[スペシャルインタビュー]

アルカテル・ルーセントのNGN戦略を聞く(1):高稼働率を重視したNGN製品構成

2007/09/13
(木)
SmartGridニューズレター編集部

フランス・パリに本社を置くアルカテル・ルーセントは、2006年12月に、仏アルカテルと米ルーセント・テクノロジーが合併し誕生したグローバルな通信ソリューション・プロバイダです。豊富なノウハウをもつグローバルサービス部門と、研究開発、技術革新部門をもつ同社は、固定/移動および統合ブロードバンド・ネットワークの構築をはじめ、IP技術、アプリケーション、サービスなどの各分野で高度な通信サービスを実現しています。そこで、NGNにおいてもキーとなる製品を全世界に提供する役割を担っているアルカテル・ルーセントの日本法人=日本アルカテル・ルーセントのカスタマーソリューションズ技術本部IPグループ マネージャーである田中 厚氏に、アルカテル・ルーセントのNGN製品戦略について語っていただきました。今回は、NGNを支えるアルカテル・ルーセントの高稼働率(HA:ハイ・アベィラビリティ)を重視したNGNの製品構成とその特徴を中心にお聞きしました(本文中:敬称略)。
聞き手:インプレスR&D 標準技術編集部 / ランドッグ・オーグ 平野正喜

インプレスR&D 標準技術編集部 / ランドッグ・オーグ 平野正喜
アルカテル・ルーセントのNGN製品戦略を聞く

≪1≫NGNを実現するアルカテル・ルーセントのサービス・ルータ

■NGN時代を迎えて、アルカテル・ルーセントが力を入れているサービス・ルータ(SR:Service Router)とその製品動向からお話いただけますか。

田中 アルカテル・ルーセントのIPにおけるキーとなる製品は、サービス・ルータの77シリーズです。単なる「ルータ」でなく「サービス・ルータ」(SR:Service Router)という名称で呼んでいる理由は、後述するように、すべてのサービスがIPベース化していく中で、NGNなどの中核となるキャリア(通信事業者)のコア・ネットワークが最大限のパーフォーマンスが発揮できるように、サービスを提供できる機能を備えているからです。この機能は、一般にエッジ機能(※1)とも言われるため、サービス・ルータは「エッジ・ルータ」とも呼ばれます。

※1 用語解説
エッジ機能:NGNのコア・ネットワーク(基幹網)が、ユーザーからアクセス・ネットワークを経由してくるトラフィック(パケット)を高速に転送できるように、コア・ネットワークの入り口〔コア・ネットワークの端(エッジ):アクセス・ネットワークとの接続点〕に設置され、QoS(サービス品質)の処理やトラフィック制御などを行うルータ(エッジ・ルータ)の機能

このサービス・ルータは、2003年の第4四半期に販売を開始し、現在では全世界で約160社のキャリア(通信事業者)での実績を上げています。また、世界のトップ・キャリアと呼ばれる30社のうち13社で採用され、特に西ヨーロッパの14社のうち9社に採用され、確実にシェアを伸ばしています。エッジ・ルータのマーケット・シェアにおいては、この数年、上位各社を次々と追い抜き世界2位になりました。

■このような急激な成長を実現した背景をどうとらえていますか。

田中 主な成長の要因としては、

(1)トリプル・プレイ
(2)IPトランスフォーメーション(IP化)
(3)エンタープライズVPN
(4)モバイル・ネットワーク

という4つのキー・アプリケーションの台頭を挙げることができます。その中でも、一番大きい要因は、音声・データ・ビデオのサービスを統合したトリプル・プレイ市場が拡大していることです。トリプル・プレイは、現在、アルカテル・ルーセントが最も期待しているキラー・アプリケーションであり、現実に多くの顧客を得ています。

■トリプル・プレイの具体的な事例は?

田中 すでに、トリプル・プレイで公表している代表的な事例としては、AT&Tにおける事例があります。現在のAT&Tの買収元であるSBC Communications (2005年にAT&Tを買収したが、社名はSBCではなく「AT&T」とした)は、アルカテル・ルーセントの大きな顧客でしたので、AT&Tのトリプル・プレイとして、音声・データ・ビデオを効率的かつ高いQoE(Quality of Experience:体感品質。後述)によって配信しています。

■2番目のIPトランスフォーメーション(IP化)についての事例は?

