[欧州の風力発電最前線]

欧州の風力発電最前線 ー 第4回 もしかして日本の蓄電池開発はガラパゴス?(前編) ー

2015/06/01
(月)
安田 陽 関西大学 システム理工学部 准教授

蓄電池問題のローカルミニマム

〔1〕欧米における蓄電池の位置づけ

 このローカルミニマムの例として、今回は特に蓄電池の問題について取り上げたい。例えば、風力発電や太陽光発電などの変動電源は自然現象によって出力が変動するものであるが、その変動成分は広域に広がる複数の電源からの出力を電力系統全体で混ぜることによって、平滑化されることが明らかになっている注9。これは風力の分野では「集合化」、太陽光の世界では「ならし効果」とも呼ばれている(図2参照)。

図2 風力発電の集合化の例(上段:風車単体、中段:ウィンドファーム出力、下段:ドイツ全体、2004年12月の例)

図2 風力発電の集合化の例(上段:風車単体、中段:ウィンドファーム出力、下段:ドイツ全体、2004年12月の例)

〔出所 国際エネルギー機関 風力実施協定第25分科会 (IEA Wind Task25) 著、産業技術総合研究所、日本電機工業会 訳、「風力発電が大量に導入された電力系統の設計と運用」第1期最終報告書、日本電機工業会、2012年〕

 変動成分を系統全体で混ぜ合わせて一括管理することによって、地理的に分散した相関性の少ない変動成分が平滑化されるため、変動対策は技術的にも容易になり、コスト的にも安く済む。実際に欧州や北米では、個々の再エネ電源側で対策して(特に蓄電池などを併設して)あらかじめ変動成分を除去して電力系統に接続することは、経済的にも技術的にも合理性がないと見なされている。

 再エネとエネルギー貯蔵に関する国際議論として、例えば次のようなものを挙げることができる。

  1. エネルギー貯蔵は最初に検討する選択とはならない。なぜならば、20%までの適度な風力発電導入レベル(筆者注:発電電力量に対する導入率)では、系統費用に対して経済的な影響は限定的だからである注10
  2. エネルギー貯蔵装置は系統全体に対して経済的便益を最大にするために用いる場合に最も経済的になるものであり、単一の電源に対して用いられることはほとんどない注11
  3. この結果(筆者補足:エネルギー貯蔵の検討)は系統の柔軟性や電源構成、電源の変動性によって決まるが、導入率が20%以下では小さな離島の系統を除いた全ての系統で経済的に妥当となるとは言えず、導入率50%以上ではほとんどの系統で電力貯蔵が経済的に妥当となる注11
  4. 風力発電の導入率が電力系統の総需要の10〜20%であれば、新たな電力貯蔵設備を建設するコスト効率はまだ低い注12
  5. 集合化によっていかなる負荷および電源の変動性も効果的に低減できるような大規模な電力系統において、風力発電専用のバックアップを設けることは、コスト効率的に望ましくない。これは、特定の火力発電所が供給停止した場合に備え専用の電力貯蔵設備を設置したり、特定の負荷の変動に追従するための専用の発電所を設けるのが無益であるのと同様である注12

 しかもこれらの文献で言う「エネルギー貯蔵」の選択肢としては、まず揚水発電が想定され、それよりもコストの高い蓄電池は選択肢のなかでも最後列であるということも留意すべきである。

 図3は、風力や太陽光などの変動する再エネ電源を大量に導入するためのさまざまな選択肢をコストや検討優先順位ごとに並べた概念図である。この図で用いられている「柔軟性」は、再エネ系統連系の国際的議論の場で盛んに登場する用語であり、国際エネルギー機関 (IEA:International Energy Agency)の定義によると、

  1. 制御可能な電源
  2. エネルギー貯蔵
  3. 連系線
  4. デマンドサイド(需要側)

の4つに分類される注13。このうちエネルギー貯蔵とは、まず既存の揚水発電が選択肢の最初に挙げられる。化学的な蓄電池は大容量電力貯蔵用としては研究開発段階であり依然としてコストが高く、市場投入の段階ではないため、図3に見る通りあらゆる選択肢の最後(図の右上)に位置づけられている。これらの文献に限らず、多くの海外論文や報告書で同様のことが指摘されている。

