≪1≫自動車のモデルをスマートハウスへ転用
■ 自動車や航空機の制御システムの開発で国際的に有名なdSPACE社が、なぜスマートハウスに関心をもち、福岡スマートハウスコンソーシアムに参加されているのでしょうか。
有馬 ごもっともなご質問です。そのことを説明する前に、dSPACEがどのような会社か、そのプロフィール(表1)をお話しましょう。
dSPACEとは、digital Signal Processing And Control Engineeringの略で、デジタル信号処理と制御技術を得意とし、1988年にドイツで誕生した会社です。現在は、自動車や航空機のエンジンや電気系統のデジタル制御システム向けにツールを開発している会社です。
お陰様でこの22年間に、ダイムラー・ベンツ、BMW、フォルクス・ワーゲンをはじめ、日本のトヨタ、日産、ホンダ、スズキ、マツダ、三菱自動車など世界のほとんどの自動車メーカーをはじめ、ボーイング、ジェネラル・ダイナミックスなど航空機メーカーにもご利用いただいております。事業的には自動車が80%で、残りが航空宇宙産業や大学・研究機関で使用されています。
項 目 | 内 容 |
---|---|
会社名 | dSPACE Japan 株式会社 |
代表者 | 代表取締役社長 有馬 仁志(ありまひとし) |
設 立 | 2005年9月7日(本社はドイツに1988年に設立) |
所在地 | 本社 〒140-0001 東京都品川区北品川4-7-35 御殿山トラストタワー 10階 Tel:03 5798 5460、Fax:03 5798 5464 |
企業理念 | 電子制御システムの開発およびテスト用ツールの分野におけるリーダー企業として、自動車業界、航空宇宙産業および工業オートメーション分野への積極的な貢献を図る。 |
事業内容 | 自動車産業、航空事業及びその他の産業用の電子制御機器などの、演算プロセッサと専用電子インタフェースを搭載した電子モジュールハードウエア、および高速メカトロニクス制御のプログラミングまたはデザインのためのソフトウェア・ツールの輸入・販売等 |
主要顧客 | いすゞ、小野測器、ジヤトコ、スズキ、ダイハツ、デンソー、トヨタ、日産、日立、日野自動車、富士重工、本田技研、マツダ、三菱自動車、三菱電機 |
備考 | dSPACE Japanは、dSPACE GmbH(ドイツ。1988年設立)のアジアにおける子会社として2006年に設立され、現在、東京本社のスタッフは40人。 |
■ 最近、ガソリン車に加えて、ハイブリッド車や電気自動車などが登場してきていますが。
有馬 仁志氏
(dSPACE Japan 代表取締役社長)
有馬 そうですね。当社でも、いままでは開発のテーマとして、エンジン制御装置のほうが多かったのですが、最近では、ハイブリッド車や電気自動車などの開発テーマが急速に増えています。図1に、プラグインハイブリッド車(PHEV:Plug-in Hybrid Electric Vehicle)のブロック構成図を示しますが、この図からわかるように、PHEVにはエンジンや走行用のモーターに加えて、走行用インバータ(AC-DC変換器:交流-直流変換器)/DC-DCコンバータ(直流-直流変換器)や、バッテリーおよび急速充電に対応する機器などをもっています。
当社のエンジンや電気系統のデジタル制御システムは、このようなエネルギーシステム開発向けのツール(道具)なのです。すなわち、実際に、図1のような実システムをつくらなくても、このようなモデルの部分的なシミュレーション(模擬的な試験)あるいはシステム全体のシミュレーションができるのです。つまり例えば、図1のバッテリーに代わるシミュレータなどをツールとしてもっているのです。
≪2≫MATLABというモデル言語で開発
■ それはかなり有益なツールですね。
有馬 そうですね。図1に示すようなモデルを描いて開発するので、これを私たちは「モデルベース開発」と呼んでいます。これをマスワークス(The Mathworks)社が開発したMATLAB/Simulink(マットラブ/シミュリンク)というモデル言語を用いて開発します。
