IEEE 802.11ahの標準化を目指して「TGah」を設立
一方、IEEE 802.11ah(以下、11ah)は、スマートグリッド向けに先行して技術標準化が完了し、すでに対応デバイスが市場に提供されている前述のWi-SUNやZigBeeなどの後を追うように、IEEE 802.11においても900MHz帯を対象とした11ahが追加技術として、標準化に向けたTGah(Task Group ah)が2010年10月に設立され、標準化作業が開始された。
先行しているWi-SUNやZigBeeなどとの比較は、前出の表1に示す概略説明に留め、ここでは以降11ahについて述べていく。
表1 900MHz帯のWi-SUNやZigBee IP、Z-Waveと802.11ahの違い
〔出所 著者作成〕
IEEE 802.11ahの標準化状況と詳細
11ahのPAR(Project Authorization Request、プロジェクト承認要請)には、TV向けホワイトスペース帯域注2を除いた1GHz未満の周波数帯域において免許不要(アンライセンス)のIEEE 802.11無線ネットワークを運用できるように修正定義する、という記述がある。後述する、
- 各国で割り当てられた、サブGHz帯を対象周波数帯域とし、
- 通信可能範囲1㎞、100kbps以上の転送速度、
- 他の無線技術と共存できること
などをスコープ(標準化の範囲)として標準化の議論が大詰めを迎えている。
次に、11ahに関する標準化のスケジュールや周波数帯域、他のW-Fi規格との機能の比較について紹介する。
〔1〕標準化の時間軸およびスケジュール
図1に、無線LANの標準化団体であるIEEE 802.11WG(ワーキンググループ)における標準化作業の歴史の概要を示す。資料自体は2013年7月時点のものであるが、2010年10月に設立されたTGah(Task Group ah)の標準化作業はその後も進展しており、現状では、11ahの標準化は、2016年3月に完了することが目標とされている。
図1 IEEE 802.11WGにおける標準追加規格策定の歴史
〔出所 http://www.ntt.co.jp/journal/1308/files/jn201308035.pdf〕
前述したように、11ah(TGah:Task Group ah)は、2010年10月に11ah標準化のためのプロジェクト承認が下り、TGahが発足したのが始まりである。TGahは、クアルコム(Qualcomm)の技術者が代表者としてリードしており、主な参加企業としてはBroadcom、Huawei、Intel、LG、Marvell、NEC、Samusng、ZTEなどである。TGahは、その他の802.11の作業部会会合と同じく年6回の頻度で議論が重ねられており、2014年7月にDraft 2.0が承認され、IEEEのオフィシャルサイトから入手できるようになった注3。同年10月からは、Draft3.0について議論が進められている。
標準化の承認予定としては、当初2014年12月が目標とされていたが、現在はスケジュールが見直され、Draft4.xの議論をしており、2016年3月を目標としている。
〔2〕IEEE 802.11ahで対象となる周波数帯域
一般的には、サブGHz帯と呼ばれている従来の日本の900MHz帯の周波数帯(950〜958MHz)を見ると、図2に示すように、米国やオーストラリアあるいは中国・韓国のアジア勢と比べて、以前は、周波数の割り当て帯がずれていたことがわかる。このようなことを解消するため、2011年12月、総務省において図2の上部に示すように、950MHz帯(950〜958MHzの8MHz幅)を、920MHz帯(915〜928MHzの13MHz幅。5MHz幅増加)にシフトさせ、国際的に合わせる法令改正が行われるなどの努力が行われてきた。
図2 800/900MHz帯の周波数割り当てと国際動向
〔出所 インプレスSmartGridニューズレター編集部[編]「920IP(ZigBee IP)とWi-SUN標準2015」、2014年11月発行〕
これによって、日本で作成された無線機を、米国やアジア各国に輸出しても利用できるようになった注4。
このような流れのなかで、欧州も860MHz帯(865〜868MHz帯。3MHz幅と狭い)を920MHz帯(915〜921MHz帯。6MHz幅へ拡大)に合わせるように検討が行われている。
次に、各国における周波帯の利用状況を見てみよう。
図4 欧州における900MHz帯の使用可能帯域とそのチャネル帯域幅
〔出所 https://mentor.ieee.org/802.11/dcn/11/11-11-1137-15-00ah-specification-framework-for-tgah.docx〕
〔3〕世界各国における周波数帯の利用状況
米国では、図3に示すように、26個の1MHz幅チャネル、13個の2MHz幅チャネル、6個の4MHz幅チャネル、3個の8MHz幅チャネル、1個の16MHz幅チャネルとなっている。また欧州では、図4に示すように、5個の1MHz幅チャネル、2個の2MHz幅チャネルとなっている。
図3 米国における900MHz帯の使用可能帯域とそのチャネル帯域幅
〔出所 https://mentor.ieee.org/802.11/dcn/11/11-11-1137-15-00ah-specification-framework-for-tgah.docx〕
日本では、米国や欧州のようにチャネルを
束ねるオプションはなく、11個の1MHz幅チャネルの構成となっている(表2)。