図3 再エネ大量導入のための系統柔軟性向上

図3 再エネ大量導入のための系統柔軟性向上

〔出所 国際エネルギー機関 風力実施協定第25分科会 (IEA Wind Task25)による「Facts Sheet」(2015年) をもとに著者翻訳〕

〔2〕日本が陥るローカルミニマム

 一方、日本では、これまでも「蓄電池併用枠」などという形で風力発電所への蓄電池併設が誘導されたり、最近でも2015年1月26日に施行されたFIT(固定価格買取制度)省令の改正注14後の対策として、「蓄電池設置等による出力変動の緩和対策」が暗に推奨されるケースも依然として続いている。また国や地方自治体から支援される補助金の多くが太陽光に併設する蓄電池も対象としている。そのコストは、電力の最終消費者が支払う電気料金ではなく、別の形(税金)で国民や地域住民が負担することになる。

 このように、原因者負担の原則の名の下に発電事業者に変動対策を行わせるのは(そして日本では一見合理的で公平かのように考えられているのは)、まさにローカルミニマムの典型例であると言える。本来、再エネの変動は電力系統全体でコントロールしたほうが合理的で、実際に欧州や北米ではそれが実証されているにもかかわらずである。

 厄介なことに、この再エネ接続に関するローカルミニマム問題は一般の人々よりも、技術に詳しいエンジニアこそが陥りがちであるということも指摘しなければならない。技術論だけで満足するということは、結局ローカルな探索問題で終わってしまう可能性もある。特にエネルギー問題に関しては、技術論だけでなく、経済学や政策学も含めたより広域の探索方法(高次の問題解決)を模索しなければならない。

 欧州や北米の送電会社が再エネ接続の技術的対策やコスト負担の責務を負っているのは、ボランティアでもなく、政府から強制されたわけでもない。単純にそのほうが社会コストが最適化されることに気づいたからであり、そのような制度設計のもとではビジネスチャンスになり得るからである。きわめて合理的な帰結であるが、この考え方自体が日本ではまだまだ浸透していない。それが故に、全体の動向を俯瞰せず特定の情報だけがバランス悪く日本に紹介されたり、一面的・恣意的な解釈を何の疑問もなく受け入れる土壌を生んでしまうのかもしれない。蓄電池に関する海外情報はまさにその典型だと筆者は見ている。

 次回は、蓄電池の再エネ応用の動向に関して、具体的なエビデンス(データや文献)を提示しながら、日本と海外のギャップを論じていきたい。

(第5回に続く)

◎Profile

安田 陽(やすだ よう)

安田 陽(やすだ よう)

関西大学 システム理工学部 電気電子情報工学科 准教授

1967年生まれ。
1994年3月、横浜国立大学大学院博士課程後期課程修了。博士(工学)。
同年4月、関西大学工学部(当時)助手。専任講師、助教授を経て現在、同大学システム理工学部 准教授。
現在の専門分野は風力発電の耐雷設計および系統連系問題。
日本風力エネルギー学会理事。電気学会 風力発電システムの雷リスクマネジメント技術調査専門委員会 委員長。IEA Wind Task25(風力発電大量導入)、IEC/TC88/MT24(風車耐雷)などの国際委員会メンバー。
主な著作として『日本の知らない風力発電の実力』(オーム社)、翻訳書(共訳)として『洋上風力発電』(鹿島出版会)、『風力発電導入のための電力系統工学』(オーム社)など。


▼ 注9
トーマス・アッカーマン 編、日本風力エネルギー学会 訳、『風力発電導入のための系統連系工学』、オーム社、2013年11月

▼ 注10
欧州風力エネルギー協会 著、日本風力エネルギー学会 訳、「風力発電の系統連系 〜欧州の最前線〜」、日本風力エネルギー学会、2012年、http://www.jwea.or.jp/publication/PoweringEuropeJP.pdf

▼ 注11
トーマス・アッカーマン 編、日本風力エネルギー学会 訳、『風力発電導入のための系統連系工学』、オーム社、2013年11月

▼ 注12
国際エネルギー機関 風力実施協定第25分科会 (IEA Wind Task25) 著、産業技術総合研究所、日本電機工業会 訳、「風力発電が大量に導入された電力系統の設計と運用」第1期最終報告書、日本電機工業会、2012年

▼ 注13
国際エネルギー機関(IEA)著、「電力の変革 ―風力、太陽光、そして柔軟性のある電力系統の経済的価値―」、NEDO、2015年、http://www.nedo.go.jp/content/100643823.pdf

▼ 注14
電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法施行規則(平成二十四年経済産業省令第四十六号)、平成27年1月22日改正、1月26日施行

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