[特集]

NGN時代のモビリティとセキュリティ(7):コンテキストアウェアネスへの取り組みと実用化の動向

2008/12/16
(火)
松平 正樹

前回(第6回)では、状況に応じたセキュリティの確保、すなわち「コンテキストアウェアネスなセキュリティ」について、情報セキュリティ大学院大学の田中先生より、簡潔にコンセプトとその特徴を解説していただいた。今回は、そもそも状況を把握するためのコンテキストの推定方法と実用化の国際的な動向について、この分野の専門家である沖電気工業(OKI)の松平正樹氏に執筆いただいた。

≪1≫コンテキストを理解・推定するためのデータ

まず、コンテキストを理解・推定するための元データとコンテキストについて、整理してみよう。

コンテキストを理解・推定するための元データとして、個人に紐づいた行動履歴データと、個人の置かれた環境に紐づいた環境データがある。

行動履歴データは、過去から現時点を含む個人のアクティビティ(行動)の履歴であり、移動履歴、購買履歴、メール履歴、情報機器の操作履歴、あるいは、心拍・血圧といった生体情報などを含む。

一方、環境データは、天候や交通情報、あるいは、その場所の周辺に存在するヒトやモノ、その場所が潜在的に有している特徴、例えばハザードマップに基づく危険度などを含む。

いずれのデータも、連続値・離散値、値の範囲や粒度、データ更新頻度など多種多様な形式が混在し、取得方法も、センサ機器、パソコンや携帯電話などの情報機器、ホストコンピュータやWebサービスなど多岐にわたる。これら多種多様なデータを、いかに統合して処理できるかが重要な課題である。さらに、個人の行動履歴データおよびそれから得られるコンテキストには、プライバシーの問題がつきまとう。

≪2≫世界のコンテキストアウェアネスへの例

コンテキストアウェアネスへの取り組みは、2000年以降、さまざまな分野で行われているが、ここにいくつかの例を紹介しよう。

〔1〕オラクルの例

米オラクル(Oracle)は、Adaptive Access Managerという製品で、コンテキストアウェアな不正防止、リスク軽減の機能を実現している。

資料によると、Adaptive Access ManagerのコンポーネントのひとつであるAdaptive Risk Managerは、ユーザー・プロファイル、デバイスの指紋、処理データ、IP、位置情報、その他ネットワーク・データ、サード・パーティが提供するデータを含む多様な情報ソースから、コンテキスト・データを解析し、リスクを評価する。また、多様なリスク要素を同時に検査することによって、いつでもリスク・レベルをスコアづけ(得点を付けること)し、プロアクティブ(先を見越して行動すること)に不正を防止して、管理者に警告することができる。

〔2〕ノキア(モバイル)の例

モバイル上のコンテキストアウェアネスについては、ノキア(Nokia)が、Symbian OS上のS60というプラットフォームに、パーソナルでコンテキストアウェアなウィジェットを生成できるWebランタイム(アプリケーションソフトを実行するためのソフトモジュール)の機能拡張を発表している〔ウィジェット:パソコンのデスクトップ上の好きな場所に置いておくことができる小さなソフトウェア(部品)〕。

〔3〕経済産業省(情報大航海プロジェクト)の例

国内では、経済産業省が進めている情報大航海プロジェクトでの取り組みがある〔注:情報大航海プロジェクト、http://www.igvpj.jp/index/参照〕。平成19年度(2007年度)の成果として、「実世界の行動とネット上の行動を統合したユーザー特性推定技術」「TPO(周りの状況に)に応じた推薦ができるコンシェルジュ型レコメンデーション」といった共通技術があり、前者は、ユーザーのいる場所、時間、一緒にいる他者、そこに至るまでの経緯などを元に、ユーザーの状況を推定する「コンテキスト推定技術」と、推定したコンテキストを利用して、ユーザーの意図、ユーザーに適したコンテンツやサービス、同じ興味をもつ人などを同定する「マッチング技術」である。後者の技術では、サポート・ベクター・マシン(SVM:Support Vector Machine)という機械学習機技術を応用し、同行者、気温、季節などの状況を考慮して、利用者の嗜好性とその状況に応じたコンシェルジェのようなレコメンデーションを実現している。

(1)携帯端末を利用した子供の見守り

国内のモバイル関連では、携帯端末を利用した子供の見守りが、広く普及しているコンテキストアウェア・サービスのひとつと言える。位置情報をコンテキストとし、指定した範囲に「入る」、あるいは「出る」と、保護者にメールなどで通知するサービスである。通常の行動区域として通学路や塾の周辺、あるいは、危険区域として交通量の激しい道路や河川を指定することで、安全か危険かの状況を判断していると見なすことができる。

(2)ITSへの応用:プローブカー

ITS(高度道路交通システム)への応用としては、プローブカーを利用した渋滞状況把握や、渋滞を避けたナビゲーションサービスがある(プローブカー:車にGPSや速度センサーなどを搭載して情報を収集し、新しい位置情報などを取得するシステム)。

