[スペシャルインタビュー]

LTE/EPCやWiMAX、XGPで必須技術となった 最新のモバイルIPv4/IPv6を聞く!(1)

第1回:LTE/EPCやWiMAX、XGPで必須技術となった「モバイルIP」とはなにか
2009/05/28
(木)
SmartGridニューズレター編集部

3.9G(LTE/EPC)やモバイルWiMAX、次世代PHS「XGP」(eXtended Global Platform)など次世代のワイヤレス・ブロードバンドの登場とともに、端末(パソコン等)が高速に移動しながらも途切れることなく通信できるようにする「モバイルIP」技術が大きな注目を集めています(EPC:Evolved Packet Core、LTEを収容する発展型パケット・コア・ネットワーク)。
ここでは、この分野で10年余の長年にわたって地道な研究を重ねてきた、トヨタIT開発センター シニアリサーチャ、慶應義塾大学SFC研究所 上席研究員(訪問)である湧川 隆次(わきかわ りゅうじ)氏に、最新のモバイルIPについて、モバイルIPv4からモバイルIPv6、プロキシー・モバイルIPに至るまで、その全体像をお聞きしました。
湧川先生はすでに国際的なインターネット技術関連の標準化組織である「IETF」において、すでに2つのRFC(標準技術文書)を完成させ、2009年2月からはIETFにおける「autoconf(Ad-Hoc Network Autoconfiguration)」ワーキング・グループの議長としてご活躍中です。また、2009年3月には、最新の技術を集大成した『モバイルIP教科書』を出版され、その普及活動にも力を注いでいます。今回は、モバイルIPとは何か、どのような仕組みで移動通信を実現しているかなどを中心にお聞きしました。
(聞き手:インプレスR&D インターネットメディア総合研究所)

LTE/EPCやWiMAX、XGPで必須技術となった 最新のモバイルIPv4/IPv6を聞く!

 

≪1≫なぜ、モバイルIPの研究を始めたのか

『モバイルIP教科書』(村井純監修、湧川隆次著氏。インプレスR&D刊、2009年3月)
話題の『モバイルIP教科書』
(村井純監修、湧川隆次氏著。
インプレスR&D刊、2009年3月)

■ このたびは、国際的にみても最新の標準化内容を網羅した『モバイルIP教科書』の発刊、おめでとうございました。この教科書シリーズは18冊目の刊行となりますが、1冊を丸ごとお1人で書き下ろされたのは湧川先生が初めてのことです。ご執筆されたご感想はいかがでしたか。

湧川 たいへん厳しかったですね(笑)。話すのと違って、内容の質を維持しながら、丁寧にわかりやすく紙に表現するということの難しさというのを、ほんとうに改めて感じました。ただ、『モバイルIP教科書』を執筆する中で、いろいろと関連する技術の全体像を1冊の本にまとめるということによって、世の中のネットワークの動きをとらえ整理できましたので、私自身にも勉強になりました。

■ ご苦労さまでございました。多くの関係者からとてもタイミングよく出していただいたと好評です。このようなまとまった本はありませんでしたから。

湧川 ありがとうございました。

■ それでは、湧川先生がモバイルIPに取り組まれた最初のいきさつのようなところから、簡単にお話しいただけますか。

湧川 隆次〔トヨタIT開発センター シニアリサーチャ/慶應義塾大学SFC研究所 上席研究員(訪問)〕
湧川 隆次氏
〔トヨタIT開発センター
シニアリサーチャ
/慶應義塾大学SFC研究所
上席研究員(訪問)〕

湧川 最初からとくにモバイルIPに興味があったわけではなくて、私が大学(慶應義塾大学)の村井純先生の研究室に入っていたときに、IPとか通信スタック(プロトコル構成)のことをやりたいと漠然に思っていたのです。当時はIPng(IP next generation、次世代IP)、すなわち現在のIPv6の研究が全盛期でモバイルIPは議論され始めた頃だったのです。

■ それは、何年ごろですか。

湧川 大学の研究室に入ったのが12年前の1997年ですね。ただ、IPngについてはすでに多くの方が取り組んでおられたので、少し変わったことをやりたいというひねくれた性格も手伝って「IP」(Internet Protocol)と付いていた「モバイルIP」に興味を抱き、研究をはじめました。

■ その当時から「モバイルIP」という言葉はあったのですか。

湧川 ありました。ちょうど1996年にIETFで「モバイルIPv4」(RFC 2002)が標準化されましたので、研究室に入ったのはその直後という感じです〔RFC 2002 (Standards Track):IP Mobility Support,C. Perkins(現WiChorus)、October 1996〕。

