≪1≫最近のクラウドコンピューティングの3つの動向
それでは、次に最近のクラウドコンピューティング動向として、大きく、
(1)クラウド専業企業のハイエンド化(オープン化)
(2)Java対応の加速
(3)クラウド参入企業の増加
の3つを中心にお話しをします(図1)。
1つ目のクラウド専業企業のハイエンド化、つまり高度化、高機能化、多機能化が、クラウド専業企業を中心に進んでいます。
〔1〕アマゾンのクラウドな場合
図2に示すように、アマゾンの場合は、当初のシンプルなストレージすなわちS3(Simple Storage Service)の部分からPaaS(Platform as a Service)とも呼べるような高機能・多機能への展開を続けています。すなわち、図3の上部の監視(Monitoring)、管理(Management)、ネットワーク(Network)の部分から、前回、紹介したバーチャルプライベートクラウドというような仮想クラウドのところまで、さまざまなサービスを提供してきています。
図3の吹き出しに示すように、PaaS化の象徴的な機能が、マネジメントと書かれている箱の下部に示す「AWS Elastic Beanstalk」(AWS:Amazon Web Service)です。
ビーンスターク(Beanstalk)というのは、「ジャックと豆の木」の豆の木のことで、これを伝って雲(クラウド)の上まで行けるというところも込めてつけられた名前です。このエラスティック・ビーンスタークは今年(2011年)の1月に発表されたサービスで、ソースコードをアップするだけで、あと細かいチューニング(調整)はやらなくてもよいというサービスです。
また、稼働後のスケーリング(アプリケーションの利用状況などに応じて、ストレージの容量などを自動的に拡大・縮小すること)なども含めて自動的にアマゾンがやってくれるというサービスで、これを使うために新たにサービス料を払う必要はないようです。現在はJava対応ですけれども、今後、Ruby on Rails(RoR、オープンソースによるWebアプリケーションのフレームワーク)の対応なども進めていくといわれています。
このエラスティック・ビーンスタークは、図3に示すように、アマゾンが「自由度がある PaaS」と発表したものです。大半のPaaSサービスというのは、プログラミングの作業量は軽減されるもののユーザーの自由度は低い傾向があります。そういう中で、このアマゾンのエラスティック・ビーンスタークは、確かにPaaS的な、もうお任せしますというような扱い方もできる一方で、その後細かい調整を、もともとアマゾンのサービスを全部使っていますので、IaaSとして自分でチューニングすることができます。そのため、シンプルな展開や管理、そして高い柔軟性や制御性が同居できるサービスになっています。図3に、アマゾンもPaaSという言葉を使っていますように、これまでIaaSというように位置づけられていたアマゾンも、このようなPaaSサービスを提供してきているのです。
〔2〕セールスフォースのクラウドの場合
一方、図4に示すように、もともとCRM(Customer Relationship Management、顧客関係管理)から始まったセールスフォースのクラウドは、Force.comでアプリケーションを開発できるようになりました。SaaSからPaaS重視へと進化を続けているSalesforce.comは、JavaやRuby対応など、エンタープライズ向けのニーズを満たすための進化を続けています。
≪2≫ハイエンド化とオープン化へ向かうクラウドの世界
図5は、このようなクラウドのハイエンド化という動きに対抗して、もう一つオープン化という動きを見逃してはいけないことを示しています。
図5は、
(1)PaaS
(2)IaaS
(3)データセンター(DC:Data Center)
というような形で、クラウドを構築する3つの要素それぞれに対してオープン化の動きが出てきていることを示しています。
〔1〕ヴイエムウェア(VMware)の「Cloud Foundry」
まずPaaSの部分は、ヴイエムウェア(VMware)が、2011年4月に、オープンなPaaSである「Cloud Foundry」(クラウドファウンダリー)の提供開始を発表しました。Cloud Foundryは、クラウド コンピューティング環境向けに設計された新世代のアプリケーション プラットフォームです。
〔2〕ラックスペース(Rackspace)
もう一つ、IaaSの部分では、OpenStack(オープンスタック)という、クラウドコンピューティング等を専門として業界をリードする「Rackspace」(ラックスペース)やNASA(米国航空宇宙局)によって、IaaSの部分をオープン化する動きがあります。
〔3〕フェイスブック(Facebook)の「Open Compute Project」
また、データセンター(DC)のところでは、フェイスブック(Facebook)が、2011年4月に、効率のよいデータセンターの設計・構築を目指す「Open Compute Project」(オープンコンピュートプロジェクト)を発表としています。
このような形で、実際アマゾンやセールスフォースは、自分たちの中でロックイン(特定ベンダーの独自技術に依存したサービス)するような動きがありますが、最近、こういうオープンな動きも少しずつ出てきています。
〔4〕激化するアマゾンとラックスペースの競合
