[特集]

神尾 寿の新ビジネス・モデル研究(4):Suica/PASMOで拡大・活性化するレールサイド・ビジネス

2007/03/28
(水)
SmartGridニューズレター編集部

本連載では、通信・ITS分野の気鋭ジャーナリスト神尾 寿が、標準技術によって結実した新しいビジネス・モデルを分析していく。第4回目は、SuicaやPASMOなど、非接触IC技術「FeliCa」を用いたIC乗車券システムの拡大によって、変わりゆくレールサイド・ビジネスを取り上げる。

拡大を続けるIC乗車券システム

SUICAとPASMO
SuicaとPASMO(定期券)

2007年3月18日、首都圏の私鉄・地下鉄やバスで利用できる共通IC交通乗車券「PASMO」のサービスが始まった。PASMOはソニーの非接触IC技術「FeliCa」を用いたプリペイド(前払い)型IC乗車券システムのひとつで、基本的な仕組みはこの分野の先達であるJR東日本の「Suica」と同じである。私鉄・地下鉄・バスなど公共交通のIC乗車券として利用できるほか、事前にチャージ(入金)したお金を決済で使うプリペイド式の電子マネー機能を備えている。

さらに今回のPASMO開始では、当初から先行するSuicaとの相互利用機能が盛り込まれた。Suicaで私鉄・地下鉄・バスに乗ったり、PASMOでJR東日本の電車に乗ることができる。電子マネーも同様に、Suica電子マネー加盟店でPASMOを使う、逆にPASMO電子マネー加盟店でSuicaを使うこともできる。相互利用はカード型のSuicaやPASMOだけでなく、おサイフケータイ向けの「モバイルSuica」でも可能である。

現在、JR東日本のSuicaはカード型と、おサイフケータイ向けのモバイルSuicaをあわせて1900万枚以上が発行されている。PASMOはこれから始まるサービスだが、PASMO協議会では今後3年間で800万枚以上の発行を見込んでいるという。Suica/PASMO相互利用開始で、これまで不可能だったJR/私鉄の連絡定期券の利用が可能になり、Suica/PASMOともに発行枚数が伸びていくのは間違いない。今後数年で、首都圏在住者の大半がSuica/PASMOのいずれかを所有し、キャッシュレスで公共交通に乗り、駅周辺で買い物をすることになるだろう。

Suica/PASMOのビジネス的な狙い

イメージ

Suica/PASMOのIC乗車券でカバーする駅数は首都圏だけで1683駅。さらに電子マネーの相互利用では、Suica加盟店が約1万1千店舗、PASMOが約700店舗にのぼる。Suica/PASMOの相互利用における総事業費は1400億円を超えたという。これだけ高度かつ先進の公共交通システムは、世界的に見ても類がないだろう。

ではなぜ、JR東日本と私鉄・地下鉄・バス各社局がこれだけの投資を行ったのだろうか。ビジネス的な狙いは大きくふたつある。

ひとつは公共交通事業における改札効率の向上とコスト削減だ。従来の磁気式自動改札機は紙詰まりなどのトラブルが起きやすく、「新宿駅や渋谷駅ぐらいの規模になると改札機故障が絶えない」(鉄道会社幹部)という問題があった。自動改札機がトラブルを起こせば、その改札口の乗客通過速度が低下し、一方で保守要員派遣のコストが発生する。非接触ICを使うSuicaやPASMOならば、読み取りスピードが速い上に、切符や磁気カードのように可動部がないので紙詰まりなどのトラブルがない。

また中長期的に見ると、Suica/PASMOの券売や改札処理の効率化は、「駅スペースの節約」という点でもメリットがある。

首都圏では「都心回帰」や「経済の一極集中」の影響もあり、2015年まで人口増加が続くが、それにあわせて駅設備の拡大をするのは難しい。また、鉄道会社のビジネスからすれば、駅内スペースを商業施設化してテナントを集めた方が収益拡大につながる。Suica/PASMOで駅スペースの効率化をすることで、利用客の増加への対応と商業施設の拡大の両方が図れるのだ。これらがIC乗車券システムとしての、Suica/PASMOのビジネス的な狙いになる。

一方、ふたつめの狙いになるのが、Suica/PASMOの電子マネー・プラットフォームによるビジネス領域の拡大だ。

SUICAとPASMO
「ビュー・スイカ」カード

JR東日本と大手私鉄各社がこの分野で最も力を入れているのが、自社のクレジットカードビジネスとSuica/PASMOの連携である。JR東日本や私鉄各社が発行するハウスカードは、それぞれSuica/PASMOと紐づけることで、自動改札機でカード残額が足りないと自動的に入金する「オートチャージ機能」を持っている。それぞれ独自のポイントサービスや、他事業者とのポイント/マイル交換の機能も用意しており、自社クレジットカードの会員増加と稼働率の拡大を狙う。

とくに稼働率向上への期待は大きい。クレジットカード業界に目を転じてみると、消費者のクレジットカード平均保有枚数は3.3枚、平均携行枚数は2.0枚で、発行・携行枚数ともに伸びが鈍化しているのが現状だ。一方で、消費者が一番よく使う"メーンカード"では、利用頻度と利用金額が伸びており、「一番よく使うカードへの利用の集約傾向が見られる」(JCB)という。日本ではリボルビング決済の利用率が低く、キャッシングにおいても上限金利の引き下げなど、クレジットカード会社の金利収入増大の見通しは明るくない。となると、今後のクレジットカード事業で重要なのは消費者のメーンカードになり、生活全般の決済で幅広く使ってもらい、加盟店からの手数料収入で「広く薄く」儲けていくことだ。鉄道各社がSuica/PASMOにおいて「自社発行カードからのオートチャージ」を推進する背景には、交通という消費者に身近な領域から稼働率をあげて、自社カードのメーンカード化を狙うという背景がある。

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