MATLABとは、MATRIX(行列)とLABoratory(研究所)の合成語で、数値解析のために開発されたシミュレーション・ソフトウェアです。Simulink(シミュリンク)とは、MATLAB上で走る、グラフィカルな解析ツールのことです。MATLAB/Simulinkというモデル言語は、制御装置の開発分野ではデファクト標準になっている言語で、数学的な表現で制御装置の機能を書き、書いたものを即座にコントローラとして動かしたり、シミュレータとして動かしたりすることが可能なのです。このシミュレータにハードを接続すれば自動車の制御装置ができるのです。
このようにして、これまで部分的にエンジンの制御装置やモーターの制御装置をつくってきましたが、さらにこれらを統合して、自動車一台分のシミュレーションができるようになってきたのです。
例えば、先ほど述べたダイムラー・ベンツをはじめホンダ、三菱自動車などでもすでに使われていますが、モデルをつくりそれをハードとソフトで実現してプロトタイプの制御装置として動かすわけです。図2に、モデルベースの設計による「ブリッジ型インバータのプロットタイプ」の例を示します。dSPACEが提供するDS1104という開発用の制御ボードをパソコンに内臓して、制御用のインタフェースを経由して実際のブリッジ回路に接続しモデルで作成したアルゴリズムで生成したPWM信号などで回路を直接制御する仕組みを提供します(PWM:Pulse Width Modulation、パルス幅変調。パルス幅、すなわちパルス信号の出力時間を長くしたり、短くしたりして、電圧や電流を制御する方式のこと)。
このシステムを利用すると、Simulinkでモデルで作成した制御モデルを即時に実行することが可能になります。つまり、従来のようにC言語やDSP(デジタル信号処理プロセッサ)のプログラムを書かなくても、モデルを用いて即時に制御を実行しインバータ制御ができるようになります。
この開発手法は、自動車のエンジンの制御装置やトランスミッション(変速装置)の制御装置に利用されており、モデルで開発した制御システムで実際のエンジンやトランスミッションを制御させて、システム開発を行う手法がとられています。。
完成したエンジンなどの制御装置を実際に自動車に取り付けてしまうと、制御の実際のデータや関連性などが見えなく、正しく動作しているかなどのテストがしにくくなってしまうのです。
とくに、最近のハイブリッド自動車は、制御の方式が大変複雑になっているため、すべての制御装置などにテスタを接続したり、ロジックアナライザ(電子回路の信号波形解析装置)やプローブ(電子回路の状態監視装置)などを接続して検査することができなくなってしまうのです。
図3に示すMATLAB/Simulinkの設計画面から、dSPACE DS1104(R&D用制御ボード)用ファイルの作成例を示します。
≪3≫パソコン画面上にいろいろなパラメータを「見える化」
■ たしかに、部品や装置の点数も多く複雑すぎるために、組み立ててしまってからでは細かい検査は、しにくいのでしょうね。
有馬 おっしゃる通りです。このようなことから、当社はシミュレータ製品の開発に注力しています。ここで、前述した図1のプラグインハイブリッド車(PHEV)の基本構成を見てみると、このブロック図は前回(第1回)中村氏が説明した、下図(図4)に近いことが分かります。
これからお分かりのように、dSPACEが自動車で培ってきたいろいろなツールは、実は、スマートハウスのエネルギーシステムに容易に適用できるのです。すなわち、太陽電発電システムの代わりのシミュレータや、風力発電の代わりのシミュレータが簡単にできてしまうのです。また、図4に示すDC-ACインバータやDC-DCコンバータのデジタル制御によるソフトウエア・アルゴリズムを、MATLAB/Simulinkでモデルとして容易に書けてしまうのです。
有馬 仁志氏
(dSPACE Japan 代表取締役社長)
