[特集]

NGN時代のモビリティとセキュリティ(4):ITSにおけるNGNの価値

2008/09/04
(木)
中ノ森 賢朗

≪3≫ITSにおける情報の性質

ITSの現場で必要となる情報としては、大きく分けて、交差点に近づいて来る自動車同士がお互いの位置を知らせあうような、リアルタイムで変化する情報「動的情報」と、目的地を回遊するために用いる地域観光マップのような、頻繁に変化することはない情報「静的情報」があります。とりわけ、動的情報においては、事故を回避するための情報のように「遅延ゼロ」が求められる情報から、「数分程度」の遅延が許されるような情報まで、情報が必要とされるシーンごとに許容される「遅延のレベル」が大きく異なります。また、動的情報においては、事故回避を目的として流通される情報が事故の発生・拡散を助長してしまわないことや、過去に蓄積された情報を基に道路交通の的確な予測や迂回ルートの指示を行うなど、「情報加工」の側面でも多様な対応が必要となります。静的情報においても、道路交通や気象状況の実態・予測を反映するなど、ドライバーにとって「最も欲しい」情報の提供が求められます。

すなわち、図3に示したようにITSで必要とされる情報を、「許容遅延時間」と「情報加工度」を軸にした空間に、「セキュリティ」をプロットしてみれば、様々に広がっているものと想定されます。

図3 ITSにおける情報の性質(クリックで拡大)

移動する自動車にとっては、衝突回避のために「この瞬間」に欲しい情報から、旅行先の駐車場案内のように「少し先」に欲しい情報まで、利用目的によって情報が提供されるまでに許容される時間が異なります。また、衝突を回避したい場合は「他車の存在」程度の情報でも十分に役に立ちますが、現在の交通状況から今後の渋滞を予測したい場合は「データベースとコンピュータによる解析」が必要となります。利用目的によって情報に求められる加工具合が異なることになります。

また、セキュリティの側面から見てみますと、個人情報の管理や決済処理を伴うETCにはSAM(※)による暗号化技術が導入されており「高いセキュリティレベル」が確保されていますが、扱う情報の種類によって、求められるセキュリティレベルが異なると考えられます。現在ITSとして使われているシステムには、ETCの料金収受システムを除いて、高いレベルのセキュリティを要求されることはありませんでした。しかし、自動車が今後モバイルオフィスとして活躍する時代を考慮すれば、セキュリティも十分考慮しておく必要があります。

※ SAM:Secure Application Module

≪4≫ITSにおけるNGNの価値

ITSの現場で生成される様々な情報を、スピーディかつ確実に、必要とされるところに流通させるためには、場所に依存しないネットワークのシームレス性の向上、高度化が必要となります。現在ITSでは、DSRCと携帯ネットワーク、放送ネットワークが主な通信手段になっていますが、それぞれ独立した構造になっており相互接続性に乏しいのが現状です。2008年3月に商用サービスがスタートしたNGN(図4)は、従来、垂直統合モデルであった情報通信ネットワークを水平統合モデルに変えることにより、固定・移動の垣根を越えた最適なネットワークの選択や、高いQoS(Quality of Service)やセキュリティを確保できるため、現状のネットワークが抱える諸課題を解決し、より細やかなサービスをタイムリーに提供する環境が整うものと期待されます。

図4 NGNの特徴とNGNが提供する新しい価値(クリックで拡大)

例えば、車々間通信システムを介して確認された渋滞末尾情報を、路側の情報板やVICSを介して後続のドライバーに伝えることが可能になったり、ネットワークに接続されたデータベースを参照することにより、近未来の運転環境を予測することが可能になったり、走行環境をリアルタイムに反映した目的別(集荷・配達など)のきめ細かなルート選択などが可能になると予想されます。

ITSにおける情報流通においては、情報が利用されるシーンごとに「許容遅延時間」「情報加工度」「セキュリティ」など、別の言い方をすれば「情報に求められる性質」が異なり、それを最短かつ最適に「整え」、情報利用者に届けることが重要となります。そして、その実現を支えていくのがNGNだと考えています。現時点では、ITSでNGNを利用するモデルは登場していませんが、縦型のネットワークが横型のネットワークに変わるとともにNGNにより提供される新たな価値により、「許容遅延時間の小さい情報」の多くは、NGNの中で処理を完結することが可能になり、スピーディにサービスを提供できるようになるものと考えられます(図5)。

ITS情報を利用する立場にとっては、「より求める形」で、「よりスムーズに」情報を得ることが可能になりますし、ITS情報を提供する立場では、NGNが提供する新しい価値を利用することにより、「より軽く」、「より容易に」サービスを提供する環境を構築できるものと考えられます。

今後のNGNの普及や進化・発展は、ITSにおける情報流通の成長・発展にも大きな役割を果たしていくことでしょう。

図5 NGNを活用したITSサービス(クリックで拡大)


プロフィール

中ノ森 賢朗(なかのもり やすろう)

現職:沖電気工業株式会社(OKI)
ITSソリューションカンパニー プレジデント

1976年 沖電気工業(株)入社、交通管制システムの開発・設計に従事
1995年 ITS事業推進本部 課長
1999年 交通システム事業部 事業企画部長
2004年 交通システム本部 本部長
2007年 ITSソリューションカンパニー プレジデント
現在に至る

 

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