司会(石田) イーサネットの標準化を推進するIEEE802.3 (イーサネットWG)では、40Gbps/100Gbpsイーサネット(40GE/100GE。注1)の標準化が大筋で固まりました。本日はその最前線で活躍中のお二人、キャリア・イーサネット市場を世界に先駆けて開拓し、日立電線のイーサネット開発陣を率いる瀬戸さんと、世界初の100GEインタフェース搭載をアナウンスされたジェニパーでマーケティングを支える佐宗さんにお集まりいただきました。座談会ということで、ざっくばらんに、最新の動向や皆さんのお考えをお聞かせください。NTT研究所に所属する私からは、技術動向を中心に、話題を提供させていただこうと思います。
(注1):40GE/100GE:40Gbps(40ギガビット/秒)のイーサネットのことを、40GE (40 Gigabit Ethernet)と呼び、同じく100Gbpsイーサネットのことを100GE(100Gigabit Ethernet)と呼ぶ。また、40Gb/s Ethernet、100Gb/s Ethernetと呼ばれることもある。
瀬戸 では、私は主に標準化や製品開発の立場から発言させていただきます。
佐宗 当社では、2009年6月に世界初の100Gイーサネットポートを発表し、インターロップ2009で試作機を展示しました。その需要動向や製品化状況などを中心に議論させてください。
≪1≫増え続ける「ビットの生産」と「ビットの消費」
司会(石田) では、まず情報量(ビット)に対する需要の観点からお話ししましょう。トラフィック(通信量)が急伸する背景には、日本で言うとブロードバンドアクセスの環境整備があると思います。日本は、イーサネットアクセスに関しては先進国です。この帯域増を支えるため、NTTでは光ファイバの中に波長の異なる複数の光を通して1波あたり40Gbpsの速度で通信する方式をバックボーンに入れています。ファイバあたり最大1.6Tbps(=40Gbps×40波)に達する装置を開発しました。アメリカでもようやくFTTHが始まっています。こうした環境下で、世界的にトラフィックは年に30~60%ぐらいのスピードで増加している、といわれています。
佐宗 需要に関しては「ビットの生産」と「ビットの消費」が、恐ろしいほど増えていますよね。「ビットの生産」ではYouTubeなどの映像系でコンテンツあたりの必要帯域とかボリュームが増えていますし、「ビットの消費」ではそれを利用する時間が延びています。
司会(石田) 米国ではFacebookというSNS(Social Networking Service)が大人気だそうですね。高校生や大学生向けに、リアルなキャンパスコミュニティの補完ツールとして急成長し、アクセスランキングでは全米6位とか。全世界でユーザー数が3億人ともいわれます。映像情報などもアップロードされ、必要帯域は増える一方です。
佐宗 確かに、Facebookの視聴は月あたり一人平均3時間で全米3位、日本でもYouTubeで1時間ぐらいあります。YouTube、米国では「ほぼ100%の人が毎日視聴する」という恐ろしい数字も出ています。特に米国では、キャリアからの40G/100Gへのニーズが非常に大きいですね。
これからは、どこにいてもビットが消費できる時代になります。NGN(次世代ネットワーク)がさらに発展して、キャリアの複数サービス網が一つになるとか、あと、通信と放送の融合、携帯と固定の融合(FMC)など、いろんなシナリオがあります。ネットワークは何となくつながって集約される傾向にある一方で、端末機器は多様化してきています。これは「ビット消費」のユビキタス現象です。図1に示すように、「ビットの消費」がものすごく伸びていますし、今後も伸び続ける大きな可能性を秘めています。
司会(石田) 先ほど話されたYouTube、Facebookなどの新サービスは、ユーザーには無料で提供されています。これは、今はやりのクラウドという技術のおかげです。安いPC技術をたくさん並べて、新しいサービスもどんどんできて、帯域は増える一方です。そこが今一番、40GE/100GEが求めているところかもしれません。アクセスをアグリゲーション(統合)して太いバックボーンにつなぐためだけでなく、クラウド化するデータセンター内部でも帯域の増加度合が著しくなっています。
佐宗 そうですね。トラフィックを「ビットの生産」者から「ビットの消費」者へ効率よく受け渡しする一つのソリューションとして、クラウドというNGN(次世代ネットワーク)と相性の良い仕組みが登場してきています。例えば、こうした流れがトリガーになって、より多くのトラフィック交換(つまり生産と消費)が繰り返されるのです。こうした背景から、IPルータの40GE/100GEポートへのニーズが出てきています。このトレンドは今後もとまらないでしょう。
司会(石田) ネットワーク全体として、いわゆるリバランス(バランスの調整)が起こるような、そういうおもしろい時代に差しかかっているのかなという気がしています。
