≪3≫日本からの提案「TS-1000規格」への、冷ややかな反応
瀬戸 このように、日本ではすでに実験もし、市場で経験も経たうえで、上りと下り異なる2波にすることで決着がついていましたので、まずはそれを802.3ahに提案いたしました。提案はしたのですが、多勢に無勢でして、大勢は安く実現できるといわれる米国方式に傾いていました。ですから私の提案は「日本ではそうなのだ」という程度の冷ややかな感触でしか受け止められませんでした。
■ 多勢に無勢では、ちょっとやそっとではひっくり返せませんし、説得も難しいでしょうね。
瀬戸 それで、私は光の先進国の日本でつくられたTS-1000規格は、すでにそれなりに普及もし、トランシーバ・メーカーも製品をつくり市場に出荷するなど、せっかく日本でいいものがあるのに、それがまったく採用されないまま、国際標準とは別の規格になってしまうのは寂しいことですし、FTTH市場発展のためにもよくないことと思い、次のような行動に出ました。
実はそのときに、TTCの「TS-1000」を標準化したワーキング・グループ(WG21)の議長をやっておられたNTTアクセスサービスシステム研究所(AS研)の青柳さん(青柳愼一主幹研究員(当時))と大高さん(大高明浩主任研究員(当時)に相談したのです。
■ 具体的には、どのようなご相談だったのですか?
瀬戸 802.3ahタスク・グループの現在の状況から判断すると、このままだと米国方式が標準化されてしまい、日本方式は理解してもらえないまま負けてしまう。TS-1000がどのような経緯で、TTCで標準化されたのかということの説明や、TS-1000が日本で普及している状況、それからNTTなどがどのような仕様を希望して、その結果、TS-1000になったのかそのいきさつを、ぜひ802.3ah会合で説明していただけないかと、NTTのAS研にお願いに行ったのです。
≪4≫歴史的な逆転のプレゼンテーション
■ それは、危機感迫るお願いとなったでしょうね。
瀬戸 そうしたら、「それは素晴らしいことだ」と、青柳さんが判断してくださいまして、大高さんを、2002年11月にハワイで開催された802.3ahの会合に送ってくれたのです。私ももちろん出席しましたけれども。このハワイの会合で、大高さんがプレゼンしてくださいまして、そのNTTの研究所の実験に基づき、さらに日本の市場の経験に裏打ちされた迫力のあるプレゼンを聞いた参加者は大いに感動し、それまでの流れが大きく変わってしまったのです(表2)。
表2 802.3ah会合での日本からの提案文書
発表年/月/日 | 発表者 | 発表内容 |
---|---|---|
2002/1/16 | K. Seto Hitachi Cable他 | ■瀬戸らによるTTC方式に基づく初提案(特にTTC TS-1000とは謳っていない) ■タイトル:Bi-directional 125Mbps PMDfor FTTH Application (100BASE-BX-1310/1550) (http://www.ieee802.org/3/efm/public/jan02/seto_1_0102.pdf) |
2002/5 | K. Seto Hitachi Cable他 | ■瀬戸らによるTTC方式の紹介 ■タイトル:The introduction ofa new FTTH Standard in Japan (http://www.ieee802.org/3/efm/public/may02/seto_1_0502.pdf) |
2002/7/8 | K. Seto Hitachi Cable | ■瀬戸によるTTC TS-1000の標準化状況紹介 ■タイトル:TTC Liaison Report (http://www.ieee802.org/3/efm/public/jul02/optics/seto_optics_1_0702.pdf) |
2002/7/9 | K. Seto Hitachi Cable | ■瀬戸によるTTC方式の紹介(アップデート) ■タイトル:TTC TS-1000 Optical Spec update and overview (http://www.ieee802.org/3/efm/public/jul02/optics/seto_optics_2_0702.pdf) |
