≪1≫日本勢は30名、多数のIPTVの提案を行う
今回のスロベニア共和国におけるFG IPTVの会合への日本からの参加者数は、中国や韓国より少ない約30名くらいであったが、家電などのコンシューマ機器に強い日本からはIPTVに対して積極的な提案(寄書)を行われた。具体的には28本の提案(寄書)が行われ(全体の寄書総数は184件であった)、NTT、KDDIなどの通信事業者をはじめNHK、TBSなどの放送事業者、NEC、日立、三菱、東芝、住友電工、沖電気などの情報通信機器メーカーが参加した。
≪2≫時間不足のため審議を12月まで延期
今回の会合に先立つ2007年4月に、FG IPTV の親SG13(Study Group 13:第13研究委員会、NGNを担当)の会合が開催され、IPTVの標準化活動をさらに続行するため、審議を延長することが決定された。FG IPTVの審議は、当初1年(2006年7月~2007年7月)という期間を目標にしていた審議活動を、正式に2007年12月まで延長し、10月と12月にもFG IPTVの会議を開催し、標準化作業を推進することになった。
今後のFG IPTVの具体的なスケジュールとしては、
(1)7月会合でIPTVに対するサービス・リクアイメント(要求条件)とアーキテクチャに関する新規提案を締め切る。10月会合で両文書のクリーンアップ(用語の修正など)を行い、完成させる。
(2)10月会合で要求条件、アーキテクチャ以外の技術的事項に関する新規提案を締め切る。12月会合でこれら技術的事項に関する文書のクリーンアップを行い、完成させる。 などである。
例えば、現在審議中の、
(1)Working Document : IPTV Services Requirements(FG-IPTV-DOC-0083)
(2)Working Document : IPTV Architecture(FG IPTV-DOC-0084)
の2つの文書については次回で新規提案を締め切ることになった。
≪3≫大きく前進したホーム・ネットワーク
前回も解説したが、IPTVのサービスを提供する場合、そのサービスを利用するユーザー宅のホーム・ネットワークの位置づけが重要となる。しかし現在、ホーム・ネットワークについて必ずしも標準化されているわけではなく、人によってそのイメージがさまざまである。このため、今回の会合ではホーム・ネットワークの役割と機能について重点的に討議を重ねられ、ホーム・ネットワークの全体像を整理し、明確にしたことが大きな進展であった。
〔1〕ホーム・ネットワークの2つの役割
今回の会合での審議に結果、図1に示すように、ホーム・ネットワークには2つの役割(2つのドメイン)があることが明確にされた。
(1)プライマリー(一次)・ドメイン
1つは、図1の左側に示すように、NGN通信事業者からユーザー宅まで敷設されるアクセス・ネットワークの延長として機能する部分(IPTV端末までの部分)である。IPTV端末は、IPTVターミナル・デバイス(TD:Terminal Device)ともいわれるが、イメージとしてはSTB(セットトップ・ボックス)のようなものである。この部分は図1に示すように、具体的には、家庭内に設置されるアクセス・ゲートウェイとIPTV端末までの間のことを意味している。
アクセス・ゲートウェイは、ホーム・ゲートウェイと呼ばれることもある。一般に、ネットワークを終端する装置(回線の終了点とする装置)の先にはイーサネットがあり、そのイーサネットの上にはIPが走っているため、NGNと整合性のよいIP環境となっている。この領域は、「プライマリー(1次)・ドメイン」と呼ばれ、基本的にIPトラフィックのみが流れる領域である。
(2)セカンダリー(2次)・ドメイン
もう1つは、図1の右側に示すように、IPTV端末が、家庭内の他のホーム・ネットワーク端末と相互接続する機能の部分である。ホーム・ネットワーク端末とは、家庭内のハードディスク・レコーダ(PVR:Personal Video Recorder)やAV(オーディオ・ビジュアル)系の家電機器などのことである。この領域は「セカンダリー(二次)・ドメイン」と呼ばれ、IPトラフィックやIEEE1394(デジタル家電機器を相互に接続するケーブルの規格)などの非IPトラフィックが混在して流れる領域である。
上記のように、図1のプライマリー・ドメインは完全にIP化された世界であり、セカンダリー・ドメインはIPと非IPが混在した世界であるなど、それぞれ環境が異なっている。しかし、全体のトレンドとして、両者とも方向性としてはIP化される方向に向かっている。
(3)DLNAのサポート
