[スペシャルインタビュー]

新国際標準をつくるIECのスマートグリッド戦略を聞く!<第5回(最終回)>=SMB SG3(スマートグリッド担当)が目指すもの=

第5回(最終回):日本が目指すべきスマートグリッドの方向性
2011/11/28
(月)
SmartGridニューズレター編集部

スマートハウスからスマートコミュニティへと進展をみせるスマートグリッドの世界は、電力・エネルギー危機を背景に、新しいビジネスを求めて、日本を含むアジアや、米国、欧州においても、活発な展開を見せている。ここでは、スマートグリッドの国際標準化を推進しているIEC(国際電気標準会議)/SMB(標準管理評議会)のSG3(スマートグリッド担当)の日本代表である、九州大学大学院 電気システム工学部門の合田忠弘(ごうだただひろ)教授に、スマートグリッドについて国際標準化の動向や、世界各国の取り組みをお聞きした。また、合田教授がマイクログリッドやスマートグリッドに取り組んだ動機をはじめ、IECとNISTやIEEEなど他の標準化団体との連携や、スマートグリッドが拓く新しいビジネスモデル等もお聞きした。

新国際標準をつくるIECのスマートグリッド戦略を聞く!<第5回(最終回)>

≪1≫注目される「発電と送電」の分離問題

■ 前回(第4回)の「電力(エネルギー)供給システムの新しいコンセプト」のお話は、スマートグリッド時代の電力システムのとらえ方として、たいへん新鮮で、説得力もありよく整理できました。ところで、最近、日本の発送配(発電・送電・配電)一貫体制について異論がでていて、「発電」と「送電」の分離問題が話題となっています。米国などでも分離されていることもあって関心も高いのですが、日本としては、この辺をどのように考えたらよろしいのでしょうか。

合田 忠弘教授(九州大学大学院、IEC SMB SG3日本代表)
合田 忠弘教授
(九州大学大学院、
IEC SMB SG3日本代表)
 

合田 はい。この問題は一長一短がありまして、私は、どちらかというと、現在の一貫体制がよいと思っています。1995年以来の電気事業法の改正に伴って、現在日本には、10電力会社や卸電気事業者(例:J-Power)以外に、例えば、

(1)一般家庭には供給しないで10電力会社に電気を卸す合計200 万kW 超の発電設備をもつ電気事業者として「IPP」(独立系発電事業者)や、
(2)また、契約電力50kW以上の需要家に対して、一般電気事業者(10電力会社)の送電線を利用して小売を行う「PPS」(特定規模電気事業者)他、

などの事業者が電気事業法で定められ営業を行っています(注1)

(注1)IPP:IPPIndependent Power Producer、独立系発電事業者。例:住友共同電力など数社。
PPS:Power Producer and Supplier、特定規模電気事業者。特別高圧・高圧受電による契約電力50kW以上の需要家に対して、一般電気事業者(10電力会社)の送電線を利用して小売を行う事業者。例:ダイヤモンドパワー、NTTグループのエネット他、40社以上

■ なるほど。規制緩和され、それなりに電力が自由化されているということですね。

合田 そうなのです。さらに電力取引所を開設されていますので、現状の仕組みを有効に機能させれば必ずしも水平分割(例:発電・送電の分離など)をしなくても、現在の電力供給体制で安全な電気を安心して安定的に供給できると思っています。

現在の一貫体制を水平分割したときに、末端の需要家に対して、平常時のみならず事故直後の緊急時や復旧時にも電力を安定して供給できるような仕組みができるのかどうか、あるいは将来を見越しても、きちんと供給できる体制を確立できるのかどうかを検討する余地はあります。このことは既に結論が出ているのですが、今回の大震災みあいで見直すということです。ただし、震災後8カ月を経過しても復旧の目途がたたない東北地方の鉄道のような状況にはならないようにする必要はあると思います。

電力供給体制は各国の事情にあったものにすべきで、外国の体制をそのまま導入すれば良いものではありません。例えば、米国の場合、日本と違うのは、発電所をつくるにしてもガスのパイプラインなどがきちんと整備をされているうえに、水量が豊かで流れのゆるやかな河川があり、どこでも非常に短期間に発電所を建設できたりするのです。ところが日本の場合は、なかなかそう環境になっていない。ですから、電力の需要が逼迫してきたからといって、すぐに発電所を建設することはできないのです。このような状況を考慮しますと、どちらがいいのかということを、もっともっと考えていくべきだろうと思います。


