≪1≫スマートグリッド/マイクログリッドに取り組んだ動機
■ 合田先生は、スマートグリッドの国際標準化につきまして、IEC(国際電気標準会議)の日本代表としてSMB(標準管理評議会)SG3(スマートグリッド担当グループ)でご活躍されていますが、合田先生とスマートグリッドの出会いの頃のお話をしていただけますか。
合田 忠弘教授
(九州大学大学院、
IEC SMB SG3日本代表)
合田 そうですね。私は大学(大阪大学)を卒業した後、三菱電機に入社(1973年)し、同社の神戸製作所に配属され電力系統の保護や制御の研究していました。その後、1995年の暮れに、東京・丸の内にある東京本社に勤務することになり、引き続き電力系統(電力システム)の研究を担当していました。
神戸製作所にいた頃は、電力系統全般の研究だけでなく、「新しいビジネスをつくる」という取り組みも開始していました。そのときに、これからの電力系統をどうするかという活動をし始めまして、これが今日話題となっている、スマートグリッド、マイクログリッドの検討を始めたきっかけとなりました。
■ その当時からスマートグリッド、マイクログリッドということが話題だったのですね。
合田 ちょうど1995年頃というのは、日本として、地球環境やエネルギー資源の枯渇問題などを考慮しながら、どのように次世代の電力ネットワークを構築するかというテーマの取り組みを開始した頃だったのです。
その直後に、私はJEMA(日本電機工業会、注1)の分散型電源技術専門委員会の委員長を務めまして、2003年6月に、「分散型電源の普及促進のための調査報告書」(JEMA)なども発行しました。(http://www.jema-net.or.jp/Japanese/data/report_bunsan-2003.pdf)
≪2≫JEMA(日本電機工業会)による「将来の電力システムの提言」
■ JEMAの報告書はどのような内容だったのでしょうか。
合田 そうですね。このJEMAの報告書の提言をまとめますと、図1のようになります。
すなわち、JEMAの提言は、図1に示すように、
(1)将来の電力供給システムの提言
(2)地域内融通型電力供給システム
の2つの側面をもっていました。
まず、(1)の将来の電力供給システムの提言ですが、この専門委員会が作成した報告書の基本的な精神としては、これまでは電力供給について、電力会社の「ネットワーク型電力供給システム(図1の上の図)」に頼っていましたが、今後はそれだけではだめではないかということになり、
(1)化石燃料発電:ガスタービン、マイクロガスタービン、燃料電池
(2)自然エネルギー発電:太陽光発電、風力発電、小水力発電
などをはじめとする地域融通型の分散型電源(ローカルネットワーク電源。オンサイト型)が注目を集めるようになったのです。これは、今日、話題となっているマイクログリッドそのものです。
■ 日本では、そんなに早くからマイクログリッドの、現実的な取り組みや研究が進んでいたのですか。
合田 忠弘教授
(九州大学大学院、
IEC SMB SG3日本代表)
合田 そうですね。そこで、いろいろな分散電源を組み合わせて、図1の下の図のような「地域内融通型電力供給システム」を提案したのです。このシステムは、
(1)電力会社からの「ネットワーク型電源」(大規模電源)
(2)分散型電源と電力貯蔵設備や負荷(電力消費設備)
を組み合わせ、さらに電力と熱を効率的に供給するシステムなのです。これとICT技術による制御を統合したものが、マイクログリッドの基本的な考えなのです。
この地域内融通型システムは、
(1)再生可能エネルギー(分散型電源)を使うことによって「環境にやさしいシステム」
(2)電力貯蔵設備や負荷(電力消費設備)を組み合わせて「系統にやさしいシステム」
を実現できるようになります。
≪3≫電力ネットワーク(大規模電源)とマイクログリッド(小規模電源)の競生
■ もう少し具体的にお話いただけますか。
合田 はい。図1の下の図の提案システムを、もう少し詳しく説明したものが図2です。