表2 日本における900MHz帯の使用可能帯域とそのチャネル帯域幅
〔出所 https://mentor.ieee.org/802.11/dcn/11/11-11-1137-02-00ah-specification-framework-for-tgah.docx〕
〔4〕IEEE 11ahの機能と一般Wi-Fiとの違い
次に、11ahの機能は、どのように検討されているかについて、表3に示す。これまでに標準化されてきたIEEE 802.11のほかの規格(IEEE 802.11 a/b/g/nやIEEE 802.11ac、adなど)と比較しながら見ていく。
表3 802.11ワーキンギグループにおける各標準の技術比較
〔出所 各種資料をもとに著者作成〕
(1)変調方式:OFDM
11ahで使用される変調方式は、歴代のWi-Fiの高速化技術である11a/g/n/acなどに採用された技術方式と同じOFDM方式注5である。
(2)チャネル帯域幅:1MHz幅および2MHz幅
現在、1、2、4、8、16MHz幅がチャネル当たりの周波数帯域として検討されている(地域により異なる)。無線LANチップ開発を効率的に進めるために、既存の無線LAN規格を利用して他の新しい無線LAN規格の作成が行われることがある。例として、IEEE 802.11p(IEEE 802.11aをベースに5.9GHz帯を利用した無線LAN規格。車車間・路車間通信向けの標準規格、以下、11p)がある。11pのチャネル幅は11aで用いられている20MHzチャネル幅を基に、無線LANデバイスを駆動するクロック(動作)周波数を1/2、1/4にダウンクロック(低減)する方式によって実現している。
11ahでも、11pと同様に11acのクロック周波数を1/10にダウンクロックする手法を用いる。したがって11acにおける20、40、80、160MHz幅が11ahにおける2、4、8、16MHzの無線チャネルに対応する。11ahでは、伝送距離を延ばし広域をサポートするため、さらに狭い1MHzチャネル帯域幅のサポートが議論されている。このように多くのチャネル帯域幅が定義されているが、規格としての必須チャネル幅は1MHz幅および2MHz幅である。
(3)伝送速度:数百kbps程度
ストリーム(転送されるデータ)ごとの最大転送速度の目標は78Mbpsとなっている。最大伝送速度78Mbpsは、米国規格において26MHz幅のチャネルを使用し空間多重ストリーム数を最大の4本にした場合に得られる。スマートグリッドやIoT向けの使用用途では、チャネル帯域幅1MHzや2MHzが主流となると想定され、それらのチャネル帯域幅の場合、伝送速度は数百kbps程度となっている。
(4)伝送距離:1㎞以上
一般のWi-Fi技術が伝送速度に重きを置き、100m程度の伝送距離であるのに対し、11ahでは、物理層にIEEE 802.15.4gを使用するWi-SUNやZigBeeIPなどと同じように、1㎞以上の距離を目標としている。
(5)収容台数:6,000台
一般のWi-Fi技術がアクセスポイント当たり、端末収容数最大2,007台であるのに対し、11ahでは6,000台までとなっている。
(6)省電力:3つの動作モード
11ahでは、低消費電力のセンサー端末から携帯電話のオフロード注9に用いるブロードバンド端末に至るまでが対象となっており、動作モードとしては、
- センサー端末モード
- オフロードモード
- 混合モード
の3つが想定されている。M2M通信で重要となる低消費電力用のセンサーモードでは、端末は極力スリープ(休止)状態とし、動作を低下させることによって消費電力を抑える。特にキャリアセンス(キャリア検出)時間やビーコン(アクセスポイントからの報知情報)の受信時間については、従来のIEEE 802.11規格に対して修正を加える必要があり、タスクグループ「TGah」で議論が続けられている。
(第2回に続く)
▼ 注2
ホワイトスペース帯域:テレビ放送用の周波数帯のなかで、チャンネル同士の混信を避けるために意図的に使用されていない周波数帯域のこと。
▼ 注4
実際に使用する場合には、相手国の電波法を確認することが重要である。
▼ 注5
OFDM:OFDM:Orthogonal Frequency Division Multiplexing、直交周波数分割多重。複数の電波(マルチキャリア)を利用して、データ(情報)を高速に送受信する方式のひとつ。データを1つの搬送波(キャリア注6)に乗せて送信する方式ではなく、お互い干渉しあわない(直交という)複数の搬送波(マルチキャリア注7)を用いて、それぞれのサブキャリアにデータを分散させて乗せて多重化し、高速化を実現する方式。例えば、身近には、無線LANの802.11aや802.11n、WiMAX、LTE、有線のPLC〔IEEE 1901規格、BPL注8〕などに使用され高速化を実現している。
▼ 注6
キャリア:データ信号を乗せて運ぶ電波(周波数)のこと。
▼ 注7
マルチキャリア:マルチキャリアを構成する各キャリアをサブキャリアという。
▼ 注8
BPL:Broadband Over Power Lines、電力線を利用してブロードバンド通信を行う通信方式。
▼ 注9
オフロード:Wi-Fiオフロードとは、例えば、スマートフォンが3G/LTEネットワークへアクセスして行っている通信を、何らかの方法で切り替えて、容量の大きい画像トラフィック(データ)などをWi-Fiネットワークに流すようにする(オフロードする)こと。このようにスマートフォンのデータをWi-Fiネットワークにオフロードすれば、3G/LTEネットワークの負担を軽くすることができ、混雑は回避できることになる。