≪2≫なぜ、米国で「デマンドレスポンス」が重視されるのか

■ なるほど。国情の違いやエネルギーに関する環境の違いは重要な要素ですね。

合田 忠弘教授(九州大学大学院、IEC SMB SG3日本代表)
合田 忠弘教授
(九州大学大学院、
IEC SMB SG3日本代表)
 

合田 また、米国がなぜ、スマートグリッドによって、電力ネットワークを強化しようと言い出したかというと、米国では基本的に需要に対して発電量が足らないのです。ですから米国では、デマンドレスポンス(注2)が非常に重視されています。また、東日本大震災直後に、日本では計画停電がありましたが、米国ではこれを「ブラウンアウト」〔Brownout、計画停電。通常の停電はブラックアウト(Blackout)という〕といいまして、日本よりもっと多発しているのです。

(注2) デマンドレスポンス:Demand Response(DR)、需要家(電力の消費者:一般家庭等)側での電力消費を調整するように促すことによって、電力会社側の負荷を軽減し、最適な電力の需給バランスをとること。例えば、ピーク時に需要家の電力消費の抑制を促す(例:冷房の温度を2度上げてもらう)ことなどがこれに相当する。

■ 「ブラウンアウト」とは、聞きなれない言葉ですね。

合田 ブラウンアウト(Brownout)というのは、「計画停電のこと」ですから、通常の停電(ブラックアウト)とは違います。このブラウンという意味は、いきなりすべてを停電させるのではなく、「一部を停電させて、順次、輪番に停電させていく」ことです。ですから、全体から見ると「ブラックではなく、またホワイトでもない」ので、「ブラウン」というのです。米国ではこの「ブラウンアウト」というのがあって、ずっと前から実施されています。また、ブラウンという意味には、停電させるだけではなくて、供給電圧を下げて消費電力を減少し需給のバランスをとるという意味もあります。例えば、電圧を下げて若干照明は暗くしても、電力供給は続ける方法です。

■ 「ブラウンアウト」(計画停電)と「ブラックアウト」(停電)の違いがよくわかりました。

合田 このように、米国では電力の供給が足らない場合に、従来は、このような対策で解決してきたのです。これに対し、スマートグリッドでは、前述した「デマンドレスポンス」という考え方を導入し、例えば、協力してくれた家庭に対して、電力料金などを安くする(料金対応)などのインセンティブを与えることによって、安定した電力を供給すること、などが考えられているのです。

米国の場合はこのような考えであるため、日本のように「需要家に対して、垂直一貫体制で電力会社が絶対的な供給責任をもつ」、ということとはかなり異なっています。ですから、電力システムの在り方について、どちらがいいかというのは、各国でよく考えなければならないことだと思います。

■ なるほど。

合田 日本も、昭和の初期には650社ぐらいの電力会社がありました。戦後(第2次大戦後)、日本の電力エネルギーをどうするかということが検討され、電力9社体制になり、その後沖縄電力を入れて10社体制というのをつくり、今日まで、10電力会社が地域独占をしてきたわけです。

その体制は、戦後の高度成長期にはたいへんよい体制だったと思います。しかし、高度成長期も過ぎた現在、今後もその体制のままでよいのかどうかということは、現時点で、もう一度見直す必要があると思います。そのため、今後、日本として何を目指すのかというところを、きちんと議論すべきで、別に米国がやっているからとか、英国がやっているからとかということでなくて、日本としてとことん議論したうえで、日本の取るべき道を決めるべきだと思います。


≪3≫国内のプロジェクトの推進と国際的な展開

■ ありがとうございました。ところで、現在、日本の経済産業省は、国内でいろいろ予算つけてスマートグリッドのプロジェクトをスタートさせ、NEDOは米国のニューメキシコ州をはじめ、国際的な協力を積極的に展開しています。その辺の日本の活動をどのように見ておられますか。

合田 はい。これは、2つの視点から見ていく必要があると思います。1つは国内向の側面でスマートグリッドという次世代電力ネットワークを実現するために、いろいろなプロジェクトでの実証実験を通してメリットやデメリットを明確にし、スマートグリッドのイメージをつくり上げてそれを一般の人々に理解をしてもらうことが非常に大事なことと思います。