図2のグリーンの地域の部分は、マイクログリッド(小規模電源)と呼ばれる部分です。マイクログリッドは規模的には大規模電源系統(電力ネットワーク)に比較して小さい系統ですが、これを多数設置し、両方がうまく役割分担をしながら電力供給できるようにする新たなネットワークをつくりましょうと提案したのです。
■ なるほど。
合田 図2に示す「再生可能電源」というのは、太陽光発電や風力発電などです。電熱併給というのは、コージェネレーションですが、家庭では燃料電池のようなものです。電熱併給電源では電気の他に蒸気や温水などが出てきますから、それを熱パイプライン(蒸気配管)を布設して、限られた狭い範囲内で使う。発電された電気はグリッド内の広い範囲で相互に融通しながら使う。それらをうまくITネットワークで制御していきましょうということです。
■ 電力だけでなく、熱エネルギーについても注目されるようになったのですね。
合田 そうです。図2からもわかるように、従来は「熱だけ」、「電気だけ」だったのですが、そうではなくて、より効率を考え、発電時の廃熱を利用して、給湯などの熱エネルギーを供給するコージェネレーション(Cogeneration:コージェネ、あるいは熱電熱併給電源)なども注目されるようになり、コージェネを利用したシステムがさかんに構築されるようになりました。
前述したJEMAの提言というのは、このような動きを背景に、従来の、電力会社が電気をつくって消費者が使うというだけの電力ネットワーク(大規模電源)ではなくて、需要者側に電力ネットワーク(マイクログリッド)を置いて、その両方が、「競生」(競争しあいながら共に生きていく)していくことを、もっと考えるべきでしょうという提案だったのです。
≪4≫日本におけるスマートグリッドの検討経緯
■ 「地域内融通型電力供給システム」という言い方は、非常に説明的な用語で、わかりやすい反面、なじみにくいですね。
合田 おっしゃる通りです。図3に、「日本におけるスマートグリッドの検討経緯」を示します。私たちが、誰にもすぐわかりやすいように、やぼったい「地域内融通型電力供給システム」という名称で研究を始めた頃に、「マイクログリッド」(Microgrid)という言葉が出てきたのですね。図3には、マイクログリッド(日)と書かれていますが、もともとマイクログリッドという用語は、米国の発想なのです。しかし米国では、「インテリグリッド」とか、「インテリジェントグリッド」という用語も普及していました。欧州は「スマートグリッド」と言い出しはじめていました。
■ 日本、米国、欧州で、それぞれ次世代電力網の呼び方がいろいろだったのですね。
合田 それぞれの用語の厳密な定義は別にして、そのような傾向でした。
≪5≫3つの電力システムの規模の設定と2006年問題
■ ところで、その当時の日本の「地域内融通型電力供給システム」というのは、規模的にどの程度の出力をもつ電力システムを指したのでしょうか。
合田 そうですね。「地域内融通型電力供給システム」は、ローカルネットワークとも呼ばれますが、図3のように大規模、中規模、小規模に分類されました。このうち、図4に示す再生可能エネルギーを使用し、10MW(メガワット)以下の発電を行う小規模システムは、マイクログリッドと呼ばれるシステムです。
■ 確認ですが、図4の地域内融通型電力供給システムの3つ分類には、どのような考えから分類されたのでしょうか。
合田 忠弘教授
(九州大学大学院、
IEC SMB SG3日本代表)
合田 はい。その当時分類する際に考えたのは、前述した図4に示す3つの規模(小規模、中規模、大規模)であり、別に小さい規模の電力ネットワークだけということではなかったのです。
この分類の中で、大規模な石油コンビナートのところを特別に考慮した格好で取組むことになりました。ちょうどその当時、石油コンビナートについて、2006年問題というのがあったのです。
■ 2006年問題とはどんな問題だったのでしょうか。
合田 当時、日本の産業は外需(輸出)に支えられて堅調に伸びている状況でしたが、中国など東アジアの大型コンビナートが2006年頃までに、次々に運転開始し操業すれば、市場が奪われる恐れがあるため、コンビナートの国際競争力を一層向上させる必要が出てきたのです。これが「2006年問題」といわれるもので、日本の産業の将来にとって非常に重要な課題でした。
