[視点]

大震災に対するICTを活用した危機管理システムの構築≪後編≫

─ 効率的な復旧を可能にする「災害クラウド」の必要性 ─
2014/10/01
(水)
野口 正一 公益財団法人仙台応用情報学研究振興財団 理事長

Ⅲ期およびⅣ期:震災後1週間から3週間とそれ以降

Ⅲ期においては、ライフラインが順次健全な状態に戻り、多くの復旧作業、支援活動が活発に行われる。

一方、Ⅱ期に構築されたシステムは不完全なものが多く、これを本来の目標としたシステムに早急に進化させることが必要である。

Ⅲ期においてとくに重要な点は、被災者側のニーズと支援側の供給体制を十分に機能させる高度な管理システムの重要性が強く認識されることである。

また、企業の復旧事業は企業の責任で統一的に行われるが、問題は被災者個人に対しての支援活動である。被災者は震災後のさまざまな環境に置かれているため、画一的な支援だけでは個人に対しての支援は達成されない。とくに物的支援だけでなく、心のケアの問題を含めた総合的な支援体制が必要である。

この支援環境を構築するためには、今までに収集された大規模なデータベースの管理とハイレベルな運用システムの開発が不可欠である。

大震災のライフライン復旧の諸問題

〔1〕全体の課題

大震災後の被災地の最大の課題は、ライフラインの復旧の問題解決である。

被災者の要望は1時間でも早くライフラインの復旧を願うものであるが、現実は極めて厳しい。

今回の大震災では、各企業は全力を尽くしてその復旧に当たったが、もっとも効率的な復旧を行うためにはいくつかの課題が残った。

最大の問題は、各企業の復旧状態の情報が一元化されておらず、このため復旧の効率が下がった場面が見受けられたことである。

例えば、通信系の復旧の場合、商用電源復旧のタイムスケジュールは、少ない通信系の復旧資源を有効活用し、全体として効率的な基地局の復旧を行うために有効な情報であった。

この問題を解決するには、すでに述べたように、行政が中心となり、ライフライン復旧のためのクラウドシステムを早急に立ち上げることが重要となる。

〔2〕災害復旧の具体的事例

言うまでもなく、災害復旧は、莫大な人的資源と物的資源の投入が不可欠である。問題はどれだけ多くの資源を備蓄して用意し、それをどのように有効に活用するかである。

災害復旧に関する詳細な情報は各企業の中で整理されているが、それらの情報は必ずしも公開されていない。

次に述べる例は、NTTドコモの復旧の事例報告注3である。この資料は、今後の大災害復旧の際に参考になるだろう。

〔3〕NTTドコモの復旧プロセス

NTTドコモにおいて、復旧に要した人的、物的資源は、表3の通りである。

表3 NTTドコモが復旧に要した人的資源と物的資源

表3 NTTドコモが復旧に要した人的資源と物的資源

〔出所 NTTドコモ「東日本大震災被害及び復旧状況」、2011年4月28日、https://www.nttdocomo.co.jp/corporate/ir/binary/pdf/library/presentation/110428/notice_110428-1.pdf

NTTドコモの基地局復旧の流れを図2に示す。

図2 NTTドコモの基地局復旧の流れ

図2 NTTドコモの基地局復旧の流れ

〔出所 NTTドコモ「東日本大震災からの復旧と新たな災害対策」、https://www.nttdocomo.co.jp/corporate/ir/binary/pdf/library/presentation/110831/irpresentation_201109-2.pdf

震災直後、307カ所の移動通信基地局が被災し、復旧は3月28日から開始された。約1か月後の4月30日には289カ所が復旧し、さらに1か月後の5月31日で大体の復旧を完了した。

最後まで残ったのは、6つの基地局であったが、これは原子力発電所の危険地域で復旧できない局であった。

今後検討すべき研究・開発課題の総括

ここまで、Ⅰ~Ⅳ期の各フェーズで今後行うべき研究・開発の項目について述べてきたが、改めて全体を総括する。

重要な研究・開発項目は表4のとおりである。

表4 今後検討すべき研究・開発課題

表4 今後検討すべき研究・開発課題

〔出所 著者作成〕

 それぞれの研究・開発課題はすでに述べたとおりであるが、もっとも重要なことは、大震災が発生する以前に、支援の中核とする強固な支援ネットワークシステムを確実に構築しておくことである。

 このネットワーク構築の研究・開発のひとつとして東北大学の安達文幸教授の提案する「重層的ネットワーク」がある。これを図3に示す。

図3 災害に強いネットワークを実現するための重層的通信ネットワーク

図3 災害に強いネットワークを実現するための重層的通信ネットワーク

〔出所 安達文幸氏による「災害に強いネットワークを実現するための技術の研究開発」より、http://www.soumu.go.jp/main_content/000256331.pdf

 「重層的通信ネットワーク」では、災害時に、生き残った地域ネットワーク(Wi-Fi、WiMAXなど)や車両アドホックネットワーク注4などを連携して迂回通信路を構成する。これによって、公衆ネットワークが通信不能や輻輳状態に陥っても、安否確認や災害救助などを行えるような、災害に強いネットワークの実現を目指している。

 大震災は、必ず近い将来に我が国のどこかで発生する。このとき発生する被害に対して、国としての危機管理は極めて重要であるが、現在、残念ながらこのような大局的な状況は生まれていない。

 また、現在精力的に各研究機関で行われている研究・開発全体の内容を精査すれば、実際の被災地および被災者の経験から見て必ずしも十分に整合していない点も見受けられる。

 今回のレポートでは言及しなかった極めて重要な問題として、大災害に対応するための人材の育成の緊急課題がある。改めて、今後、国としての本格的な危機管理体制の確立と研究・開発体制の再構築が強く望まれる。

 最後に、この記事をまとめるに当たり、NICT(情報通信研究機構)耐災害ICT研究センターに設置された、アドバイザリー委員会の議論と報告書およびNTTドコモの復旧に関する報告書を参照させていただいた。ここに、改めて関係各位に厚くお礼申し上げる。


▼ 注3
出所1 NTTドコモ「東日本大震災からの復旧と新たな災害対策」、https://www.nttdocomo.co.jp/corporate/ir/binary/pdf/library/presentation/110831/irpresentation_201109-2.pdf

出所2 NTTドコモ「東日本大震災被害及び復旧状況」、2011年4月28日、https://www.nttdocomo.co.jp/corporate/ir/binary/pdf/library/presentation/110428/notice_110428-1.pdf

▼ 注4
アドホックネットワーク:専用の基地局を使用しないで、端末装置自体(ここでは車両自体)が、一時的に自律的に相互接続され構成されるネットワーク。

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