≪2≫光インタフェース技術のターニングポイント
〔1〕2つの意味で、時代が変わる
司会(石田) 来年(2010年)6月に、40GE/100GEの標準化が完了すれば、2002年の10GE以来、8年ぶりにイーサネットの新たな最高速インタフェースが市場に出ることになります。光通信技術の研究開発に携わってきた私のような人間には、これは大きな転換点です。2つの意味で、時代が変わると思っています。
1つは、光通信の技術トレンドが変わります。10GEまで1波で高速化してきたものが、40G/100Gからは複数波でのパラレル(並列的)通信になることです。もう1つは、光通信産業の牽引役(ドライバー)が入れ替わることです。特に、シングルモード光ファイバ(SMF)と1.3μm帯レーザーを用いる中距離規格(~10km)で牽引役(ドライバー)が入れ替わります。10Gまでは、キャリア(通信事業者)向けの先行投資で光技術が確立され産業化されてきたものが、いよいよイーサネットが自ら光技術を開拓し産業を牽引するタイミングに入るのです(図2)。
〔2〕イーサネットは、いよいよ他所から借りる技術がなくなってきた
80年代には、まず広域網向けに1波で光強度を高速にオン・オフ(オン:光を入れる、オフ:光を消す)する技術を積み上げました。これは、電話を効率的に運ぶための「時分割多重」方式です。90年代には「高密度波長分割多重(DWDM:Dense Wavelength Division Multiplex)」技術が登場して、光ファイバ増幅器で一括増幅して光中継伝送するようになりました。
このため、1波当たりの高速化は、1996年の10G SDH実用化後は、足踏みしています(SDH:Synchronous Digital Hierarchy、同期デジタル・ハイアラーキ)。
40G DWDMシステムの開発に際しては、純粋なシリアルではなく、DQPSKという多値位相変調技術を用いました(DQPSK:Differential Quadrature Phase-Shift Keying、差動4相位相変調)。10Gを超えると、単純な光のオン・オフでは広域網での超長距離伝送が難しいからです。先行する技術開発トレンドが、DWDMや位相変調などの専門技術にシフトしてしまったのです。イーサネットは、他所の光技術を借りてくる形でどんどん高速化してきましたが、いよいよ、借りる技術がなくなってきたのです。
瀬戸 イーサネットは、1990年代が高速化、2000年代は用途拡大に邁進してきました(図3)。エンタープライズやデータセンターなどのLANに加えて、「イーサネット・ファーストマイル」というアクセス、「キャリアグレード・イーサネット」というWAN(広域網)、「バックプレーン・イーサネット」という筐体向けの規格を相次いで標準化しました。現在は、「データセンター・イーサネット」という規格群をつくろうとしています。
≪3≫40GE/100GE規格は、10GE規格から8年ぶりの新標準
司会(石田) 40GE/100GEは、イーサネットの久しぶりの高速化ですね。イーサネットの標準化をずっとやってこられた瀬戸さんは、10GEから8年もかかったことをどうお考えですか?
瀬戸 まず1つは、10GEが出たときに市場がすぐ立ち上がらなかったということがあると思います。やはりあの当時、10GEの製品を作ることは非常にむずかしかった。GE〔ギガビット(1Gbps)イーサネット〕が出たときは、GEをつくる技術がもうアベイラブルで比較的つくりやすかったのですが、10Gになったら、技術のハードルが上がって、ものすごくむずしくなった。初期の10GE製品は品ぞろいも少なかったし、光トランシーバ(光送信器/光受信器を一体化したもの)も大きくてごつかった。それが、最近はようやく小さくて、取り扱いも簡単なSFP+といった光トランシーバになって、10GEも身近になってきました(図4。SFP:Small Form factor Pluggable、プラグ接続によるプラグ着脱式小型トランシーバ。SFP+はSFPの進化版)。
司会(石田) なるほど。
瀬戸 10GEが製品的、市場的に成熟するのにかかった時間は、GEが成熟するのにかかった時間に比べて圧倒的に長かったように思います。ですので、今度40GEと100GEの標準化が完了した際に、帯域に対するニーズがあるのはわかるのですが、市場がどれぐらい早く立ち上がるか、ちょっと興味深いところと思っています。ジュニパーさんなどが、まずは製品を出して行かれるのだと思うのですが、最初はきっとかなりお高いですよね。
佐宗 こういう新しいモノを市場に投入していく際の値付けは、むずかしいですね。ただ言えるのは、ルータのインタフェースポートとして、現状の10GE×10の価格に比べて「将来的には6割ぐらいを目指す」いうのが開発陣の現在の目標です。
司会(石田) 速度10倍に対して、値段は6倍という目標ですね。今のGEと10GEはどんな状況ですか?もっと価格差は小さくないですか?