田中 IPトランスフォーメーションとは、いわゆる「オールIP化」の実現であり、すべてのサービスをIP/MPLS(※2)の上に再構築することです。アルカテル・ルーセントと英国BTにおけるNGNの構築は、典型的なIPトランスフォーメーション(IP化)の事例と言えるでしょう。

(BTの事例:本WBB Forumの「http://wbb.forum.impressrd.jp/feature/20070821/454)」参照ください)

※2 用語解説
MPLS:Multi-Protocol Label Switching、マルチプロトコル・ラベル・スイッチ技術。例えば、IPやAppleTalkなど(マルチプロトコル)のいろいろなレイヤ3のパケット内に、レイヤ2のラベル(短い情報)を埋め込み、レイヤ3のパケットのヘッダ情報を見なくても、レイヤ2で高速にパケットを転送できるようにした技術。このMPLSによってIPネットワーク上にVPN(Virtual Private Network、仮想専用線)を構築することが可能。

■3番目のエンタープライズVPNとは、どのようなネットワークなのでしょうか

田中 エンタープライズVPN(IP-VPN)とは、従来、キャリアから提供されていた専用線の品質を維持したプレミアム(最高)・グレードのVPNを提供するサービスです。このVPNは、弊社のサービス・プロバイダ向けルータで実現されており、具体的にはアルカテル・ルーセントが提供しているVPLS(Virtual Private LAN Service、仮想プライベートLANサービス)や、VPN上のエッジ・サービスなどが着実に伸びています。

■4番目のモバイル・ネットワークについてはいかがでしょうか?

田中 今後、弊社が最も期待しているのがモバイル・ネットワークです。現在、モバイルにおいてもオールIP化が着実に進んできています。特に、欧米で期待できるのは、モバイルのバックボーンのIP化の市場です。従来からTDM(Time Division Multiplex、時分割多重)で実現してきたいわゆるレガシー・サービスを、より低いコストで成長性の高いIP技術に載せ換えようという動きが活発化してきています。もう一つは、モバイルの音声やアプリケーションをIP化する動きです。実際に、欧州のボーダフォンは、アルカテル・ルーセントの製品によってIP化を進めています。

■ところで、サービス・ルータに関連してですが、アルカテル・ルーセントでは「サービス・ルーティングがIP革命の第3の波」と説明しています。このことについて説明していただけますか。

田中 アルカテル・ルーセントは、最新のルーティング技術として「サービス・ルーティング」を提供していますが、これがIP革命の第3の波であると考えています。図1に示すように、まず、第1の波は、オフィスのデスクトップネットワーク環境における「エンタープライズ・ルーティング」で、マルチプロトコル、つまりいろいろなプロトコルを一つのネットワークの上で使用できるようになりました。

そこに、2000年ごろ、インターネット専用ルータが提供されるようになりましたが、この時期にサービスとして提供されたインターネット・アクセスが第2の波である「インターネット・ルーティング」です。そして、第2の波で主流となったIPネットワークの上に複数のサービスを統合するのが、第3の波である「サービス・ルーティング」です。第3の波ではすべてのサービスがIPベースとなりますので、キャリアのサービスのためのルータが必要となります。そこでアルカテル・ルーセントは、この市場にフォーカスして、サービス・ルータを提供しているのです。


図1:アルカテル・ルーセントのサービス・ルーティング「 IP革命の第3の波」(クリックで拡大)

≪2≫アルカテル・ルーセントのサービス・ルータの製品構成

■それでは、お話のあったサービス・ルータの製品構成について説明していただけますか。

田中 図2に示しますように、まず、マルチサービス・エッジ・ルータ(サービス・ルータ)として

  1. 7710SRシリーズ(7710 SRc4、7710 SRc12)
  2. 7750SRシリーズ(7750SR-1、7750SR-7、7750SR-12)