一方、海外向のプロジェクトに協力するということは、海外ビジネスを展開することが目的ですから、実証実験などを通して日本の技術を海外に展開し、理解してもらうことは非常に大事なことだと思います。

■ はい、そう思います。

合田 ところが、実証実験の方法については、各国によってその方法が違います。その具体例として、日本国内のプロジェクトの実証実験のやり方と、韓国のプロジェクトの実証実験の方法について、その違いを見てみましょう。

図1は、韓国のスマートグリッドの取り組みと、今、済州島(チェジュトウ)でやっている実証実験の内容を示しています。

■ まず、2013年までに済州島のすべてをスマートグリッド化してしまう計画ですね。


図1 韓国のスマートグリッドの取り組みと、済州島(チェジュトウ)における実証実験の内容(クリックで拡大)

図1 韓国のスマートグリッドの取り組みと、済州島(チェジュトウ)における実証実験の内容


合田 はいそうです。また、図2は、韓国の知識経済部という、日本の経済産業省に相当するところが出している「韓国のスマートグリッド戦略」の中の記述です。この中で注目されるのは、済州島(チェジュトウ)の実証実験は、スマートグリッドの実用化はもちろんのこと、最初から輸出産業化を目指すと、明確に位置付けられているところが、日本と違うところです。しかも、世界のスマートグリッド市場の30%を獲得することを目標としています。


図2 韓国のスマートグリッド戦略(クリックで拡大)

図2 韓国のスマートグリッド戦略


ですから、韓国は、企業を主体にして、まずスマートグリッド関係の完成品技術を開発し、同時にその技術の国際標準化をはかるという方向で動いているのです。このような戦略目標から、予算がかなりかかることを考慮して、従来2カ所でやっていたスマートグリッドプロジェクトを済州島の1カ所に絞ったのです。この韓国におけるスマートグリッドプロジェクトの事業分野と事業目的は、図3に示すように、5つの事業分野と事業目的をもって推進されています。


図3 韓国におけるスマートグリッドの構成要素(事業分野と事業目的)(クリックで拡大)

図3 韓国におけるスマートグリッドの構成要素(事業分野と事業目的)


■ なるほど。

合田 忠弘教授(九州大学大学院、IEC SMB SG3日本代表)
合田 忠弘教授
(九州大学大学院、
IEC SMB SG3日本代表)
 

合田 しかし、日本はそうではなくて、前回(第4回)お話ししたように、韓国とほぼ同じ時期に4カ所(横浜市、豊田市、けいはんな学研都市、北九州市)で実証実験が開始されています。そこで、私は、韓国の1カ所集中方式と、日本の4カ所分散方式の、どちらのスタイルのプロジェクトが成功するか。すなわち、このプロジェクトが終わった後に、日本と韓国のどちらのスマートグリッド製品が国際市場で売れていくか、ということに注目しています。

■ 合田先生としては、日本と韓国のプロジェクトの進め方をどのように見ておられますか。

合田 両者は、一長一短あると思いますが、私は、一本化した韓国も結構いい成果を上げるのではないかと思っています。ただ、日本はすでに海外に出て実証実験をやっていますので、その経験をうまく日本の海外ビジネスにつなげられると期待しています。


≪4≫日本が目指すべきスマートグリッドの方向性

■ 今後、日本が目指すべきスマートグリッドの方向性について、標準化も含めて、合田先生が考えておられることをお話しいただけますか。

合田 先ほど申し上げましたように、スマートグリッドというのは、ビジネス自身が非常に大きな社会インフラですから、デファクト標準というのではなくて、やはり国際的なデジュール標準を策定して、相互接続がきちんと保障されることが重要と思います。そのデジュール標準を日本が牽引役となって推進していくことが期待されています。標準化については、図4に示すように、経済産業省の方針として、

(1)標準化とは、「競争領域と協調領域の線引きを行うルール作り」であること
(2)「標準を制する者が市場を制する」ということ
(3)「市場構造はデファクト標準からデジュール標準へ」と向かっていること

ということなのです。つまり、何よりも「ルールづくり」が重要視されているのです。


図4 国際標準化に取り組む意義(クリックで拡大)