その後に、当時まだ標準化過程であったモバイルIPv6の研究・開発や実装などを始めました。修士課程時代には、本書の『モバイルIP教科書』にメッセージをいただいた、RFC 2002の執筆者でもあるチャーリー・パーキンス(Charles E. Perkins)氏(当時、Nokia Research Center)とそのグループと一緒に、研究をする機会にも恵まれました。

■ その当時のIPngとモバイルIPとの関係、あるいは湧川先生がモバイルIPを選択されたいきさつはいかがでしたか。

湧川 1992年に提案されたIPngのプロトコルは、その当時(1996年)はすでに数年かけての議論が一段落し、実装とかも出始めているころでしたので研究室の中でも取り組む学生がすごく多い状況でした。一方、当時もモバイルIPという技術は有名でしたけれど、IPngほどではありませんでした。モバイルという概念自体が出てきて10年もたたない未成熟の分野でしたので、そっちのほうがおもしろいし、やれることもあるのかなと思い、こじんまりと数名でやっているモバイルIPの研究グループに入りました。

≪2≫固定のコンピュータから移動するコンピュータの時代へ

■ 昔のインターネットが始まった頃、IPというのは固定した、動かないコンピュータで通信するというのが基本でしたね。これに対して動きながらでも通信できるようにするというその考え方は、固定の場合とどんな違いがあるのでしょうか。

湧川 隆次〔トヨタIT開発センター シニアリサーチャ/慶應義塾大学SFC研究所 上席研究員(訪問)〕
湧川 隆次氏
〔トヨタIT開発センター
シニアリサーチャ
/慶應義塾大学SFC研究所
上席研究員(訪問)〕

湧川 もともとのインターネットのプロトコル・スイーツ(プロトコル構成)というのは、固定のコンピュータを基本にしています。インターネットのスタート当時は、コンピュータがこんなに小さくなるとはだれも予想していなかったと思います。モバイルという概念は固定とは異なりますので、インターネットのプロトコル(IP)を使って、どのように移動しながら通信させるか、そこに大きな問題があったのです。

コンピュータというのは、昔は大型の1台のコンピュータのコンソールをみんなでシェア(共有)して使用するのが基本でした。そのうちにネットワークが出てくると、ネットワーク経由でリモート(遠隔)からコンピュータを使うという概念が出てきました。それからラップトップ・コンピュータが出てくると1人1台持ち歩いて使用できるようになり、移動して使用できるコンピュータが登場したのです。こうしたコンピュータのハードウェアの進歩とネットワークの進歩によって、人間とコンピュータの関係というものが、大分変わってきたのです。現在では、低価格のノートパソコンが普及し、さらにコンピュータと変わらない高機能な携帯電話が登場し、コンピュータを1人で1台ではなく、数台もつという時代になっているのです。

このように、移動しても常に自分のコンピュータ環境を周りに整えておくことができるように変化してきました。さらに、今までなかなかネットワークが行き渡っていなかったような、例えば自動車とか飛行機、新幹線などのような交通機関の環境でも、無線技術の進歩によって、移動しながらインターネットを利用できるようになってきました。

≪3≫移動しながらも通信できる仕組みは?

■ IPのプロトコルは、コンピュータAの存在場所を明確に識別する「ホスト・アドレス」(ホスト識別子:ID)と、そのコンピュータAがどのネットワークに接続されているかを示す「ネットワーク・アドレス」(ネットワークの識別子:ロケータ)がワンセットになっていますよね。しかし、固定のネットワークの場合と違って、モバイルの場合はコンピュータAが接続されているネットワーク(基地局)がたえず変化してしまいます。移動の場合は、この辺の関係はどうなるのでしょうか。

湧川 隆次〔トヨタIT開発センター シニアリサーチャ/慶應義塾大学SFC研究所 上席研究員(訪問)〕
湧川 隆次氏
〔トヨタIT開発センター
シニアリサーチャ
/慶應義塾大学SFC研究所
上席研究員(訪問)〕

湧川 それはIPアドレスのことですね。おっしゃる通り、IPアドレスは、

(1)ホスト部:ホスト識別子(ID:Identifier)と
(2)ネットワーク部:位置情報 (ロケータ)

という2つ異なる意味を持ち合わせています。すなわち、IPアドレスは、ホスト部とネットワーク部から構成されており(注:ネットマスクやプレフィックス長からネットワーク部とホスト部を計算できる)、ネットワーク部は接続されているネットワークに割り当てられている位置情報が、ホスト部には接続されたネットワーク上で一意にコンピュータを識別するホスト識別子が割り当てられます。

このように、ネットワーク部とホスト部を組み合わせてIPアドレスが生成されるため、IPアドレスには、インターネット上のどこにそのコンピュータが接続されているかという「ネットワーク上のコンピュータの位置(ロケータ)を示す情報」と、通信を開始するときなどに利用する「コンピュータを識別するホスト識別子の情報」が含まれているので、お互いに通信できるようになっているのです。