の2つのシリーズがあります。スイッチング容量(システム容量)が大きいサービス・ルータ(SR)が7750シリーズです。最大はモデル7750SR-12の200Gbpsですが、その2倍の容量である400Gbpsモデルの開発も完了しています。このシリーズは、エッジ・ルータと呼んでいますが、場合によってはコア・ルータとしても十分使えるスイッチング容量になっています。

また、図2の下段に示すようにサービス・ルータと同じアーキテクチャで、メトロ・イーサネット/MPLSアグリゲーション製品の中に、イーサネット・サービス・スイッチ(ESS:Ethernet Service Switch)として「7450ESSシリーズ」(7450ESS-1/6/7/12)を提供しています。このイーサネット・サービス・スイッチは、よりイーサネットのサービスにフォーカスした製品シリーズです。なお、来年(2008年)以降には、これらのシリーズに、モバイルにフォーカスした小型のスイッチが加わる予定です。


図2:アルカテル・ルーセントの サービス・ルータのラインナップ(クリックで拡大)

■これらの製品以外には、どのような製品があるのでしょうか?

田中 これらの製品以外には、図2の上部に示すように、マルチサービス・エッジ・ルータの上位に位置する製品として、ネットワーク管理装置である「5620サービス・アウェア・マネージャ」があります。これは弊社の製品を使ったサービスを統合的に監視したり、プロビジョニング(ネットワーク内の装置へのデータの設定)を行う製品です。5620SAMもHAに対応しており、監視装置もリダンダンシー(冗長性。二重化)機能をもっています。このように、ルータそのものの高信頼性に加えて、上位にも冗長性(二重化機能)をもたせているのが大きな特長です。また、図2の上部に示すように、「加入者サービス・制御装置5750」もあります。

5750サブスクライバ・サービス・コントローラーは、加入者管理装置と称していますが、単純に管理しているのではなく、加入者を特定し、その個別の設定をネットワークに動的に反映させる機能をもっています。具体的には、利用可能なサービスの特定、例えばインターネットは使えるが、ビデオは見れないとか、すべてのサービスが利用可能である等です。サービスが特定されると、そのサービスに必要な設定を動的に、ネットワーク・ノードに対して再配信します。これは、直接的な意味ではHAとはつながりませんが、設定などに可能な限り人手を介さないので、人為的なミスをなくすことで、サービス全体の稼働率向上に貢献しています。

≪3≫HA(ハイ・アバイラビリティ)とは?その効果は?

■アルカテル・ルーセントではHA(ハイ・アバイラビリティ)を強くアピールしていますが、HAとは何でしょうか?また、製品構成との関係はどうなっていますか?

田中 ハイ・アバイラビリティ(HA:High Availability、高稼働率。以降「HA」と言う)とは、コンピュータ・システムやネットワーク・システムで,障害発生時に回復が早く、システムの稼働率が高いことを意味する言葉で、ノンストップ・システムとも言われます。ビジネスがますますITに依存してきている現在、このHAはますます重視されるようになってきています。

後述するように、HAが企業ビジネスの損失に重要な影響を与える時代を迎えているため、弊社ではここに重点的に対応し、順次HAに対応させてきています。具体的には、前出の図2に赤い文字で示していますが、現在、ネットワーク・カードを二重化できる6タイプの機種(7710 SRc12、7750SR-7、7750SR-12、7450ESS-6、7450ESS-7、7450ESS-12)をHA対応機器として販売しています。

もともとHAは、IPシステムで構築したエンタープライズ系のミッション・クリティカル(基幹業務)なビジネス・サービス分野、例えば、金融や証券会社などで強く要求されてきました。これに対して、キャリア(通信事業者)においては、これまで電話交換機のシステムが中心であったため、当初は、IPシステムはコア・サービスでは使われていませんでした。それが現在では大きく変わり、IP化が急速に進んできたため、IPがキャリアのコア・サービスになくてならないものになってきました。

このため、HAはビジネス・サービスのための要求だけでなく、今では広くコンシューマも含めたすべてのサービスの要求にもなってきているのです。例えば、すでにIP電話やIPTV(IPテレビ)などのIPサービスが提供されるようになり、キャリアの大きな収入源になってきています。このためIPサービスを、トラブルなく安定して提供するうえからも、今やHAが必須となってきているのです。

■ルータにHAの機能を搭載することによって、具体的にどのような効果が期待できるのでしょうか?

