≪1≫3GPPで進展するLTE/SAEの仕様策定
映像や音声を含むマルチメディア通信を実現するために、移動通信ネットワークで、100Mbpsの高速を実現し、しかも低遅延な伝送を可能にするため、現在、3GPPにおいて3.9Gの無線技術とも呼ばれるLTE(Long Term Evolution)の仕様策定が進められている。同時に、LTEアクセスを収容するオールIPコア・ネットワーク技術としてSAE(System Architecture Evolution)の仕様の策定が進められている。
SAEとは、3GPPにおいてオールIP化を目指し検討が進められている、W-CDMAベースの3G用コア・ネットワークを発展させたネットワーク・アーキテクチャのことである。LTEおよびSAEは、3GPPの仕様書においてはそれぞれ「E-UTRAN」(Evolved Universal Terrestrial Radio Access Network)および「EPC」(Evolved Packet Core)という用語が正式な用語として用いられるが、ここでは既にマーケットで流通し、広く知られ始めている用語であるLTEおよびSAEを用いることとする。
前述したLTEは、すでに802.11標準の無線LANや地上デジタル放送などにも使用されている先進的なOFDM技術(※1)などを用いることによって、下り最大100Mbps、上り50Mbps(20MHz幅の時、MIMO技術などを伴えば、それ以上の速度が狙える)の通信を可能とする技術であり、すでに試作機や測定器なども相次いで発表され、次世代のワイヤレス・ブロードバンド技術として期待が高まっている。
※1 OFDM:Orthogonal Frequency Division Multiplexing、直交周波分割多重。無線通信環境において、他からの電波の干渉を受けることなく、デジタル・データ信号を高速に、高品質に伝送する技術の1つである。OFDMは、お互いに干渉しあわない(直交する)複数の並列なキャリア(マルチキャリア)にデータを乗せて変調し、高速化を実現している。従来の3Gといわれる、W-CDMAやCDMA2000などは、データ信号を1つだけの周波数(シングル・キャリア)に乗せて伝送する方式である。
≪2≫SAEの仕様策定をめぐって
「欧州連合」と「北米/NTTドコモ連合」が激しい攻防
一方、3G用コア・ネットワークを発展させたSAEの仕様の策定する過程において、その要となるモビリティ制御プロトコル(※2)の選択に関して、欧州連合と北米/NTTドコモ連合の間で、激しい攻防があったが、それを簡単に整理すると次のような内容である。
(1)エリクソンやノキア・シーメンス・ネットワークス(NSN。当時はノキアおよびシーメンスそれぞれのネットワーク部門)などからなる欧州連合は、これまでのGPRS(General Packet Radio Service、GSMにパケット交換機能を付加したサービス)におけるプロトコルをベースとした仕様策定を提案した。
(2)これに対し、モトローラやルーセント・テクノロジーズ(現アルカテル・ルーセント)、ノーテル・ネットワークス、シスコシステムズなどの主に北米を本拠地とする企業、およびNTTドコモなどからなる連合は、IETF(Internet Engineering Task Force、インターネット技術標準化委員会)が策定するプロトコルをベースとした仕様策定を提案した。
前述したGPRSは、GSM/UMTS(※3)の流れを受けた移動体パケット通信用のパケット交換ネットワークであり、欧州が中心となって開発を推進してきた。このため、欧州の(老舗の)移動通信機器メーカーの戦略的な観点からすると、このような既存のGPRSに対応したパケット交換ノードに、ソフトウェア・アップグレードなどの拡張を施すことによって進化させ、LTE/SAEにも対応できるシステムに発展できれば、既にこれらのノードを導入している移動通信事業者へのビジネスを継続して行うことができ、新規参入の他社に市場を奪われるリスクが軽減できることになる。
※2 モビリティ制御プロトコル:移動するユーザーの位置管理によって着信させたり、通信中ユーザーの移動に追従して通信を継続させるためのプロトコル
※3 GSM/UMTS:Global System for Mobile communications)/Universal Mobile Telecommunications System、欧州の第2世代デジタル移動通信システム/3GPPで標準化されている第3世代移動通信システム
一方、既存のGSM/UMTSの移動通信事業者に対するマーケット・シェアが比較的小さい、主に米国を中心とした移動通信機器ベンダーの観点からすると、IETFベースの新しいプロトコル仕様を策定することによって、新しいノードを開発し、市場に展開できれば、新しいビジネス機会を創出でき、マーケット・シェアの拡大が期待できる。
また、現状において、3GPP2ベースのCDMA2000の技術でビジネスを展開しているベライゾン・ワイヤレス(Verizon Wireless)などの移動通信事業者も、次世代の3.9G技術として3GPP2系の流れを汲んだUMB(※4)ではなく、3GPP系のLTEを採用する方向に固まってきている。このため、3GPP2から3GPPへシステムを移行する場合には、より汎用性のあるIETFベースのプロトコルを、これらの異なる無線アクセス技術の間(CDMA2000とLTEの間)のモビリティ制御に用いたほうが、既存の3GPP2ネットワークとの親和性が高いというメリットもある。
さらには、以前からオールIP移動通信ネットワークの研究開発を進め、国際的にも先進的な技術力をもつNTTドコモが、従来の欧州の技術に束縛されないIETFベースのプロトコル仕様の策定を強力に牽引している状況もある。
※4 UMB:Ultra Mobile Broadband、ウルトラ・モバイル・ブロードバンド。LTEの対抗版。20MHz幅の帯域を使用した場合の最大伝送速度は下り288Mbps、上り75Mbpsとされる。