≪1≫クラウドを取り巻くIT市場とその変化
本日お話しする講演内容(アジェンダ)は全体として、次のような
第1部:クラウドコンピューティングを取り巻く現状
第2部:注目すべきクラウドコンピューティングの動向
第3部:クラウドコンピューティングの今後の展望
の3部構成になっていますので、このプログラムに従って、順にお話ししてまいります。
まず最初に、クラウドを取り巻くITの市場がどうなっているのか、というお話を簡単にいたします。写真1に示すように、コンピューティングの流れを歴史的に区切ってみると、左側の1960年代から今日の2000年代に至るまで、
(1)1960年代のメインフレームのコンピューティング
(2)1970年代のミニコンピューティング
(3)1980年代のパーソナルピューティング
(4)1990年代のデスクトップインターネットコンピューティング
(5)2000年代のモバイルインターネットコンピューティング
のように、推移してきており、現在はiPhoneやAndroidのスマートフォンの普及によって、モバイルインターネットコンピューティングの全盛期を迎えています。
このような流れのうち大きな変化の一つとして、写真2に示すように、ユーザーの端末数が大幅に増加していることが挙げられます。昔のメインフレームの時代は少なかった端末が、最近のモバイルインターネットコンピューティングでは、写真2の右側に示すように、パソコンだけではなくスマートフォンから電子書籍端末のキンドル(Kindle)、そしてMP3プレーヤのようなものも普及してきています。
さらに、写真2の右の一番下に示すように、ワイヤレスのホームアプライアンス(家庭用機器)ということで、今後、例えばスマートグリッド(次世代電力網)時代のスマートハウスでは、家の中のさまざまな家電機器がホームネットワーク経由でインターネットにつながっていくことになります。すなわち、時代を経てインターネットが進化してくると同時に端末数も非常に増えてきているということが写真2からわかるかと思います。
また、その端末の伸びが非常に大きいということを示しているのが写真3のグラフになります。こちらは、あるサービスの提供が開始されてから、第1四半期(1Q)~第20四半期(20Q)ぐらいまでの時間をとりまして、それぞれのサービスがどれぐらいユーザー数を増やしていったのかを並べて書いているものです。例えば、右下のAOLやドコモのiモードなど、いろいろなサービスがこの期間にどれぐらい伸びたのかということを示していますが、その中でiPhone、iPod Touch、iPadというものを含めたアップルの数々の端末が、従来の端末と比べて急激で、しかも大幅な伸びを示し、これらによって、モバイルインターネットの市場が急成長していることがわかります。最近では、これに加えてAndroid端末が爆発的に普及し、モバイルインターネットを加速させています。
≪2≫スマートフォン(iPhone)ユーザーはどのような使い方をしているか
その増大している端末は、ただ数が増えてきているわけではないのです。そこで、例えばiPhoneのユーザーがどのような使い方をしているかを調べてみましょう。従来の携帯電話(Cell Phone)とiPhoneを比べて、その使い方の内訳を比較しているのが写真4です。写真4からわかりますように、従来はやはりボイス(音声通話)が70%とかなり多かったという状態です。これに対して、iPhoneは、ボイスは半分以下(45%)です。そしてボイス以外、すなわちインターネットやEメール、あるいは音楽を聞く(音楽を聞くのはiPhoneだからということもありますが)などの比重が高まってきています。すなわち、私たちがパソコンでやっているようなことが、iPhoneで行われるようになってきたのです。すなわち、今まで電話だと思っていたものがパソコンに近いものになってきたというのが写真4で示している内容です。
≪3≫「クラウド」は歴史的にどう変わってきているのか
そこで、インターネットの進化・発展に加えて、モバイルの急速な普及を背景に登場した「クラウド」がどう変わってきているのかというのをまとめたのが写真5です。
まず写真5の左側に示す「クラウドコンピューティングサービス」には、一般的に、
(1)SaaS:Software as a Service、アプリケーション(ソフトウエア)をサービスとして提供する仕組み
(2)PaaS:Platform as a Service:アプリケーションを稼働させるための基盤(プラッ)トフォーム)をサービスとして提供する仕組み
(3)IaaS:Infrastructure as a Service、サーバやCPU、ストレージなどのインフラをサービスとして提供する仕組み
のように、3段階あります。そのような中で実際の使われ方を見てみますと、コンシューマー向けからビジネス向けに至るまで、さまざまなサービスがクラウドコンピューティングという形態で提供されるようになりました。
