戦略的分析が求められる蓄電池の用途
米国では、現在蓄電池の研究開発が盛んに行われ、確かに再エネに関連した利用用途も少なくないが、その背景には単に再エネ併設で変動成分を除去するという発想ではなく、電力市場の市場メカニズムを利用して系統全体で管理しようという傾向が浮かび上がる。すなわち、適切な電力市場の設計なしに蓄電池をローカルに投入してもローカルミニマム注7に陥りやすく、電力系統全体の問題として最適化するために、蓄電池をどこに配置するのか、何のために利用するのかをより戦略的に考えなければならいことがわかる。
このように、ややもすれば「再エネの変動成分は蓄電池で除去」と安易に考えられがちな日本と異なり、世界では「何のためにどのように電力系統のなかでEESを使うのか?」が戦略的に分析され、議論されている。これは取りも直さず、だれが損得をするかという特定の産業セクターの利益(profit)のローカルミニマム問題ではなく、国民全体あるいは地球環境全体の便益(benefit)を追求する全体最適設計にほかならない。日本もこのような観点から、蓄電池に関する研究開発やビジネスを模索することが必要と言える。
蓄電池併設が競争力をもつ場合
もちろん、蓄電池の投入が現時点でも有利な場合も存在する。例えば、米国ハワイ州は、離島であるがゆえに電力用エネルギー資源の約7割を石油に頼っており、全米で最も電気料金が高い注8という特殊な環境にある。このような環境は小規模な孤立系統で発生しやすく、例えばギリシャのクレタ島などの離島、米国アラスカ州やオーストラリア西部に点在するコミュニティ、あるいは日本の離島などでも同様の問題がしばしば取り上げられる。
このような小規模孤立系統では、もともと石油火力やディーゼル発電機など、大規模電力系統に比べ高コストな電源に頼っているため、若干高コストな再エネ電源やさらに高コストな蓄電池を用いても設計・運用次第で、十分に市場競争力をもつ可能性がある。事実、ハワイやオーストラリアなどでは、オフグリッド型の「再エネ+蓄電池の組み合わせ」のほうが、新たに電力系統を敷設したり増強したりするより安くなるという、一種のグリッドパリティ状態注9が発生しつつある注10。このような場所にこそ、蓄電池技術の導入の意義があると言えよう。
反面、上記の情報をもとに「日本も孤立系統だから蓄電池が必要」という意見もあるが、日本は他国との連系線をもたない孤立系統であるとはいえ、一国で欧州全体の3分の1に匹敵する系統規模をもっている注11。日本が孤立系統だとすれば、欧州も北米も巨大な孤立系統であると言え、系統運用上は離島などの小規模孤立系統と決して同列に議論できないことが明白である。日本では、蓄電池導入よりもまず既存の会社間連系線の活用など、他の系統柔軟性を活用しながら、よりコストの安い選択肢がまだまだ存在していることは忘れてはならない。
世界中の小規模孤立系統に導入することを目的に再エネ併用蓄電池の開発ターゲットを絞れば、それなりにシェアは稼げる可能性はある。しかし、残りの大規模系統用のアプリケーションとして、同じものが世界市場に受け入れられるかどうかは未知数である。世界規模のビジネス戦略を考えるうえで、何をターゲットにするかは十分な情報収集と情報分析が必要である。
▼ 注7
ローカルミニマム:最適化問題における局所最適値(不適切解)のこと。
▼ 注8
2015年3月の家庭用電気料金の全米平均は12.35セント/kWhに対し、ハワイは31.20セント/kWh(米国エネルギー情報局EIAの資料による)。
http://www.eia.gov/electricity/monthly/pdf/epm.pdf
▼ 注9
グリッドパリティ(Grid Parity):再エネによる発電コストが、既存の電力のコスト(電力料金、発電コストなど)と同等かそれより安価になるコストのこと。
▼ 注10
例えば以下のような記事を参照のこと。
Giles Parkinson, “UBS:Solar+storage is cost effective already in Australia”, REnewEconomy, 10 Nov. 2014, http://reneweconomy.com.au/2014/ubs-solar-storage-is-cost-effective-already-in-australia-20949
▼ 注11
2013年の年間発電電力量は、欧州(OECD加盟25カ国合計)が3.6TWhに対し、日本は1.1TWh。(IEA Electricity Informationによる)