≪1≫当分、勘定系システムのクラウド環境への移行は無理
■ そこで、現実的なお話をお伺いしたいのですが、例えばある企業が「クラウドを導入したい」という場合、その企業の現在のシステムをクラウド環境に移行するには、どういう順番で相談すればよいのでしょうか。
荒井 その企業の特徴にもよると思いますが、通常、企業などにおいて会計勘定処理業務は「勘定系」といわれ、まだホスト・コンピュータシステムで処理されている基幹のアプリケーションがありますが、この部分は、当分「クラウド環境」への移行は無理でしょうね。
■ 無理ですか。
荒井 透氏
〔ネットワンシステムズ(株)
企画担当取締役〕
荒井 これは、日本の企業システムの場合は、欧米では多く使われている汎用パッケージを使って処理するのではなく、自分でつくり込んだ特別なアプリケーションが多く使われていることに起因しています。そのような日本のシステムの場合は、当分「クラウド環境」への移行は無理だと思います。
■ 無理ということは、個々の企業の勘定系の考え方が違い、標準化されていないということなのでしょうか。
荒井 勘定系が標準化されていないということよりも、日本人の気質の壁もあります。基幹系システムをクラウド化する危険は冒さないで、当分そのままでいくということです。一方、情報系のアプリケーションである外部向けの企業のWebサイトとか、電子メール、グループウェアのようなものは、企業内のクラウド環境や、外部のクラウド・サービスへ移行しても一向に構わないと判断されるでしょう。また、お客様とのリレーションを管理する、CRMと呼ばれるシステムも、クラウド化が可能ですね。つまり、勘定系以外は、企業内のクラウド環境や、外部のクラウド・サービスへ移行可能なのです。
■ クラウド化する場合の、例えば時間的な問題とか費用の問題とか、どう考えておけばよいのでしょうか。
荒井 一般論で言われていることですが、ある企業のIT投資を100%とすると、ソフトなども含めた新規開発が30%~40%で、運用にかかるコストが60%~70%と言われています。これはいろいろなところのデータで出ていると思います。例えば運用コストを20%削減できたらどうなるのだろうと考えてみましょう。
クラウド・サービスを導入した場合は、勘定系を除いて、まず自社内には、従来のようなコンピュータ・システムが不要になりますから、まず減価償却がなくなります。その代わりにクラウドの利用料金が必要になります。もう1つ大きいのは、そこに携わる人員の情報処理に対する高いスキルが必要なくなる、つまり専門性が低くても対応できるようになるため外部へアウトソースが容易になり、その人件費も浮きます。この費用は、一般的にクラウド・サービスを導入すると20%浮くと言われています。その20%のうちの10%は新しいアプリケーション開発とか、新しいビジネスの対応にシフトすることができます。残り10%は、会社に還元できることになります。
≪2≫800台のサーバを20台に統合してクラウド環境を実現
■ 具体的な事例があるとわかりやすいのですが。
荒井 企業内のIT基盤をクラウド環境へ移行した場合を一例としてご紹介します。図3をご覧ください。明確な実績の数値ではありませんが、ソニー様の場合は800台のサーバを20台のブレードサーバ(薄く細長い形をしたサーバ基板)にコンソリデーション(統合)しました。これで、ラック数は当然相当減り、電力も60%減らすことができました。
■ クラウドを導入する場合、いろいろなユーザーによって現行システムがかなり違うと思いますが、標準化されていて汎用的に導入できる仕組みはあるのでしょうか。あるいはユーザーがクラウドを導入後、インテグレータを変える場合など、運用面で問題は起こらないのでしょうか。
荒井 透氏
〔ネットワンシステムズ(株)
企画担当取締役〕
荒井 お客様の利用環境によって対応が異なると思いますが、クラウド環境をお客様に提供するインテグレータが、どういうプラットフォームを構築し、運用を行っているかを把握し、対処をすれば問題発生を抑えることは可能だと考えています。
そこで、私どもは、現在、そのクラウド・コンピューティング環境の構築を支援するためネットワークインテグレータからニュー・プラットフォーム・イネーブラー(New Platform Enabler)へと脱皮し、新しい展開を開始しているところです。「ニュー・プラットフォーム・イネーブラー」というのは、ネットワーク技術と仮想化技術を駆使した新しい考え方に基づくプラットフォームを構築し、お客様が有用に活用できるクラウド環境を構築していくという戦略です。