そして、私たちが日々個人として使っているようなソーシャルメディアなどのサービスが、エンタープライズ向けに大きな影響を与えています。例えば、セールスフォース・ドットコムのチャッター(Chatter)のように、ツイッターのようなものまでを機能として載せていますが、そういうところに影響が出ています。
もう一つ、写真5の真中に示すネットワークの部分を見てみますと、まず個人が持つ端末が急速に増えました。皆さんも最近、携帯電話、iPhone、iPad、キンドル、あるいはギャラクシーなどいろいろな端末が出てきて、それを外に出るときは持ち運んでいるかと思いますが、そういう端末はメールがチェックできたり、どこかに出かけるときに地図を参照できるといったような形で、できればやはりネットにつながっているほうが便利ということで、いつでもどこでもネットと接続したいというニーズが加速しています。
一方、ネットワーク事業者側からこのような状況を見ますと、ユーチューブ(YouTube)などのサービスで言われているように、ネットワークのただ乗り、あるいはネットワークの土管化というような言い方をされることもありますが、そういう状況からどのようにして脱却していくのか。つまりネットワーク事業者(キャリア)は「ただ乗り」されるのではなく、どこでお金(通信料金)を取っていくのかということが、多くのキャリアが掲げている課題の一つになっています。
そして、写真5の一番右側の端末については、丸の中に示すように、パソコン(PC)から携帯、スマートフォンそしてタブレットPCのようなさまざまな端末を、現在、クラウドにつながる端末として、私たちは日々活用しているわけです。
≪4≫端末のデータ処理やデータ保存におけるクラウドの役割
写真5の右下に、端末のデータ処理やデータ保存におけるクラウドの役割が重要になってきていると書いています。例えばiPadは、現在一番大きなメモリ容量でも64ギガバイトです。ところが一昔前、例えばデルなどでパソコンを買う場合、ハードディスクの容量をどれくらいにするかというときには、100ギガバイト単位で考えていましたが、最近ですとテラバイトという単位でも買うことができるようになっています。
そういう大きなメモリ容量の面から見ますと、iPadの最大で64ギガバイトというのは非常に小さい数字と見えるかと思いますが、これは基本的に端末の中にはデータをそんなに保存しないということを意味しています。さらに、いろいろな複雑な処理も端末だけではなくてクラウド側で処理してしまうということになってきています。このため、端末の処理能力やメモリ容量は少なくて済むのです。したがって、現在、このような携帯端末がいろいろ登場してきたことによって、さらにクラウドの役割が高まっていくという循環になってきていると見ることもできます。
また、毎年、スペインのバルセロナで行われているモバイル・ワールド・コングレス(MWC:Mobile World Congress)という国際会議・展示会がありますけれども、今年開かれた「2011 Mobile World Congress」の中で、今後モバイル産業がどうなっていくのかというところがいろいろな形で発表されました。その中で、まず1点目として、世界におけるモバイルで接続されるものの数が2010年末までに約50億台だったものが、2011の1年間で10億台増えて、約60億台になるであろうという予測があります。第2点目として、モバイル産業の市場規模が2013年までに1兆ドルに達するだろうという予測が発表されたとのことです。
そのような中で、確かに今後インターネットの部分ではモバイルが牽引していく、モバイルの役割が非常に大きくなっていくわけですが、先ほど土管化のお話をしましたが、キャリアがこのようなモバイルの急増をビジネス的にどう見ているのかということは、興味深いところです。
そこで、私が非常に印象に残っているところでAT&Tの調査内容のお話を紹介させていただきます。この調査の結果から、ユーザーは同じコンテンツに対して、3つ以上の端末からアクセス(ワンソースマルチユース)していると発表しています。つまり、テレビやパソコン、スマートフォンに加えて、例えばタブレット端末、あるいはゲームコンソールといった端末を使用して同じコンテンツにアクセスする、同じコンテンツに違う端末でアクセスするということが調査の結果からわかりました。
そういうところから、AT&Tが今後どうしていくのかということでキーワードとして出てきたのが、第1に、クラウドです。AT&Tは、もちろん今までもクラウドにいろいろな形で取り組んできていますが、ここで改めてクラウドというのが一つ出ました。そしてもう一つ、HTML5(注1)の取り組み、すなわち端末に依存しないさまざまな形でコンテンツを見せていく手段として「HTML5」に投資していくことを発表しました。