■ なるほど。

湧川 それでは、コンピュータが移動したときに何が起こるかというと、移動することによってコンピュータの位置情報(接続されているネットワーク)が変わりますので、移動前のIPアドレスは使えなくなってしまいます(引っ越ししたのに、引っ越し先の新しい住所に手紙が届かないような現象)。IPを使った通信では、IPアドレスを通信の管理に使っているため、IPアドレスが変わると通信がすべて止まってしまう、つまり、切断されてしまうのです。これは、もともとIP(インターネット・プロトコル)が考案された頃(1974年にビント・サーフ氏とボブ・カーン氏が開発)は、そのようにIPアドレスが移動環境で変わって行くということが想定されていなかったのです。

モバイルの場合は、移動によって接続するネットワークの場所がどんどん変わっていきますので、IPアドレスが変わります。そうするとホスト識別子(ID)も、結局IPアドレスなので変わってしまうのです(図1)。

例を使って説明すると、Bさんの携帯電話の番号が移動するたびに刻々と変わるようなものなのです。これでは、私は移動先にいるBさんに電話はかけられません。そこで、私は、今Bさんがどこにいるかというのを想定しながら、多分、Bさんは今大阪のA社にいるかも知れないので大阪のA社のIPアドレスを使うということになりますが、そういうような使い方は無理な話です。モバイルでは、先述のように2つ意味をもつIPアドレスが、移動により変わって行く必要があるということに大きな問題があるのです。


図1 移動に伴いIPアドレスが刻々と変わってしまう環境(クリックで拡大)


■ そこはどのように解決されたのですか。

湧川 結局、IETFにおけるモバイルIPの標準化では、IPアドレスのホスト識別子(ID)と位置情報(ロケータ)を分離して、それぞれに別のIPアドレスを利用することにしたのです。具体的には、

(1)「ホーム・アドレス」:ホスト識別子(ID)に該当する移動に関係のない固定の「ホーム・アドレス」が割り当てられ、

(2)「ケア・オブ・アドレス」:「ケア・オブ・アドレス」(手紙の「気付け」という意味)が移動端末の訪問先のネットワークの位置を示す「ロケータ・アドレス」

として割り当てられたのです(表1)。『モバイルIP教科書』で解説したモバイルIPというのは、今のIP(インターネット・プロトコル)と互換性をもたせながら、この2つのIPアドレスを使って、モバイルの問題を解決する仕組みとなっています。

表1 IPアドレスとモバイルIPアドレスの違い
IPアドレス(固定) モバイルIPアドレス
(1)位置情報と(2)ホスト識別子は同一のアドレス(一つのアドレスに2つの意味) (1)ホーム・アドレスと(2)ケア・オブ・アドレスは別々のアドレス(個々のアドレスに一つずつの意味)
(1)位置情報(ロケータ)
パソコン(ホスト)などが接続されているネットワークの場所を示し、パケットの経路制御などに利用するIPアドレス

(2)ホスト識別子(ID)
パソコン(ホスト)を一意に識別するためのホスト識別子(ID)としてのIPアドレス

(1)ホーム・アドレス(ID)
移動端末に割り当てられるホスト識別子(ID:Identifier)としてのIPアドレス

(2)ケア・オブ・アドレス(ロケータ)
移動端末が移動先(訪問先)で取得するアドレスで、移動先のネットワークの位置情報を示し、パケットの経路制御などに利用するIPアドレス


≪4≫フューチャー・ネットワークでも注目される「ロケータとID分離」問題

湧川 隆次〔トヨタIT開発センター シニアリサーチャ/慶應義塾大学SFC研究所 上席研究員(訪問)〕
湧川 隆次氏
〔トヨタIT開発センター
シニアリサーチャ
/慶應義塾大学SFC研究所
上席研究員(訪問)〕

湧川 一方、既存のIPアドレスの相互互換性とかは関係なくて、IPアドレスがもつホスト識別子(ID)と位置情報(ロケータ)を本質的に分離する新しいプロトコル(「ロケータID分離(Locator ID Separation)」などという)に関しても、活発に議論されています。ただし、まったく新しい仕組みというのは普及のハードルが高くなりますので、長期的な研究・開発という側面が強いのも事実です。

■ その新しいプロトコルは何という名前なのですか。

湧川 『モバイルIP教科書』でも少しだけ触れていますが、ヒップ(HIP: Host Identity Protocol、ホスト識別プロトコル)というプロトコルが、IETFで標準化されている代表的なものです。また、最近、国際的に活発化し、ITUにもFG-FN(Focus Group Future Networks)が設置される(2009年1月)など、話題を呼んでいるフューチャー・ネットワーク(FN:Future Networks。注1)を議論している、米国のGENI/FIND(注2注3)プロジェクトや欧州のFP7(Framework Programme 7。注4)、日本のAKARI(注5)プロジェクトなどのテーマの一つとして、必ずこの「ロケータとID分離」の問題というのが出てくるようになりました。