すなわち、最近デジタル制御はDSP(デジタル信号処理プロセッサ)を使用しますが、このDSPに対して、いちいちプログラムを書かなくても、自動車の開発と同じように、MATLAB/Simulinkというモデル言語で容易に書けますし、これによってソースコードが自動生成されるのです。このように自動車で培ってきた技術をスマートハウスに適用すれば、家の中のエネルギーシステムの見える化も容易に開発できることが分かってきました。
前述した図2のモデルベースの設計による「ブリッジ型インバータのプロットタイプ」の例はその具体例なのです。
図4のインバータのプロットタイプを、当社の「ControlDesk」(コントロールデスク)というソフトを使うと、図5のように、パソコン画面上にインバータのモデルの中に書かれたいろいろなパラメータ(周波数、信号の振幅、入力電圧、出力電圧など)を数値で見せたり、グラフで見せたり表現(見える化)できるのです。このため、つくったモデルの中の動きを手に取るように画面上で見ながら、インバータの開発ができるのです。
≪4≫ミニチュアハウスをつくって先行試験を開始
■ 具体的に、スマートハウスとして実験的にシミュレーションされているケースはあるのでしょうか。
有馬 はい。図6をご覧になってください。図6は、第2回でも紹介したものと同じ図ですが、実際にスマートハウスを建てる前にスマートミニハウス(ミニチュアハウス)をつくって試験を重ねています。このミニチュアハウスは、図4に示した福岡スマートハウスの1/20(電圧換算)の大きさですが、このミニチュアハウスの中は、実システムと同じ回路構成となっています。
例えば、図4に示す4つのDC-ACインバータ/DC-DCコンバータの回路は、図5ではそのミニチュア版として、直流24Vという低い電圧で設計され試験されています。これらの制御を含めて、家一軒分のエネルギーシステムを、前述したモデルベース開発の手法で制御しています。
■ 中村様、有馬様、本日はご多忙のところありがとうございました。間もなく、2010/10/14(木)に「福岡スマートハウスセミナー」(福岡市主催:福岡ビジネス創造センター ホール)が開催されるとお聞きしましたが、これを機会に御コンソーシアムがますます発展されますことを期待しています(URL: http://www.smartenergy.co.jp/project.html )。
(終わり)
バックナンバー
<動き出すスマートハウス! =スタート直前の実証実験の内容を聞く=>
第1回 スマートハウスの3つのエネルギー要素 スマートエナジー研究所 CTO ファウンダー 中村 良道氏
第2回 スマートハウスの定義と3つの特徴 スマートエナジー研究所 CTO ファウンダー 中村 良道氏
第3回 スマートハウスの定義と3つの特徴 dSPACE Japan代表取締役社長 有馬 仁志氏
プロフィール
中村良道(なかむらよしみち)氏
現職:
スマートエナジー研究所 CTO ファウンダー
【略歴】
分散電源(太陽光発電、燃料電池)など、インテリジェントな電源の設計開発におよそ20年携わる。その経験をもとに、持続可能な低炭素社会の実現へ向けて、エネルギー供給と消費における「自律したシステム」を目指し、「思想と技術」の両面から思索、スマートグリッド関連の企画立案や電源装置のためのコンサルティングを行っている。
現在、スマートエナジー研究所 CTO ファウンダー、芝浦工業大学電気工学科 非常勤講師、福岡スマートハウスコンソーシアム 代表。
有馬 仁志(ありまひとし)氏
現職:
dSPACE Japan 代表取締役社長
【略歴】
1982年、国内機器メーカーで産業用ロボットやiTRONの開発を担当。
1993年よりウィンドリバー社、Integrated Systems社、米国SDS社など外資系企業の日本法人の上級管理職を歴任。
2000年にMontaVista Software Japan社を設立して代表取締役社長へ就任。
2006年2月よりdSPACE Japan株式会社の代表取締役社長に就任。東海大学専門職大学院 組込み技術修士(専門職)修了。
2009年より九州工業大学情報工学部非常勤講師も兼任。