(注1)HTML5:HyperText Markup Language version 5、現在普及しているHTMLの最終バージョン「HTML4.01」の次の、XMLを核にした新しい仕様で、W3C(World Wide Web Consortium)で策定されている。アップル CEOのスティーブ・ジョブス(Steve Jobs)氏が、自社のOS(iPhone OS)にFlash(フラッシュ)を搭載しないことを表明し、HTML5への期待を述べたところからHTML5は急速に注目されるようになった。
≪5≫スマートグリッド環境とクラウドの連携
このような中で、やはりモバイルと結びつくのが、最近皆様もいろいろなところで聞いたことがあるかと思いますが、M2Mという「ビッグワード」(多くのユーザーが検索するような検索語。例:スマートフォン、M2M他)です。AT&Tに限らず、さまざまなキャリアが、あるいは今後さまざまなサービス事業者がデータを大量に集めて、処理して、何かしらの付加価値をつけて提供していくサービスを目指しています。その具体的な例が、写真6に示すM2M(マシンツーマシン、注2)です。
(注2)M2M:Machine to Machine、マシンツーマシン。機械(端末)同士の通信。ネットワークに接続された機械(端末)同士が、人間を介在させないで相互に通信し、お互いに最適な制御を行うことができるシステム。
写真6の上部に示す、M2Mビジネスのバリューチェーン(Value Chain)の流れを見てみますと、一番左側に機器、モジュールがあります。これは今後、人間がネットワークにアクセスして使用している携帯やパソコンだけでなく。人間がアクセスしないでも、さまざまな機器にモジュールが搭載され(埋め込まれて)、機器同士が通信をします。そしてそれらの機器がネットワークで送受信した情報(データ)を処理する段階で、クラウドが注目されています。
このM2Mを使用して大量のデータをやり取りするということは、まだまだ多くの事例があるわけではないので、実際にどれぐらいの情報量が出てくるのか、どれぐらいの処理をしなければいけないのか、その大きさがよくわからないのです。そのような状態において、スケーラブル(拡張性のある)に処理ができるクラウド環境というのは、一つ重要な要素になってくると考えられています。
写真6の下部に、実際にM2Mのビジネス展開を示しています。写真6の下部の図の縦軸はM2M機器の数を、横軸は時間軸です。写真6では、M2Mのサービスについて、
(1)既に、セキュリティーや交通の車両管理のサービスとして活用されているもの、
(2)あるいは現在導入されているもの(POS、自動販売機など)
(3)パイロット試験や短期的に導入されているもの(エネルギー管理、ビル管理等)
(4)後々サービスとして採用されていくであろうもの(家庭、オフィス機器等)
という4段階に分けて示しています。特に日本では、自動販売機というところは大分進んだ分野として、M2Mビジネスの中でも大きい事例として言われています。
写真6の右側に、今後、エネルギー管理、あるいは環境といったものが示されていますが、いわゆるスマートグリッドの場合は、家の中のさまざまな機器、あるいはオフィスビルの中のさまざまな機器に通信モジュールが搭載され、そこからデータ収集する機器が増えてくることになります。このため、今後、スマートグリッド環境では、モバイルネットワークと各機器からの大量のデータの取り扱いが重要となりますが、現在、これがIT市場の大きな変化の真っ只中の状況になっているのが現状です。
(第2回につづく)
プロフィール
新井 宏征(あらい ひろゆき)氏
現職:
株式会社情報通信総合研究所
マーケティング・ソリューション研究グループ副主任研究員
【略歴】
SAPジャパンにて、主にBI(ビジネスインテリジェンス)関連のコンサルティング業務に従事した後、2007年より株式会社情報通信総合研究所に勤務。マーケティング・ソリューション研究グループにて、主に法人関連分野の調査研究、コンサルティング業務に従事。注目しているテーマは、スマートグリッドのほか、クラウドコンピューティングなどがある。東京外国語大学大学院修了。主な著書に『世界のスマートグリッド政策と標準化動向2011』・『日米欧のスマートメーターとAMI・HEMS最新動向2011』・『日米欧のスマートハウスと標準プロトコル2010』(共著)・『スマートグリッド教科書』・『グーグルのグリーン戦略』(以上、インプレスR&D刊)、『情報通信アウトルック2011』・『情報通信データブック2011』(NTT出版;共著)、訳書に『プロダクトマネジャーの教科書』・『アップタイムマネジメント戦略的保守のすすめ』等(翔泳社)がある。ドメイン取得を好むtwitter中毒者(アカウントは@stylishidea)。
【バックナンバー】
スマートフォン/スマートグリッド時代と海外におけるクラウドの最新動向(第1回)
スマートフォン/スマートグリッド時代と海外におけるクラウドの最新動向(第2回)
スマートフォン/スマートグリッド時代と海外におけるクラウドの最新動向(第3回:最終回)