[特集]

神尾 寿の新ビジネス・モデル研究(1):3.5Gの潮流と多様なビジネス・モデル

第1回 キャリアの姿勢と事情が現れる、"高速化の使い道"
2006/08/04
(金)
SmartGridニューズレター編集部

【2】ディズニーランド型と自然公園型のモデル

KDDIでは、auのコンテンツ・サービス・モデルを「ディズニーランド型」と呼ぶ。ユーザーの満足感を高めながら、設備利用効率と収益率を最大化するように計算し尽くす。そこにあるのは「演出と管理」の発想である。これはまさにディズニーランド的な考え方である。

一方、NTTドコモはこれまで自らはプラットフォーム提供者の立場に徹して、コンテンツ・プロバイダ同士の競争と淘汰からコンテンツ市場の拡大を促してきた。インターネットの世界ほど自由ではないものの、ニーズの自然発生と拡大に任せるビジネス・モデルを敷いてきたのだ。

NTTドコモではこれを「自然公園型」と定義している。大きく・広く・緩やかに囲い込むが、その中身や方向性にキャリアは最低限しか関わらない。提供するのは環境のみ、というところからこの名前はつけられた。

この自然公園型のモデルは、'99年のiモード登場時に作られたもので、非常にうまく機能した。キャリア側は、多くのユーザーにiモード・プラットフォームを提供するだけで、あとはコンテンツ・プロバイダ同士が競争して、よいサービスが誕生し、選別されていく。

iモード初期市場の牽引役になった「待ち受け画像コンテンツ」が、NTTドコモの想定外のキラー・コンテンツだったのも有名なエピソードである。そして、キャリアにはコンテンツ・サービスが活性化した結果として、パケット料金や代金代行徴収手数料による収益がもたらされる。特に、契約者規模の多いNTTドコモにとって有利なビジネス・モデルだったといえる。

しかし、NTTドコモのモデルは、パケット料金の低廉化は想定していたが、定額制の早期実現までは前提にしていなかった。水道料金のように「安くても利用量に応じた課金」であれば、データ通信の高速・大容量化が起きても、利用量とデータ通信ARPUはユーザーの支払い能力によってバランスする。

だが、パケット料金が定額制ではそうはいかない。定額制による「使い放題」で料金的な歯止めがなくなり、コンテンツ・サービスのコントロールが緩やかでは、キャリアは設備投資と収益性のバランスが取りにくくなる。HSDPAで高速・大容量通信が可能になれば、なおさらだ。

そこでNTTドコモは、HSDPAの投入にあわせて、トラフィックが少ない夜間に音楽配信をするクリップキャスト型の「ミュージックチャンネル」を開始する。また現行FOMAの一部端末から着うたフルに対応するなど、コンテンツ・サービスの方向性に従来よりも関わる姿勢を見せ始めた。NTTドコモもまた、高速・大容量通信時代のビジネスは「演出と管理」になりそうだ。

ミュージックチャンネルの利用イメージ
NTTドコモの「ミュージックチャンネル」の利用イメージ

フル・インターネットという発想

このディズニーランド的な「演出と管理」とはまったく逆の考え方もある。端末側のフルブラウザやインターネット・メール機能、汎用アプリケーション・プラットフォームを充実させて、定額制とHSDPAによる高速・大容量化をキャリア独自のコンテンツ・サービスではなく、"そのままのインターネット"利用で使うという考え方だ。便宜的にこれをフル・インターネット型と呼ぼう。

【1】フル・インターネット型モデルの可能性

フル・インターネット型の場合、キャリアは従来のようにコンテンツ・プラットフォームを囲い込み、そこからさまざまな手数料などの収益をあげることが難しくなる。また、特定のコンテンツ・サービス分野に力を入れて、キャリアの魅力やブランド力につなげる、といった戦略的なコンテンツ分野のコントロールもやりづらくなる。

その一方で、コンテンツ・プラットフォームの構築・維持や魅力的なコンテンツの確保といった負担はなくなり、インフラ投資以外のコストが削減できる可能性がある。また、キャリアが使用する端末も3G/3.5Gの標準仕様を前提にすれば、これまでの日本のキャリアのような「独自サービスとの親和性」は必要なくなり、海外メーカー製など低価格な端末を調達しやすくなるといったメリットがある。

しかし、このフル・インターネット型のモデルをNTTドコモやauが採用する可能性は低く、仮に採用したとしても普及には時間がかかるだろう。この2社はインフラから端末、サービス、コンテンツ・プラットフォームまで囲い込む垂直統合型のビジネス・モデルを構築しており、その収益構造とパートナー企業と築き上げたエコシステム(共存・共生しながら利益を生むシステム)があまりに巨大かつ複雑だからだ。

フル・インターネット型を採用しやすいのは、新たなビジネス・モデルやコスト構造がとれる新規事業者であり、イー・アクセスなど新規事業者はこのモデルになるだろう。

【2】フル・インターネット型と従来型のハイブリッド・モデル

また、フル・インターネット型と従来型のハイブリッド・モデルも考えられる。ボーダフォンを買収したソフトバンクは、インターネットとの親和性をこれまでより高くした上で、サービスやコンテンツをYahoo! Japanと共有していく方針を打ち出している。ボーダフォンの3Gは以前から国際標準仕様の採用を重視していたこともあり、今後の高速化において、NTTドコモやauよりもインターネットの世界に近いサービス・コンテンツの提供を行う可能性がある。

HSDPA以降も、携帯電話をはじめとするモバイル通信の高速化・大容量化は進む。その中でどのようなビジネス・モデルが主流となるか。市場の先行きに注目しておく必要があるだろう。

用語解説

1x EV-DO:1x Evolutional Data Optimized(またはOnly)
CDMA2000の発展型で、下り回線の高速データ通信規格。1xは1.25MHz幅を意味する。

HSDPA:High Speed Downlink Packet Access
W-CDMAの発展型で、下り回線の高速データ通信規格。

ARPU:Average Revenue Per User
加入者1人あたりの月間平均売上高。

ページ

関連記事
新刊情報
5G NR(新無線方式)と5Gコアを徹底解説! 本書は2018年9月に出版された『5G教科書』の続編です。5G NR(新無線方式)や5GC(コア・ネットワーク)などの5G技術とネットワークの進化、5...
攻撃者視点によるハッキング体験! 本書は、IoT機器の開発者や品質保証の担当者が、攻撃者の視点に立ってセキュリティ検証を実践するための手法を、事例とともに詳細に解説したものです。実際のサンプル機器に...
本書は、ブロックチェーン技術の電力・エネルギー分野での応用に焦点を当て、その基本的な概念から、世界と日本の応用事例(実証も含む)、法規制や標準化、ビジネスモデルまで、他書では解説されていないアプリケー...