≪1≫プライベート・クラウドとパブリック・クラウドの位置づけ
■ 今後、クラウド・サービスの利用と、ユーザー自身が持っているIT資産の利用とでは、どういう使い分けになっていくのでしょうか。
荒井 それは企業の規模によるのではないかと思います。大手企業ユーザーの場合は、ほとんどのお客様は自社のプライベートなデータセンターをお持ちですので、それを使用して自社の環境に閉じた企業内でのクラウド環境を構築される方向へどんどん進んでいくでしょう。
■ プライベート・クラウドですね。
荒井 それから、中堅・中小企業ユーザーの場合はその会社のポリシーにもよりますが、ほとんどが汎用的なパブリック・クラウド・サービスへ委託する方向に流れていくのではないかと思います。
■ そのときのユーザー側の端末の問題なのですが、例えばノート・パソコンのほかに、最近はスマートフォンなどが登場しています。いわゆる有線系のユーザーとモバイル系のユーザーが出てくると思うのですが、その辺はどう考えていけばよろしいのでしょうか。
荒井 透氏
〔ネットワンシステムズ(株)
企画担当取締役〕
荒井 まず、有線と無線はあまり分ける意味がないのではないかと思います。無線におけるワイヤレスブロードバンドの世界では、WiMAXとかHSPA+、さらに3.9G(LTE)などが登場してきていますが、実はそこはイーサネットの世界と同じで、高速化がどんどん進んでいて、伝送速度の面からみても有線と無線で差がなくなってきています。ですから、有線でできていることは無線でできますし、逆に無線でできることは有線で当然できるでしょう。また、マシンに企業のデータを残さないシンクライアントはいろいろ形で進化をしていきますので、今後、シンクライアントはますます重視されていくと思います。
■ ところで、ユーザーが、例えばクラウド・システムを使おうと思って移行し、導入したけれども、予想以上によかったとか、予想以上に悪かったとかというような反応はいかがでしょうか。
荒井 残念ながら、今のところ、クラウド環境を意識されて使っているお客様はあまりいらっしゃいません。仮想化を加速されている、あるいはコンソリデーション(統合)を加速されているお客様は結構多いのですが、実情は、クラウド・サービスを展開されている、またはプライベート・クラウド環境を構築というところまではいっていません。これからだと思います。
≪2≫仮想化とクラウド化はどこが違うのか?
■ すいません。ちょっと基本的な質問なのですが、仮想化というものと、クラウド化というものの、意味の違いをもうちょっと整理していただけますか。
荒井 最初に申し上げたように、「クラウド」という単語は意味が非常に広いものになります。一般的に、仮想化というものは、クラウドを実現する要素の一つです。単に仮想化を行うだけでは、物理サーバ上に仮想サーバを構築することのみにとどまります。
ここから一歩進めてクラウド環境とするためには、
(1)欲しいときに欲しいだけ使える
(2)どこでも利用可能
(3)リソースの場所を意識しない
(4)リソースの弾力性がある
(5)使った分だけ支払う
という、利用者の要望を実現可能なものにする必要があります。
例えば、携帯電話でコンテンツをダウンロードして利用していますね。その場合、どこにそのコンテンツを格納してあるサーバがあるかというのは、だれも意識しないで利用していますよね。
■ そうですね。
荒井 このようなサービスを実現しているプラットフォームは、立派なクラウド環境だと思っていますが、では業務の分野でそのような仕組みになっているかというと、まだまだそこまでにはなってなくて、具体的にどのサーバを使用するかを指定して利用するというようなことが必要になるのです。
■ なるほど。
荒井 要するに、業務プロセス(業務処理手順)が、まだクラウドに追従できていないのが現状なのです。
■ 現在は、業務システムが、ある特定のサーバに格納されているということですね。それを仮想化環境・クラウド環境で稼働させることでコストが削減できるというのでしょうか。
荒井 はい。例えば仮想化を行う前の社内システムでは、人事システムでサーバAを立て、それから販売管理システムでサーバBを立て、さらにサーバC,サーバD……というように、システムごとにサーバを立てる形になります。それらのサーバの平均の利用率は約10%ぐらいなのです。それを仮想化することによって平均の利用率を50%とか、60%までに上げますと、サーバの容量は半分以下で済むようになってしまいますね。それでも余力が40%もあります。