今、このフューチャー・ネットワーク系の活動は、クリーン・スレート(Clean Slate。過去にとらわれない真っさらな状態からの検討)といって、これまでの「IP」にこだわらず「真っさら」な状態から考えましょうという方針で進められています。モビリティにも対応できることは、フューチャー・ネットワークでは必須と捉えられています。

用語解説

注1 日本では「新世代ネットワーク」(NWGN:New Generation Network)といわれることが多い。

注2 GENI(ジニー):Global Environment for Networking Investigations。NSF(National Science Foundation、全米科学財団)が出資する、2005年8月に、米国コンピュータ学会(ACM:Association for Computing Machinery)の分科会である、SIGCOMM(Special Interest Group on Data Communications、通信に関する特別会議)で、発表された新しいネットワーク研究プロジェクト。新しいネットワーク技術を実験する場を構築するためのテスト環境(テストベッド)で、2010頃の稼働を目指している。

注3 FIND(ファインド):Future Internet Network Design。NSFの研究基盤プロジェクトで、既存のインターネットと互換性がなくてもよいから、将来のインターネットのアーキテクチャの確立を目指している。FINDで開発された新しい技術要素をGENIのテスト環境(実験ネットワーク)で実証する。このFINDは、インターネットの設計指針を作った一人であるMIT(マサチューセッツ工科大学)のデビット・クラーク博士などが中心となって推進されている。

注4 FP7(エフピーセブン):Framework Programme 7、欧州(EU:European Union)の新世代ネットワークの第7期研究開発プログラム(2007年~2013年の7年間)。EU参加の各国が個別にではなく、EU全体が1つの枠組み(フレームワーク)となって研究開発を推進している。

注5 AKARI(アカリ):日本のNICT(注5)における「新世代ネットワーク」(NWGN:New Generation Network)に関する研究活動。2015 年に新世代ネットワークを実現することを目指し、そのためのネットワーク・アーキテクチャを確立し、それに基づいたネットワーク設計図を作成する(未来のネットワークをデザインする)ことを目的としている。すでに、2007年4月に「新世代ネットワーク・アーキテクチャAKARI概念設計図」をまとめ発表している。

注6 NICT:National Institute of Information and Communications Technology、総務省所管の独立行政法人 情報通信研究機構(旧通信総合研究所と旧通信・放送機構が統合し、2004年4月1日に発足)。情報通信技術分野の基礎研究や応用研究などを推進する日本最大の研究機関。

--つづく--


プロフィール

湧川 隆次氏〔トヨタIT開発センター シニアリサーチャ/慶應義塾大学SFC研究所 上席研究員(訪問)〕

湧川 隆次(わきかわ りゅうじ)氏

現職:TOYOTA InfoTechnology Center, U.S.A., Inc. シニアリサーチャ
   慶應義塾大学SFC研究所上席研究員(訪問)
   政策メディア博士(慶應義塾大学・2004 年)

【略 歴】
東京都に生まれる
2004年 慶應義塾大学大学院政策メディア研究科後期博士課程修了
2004年 慶應義塾大学政策メディア研究科 特別研究助手
2005年 慶應義塾大学環境情報学部 有期専任講師
2005年 Asian Institute of Technology(AIT)Adjunct Assistant Professor
2008年より株式会社トヨタIT開発センター シニアリサーチャ
2009年3月よりIETF AUTOCONF作業部会チェア、現在に至る

【主な活動】
IETF(インターネット技術標準化委員会)で、デュアル・スタック・モバイルIPv6(デザインチームの一員)、NEMO基本仕様(RFC 3963)やNEMOホーム・ネットワーク・モデル(RFC 4887)、プロキシー・モバイルIPv6のIPv4サポート拡張、複数ケア・オブ・アドレス登録など、多くの移動支援プロトコルの標準化を手掛けている。

関連記事
新刊情報
本書は、ブロックチェーン技術の電力・エネルギー分野での応用に焦点を当て、その基本的な概念から、世界と日本の応用事例(実証も含む)、法規制や標準化、ビジネスモデルまで、他書では解説されていないアプリケー...
5Gの技術からビジネスまですべてがわかる 5Gは社会や産業に何をもたらすのか? といったビジネス関連のトピックから、その変革はどのようなテクノロジーに支えられているのか?といった技術的な内容まで、わ...
本書は、特に産業用の5G/IoTの利用について焦点を当て、MWC19 Barcelona での産業用IoTに関する最新動向や、国内外の最新動向の取材をもとに、5Gの市場動向やビジネスモデルをまとめた解...