現在の審議では、このホーム・ネットワークに対し、DLNA規格(※1)をサポートするなどの提案が行われている。
ここで注意する必要があるのは、従来はホーム・ネットワークについて、これまで、前述したような2つの役割(プライマリー・ドメインとセカンダリー・ドメイン)があることが明確にされないまま、ホーム・ネットワークの機能も一様なものを想定した議論がされてきていることである。
ホーム・ネットワークに適用される規格を議論する場合に、その適用範囲がいかにあるべきかについては議論が必要であろう。例えばIPTV用ホーム・ネットワークはDLNA規格を使用するといったとしても、そのことは直ちにホーム・ネットワークに接続されるすべてのホーム・ネットワーク機器がDLNAに対応するべき(DLNAを実装しているべき)ということを意味するわけではない。ホーム・ネットワークの構成要素とはいえ、アクセス・ゲートウェイまでがDLNAを必須でサポートしなければならないという必然性はないからである。
このような誤解が生じないように、今回、図1に示すように、ホーム・ネットワークの役割を、プライマリー・ドメインとセカンダリー・ドメインを明確に区別した。すなわち、まず、プライマリー・ドメインの部分は、アクセス・ネットワークを延長した部分と位置づけられた。このため、プライマリー・ドメインは、図1に示すように、実際のアクセス・ネットワークであるADSLやFTTHと直接接続するアクセス・ゲートウェイ(例:ADSLモデムやONU)の側に位置づけられている。
もう1つのセカンダリー・ドメインの部分は、アクセス・ネットワークの延長ではなく、単に家の中のAV家電機器やパソコン、プリンタなど装置同士をつなぐ役割なのでセカンダリー・ドメインと位置づけられた。これらは、FG IPTVでは、
(3)Working Document:Aspects of IPTV End System、FG IPTV-DOC-0093
(4)Working Document:Aspects of Home Network supporting IPTV services、FG IPTV-DOC-0094)
の2つの文書(特に後者)にをもとに審議が進められている。
このようにホーム・ネットワークを2つに明確に分けることによって、ホーム・ネットワークの役割が明確になり、またこれによって、ホーム・ネットワークに関連するQoS(Quality of Service、サービス品質)や、各ホーム・ネットワーク機器へのアドレスの割り付け方法など、今後必要となる各種要素技術について具体的な議論がしやすくなった。
≪4≫IPTVサービスに関するQoS、非対称型通信性の特徴
〔1〕ホーム・ネットワークのQoS
今回の会合ではホーム・ネットワークのQoSの議論の出発点としてホーム・ネットワークのコンジェスション(輻輳)・ポイント(トラフィックが混雑する箇所)を特定する作業が開始された。
例えば、図1ホーム・ネットワークの外部ネットワークとの相互接続点(出入り口)であるのアクセス・ゲートウェイ(ホーム・ゲートウェイ)は、アクセス回線からの上りと下りのトラフィック、ゲートウェイで折り返される宅内向けのトラフィックが集中するため、ここで輻輳が発生しやすいことは容易に理解できる。混雑すると、パケットロス(パケットが落ちること)や遅延など伝送品質(QoS)の劣化の原因となる。こうしたところでは優先制御のような対策が必要となる。
〔2〕IPTVサービスの非対称性
宅内で、優先制御を必要とするようなアプリケーションにはいくつかあるが、IPTVのような具体的なサービスを念頭に詳細を検討するためには、そのサービスに関わるトラフィックの素性を理解することが重要である。IPTVはそのサービスの性格から、センター側(サービス提供事業者)からユーザー側へのダウンストリーム(下り)が主たるトラフィックになると想定される。また、この下りトラフィックには映像ストリームのような比較的高い品質を求める信号が含まれ、品質確保のための配慮が重要になる。
一方、ユーザー側からセンター側へのアップストリーム(上り)は、マルチキャストのリクエストや各種制御信号が主たるものと想定され、下りに比べて比較的トラフックの量は少ないだろう。また、品質に対して求められるレベルも下りとは多少異なってくる場合もある。これらのことを考慮し、ダウンストリームに対する対策を集中的に行うことになった。
このような非対称型のシステムは、従来の上りと下りが対称型の電話システムのように、双方向ともQoSをきちんとさせる必要のあるシステムと大きく違うところである。 今後もこのようなIPTVの特性に注目した議論を進めていくことになるだろう。
今回は時間の関係でQoSにやや特化した議論となったが、IPTVの観点からは、
