[視点]

大震災に対するICTを活用した危機管理システムの構築≪後編≫

─ 効率的な復旧を可能にする「災害クラウド」の必要性 ─
2014/10/01
(水)
野口 正一 公益財団法人仙台応用情報学研究振興財団 理事長

東北地方を襲った東日本大震災(2011 年3 月11日、マグニチュード9.0)からすでに3 年半が経過した。今、改めて大震災の悲惨な状況を考えたとき、国としての危機管理体制の重要性が強く認識される。前編(本誌2014 年9 月号)では、災害時における、情報通信(ICT)基盤を活用した危機管理システム構築のための課題を知るため、東日本大震災の被害の実態を見てきた。後編では、被災からの時間経過に沿ったフェーズに分け、災害に強いICTインフラを構築するための課題を解説する。

東日本大震災後の危機管理システムに対するニーズと変化

被災地域における管理システムの要求は多種多様であり、時間とともにその内容は変化していく。被災地の実体験を通じてこの問題を整理するには、大災害の発生時点から次の4つのフェーズに分けて分析をすることが重要である。

  • Ⅰ期 震災発生直後から24~48時間
  • Ⅱ期 震災の翌日から1週間
  • Ⅲ期 震災の1週間後から3週間
  • Ⅳ期 震災の3週間以降

次に、それぞれのフェーズにおける要求事項、それに対応できる危機管理の部分システムの構築問題について述べる。

写真1 津波で被災した宮城県仙台市宮城野区中野地区の雨水ポンプ場

写真1 津波で被災した宮城県仙台市宮城野区中野地区の雨水ポンプ場

〔写真提供 仙台市(http://www.city.sendai.jp/soumu/kouhou/311photo/list_01/)〕

Ⅰ期 震災発生直後から24~48時間

このフェーズにおける重要な要求事項は、次のとおりである。

  1. 生命の確保
  2. 安否確認
  3. 避難所情報の提供と誘導
  4. 震災各地域の被害情報の収集と発信
  5. 震災全体の規模や状況の把握と今後の支援対策情報の伝達
  6. 救援システムの早期構築

次に、それぞれの内容について説明する。

〔1〕生命の確保

東日本大震災におけるもっとも大きな問題は、数多くの人命が失われたことである。人命を救えなかった理由として、①大津波により人が流されたこと、②地震と津波により倒壊した瓦礫(がれき)の中の人を探し出し、救出できなかったことが挙げられる。

この震災での教訓を活かし、特に②の場合に対応できる方法を重要な課題として、早急に実用レベルで対応をしなければならない。しかし、現状では、残念ながらこの問題は本格的に取り上げられていない。

解決策のひとつは、各個人がRFID注1の機能をもつIDカードを装着することである。同時に、捜索者のために、高精度の検出装置の開発が必要である。また、ここで得られた情報は、近くの避難所センターのシステムに送信され、集約/管理される必要がある。

〔2〕安否確認

震災後の安否確認は、東日本大震災では、主として被災者の携帯電話によって行われ、膨大な通信呼注2が発生した。しかし、発生した膨大な通信呼に音声回線はほとんど機能することができなかった。

一方、電子メールによるパケット通信はある程度機能することができた。

この状況から判断すると、震災直後の安否確認は、緊急の通信以外は、ある一定の期間、通信の回線交換方式(通常の電話のように回線を通信相手と専有して通信する方式)をパケット交換方式〔インターネットのように音声をパケットに区切って(IP電話のように)回線を共有して送る通信方式〕に設定することが必要である。

同時に、発信者の音声パケットやメールパケットの時間量を、例えば30秒程度に限定すれば、ある程度の時間の遅れはあるにしても、今回の通信呼の発生に対して処理は可能であり、最低限の安否確認は可能となる。

当然、受信局のパケット処理方式について、さらに高度なパケット処理の技術開発が必要となる。

さらに、携帯電話の活用のうえで重要な問題は、すべてのモバイル端末を、どのキャリアでも使えるようにすることである。

幸い、今回の震災では阪神・淡路大震災の教訓をもとにキャリアの努力によって、この環境が整備されていたことは喜ばしい。

〔3〕避難所情報の提供と誘導

震災後の被災者にとって重要なことは、安全な避難所への退避である。地域の行政は、この機能を前もって整備しなければならない。

具体的には、

  1. 避難所情報センターの設置とその基本情報の開示
  2. 時間とともに変化する避難所の情報の収集、蓄積、処理と情報発信
  3. 被災者からの要望を簡単に収集できるシステムの開発

が必要である。とくに、今回の震災での経験では、携帯電話やパソコンなど、すべての情報機器が使用できない状況であったため、必要とする情報発信には小型放送局の設置が有効であった。もちろん、FMラジオなど、被災者側には放送受信可能な機器の装備は不可欠である。

〔4〕震災各地域の被害情報の収集と発信

 被害情報を収集するには、避難所センターが被害情報を収集すると同時に、地域情報センターにその情報を伝送する手段が必要となる。

 今回の震災では、このような仕組みが存在せず、円滑な救援の活動に大きく影響した。

 被災地の情報収集は、気象庁、新聞社、NHK、民放など多くの機関が行っている。できれば、このすべての情報を危機管理センターに集約し、地域情報センターの情報と融合して有効な支援活動を援助する仕組みが必要となる。このとき、各情報の収集を一元的に処理できる共通プラットフォームの開発が必要である。また、このプラットフォームが将来1つのデファクトスタンダードになることが望ましい。

〔5〕震災全体の規模や状況の把握と今後の支援対策情報の伝達

危機管理センターの最大の仕事は、あらゆる機関から収集された被害情報を一元的に管理し、この情報をもとに避難所の被災者個人に、十分適合した情報や支援に関する情報などを確実に伝達することである。

東日本大震災では、ほとんどすべての商用電源の供給が停止し、被災者に情報を伝達することが大変に困難であった。もっとも確実な方法のひとつは、ラジオ放送による情報伝達であった。

また、今回の震災の経験から、特に重要な問題として、次の2点がある。

  1. 収集した情報の発信はできる限り正確であること
  2. 避難センターと被災者との通信手段を確立すること

震災発生後に大津波警報が発表されたとき、第一報による津波の高さは低く予測されていた。問題は、この情報が、沿岸部の人々にとくに大きな危機感を与えなかったことである。このことによって多くの人が逃げ遅れた。

 また、今回の避難所では、避難所センターと被災者との間の通信手段が確立されていなかった。このため、避難所センターでは被災情報の収集はほとんどできなかった。避難所センターと被災者を結ぶ有効な通信手段とユーザーインタフェースの開発が重要である。

〔6〕救援システムの早期構築

被災者に対しての救援活動の中心は、生活必需品の即時提供である。食料、水、医薬品などの物資を必要とする避難所の人々に、それぞれの要求に従って、できる限り早く届ける総合運用システムの構築が不可欠である。

〔7〕Ⅰ期における研究・開発課題

ここまでの議論を総括し、Ⅰ期における重要な研究課題を表1に示す。

表1 Ⅰ期における研究・開発課題

表1 Ⅰ期における研究・開発課題

〔出所 著者作成〕


▼ 注1
RFID:Radio Frequency Identifier。ID情報(識別情報)を組み込んだ小さな無線チップによって人やモノを識別・管理する技術。

▼ 注2
通信呼:通信ネットワークにおける呼び出しのこと。

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