2002/9/30 | K. Seto Hitachi Cable | ■瀬戸によるTTC TS-1000の標準化状況紹介(アップデート) ■タイトル:TTC Liaison Report (http://www.ieee802.org/3/efm/public/sep02/optics/seto_optics_1_0902.pdf) |
2002/11 | TTC working group 21 Akihiro OTAKA(NTT)他 |
■NTT大高氏によるTS-1000の紹介 ■タイトル:Overview of TS-1000-- TTC specification for FTTH -- (http://www.ieee802.org/3/efm/public/nov02/optics/otaka_optics_1_1102.pdf) |
■ それはすごいことですね。まさに、標準化の方向をひっくり返す歴史的な逆転のプレゼンテーションだったのですね。
瀬戸 そうですね。そのプレゼンテーションを契機に、まさに802.3ahの雰囲気がガラッと変わりました。その後も、大高さんには定期的に802.3ahに参加いただきました。そのような活動の積み重ねの中で、802.3ahの大勢は、米国の提案とは逆に、基本的には日本のTTCの提案と基本的に互換性のあるもの(もちろん細かいところは違いますが)にしようという流れに変わったのです。結果的には、802.3ahの光100Mbps一心双方向の仕様は、表3に示すように、TTCの使用と基本的には同じような仕様(2波長多重方式)になったのです。
■ それは画期的なことでしたね。
瀬戸 日本の技術がこのように本格的に採用されたのは、802.3WGでは初めてのことと言われています。その背景には、FTTHについて日本の光技術が世界よりも先行していたということ、また、実際に光ファイバをこれだけ広く各家庭まで敷設し利用しているということも、日本の大きな力となっています。つまり、光ファイバ技術について、日本が世界よりも先行して研究開発し、実績も経験もあるからこそ、それが結果として標準化に反映できたのではないかと思います。
■ なるほど。今回の受賞は、その標準化活動が認められたことが1つの大きな理由ですね。
瀬戸 そうですね。基本的には「100Mbps一心双方向の方式のIEEEとのハーモナイズ」ということが受賞の理由ですが、そのほかに、私自身も監修し執筆している、
(1)ギガビットEthernet教科書(1999年3月、アスキー刊、監修:瀬戸他)
(2)10ギガビットEthernet教科書(2002年4月、IDGジャパン刊、監修:石田・瀬戸)
(3)FTTH教科書 (2003年8月、IDGジャパン刊、監修:青山、共編:藤本・瀬戸)
(4)改訂版 10ギガビットEthernet教科書(2005年4月、インプレス刊、監修:瀬戸・石田、写真4)
の書籍のほか、いろいろな雑誌などに発表した紹介記事や御社のWBB Forumサイトでの標準化動向のレポート(802.1の標準化動向/802.3の標準化動向)などを通じて、日本国内のEthernet普及に貢献してきたことも受賞のうえで評価されたようです。
■ 本当におめでとうございました。うれしい受賞ですので、ご参考までに読者の皆様にTTC会長賞の表彰状(写真5)を掲載したいのですが、よろしいでしょうか。
瀬戸 はい、了解いたしました。
――つづく――
(次回は、瀬戸氏のIEEE802委員会における標準化の重要性と、最近の802.3の活動や新しい取り組みをお話いただきます)
プロフィール
瀬戸康一郎氏(せと こういちろう)
現職:日立電線株式会社 ネットワーク開発部 部長
【略 歴】
1988年 東京工業大学 工学部 電気電子工学科卒業
1988年 日立電線(株)に入社、電線研究所にてLAN機器開発に従事
1996年 Hitachi Cable America サンノゼ事務所に駐在、ネットワーク関連技術調査業務に従事
2000年 日立電線(株)情報システム事業本部 事業企画室
2002年 日立電線(株)情報システム事業本部 開発部 マネジャ
2007年 日立電線(株)ネットワーク開発部 部長
IEEE会員、IEEE 802.1 WG投票メンバ
関連書籍
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