図4 国際標準化に取り組む意義



≪5≫スマートグリッドとM2M(機器間)通信の重要性とその役割

■ ところで、スマートグリッドの大きな特徴として、双方向通信が重視されていますが。

合田 そうですね。スマートグリッド環境におけるビジネスモデルにおいて、通信が果たしている役割を整理しますと図5のようになります。図5に示すように、通信の第1ステップは、もともと電話のように人と人のコミュニケーションでした。その次の第2ステップでは、いろんな情報を人にということで、例えばサーバ(機械)と人(パソコンを操作する人)の間での情報のやりとりをするようになりました。

ところが、最近では、これもさらに進化して、次のステップ3として、機械(Machine)と機械(Machine)の通信、すなわちM2M(Machine to Machine Communication)というような形で、機器同士が情報を提供しあい、いろいろと制御できるようになってきました。

例えば、図5に示すように、HEMS(宅内エネルギー管理システム)を包含したホームネットワーク(HAN)と接続されたスマートメーター(SM)が、図5の右に示すサービスプロバイダーのサーバと通信しあってエネルギーの制御を行うような、新しいビジネスモデルが可能となってきました。


図5 M2Mによる新しいビジネスモデル(クリックで拡大)

図5 M2Mによる新しいビジネスモデル


■ なるほど。

合田 このようなビジネス形態になってくると、個別(プロプライアタリー)のベンダのシステムは別にして、国際ビジネスを目指す汎用的なスマートグリッドシステムでは、デジュール標準でないと相互接続できなくなってくるのではないかと思います。

今後、スマートグリッドは、ますます重要性を増していき、ICTと連携した次世代電力網は、電力・エネルギー危機を乗り越えるエースとして期待されています。その時に重要なのはお互いにきちんと接続できるような相互接続性のルールが国際標準として策定されていること、さらに安全で安心できるセキュリティが確保されていることが重要になってくるのです。その中で、日本が国際的にリードできるよう活動していきたいと思います。

■ ご多忙のところ、いろいろとお話しいただきありがとうございました。

(終わり)


バックナンバー

<新国際標準をつくるIECのスマートグリッド戦略を聞く!>

第1回:日本におけるスマートグリッド/マイクログリッドの始まり

第2回:IEC SMBに、スマートグリッド戦略グループ(SG3)を設立

第3回:スマートグリッドの標準化に向けた各国の動き

第4回:20XX年に向けた「新しい電力システムの提案」とその構築

第5回(最終回):日本が目指すべきスマートグリッドの方向性


プロフィール

合田忠弘〔九州大学大学院 システム情報科学研究院 電気システム工学部門(電気エネルギー・環境工学講座担当)教授 工学博士〕

合田忠弘(ごうだ ただひろ)氏

現職:
九州大学大学院 システム情報科学研究院 電気システム工学部門(電気エネルギー・環境工学講座担当)教授 工学博士

【略歴】
1973年3月 大阪大学大学院工学研究科修士課程修了。
1973年4月 三菱電機(株)入社。電子計算機やマイクロプロセッサを使用した電力系統の保護制御システム(系統安定化・事故波及防止システムや電圧無効電力制御システムなど)の開発・製造、パワーエレクトロニクスや電力自由化・規制緩和関連システム(電力取引関連システムやPPS 向け需給制御ステムなど)の開発・製造、系統解析シミュレータやマイクログリッドの開発に従事。同社の電力系統技術部長、電力流通システムプロジェクトグループ長を歴任。
2006年3月 三菱電機(株)を退社。
2006年4月より、現職。電力系統の安定度解析やマイクログリッドおよびスマートグリッドの運用制御方式の研究を実施。

<受賞・学会活動他>
1980年 日本電機工業会進歩賞、1991年 電気学会論文賞を受賞。工学博士。
2006年 電機工業会功労賞受賞

<主な著書>(いずれも共著)
「ITが拓く電力ビジネス革命」:オーム社(2002年)。「マイクログリッド」:(社)日本電気協会新聞部(2004年)。「エネルギーの貯蔵・輸送」:NTS社(2008年)。「スマートグリッドの構成技術と標準化」:日本電気協会(2010年)。「スマートグリッド教科書」:インプレスジャパン(2011年)。


 

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