そうしますと、設備費(コスト)は50%から60%程度で済んでしまうのです。
実際には、仮想化ソフトウエアの費用がかかかるので、もうちょっとかかりますが。
■ 社内のIT基盤を仮想化し、さらに進めてプライベート・クラウド化すると、もっとコストを削減できるということですか。
荒井 そうですね。その場合は使用頻度の低い(暇な)アプリケーションには、割り当てるリソースをぐっと少なくすればいいのです。逆に、年度末のように集中的な業務処理が発生する場合は、そちらにリソースを増やすというように、コントロールできる環境を整えることができれば、それは完全にクラウドの環境と言って良いと思います。
■ クラウドの環境ではダイナミックにリソースをコントロールできるということですね。
荒井 そうです。プライベート・クラウドの環境において、先ほどお話しした、余っている40%とか50%のリソースを工夫するとより効率的になり、余剰分をさらに拡大できるかもしれません。そうすると60%程度しかサーバを使っていないわけですから、20%ぐらいは外に貸してしまうことも可能になります。その貸し先は、大手のデータセンターなどが提供しているパブリック・クラウドでもいいのです。
このような形態は、今はありませんが、将来的にそういうことができるようになってくると思います。逆もまた真でして、緊急事態が発生して自分がリソースを100%使っても足りない場合が予測されますが、その際はいつもの契約よりも逆に20%多く借りてきて、120%で運用することも可能になります。これがクラウドのオペレーション(運用)の一つになってくると思います。これを概念的に示しますと図6のようになります。
≪3≫今後、クラウドはどのように発展していくのか?
■ これからクラウドはどのような段階を経て発展していくのでしょうか。整理していただけますか。
荒井 2010年は、仮想化が進展し、それに合わせて、セールスフォースのようなSaaS事業者というのがいくつか登場してきていますので、こんな使い方があるのかというモデルケースが何個かでき、ユーザーの関心も高まっていく年になると思います。
2011年になると、多分それらのSaaSモデルが連動して、いわば、「SaaSポータル」の様なものが出来ると思われます。このポータルでは、あるSaaSで処理した情報を別のSaaSと連携させて、より利便性が高まる使い方ができると考えています。例えば会計処理のSaaSを税務処理のSaaSと連携させることが出来れば、クラウド上で完結した処理を行うことが出来ます。
そのときに解決しなければいけない問題として、個人をどう認証して、どこまでセキュアで、どこまでデータを見せてよいか、というようなポリシーを解決するようなツールが必要となりますが、2011年頃にはそのようなツールがいくつか出てくると思います。
■ それが2011年。
荒井 はい。そうなってくると今度はデータセンターの連携というか、プライベート・クラウドとパブリック・クラウドが連携して動くような仕組みができてくると予想されます。
現在、大手企業自身あるいは一般のデータセンターが運営しているプライベート・クラウドや、大手のデータセンター事業者が運営するパブリック・クラウドなどが登場していますが、これらが本格的に利用されるのは、来年(2011年)、再来年(2012年)ころからと思います。
■ 最初にネットワンさんが「ネットワークインテグレータ」から「ニュー・プラットフォーム・イネーブラー」に移行していくというビジネス戦略のお話がありました。これまでは、ネットワークインテグレータとしては、例えばルーターを売ったり、スイッチを売ったり、ハードウエアを売りながらネットワークシステムをインテグレーションしていくという環境でした。しかし、クラウド化していくと今までハードウエアを買ってくれた人たちが、今度はクラウドを使うようになるわけですよね。企業として右肩上がりの売り上げを目指すわけですけど、そのバランスはどうお考えですか。
荒井 正直ハードウエアの売り上げは多分減る方向にいくと思いますが、インテグレーション事業に加えて、サービス事業やコンサルティング事業などのビジネス分野を成長させていく方針です。ただし、大手企業やクラウド事業者との大きなビジネスもございますので、当然ハードウエアは今後も必要ですし、ハードウエアも含めて商売を強化していきたいと思っています。
≪4≫米国ブロケードと「バーチャル・クラウド・ラボ(VCL)」を構築へ