■ なるほど。電力システムと国際競争力が密接に絡んでいたのですね。
合田 そうなのです。したがって、これと関連して、今後、石油コンビナートの電力ネットワークおよび熱供給ネットワークをどのように設計するかが、重要な課題となってきたのです。
そこで、前述した「熱エネルギー」と「電気エネルギー」の両方を効率的に利用し、例えば、あるエリアのコンビナート全体を、電力会社に依存しないで、自分たちだけで電力を賄えるようなシステムを構築することを検討した結果、図4の3つの規模が考え出されたのです。
図4の一番下に示すように、その中の一番小さい「小規模」がマイクログリッドと言われるもので、再生可能エネルギーで賄います。中規模システムは、工業団地のような場所を想定していますが、ここでは、化石燃料と再生可能エネルギーの併用を考えていました。
大規模システムでは、現在の再生可能エネルギーでは不足なため、化石燃料や副生燃料を使用します。図4の副生燃料というのは、例えば廃液とか廃オイルなど、要するに、本来でしたら捨てるようなものを使っていくということです。
このような取り組みが、日本の新しいマイクログリッドへの取り組みのスタートでした。
この頃、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の委託事業として、再生可能エネルギーである太陽光発電や風力発電(変動電源)とその他の新エネルギー等を適正に組み合わせ、これらを制御するシステムを作ることによって、実証研究地域内で安定した電力・熱供給を行う実験が始まりました。具体的には、例えば、
(1)青森県八戸市の「水の流れを電気で返すプロジェクト」
(2)愛知県瀬戸市・常滑市の「2005年日本国際博覧会(通称:愛知万博)・中部臨空都市における新エネルギー等地域集中実証」
(3)京丹後市の「京都エコエネルギープロジェクト」
などのマイクログリッドの実証研究が、2003年度~2007年度の5年にわたって行われました。
(第2回へつづく)
バックナンバー
<新国際標準をつくるIECのスマートグリッド戦略を聞く!>
第1回:日本におけるスマートグリッド/マイクログリッドの始まり
第2回:IEC SMBに、スマートグリッド戦略グループ(SG3)を設立
第3回:スマートグリッドの標準化に向けた各国の動き
第4回:20XX年に向けた「新しい電力システムの提案」とその構築
第5回(最終回):日本が目指すべきスマートグリッドの方向性
プロフィール
合田忠弘(ごうだ ただひろ)氏
現職:
九州大学大学院 システム情報科学研究院 電気システム工学部門(電気エネルギー・環境工学講座担当)教授 工学博士
【略歴】
1973年3月 大阪大学大学院工学研究科修士課程修了。
1973年4月 三菱電機(株)入社。電子計算機やマイクロプロセッサを使用した電力系統の保護制御システム(系統安定化・事故波及防止システムや電圧無効電力制御システムなど)の開発・製造、パワーエレクトロニクスや電力自由化・規制緩和関連システム(電力取引関連システムやPPS 向け需給制御ステムなど)の開発・製造、系統解析シミュレータやマイクログリッドの開発に従事。同社の電力系統技術部長、電力流通システムプロジェクトグループ長を歴任。
2006年3月 三菱電機(株)を退社。
2006年4月より、現職。電力系統の安定度解析やマイクログリッドおよびスマートグリッドの運用制御方式の研究を実施。
<受賞・学会活動他>
1980年 日本電機工業会進歩賞、1991年 電気学会論文賞を受賞。工学博士。
2006年 電機工業会功労賞受賞
<主な著書>(いずれも共著)
「ITが拓く電力ビジネス革命」:オーム社(2002年)。「マイクログリッド」:(社)日本電気協会新聞部(2004年)。「エネルギーの貯蔵・輸送」:NTS社(2008年)。「スマートグリッドの構成技術と標準化」:日本電気協会(2010年)。「スマートグリッド教科書」:インプレスジャパン(2011年)。