸にして機能の強化や追加を行うことによって、NGNのコア・ネットワークへの展開を図っていこうという戦略をすすめているのです。したがって欧州勢は、GSMをベースにして、さらにNGNを展開することで、現在ある資産を活かして、NGNにおけるビジネスにおいて有利に展開しようということです。

―そうですか。NGNにおいても、GSMのネットワークの資産が相当な影響を与えるということですね。

渡辺 携帯の第2世代では、GSMがデファクト・スタンダード(事実上の標準)として世界に普及し、次にGSMの発展形として第3世代のW-CDMAが普及し、今度はNGNも、というわけです。ご承知のとおり、第3世代携帯電話のW-CDMA方式を決めるときに、W-CDMA方式については日本と欧州の共同方式として標準化されました。しかしその際、W-CDMA方式の無線アクセスのところは、日本方式ということでNTTドコモの開発した方式が採用されましたが、欧州勢はコア・ネットワークの部分は譲らず、既存のGSMベースのコア・ネットワークとしました。

―そのようなお話を聞きますと、NGNで欧州が熱心に推進してきていることがよく理解できますね。

≪4≫今後の展望:NGNは今年(2007年)が試金石の年

第3回の図1 (※クリックで図表表示)の説明のところで、2010年(NGN)と2015年(NwGN)に分けたわけたお話がありましたが、NGNの今後の展望についてはいかがですか。

インタビュー渡辺 2010年に向けてNGN(次世代ネットワーク)がうまくいくかどうかは、この1年が試金石だと思います。つまり、NGNで、何ができるのか、そのメニューをもっと具体的に見せていく必要があると思います。「テレビ電話」と「品質のよい電話」ができますというだけでは魅力がありません。NGNはやっぱりすごい、ぜひとも利用したいというようなアプリケーションの世界をどうつくっていくかが求められているのです。NGNを発展させていくために、業界全体での協力体制が求められていると思います。

―NGNによって、ビジネス・スタイルや、ライフ・スタイルを、ほんとう変えていくことができるのかどうか。あるいは、NGNリリース2へ向けた動きについて展望はどのようにみていますか。

渡辺 まず、NGNがビジネスやライフ・スタイルを変えるネットワークとして、ほんとうに利用できるネットワークにしていく必要があります。

これまで、80年代のニューメディア、90年代のマルチメディア、2000年のユビキタス、2010年のNGNというように、10年周期でパラダイムが変わってきています。これらで何が変わったかを結果論から見てみますと、ニューメディアのときは、テレビが多チャンネル化しています。

70年代は、テレビは地上波のNHKと民放しかありませんでしたが、80年代になって、BS(放送衛星)が始まり、ケーブル(CATV)が始まって、多チャンネル化しました。90年代のマルチメディアは、携帯電話とインターネットの爆発的な普及です。2000年のユビキタスは、マーケットはこれからですが、電子タグ(RFID:Suicaなど)に代表される、いつでもどこでも使えるサービスの普及です。

このように、それぞれ象徴的な製品が登場し、あるいはつくり上げられてきています。そして、次のNGNは何か、どうつくっていくかというのが、これから一番のチャレンジだと思います。その1つのヒントとして、「端末」が変わるというようなパラダイム・シフトがあるかもしれません。端末そのものが変わり、ビジネス・スタイルやライフ・スタイルも変わるということになれば、いま使っているいわゆる携帯電話というものを持たなくなるとかというようなことが起こるかもしれません。

≪5≫NGNにおいて、日本の強みの部分で勝負に出る時

―現在、NGNはリリース1です。次に、一応リリース2とかリリース3などの予定もされていますが、それらはどんな時間軸で動くのでしょうか。現在のNGNのリリース1は古くはならないととらえていてよいのでしょうか。

渡辺 そうですね。2010年に向けて、今後、IPTVやホーム・ネットワーク、RFIDなどを利用したアプリケーションが順次出てくると予想されています。

現在、NGNリリース1は、NGNのアーキテクチャーやコアの部分まで勧告として確定して、さらに検討が進められているところです。また、リリース1に新しいアプリケーションやオプションなどが付き、対象となるサービスも増え、拡張されていくのがリリース2、さらにユビキタスに代表されるような、何でもネットワークに接続されるのがリリース3となります。NGNのベースとしてリリース1があるわけで、古くなるということではないのです。

―最後に、日本におけるNGNの今後の展開についてお話をいただけますか。

渡辺 極端な言い方かもしれませんが、インターネットの次の「2匹目のどじょう」になるかもしれないものを、欧米に持っていかれないために何をしたらいいかということです。ネットワークの分野は日本だけではできないものもありますから、信頼性の高さも維持しつつ、さらにもっと日本の強みを発揮して世界をリードしていく必要があると思います。先ほど申し上げましたように、NGNの2010年の実現に向けて、日本がリーダーシップを発揮して先導していくためにも、ここ1年間が正念場なのです。安全・安心でかつ利便性の高いNGNを、産学官が連携し日本として実現していかなければならないと思います。

―ご多忙のところありがとうございました。(終わり)

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プロフィール

渡辺 克也氏

渡辺 克也

総務省総合通信基盤局電気通信事業部
電気通信技術システム課長

略歴
1984年 慶応義塾大学工学部卒業
1984年 郵政省入省
1997年 郵政省東海電気通信監理局放送部長
1998年 郵政省電気通信局マルチメディア移動通信推進室長
2001年 総務省情報通信政策局研究推進室長
2003年 独立行政法人通信総合研究所 主管
2004年 独立行政法人情報通信研究機構 統括
2005年 現職

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