このプローブカー・システムを搭載したタクシーやバス、一般車などから自車の情報をセンター側に送信し、センターに収集した大量のデータから交通の流れを把握することによって、状況に応じたナビゲーションを提供するサービスが実現されている。

≪3≫OKIの取り組み

〔1〕コンテキストアウェアエンジンの開発

我々は、ベイジアンネットワーク技術と自然言語処理技術により、「個」の状況に応じたコンテキストアウェアなサービスを構築するために、行動履歴データと環境データから行動モデルを構築し、観測できる現在のデータから行動予測・コンテキスト推定をうエンジンを開発した。その構成を図1に示す(ベイジアンネットワーク(Bayesian Network):不確かな出来事の連鎖について、相互作用を確率によってモデル化する手法)。


図1 コンテキストアウェアエンジンの概念図(クリックで拡大)


〔2〕コンテキストアウェア・エンジンの適用領域

コンテキストアウェア・エンジンの適用領域として、次のような「個」別化されたコンテキストアウェアなサービスを考えている。

(1)金融・購買分野:個人の嗜好や状況に応じて店舗や商品を推薦する
(2)交通・旅客分野:目的地や経路、現在地に応じてドライバや旅行者を支援する
(3)ヘルスケア分野:患者の状況を見守り、必要に応じて医師に通知する

〔3〕顔画像から個人識別を行うFSE

また、OKIでは、顔画像から個人識別を行うFSE(Face Sensing Engine)を提供している。携帯端末へのアクセス制限用途として、端末の紛失・盗難時の個人情報漏洩や不正使用などを排除することができる。

≪4≫セキュリティやモビリティへの応用

2004年に公開された文部科学省の「安全・安心な社会の構築に資する科学技術政策に関する懇談会」の報告では、安全・安心を脅かす要因を、表1のように分類している。


表1 安全・安心を脅かす要因(クリックで拡大)


これらの中で、情報セキュリティおよびコンテキストアウェアネスに関連すると考えられるものとして、次のような課題が挙げられている。

〔1〕人の生存を脅かす問題からの安全・安心

(1)有害物質等の汚染状況把握のための研究開発
(2)感染症、食品へのトレーサビリティ(流通経路の追跡)の導入

〔2〕人為的な脅威からの安全・安心

(1)情報ネットワークの状態監視のためのトラフィック解析に係る研究開発
(2)不審者・不審物の検知・追跡システムの研究開発

≪5≫食品のトレーサビリティの課題

ここで、上記のうち、とくに食品のトレーサビリティの課題について、少し補足して説明しておこう。食品のトレーサビリティでは、消費期限や原材料、保存状況など安全管理に関する情報の流通およびセキュリティが重要な課題である。これに対し、農林水産省は、ユビキタス・コンピューティング技術を活用して情報の記録などの自動化・簡便化を進め、トレーサビリティの確保とともに、食品の安全管理などの向上や消費者が簡単に入手できる情報の充実などを図ることが可能となる先進的なシステム「ユビキタス食の安全・安心システム」の開発・実証実験を続けている。

セキュリティが確保された安全・安心な社会を実現するためには、コンテキストアウェアネス技術が重要な役割を担うことになろう。その際、単に位置情報や履歴情報だけから状況を判断するのではなく、多種多様な情報に基づいてコンテキストを認識・推定し、状況に応じた情報セキュリティを確保することが重要になる。ただし、個人の行動履歴に関する情報の流通は、プライバシーの課題があり、技術面だけでなく法制度も含めた官民学の連携が望まれる。


参考文献

[OKI FSE] http://www.oki.com/jp/fse/

下畑, 「コンテキスト:ユビキタス社会の“見えない”個人情報」, 沖テクニカルレビュー, 213号 Vol.75 No.2 pp.65-69, 2008. http://www.oki.com/jp/otr/2008/n213/

[情報大航海プロジェクト] http://www.igvpj.jp/index/

[農林水産省] 農林水産省トレーサビリティ, http://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/trace/index.html

松平, 星川, 瀧, 「コンテキストアウェアネスとその応用」, 沖テクニカルレビュー, 212号 Vol.75 No.1 pp.94-97, 2008. http://www.oki.com/jp/otr/2008/n212/

文部科学省「安全・安心な社会の構築に資する科学技術政策に関する懇談会」, 「安全・安心な社会の構築に資する科学技術政策に関する懇談会報告書」, 2004, http://www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/anzen/main12_a4.htm


プロフィール

松平 正樹(まつだいら まさき)

現職:沖電気工業株式会社
システムプラットフォームカンパニ 技術二部

慶応義塾大学理工学部卒業。
沖電気工業にて、日英・英日機械翻訳システム、テキストマイニング、コンテキス トアウェアネス、セマンティックWeb、オントロジーの研究開発に従事。
人工知能学会、情報処理学会、各会員。

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