≪2≫光ファイバ(FTTH)による有線ブロードバンド戦略
■ まず、最初の有線ブロードバンドのインフラとなる光ファイバはどう普及させていくのでしょうか?
村井 現在、台湾の固定通信は、最大の通信事業者である中華電信(注1)が独占し、ブロードバンドの普及率は高いのですが、速度は1Mbps〜5Mbps程度のADSLであり、かなり速度の低いサービスとなっています。また、日本のように光ファイバ(FTTH)が普及しているわけでもありません。
注1 中華電信:日本のNTTのような存在。1996年7月に国営企業として設立、その後民営化され2005年8月に政府の所有率は、50%未満となった。
M-台湾計画を推進している台湾政府の経済部工業局は、その原因として、中華電信が固定通信で、97%のシェアを持っている独占市場であること、それにより競争原理が働いていないことが問題であると認識し、民間事業者で中華電信と十分に競争できる環境をつくっていく方針を進めています。民間の通信事業者がアクセス回線となるインフラ(光ファイバ)を、それぞれ穴を掘って工事するということは設備投資コスト上、現実的ではないため、政府が主導し、台湾全土6000キロ・メートルにわたって、地下に共同で利用できる共同配管溝というものをつくり、それを新規参入の通信事業者が安く使えるような仕組みにして、固定のブロードバンドの競争環境と普及を推進しようとしているのです。これにむけて、M台湾計画の大半である300億元(300台湾ドル:約1,000億円)の予算が割り当てられていますが、現時点でこの計画は順調に進んでいません。
≪3≫WiMAXによる無線(ワイヤレス)ブロードバンド戦略
■ ワイヤレス・ブロードバンドのほうはいかがですか?
村井 一方、台湾中で無線(ワイヤレス)ブロードバンドを利用できるような環境をつくろうということで、M-台湾計画ができた当時(2003年)は、WiMAX技術はすでにありましたけれども、まだ標準化が検討されている時期で、今日ほど注目されていませんでした。そのため、先ほど申し上げたとおり、計画当時は、街中で無線LAN(Wi-Fi)を使える環境にしようという計画になっていました。すなわち、無線LANをメッシュ(網状)・ネットワーク(Wi-Fiメッシュ)でいこうという計画が2003年〜2004年当時はあったのです。
実際に、今、台北市内では、この計画を受けて、台北市の計画としてMシティーという計画があります。このため今、台北市内には、Wi-Fiスポットが設置されていますが、当初計画していたWi-Fiメッシュというのがうまく機能しないため、結局Wi-Fiのアクセス・ポイントすべてに対し、ADSLでバックホール回線(アクセス・ポイントへのアクセス回線)を付けなければならない状況になってしまいました。
村井則之氏
〔野村総合研究所 台北支店
資深顧問師(シニアコンサル
タント)〕
このように、一つ一つの基地局にADSLのバックホールを設置していては、オペレーション・コストがまったく合わないという状況が2004年から2005年にかけて起きてしまいました。ちょうどその2005年に、モバイルWiMAXの標準化が完了(802.16e-2005準拠)したこともありWiMAXが国際的にも注目され始めました。そこで、Wi-Fiメッシュではなく、WiMAXをバックホール回線としてWi-Fiのアクセス・ポイントに吹かせて(電波を飛ばして)、アクセス・ポイントから先はWi-Fiで通信を行う環境を端末に提供するという、WiMAXとWi-Fiをデュアルで使っていく計画に変更になったのです。つまり、もともとはWi-Fiメッシュで構築しようとしていたM-台湾計画において、WiMAXが急に注目され始めたということなのです。
■ わかりやすいですね。ところでなぜ経済部がWiMAXを担当しているのですか?
村井 少しややこしいことなのですが、本来は、WiMAXなどの通信関連サービスの管理は、経済部ではなく交通部、および国家通訊播委員会(通称:NCC、図3)が担当しています。NCCとは2006年2月に新設された米国のFCCのような通信と放送業務を一括で管理する独立した組織です。
■ 交通部とNCCですか?
村井 台湾の場合、交通部というのは、NCCが設立される以前では、日本の例で言うと、総務省と国土交通省がまざっているような組織でした。交通部傘下には電信総局という部署が設置されており、そこが周波数の管理、電信事業者免許の管理など、電信業務に関わる行政を担当していました。現在は、新設されたNCCに多くの業務が移管されていますが、周波数管理のみは、現在も交通部が担当しております。
しかし、なぜWiMAXなどを経済部がやっているかというと、台湾の経済を強くするために無線ブロードバンドを強力に推進しようという狙いがあるからです。つまり、台湾の通信産業を振興し強くしていくために、台湾を世界のWiMAXのテストベッドにして、WiMAX製品の生産拠点にしていきたいという目的があるのです。このため、現在最も注目されているWiMAXを、国の産業振興の立場から経済部工業局がWiMAX産業を立ち上げたいと引っ張っているのです。
——つづく——
プロフィール
村井 則之(むらい のりゆき)
現職:野村総合研究所 台北支店 資深顧問師(シニアコンサルタント)
【略 歴】
早稲田大学大学院理工学研究科電気工学修了(修士)
株式会社野村総合研究所入社
以後、情報通信分野を中心に、日本・韓国の主要民間企業に対して事業戦略やマーケティング戦略の立案、実行支援に従事。
2005年5月より野村総合研究所台北支店に赴任。情報通信分野を中心に、台湾政府機関に対する産業政策立案支援、台湾民間企業に対する事業戦略コンサルティング活動に従事。
主要著書には、「これからの情報通信市場で何がおこるか」(共著、東洋経済新報社)、「経営用語の基礎知識」(共著、日本ダイヤモンド社)など。