当然のことですが、当社は、クラウド・コンピューティングを実現するための方向性・ビジョンは明確に持っています。ですから、お客様がクラウド環境を構築する場合は、例えばお客様と関係のあるデータセンターを指定されても、どんな機種のサーバをご利用いただいていてもよいのです。つまり、特殊なものを使ってクラウド環境を構築するのではなく、汎用的な機器を使用してクラウド環境を構築していくことになりますので、心配はないと思います。
また、そのようなご心配をかけないように、さらに図4に示すように、2009年10月に「クラウド・ビジネス・アライアンス」を立ち上げ、ユーザー端末とクラウド間のAPI(注1)をなるべくそろえていって、融通がきくクラウド環境が提供できるようにしていきたいと思っています。
〔http://www.netone.co.jp/newsrelease/2009/20090910.html〕
(注1) API:Application Programming Interface、アプリケーション・プログラミング・インタフェース。一般に、アプリケーション側からOSが提供するサービスや機能を利用するためのプログラミング・インタフェースのことを言う。
≪3≫クラウド環境の標準化を目指す「クラウド・ビジネス・アライアンス」
■ 新しく設立された「クラウド・ビジネス・アライアンス」では、どのような活動を目指していますか。
荒井 そうですね。簡単に説明いたしますと、クラウド・ビジネス・アライアンスでは、図5に示すような、「日本から世界へ発信できる将来のクラウド・サービス・モデル」を考えています。図5に示すよう、お客様とクラウド・コンピューティング環境を、共通化されたAPIによって、IaaSとかPaaSとかSaaS(注2)の連携がよくできるようにして、より汎用的なクラウド・システムを実現しようとしています。こうなれば、お客様の心配はさらに少なくなると思います。
(注2) SaaS:Software as a Service、ユーザーが必要に応じてネットワーク経由でサービスとしてソフトウェアを利用する形態。
PaaS:Platform as a Service、SaaSによるアプリケーションのプラットフォーム(実行基盤)を提供するサービス
IaaS:Infrastructure as a Service、仮想化技術を利用して、CPUやメモリ、ストレージなど、のITリソースをインターネット経由で提供するサービス。HaaS(Hardware as a Service)とも言われる。
■ 「クラウド・ビジネス・アライアンス」でクラウド環境の標準化を進めているのですね。そのような活動は、国際的に見て他にどのような動きがあるのでしょうか。
荒井 現在、海外も含めると多くの団体が発足して活動しています。
■ どこかの方式がデファクト・スタンダードになって、市場の色を塗りかえていくという可能性はいかがでしょうか。
荒井 そうですね。例えば、これまでマイクロソフト1色だったPCクライアントOS(Windows)の世界は、Linuxの普及や、クロームOSなどの登場で、今変わろうとしていますね。これと同じように、クラウドの世界も、アマゾン方式に加えて、グーグル方式が登場し、今後、非常に戦略性の強い駆け引きがいろいろなところで起きていると認識しています。
■ なるほど。
(つづく)
バックナンバー
<ネットワンシステムズの「クラウド戦略」を聞く!>
第1回:アマゾン型クラウドとグーグル型クラウドの違い
第2回:クラウドの標準化を目指す「クラウド・ビジネス・アライアンス」
プロフィール
荒井 透(あらい とおる)氏
現職:
ネットワンシステムズ株式会社 取締役
【略歴】
1981年 芝浦工業大学卒。菱電エレベータ施設株式会社を経て
1983年 入所した、文部省 高エネルギー物理学研究所(現 大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構)データ処理センターにてネットワークに携わる。
1988年 三菱商事よりネットワーク機器専門メーカーのアンガマン・バス株式会社に出向。
1990年 ネットワンシステムズ株式会社へ転籍。ネットワーク応用技術部長、商品戦略室部長、事業統轄室長 兼 広告宣伝室長、ネットワークテクノロジー本部長等を経て、
2006年6月 取締役に就任。現在は経営企画グループとシステム企画グループを担当。また、最新の技術動向調査や商品発掘を行う米国現地法人Net One Systems USA, Inc. のPresident & CEOも務めている。
著作(共著)に『マスタリングTCP/IP 入門編』がある。