(1)アクセス・ゲートウェイの機能のあり方
(2)端末のリモート・マネージメント(端末を遠隔からどう管理するか)のあり方
などの課題も重要で引き続き議論を進める予定である。
≪5≫既存のホーム・ネットワークとの差分規定を重視
〔1〕既存のホーム・ネットワークの規格を最大限活用
ホーム・ネットワークについては既に各種フォーラムで具体的な技術の検討が進んでいる。このため、FG-IPTVがまったく新しいホーム・ネットワーク技術をスクラッチから開発することは適当ではない。既存の作業の活用は周囲から期待されていることであると同時に限られた時間の中で充実した文書を作成する上で効率的な方法でもある。
今回はHGI(後述)の文書をベースとして検討を進める方向が合意されたが、この文書自身はIPTVを十分に捉え切れていない。今後の標準化作業の進め方としては、IPTVに必要な機能や不必要な機能(いわゆる従来の機能との「差分」)を分析し、差分規定に特化することになるだろう。近年、フォーラム活動のようなITUの外の標準化活動が活発なってきているため、詳細な標準技術をITUが一から作り上げる機会は少なくなりつつある。このような中で、ITUが新たな価値を生み出す方法として、この作業方法(差分規定の方法)は注目されており、今回の会合でもこのような手法を支持する声も聞かれた。
ホーム・ネットワーク関係は、すでにかなり多くの業界団体によるフォーラムやアライアンスなどでいろいろな規格や仕様作りがかなり進んでいるので、これらの人たちとしっかりと連携をとっていくことがますます重要になるだろう。
〔2〕多くのフォーラム、アライアンスと連携
例えば、前述したDLNAについて、FG IPTVはDLNAと直接的なやり取りはないが、DLNAの規格などはIEC(International Electrotechnical Commission、国際電気標準会議)に入力されているのでIECを窓口として対応している。そのほか、例えば、次のようなホーム・ネットワークに活発に取り組んでいる組織と積極的に連携している。
(1) UPnP Forum:Universal Plug and Play Forum、情報家電機器やパソコンを相互接続するための仕様を作成するフォーラムおよびその規格名
(2) DSLForum:Digital Subscriber Line Forum、デジタル加入者回線フォーラム
(3) DVB:Digital Video Broadcasting、欧州のデジタル・テレビ放送方式を制定する標準化団体および制定された方式の名称
(4) HGI:Home Gateway Initiative、欧州の通信事業者が中心となって組織されたホーム・ゲートウェイの標準化団体
(5) CEA:Consumer Electronics Association、米国家電協会。米国の情報家電に関する規格や仕様を制定する組織。毎年、米国ラスベガスで開催されるCES(世界最大の家電に関する展示会)を主催している。
DLNAでは、デバイス・コントロールのプロトコルとしてUPnPが使用されている。現在、UPnPについても今回ホーム・ネットワークへの適用の提案がFG IPTVに出されている。今回は、文書のステータスの関係でAppendix(補足文書)という扱いで記述されることになったが、これらの技術をIPTVにどう取り入れて活用していくか引き続き検討されることになる。
なお、今回の提案は具体的には、セカンダリー・ドメインにおいて、IPTVターミナル・デバイス(IPTV端末)と家の中の情報家電機器やパソコン、プリンタなどのデバイスを相互接続するために、UPnPを使うという提案である。
以上述べたように、この数年間、人によって見方がばらばらであった「ホーム・ネットワーク」と「IPTV」の全体像が、FG IPTVの活動をとおして、ようやく明確になってきた。これによって、今後、ホーム・ネットワークとIPTVの標準化活動は、急速に収束していく展望が見えてきたところであり、本年(2007年)12月には一定の方向性の結論が期待できるところまできたといえる。IPTVとホーム・ネットワークは、現在、標準化作業中のITU-T勧告「NGNリリース2」の重要なアプリケーションとして位置づけられる予定になっている。
次回は、FG IPTV活動が1年目を迎えることもあり、ITUの本部のあるスイス・ジュネーブに戻って、7月23日から31日の9日間開催される予定である。
用語解説
※1 DLNA
Digital Living Network Alliance、情報家電機器やパソコン、あるいは携帯端末などを相互接続するための規格策定組織、あるいはその規格名のこと。