田中 若干古いデータですが、ミシガン大学の調べによると、IPネットワークの障害の32%はルータにおけるルーティング(経路選択)のトラブルによるものと分析されています。北米の場合は、アクセス回線の品質が日本ほど高くありません。したがって、相対的に日本ではルーティングにかかわるトラブルが、増加することになります。

また、アプリケーションに対するルーティングの影響も数値化されています。欧米ではネットワークではなく、アプリケーションに経営上のコストが関連付けられています。これはどういう意味かというと、アプリケーションのダウンタイム(故障時間)によるビジネスの損失額が、アプリケーションの種類ごとに計算されているということです。

■具体的なHAによる損失額の試算例などはあるのでしょうか?

田中 アベイラビリティとは稼働率のことですが、ここでは有名な「ファイブ・ナイン」アベイラビリティ、つまり、稼働率が「99.999%」(9が5個)の場合を考えてみましょう。

例えば図3に示すように、システムの年間の稼働率が99%(ツー・ナイン)の場合、システムのダウンタイム(稼働しない時間)は1%となりますから、365日×24時間×1%=8760時間×0.01=87.6時間となります。これに対して、年間の稼働率が99.999%(ファイブ・ナインと言う)の場合は、ダウンタイムは0.001%となりますから、8760時間×0.00001=0.0876時間と10万倍も稼働率が高くなります(時間を「分」に換算すると年間のダウンタイムは5分程度となる)。

これは、ERP(Enterprise Resource Planning、統合業務アプリケーション)というアプリケーションを稼働させていた場合(北米での試算例)、システム・ダウンによる会社の業務の損失額に換算すると、99.999%の場合が約6800ドル(82万円。1ドル=120円)の損失であるのに対し、99%の場合は6800万ドル(82億円)の損失にも上ってしまいます。


図3:99.999% アベイラビリティ(Availability) とは?(クリックで拡大)

すなわち、ERPというアプリケーションを1分間停止した場合、1万3000ドル(=68,328ドル÷5.256分=156万円)の損失になります。このように欧米のITマネージャは、ネットワークが止まった損失ではなく、その上で動いているアプリケーションが止まったことによる損失をシビアに計算しているわけです。

そして、これをERPではなく、さらにシステム規模の大きいキャリア(通信事業者)に当てはめると、もっと大変な損失額の数値になります。もし、キャリアのネットワークが1分間止まってしまったら、それは莫大な損失につながることになります。もちろん、この損失額は非公開ですが、ルータのHAがどんなに重要かをわかっていただけると思います。

■よくわかりました。それでは、HAとトリプル・プレイのところで述べられたQoEとの関係についても教えてください。

田中 QoE(Quality of Experience)は最近よく聞かれるようになった言葉で、「体感品質」を意味します。つまり、音声やビデオ画像などを、ユーザーが耳で聞き、目で見て実際に感じる品質、すなわち体感する品質のことです。弊社にとってのQoEは、デジタル・ハイビジョンを含めた高い放送品質を実現することであり、従来の固定電話と変わらない稼働率を含めた稼働品質を実現することでもあります。

HAとQoEの関係について申し上げますと、ユーザーが求めるそれぞれアプリケーションの品質を必要なレベルで提供するためには、とくに各メディア(音声、画像、データなど)のトラフィック(情報)を流すための制御部分(コントロール・プレーン)で、障害を起こさないHAが必要です。具体的には、音声であれば遅延を起こさないこと、動画であればパケット損失を起こさないこと、データであれば再送信を確実に行うこと、というように、メディアごとに制御するポイントが異なっていることを重視する必要があります。

(つづく)

田中 厚氏

プロフィール

田中 厚

1989年 ネットワーク専業メーカー アンガマン・バス株式会社に入社、TCP/IP関連ソ フトウェア開発業務を担当、後に製品担当マーケティングに転属
1999年 日本アルカテルに入社。IP系製品のプリセールスエンジニアを担当、現在に至る

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