瀬戸 今のGEのビット単価は、結構安いです。特に、1000BASE-Tポートが安くて使い頃です。ただ、10GEも、SFP+の登場で、エンタープライズやキャンパス用途でも簡単に手が届くところまできました。ポート出荷数もようやく立ち上がり始めました(図5)。
佐宗 L2(レイヤ2)スイッチの場合ですと、10GEは極端に安くなってきましたね。しかし、ルータインタフェースの場合はそうはいきません。光モジュールの占めるコストが、それほど大きくないからです。
司会(石田) なるほど。IEEEでも「100GEは、今までのイーサネットとは位置づけが違うインタフェースになる」という議論がありました。このあたり、イーサネット史上初めて異なる速度(40Gと100G)を同時に標準化することにも、関係していますね。
--次回につづく--
バックナンバー
<座談会>大詰めを迎えた「40Gbps/100Gbpsイーサネットを語る」
座談会メンバー各氏のプロフィール
石田 修(いしだおさむ)氏
現職:
日本電信電話(株)未来ねっと研究所 グループリーダ
【略歴】
1988年:日本電信電話(株)に入社、コヒーレント/WDM光伝送システムの研究開発に従事
2000年:同社 未来ねっと研究所にて Ethernet伝送技術の研究開発に従事
2002年:同所 企画担当・総括 担当部長
2005年より現職(同所 ネットワーキング方式研究グループ リーダ)、IEICEおよびIEEE会員、802.3 WG投票メンバー
電子情報通信学会 光通信システム研究専門委員会(OCS)幹事(2007-2009)
瀬戸 康一郎(せとこういちろう)氏
現職:
日立電線(株)情報システム事業部ネットワーク開発部部長
【略歴】
1988年:日立電線(株)に入社
1989年:(株)日立製作所システム開発研究所にて1年間研修
996年:ヒタチケーブルアメリカ サンノゼ事務所に駐在
2000年:日立電線(株)情報システム事業本部にてネットワーク関連製品開発に従事
2008年、光アクセス網向けイーサネット国際標準化への貢献により情報通信技術委員会(TTC)会長賞受賞
2007年より現職(ネットワーク開発部 部長)IEEE会員、IEEE 802.1 WG投票メンバー
佐宗 大介(さそうだいすけ)氏
現職:
ジュニパーネットワークス(株)マーケティングマネージャ
【略歴】
大学院修士課程終了後、テレコム市場に一貫して従事。国内外通信事業者で、エンジニア/マーケティング職、携帯コンテンツ事業者、外資コンサルティング会社を経て、2006年より現職。主に、日本、アジアにおけるサービスプロバイダー向けソリューションの開発・展開を担当
インプレスR&D発行の関連書籍
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著者:瀬戸康一郎・石田修 監修
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ページ数:400P
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〔本書の特徴〕
本書『改訂三版 ワイヤレス・ブロードバンド教科書 =高速IPワイヤレス編=』は、2006年に発刊された「改訂版」をさらに刷新したものです。
本書は、ワイヤレス・ブロードバンド・アクセスに関連するIEEE 802系標準の無線技術やシステムを中心に、一部ITU系の標準を加えて体系的に整理しています。
ワイヤレス・ネットワークは、2009年のWiMAX、2010年以降のLTEなどのサービス開始を目前にして、ハイビジョンなどの高画質映像の配信時代を迎え、新しいフェーズに入ってきています。このため、本書では最新情報をできるだけ加えた内容としています。
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ハイビジョンなどの高画質映像の配信時代を迎え、放送と通信における高速化と高品質化を実現する「OFDM/OFDMA」技術が目されています。「OFDM」とは、Orthogonal Frequency Division Multiplexing(直交周波数分割多重)、「OFDMA」とは、Orthogonal Frequency Division Multiple Access(直交周波数分割多元接続)の意味です。
このOFDM/OFDMA技術は、私たちの身近な地上デジタル放送/ワンセグをはじめ、無線LAN(802.11a/g/n)やWiMAX、さらに次世代携帯電話(3.9G)であるLTEとUMBなどにも、幅広く採用され始めています。また、最近では、大容量のデータがやり取りされている光通信においても、帯域を確保するために、このOFDMの技術を活用する「光OFDM」の研究が、NTTやKDDIでも活発化しています。
このようにOFDM/OFDMA技術は、今後実現されるユビキタス社会に必要なシステムや製品に幅広く活用されると考えられています。そのため、放送と通信に関係するすべての技術者は、この技術を習得することが必須になってきています。
本書は、OFDM/OFDMA技術に関する基礎知識から、応用技術、最新動向と体系的に整理してまとめられており、これらの技術を学びたい方に必読の一冊となっています。