■ ところで、御社は、ネットワーク関連機器の研究・検証施設では業界最大規模である「テクニカルセンター」をリニューアルしましたね。
荒井 透氏
〔ネットワンシステムズ(株)
企画担当取締役〕
荒井 はい。昨年(2009年)10月に大幅にリニューアルしました。これまでのテクニカルセンターは、最新のサーバやネットワーク関連機器をセンターに持ち込み、どういう使い方が一番よいかというのを検証していたわけです。しかし、クラウドの時代はこれまでと様相が異なります。
例えば、クラウドと今までのビジネスの大きな違いは、クラウド時代は「サービス提供型」のビジネスになるということです。今までは“こういう製品があり、こういう機能があるので、こういう使い方をするとお客様にメリットがあります”というビジネスが中心でした。しかし、クラウドは完全に「利用することが中心のビジネス」となりますから、「お客様にとって、クラウドで何ができるか」が重要となるのです。ですから、利用するシステム環境がどうなっているとか、どの企業のリソースを使おうが、要は業務処理を快適に、経済的かつ安全に行ってくれればよいわけです。
今までのビジネスはプロダクト・セールスが主体でしたが、これからはお客様のニーズに沿ったサービスの提供が主体になるのです。ですから、今までとまったくビジネス構造が異なり、よい機器をよい機能でということではなくて、「どれくらいの価格の範囲で」「どういうことができるのか」、というような、メニュー化したようなビジネスモデルに変わっていくと思うのです。当社のテクニカルセンターでも、これまでのような各種の機器の評価に加えて、「サービスとしてどういうものが提供できるか」というように、よりお客様視点に変えていこうとしています。
■ 今回のテクニカルセンターのリニューアルによって、具体的に何が強化されたのでしょうか。
荒井 私どものラボには、現在、数えられないくらいのネットワーク関連機器が用意され検証試験を行っています。しかし、今後、市場が急速に拡大することが予測されるクラウド・コンピューティング環境を支援するには、プラットフォームを構成するサーバやストレージなどの機器がさらに必要となります。
そこで、サーバとストレージをネットワークで接続するSAN(Storage Area Network)の分野で先進的な企業である米国のブロケードコミュニケーションズシステムズ(通称:ブロケード)と提携し、サーバ、ストレージ、SAN機器を豊富にもつブロケードのラボと、当社(ネットワン)のラボ施設を仮想的に接続した検証ラボ「Virtual Cloud Lab.(VCL)」を構築し、2010年4月から相互接続していろいろ検証を行い、お客様の期待に応えられるような強力なラボにしていこうと考えています。
このバーチャル・クラウド・ラボでは、クラウド環境で特に求められる性能や信頼性、拡張性、セキュリティさらに仮想化も含めて、動作の検証や導入前のお客様向けソリューションの検証などを行っていきます。
■ それは、素晴らしいですね。そのバーチャル・クラウド・ラボを核にして、御社のクラウド・ビジネスが大きく成功されることを期待しています。
今日は、ありがとうございました。
(終わり)
バックナンバー
<ネットワンシステムズの「クラウド戦略」を聞く!>
第1回:アマゾン型クラウドとグーグル型クラウドの違い
第2回:クラウドの標準化を目指す「クラウド・ビジネス・アライアンス」
第3回:米国ブロケードと「バーチャル・クラウド・ラボ(VCL)」を構築へ
プロフィール
荒井 透(あらい とおる)氏
現職:
ネットワンシステムズ株式会社 取締役
【略歴】
1981年 芝浦工業大学卒。菱電エレベータ施設株式会社を経て
1983年 入所した、文部省 高エネルギー物理学研究所(現 大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構)データ処理センターにてネットワークに携わる。
1988年 三菱商事よりネットワーク機器専門メーカーのアンガマン・バス株式会社に出向。
1990年 ネットワンシステムズ株式会社へ転籍。ネットワーク応用技術部長、商品戦略室部長、事業統轄室長 兼 広告宣伝室長、ネットワークテクノロジー本部長等を経て、
2006年6月 取締役に就任。現在は経営企画グループとシステム企画グループを担当。また、最新の技術動向調査や商品発掘を行う米国現地法人Net One Systems USA, Inc. のPresident & CEOも務めている。
著作(共著)に『マスタリングTCP/IP 入門編』がある。