[欧州の風力発電最前線]

欧州の風力発電最前線 ー 第4回 もしかして日本の蓄電池開発はガラパゴス?(前編) ー

2015/06/01
(月)
安田 陽 関西大学 システム理工学部 准教授

最適化問題とローカルミニマム

図1 最適化問題とローカルミニマム

図1 最適化問題とローカルミニマム

〔出所 著者作成〕

 原因者負担の原則がなぜ落とし穴になるかについて、もう少し詳しく説明したい。本誌2015年2月号の座談会でも取り上げた通り、「最適化問題」や「ローカルミニマム」というキーワードで説明するとわかりやすい。

 最適化問題は工学系の問題解決の多くの場面で登場する。数学的には逆問題注4とも言われ、解析的な厳密解が得られない場合にメタヒューリスティクス手法注5を用いて近似解を求める手法である。

 最適化問題を視覚的に表すイメージとして、図1のような一次元モデルがよく挙げられる。ここでは下方に行くほど望ましい状態(例えば重力に従って球が落下するイメージ)であり、もっとも低い地点に到達することが最適化問題のゴールである。多くの場合、このような一次元の単純モデルではなく、多次元空間での探索になり、もっと複雑になる。

 最適化問題の難しい点は、真の解に至る道のりが単調ではなく、文字通り「山あり谷あり」の状態であるということである。仮に「必ず下降することしか許されない」という条件を与えると、途中の「谷」に引っかかってしまい、それ以上低い地点(望ましい解)には到達できない。これがローカルミニマムと呼ばれる不適切解である。

 ローカルミニマムを乗り越えるには「目先の小さな損得に囚われないで、広い視野でものごとを見る」ことに尽きると言えよう。これは、最適化問題に触れたことのある者であれば、数学的理論というよりエンジニアの「感覚」として、誰しも体感しているだろう。

再エネ連系問題のローカルミニマム

〔1〕コストアロケーション(費用配分)問題

 再エネ電源を連系する際にその対策コストを誰がどのように払うのか、という問題は、対策コスト全体を社会化した社会コストの最適化問題に還元できる。ここで重要なのは、「直接的に(一時的に)誰が負担するか」という表面上の問題ではなく、廻り回って「最終消費者(≒国民)全体が支払う社会コストをどれだけ最小化できるか」というコストアロケーション(費用配分)にある。

 前述した原因者負担の原則は、公害や環境汚染の分野では適しているが、再エネの系統連系問題に対しては、必ずしも最適であるとは言えない。なぜならば、先に紹介した「原因者負担の原則」は英語ではPPPと呼ばれ、直訳すると「汚染者負担の原則」というのが本来のこの言葉のもつ意味であるが、再エネは「汚染者」ではないからである。再エネ電源の変動性や不確実性は、従来のシステムにとっては確かに解決すべき課題もあるが、それ自体が直ちに公害や環境汚染のように社会に負の価値を与えるものではない。再エネはむしろ、二酸化炭素(CO2)の削減や輸入依存度の低減など、プラスの価値を生み出すものである。したがって、社会コスト全体で考えないと容易にローカルミニマムに陥ってしまう可能性がある。

〔2〕誰が責務を負うかという問題

 さらに、問題はコストアロケーションだけではなく、「誰がその対策に直接的に責務を負うか」ということも重要な問題である。誰が責務を負うかという問題は、参入障壁の緩和やイノベーションの振興に大きく関わるからである。ある新規技術が市場に参入しようとしている場合、何らかの技術革新や制度改革が必要となるが、どの産業セクターにどのように責務を負わせるかという制度設計を適切に考えないと、新規参入を過度に阻害したり既得権益者に手厚い障壁となる可能性もある。また、全体の制度設計を見誤ると、制度改革やイノベーションがかえって阻害されてしまい、産業育成にブレーキをかける方向に進んでしまう場合もある。

 実際、再エネの系統連系問題においてローカルミニマムに陥っている可能性のある問題の例は、実は次のようにいくつも挙げられる。

  1. 蓄電池問題:再エネ電源に併設する蓄電池は技術的・社会コスト的に最適か(今回取り上げるテーマ)
  2. 出力抑制問題:日本の出力抑制ルールは社会コスト最小化やイノベーション促進の観点から最適か注6
  3. 接続料金問題:ディープ接続方式(系統増強費の発電事業者負担)注7は公平性が担保されているか注8

 これらの問題はいずれも、どの産業セクターが一時的に(あるいは見かけ上)損をするか得をするかではなく、最終的にコストを負担する電力消費者(≒国民)にとってメリットがあるか(将来の便益がコスト負担を上回るかどうか)が本来重視されなければならない。上記の問題が本当に「最適解」を見いだしているか、「ローカルミニマム」に陥っていないかは、国民全体で多角的な視野で議論しなければならない問題である。


▼ 注4
逆問題:Inverse Problem。入力から出力を求める順問題に対し、出力から入力を推定する問題を逆問題という。数学的には、M個の変数に対してN個の方程式が与えられた場合、M > Nのときは解析的な厳密解が得られず、近似解にしか解を推測することができない。例えば最小二乗法などがこれにあたる。

▼ 注5
メタヒューリスティクス:Metaheuristics。逆問題や最適化問題などで解析的に解を求めようとした場合、局所最適値(ローカルミニマム)という誤った解に収束してしまう場合がある。それを回避するために開発された計算機アルゴリズムが、「ヒューリスティクス」手法であり、必ずしも厳密な最適解が得られるわけではないが、多くの場合、ローカルミニマムを回避してある程度のレベルの近似解を得ることができる。「メタヒューリスティクス」とは、特定の計算問題に依存しない汎用性のあるヒューリスティクス手法であり、例として、遺伝的アルゴリズム、シミュレーティド・アニーリング(焼きなまし法)、進化戦略などがある。

▼ 注6
出力抑制のルールに関する論考は下記文献を参照のこと。
安田 陽 著、「再エネが入らないのは誰のせい?―接続保留問題の重層的構造(その3)」、シノドス、2014年12月23日掲載、http://synodos.jp/society/12159

▼ 注7
ディープ接続方式:発電事業者が既存の系統に連系する際に、既存系統の増強コストを発電事業者側が負担する接続料金方法。

▼ 注8
接続料金については下記文献を参考のこと。
安田陽、「再エネが入らないのは誰のせい?―接続保留問題の重層的構造(その2)」、シノドス、2014年12月21日掲載、http://synodos.jp/society/12141

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