図6に、激化するアマゾンとラックスペースの競合状態のグラフを示します。図6は、今50万のサイトの中で、どのクラウドのプロバイダーを使っているか、2011年1月の時点での結果です(http://www.jackofallclouds.com/2011/01/state-of-the-cloud-january-201/参照)。ラックスペースがなぜオープン化に取り組んでいるか、その背景には、図6では、アマゾンEC2が(Amazon Elastic Compute Cloud、アマゾンの仮想的なコンピューティング環境)一番多くなっていますが、それに次いで、ほとんどアマゾンと変わらないぐらい数でラックスペースが迫っていることがわかります。
図6の伸び率は、青い部分がアマゾンで、赤い部分がラックスペースになりますが、ほとんど同じような形で増えてきていて、現在は、両者はほとんど重なっている状態になっています。このような形でラックスペースとしては、アマゾンが先ほどの図2にあるような、がっちりと自分たちのところですべて提供する、さらにはJavaなどにも対応していくという動きに対抗する形で、ラックスペースは、自分たちのクラウドのIaaSの部分をオープンにして、さまざまな開発者を取り込んで、自分たちのプラットフォームの価値を上げていく戦略をとっています。
〔5〕ハイエンド化とオープン化の関係
図7は、アマゾンやセールスフォースが志向しているハイエンド化の方向性とヴイエムウェアのCloud Foundryが目指しているオープン化の大きな2つの流れがあることを示しています。クラウドのハイエンド化は、今後、特にアマゾンだけではなく、セールスフォース、グーグル、マイクロソフトなども、自分たちのプラットフォームにどんどんユーザーを集めるために行われていくと予測されます。
一方でオープン化の波も大きくなりつつあります。図7の右下にご紹介しているのは先ほどの説明したヴイエムウェア(Cloud Foundry)の図になります。この図7に示すように、左側のところ(セールスフォースのPaaS)では、Javaも使えてRubyも使えて、今後PHPなどのさまざまな言語に対応していく、そしてどんなIaaSの上でも動くようなPaaSとして提供していくということを目標にしています。このような、オープン化の動きもこのハイエンド化の流れに対抗するかのような形で出てきています。
そうなると、今後は、ユーザーや開発者を取り込みながら、ハイエンド化とオープン化のどちらが魅力的なのかということが重要になってくると思います。
≪3≫クラウドにおけるJava対応の加速の背景
次に、≪1≫の(2)で申し上げましたJava対応が加速していることが注目されています。Java開発者にとってクラウドはどう見られているのかというと、Replay Solutionsが2010年3月に実施したアンケートの結果では、2010年時点では、Java開発者にとってクラウドは様子見の段階という評価でした。
2010年の環境を考えてみますと、まだJavaがクラウドで使えるというような形で見られていない時期でしたので、こういう結果になったと思われます。しかし、その後クラウドの環境は大きく変化し、現在は、PaaSプレーヤを中心に、各社はJava対応を積極的に進めており、開発者への訴求を強めています(図8)。
例えば、ヴイエムウェアを起点としたクラウドに対するJavaの動きは、非常に活発化しています。
図9に示すように、ヴイエムウェアはスプリングソース(SpringSource)を買収(2009年)し、その後、例えば一番上に示す、セールスフォースとVMforceを2010年4月に発表、グーグルアップエンジン(Google App Engine)でスプリングフレームワークに対応することを、20105月に発表しています。また、ベライゾンはヴイエムウェアと仮想化の部分でいろいろな形で協力して、すでに、CaaS(Computing as a Service)はサービスとして提供していますが、2010年8月にやはりプラットフォームに、スプリングソースのJavaの部分を使っての提携を発表しています。
Javaの動きというところでももちろんそうですけれども、やはりクラウドの部分では、ヴイエムウェアを筆頭として、あるいはシトリックスのような形で、仮想化プレーヤの動きというのは非常に重要になってきています。先ほど見たように、ヴイエムウェアはこのような形で既存のクラウドのプレーヤにいろいろなサービスを提供しているだけではなくて、みずからPaaSのプラットフォームを提供するというようなことをやっていますので、仮想化のプレーヤが今後どのような企業と提携する、あるいはみずからどのような動きをしていくのかというのが1つ重要なポイントとなってくるのでないかと思います。
≪4≫クラウドの新しいサービス:グーグルが音楽サービスに参入
次に、最近のクラウドのサービスの例を紹介しましょう。
〔1〕注目される音楽ロッカーサービス
現在、スマートフォンあるいはMP3プレーヤが急速に普及し、音楽をダウンロードして聞くユーザーが増えてきています。そのような中で、ストリーミングのサービスも、Last.fm
(英国のLast.fm Ltd.が運営しているインターネットラジオを応用したSNS)などのサービスに加えて、音楽ロッカーサービス(ロッカーというのは学校とかにあるロッカー)というのが出てきていました。
実際に、ユーザーが自分のパソコンで、家のiTunesのデータ(コンテンツ)をクラウド上にライブラリーとしてアップロードして、それをさまざまな端末で聞くことができるようにするサービスです。同じコンテンツを3つ以上のデバイス(マルチデバイス)で使いたい、聞きたいというニーズにこたえるのが「音楽ロッカーサービス」というものです。
グーグルやアマゾンは、実際に現在、このようなサービスを展開しています。ただ、やはり問題となってくるのはコンテンツの権利処理を今後どうしていくのかという部分、そして、コンテンツを預けてどこでも音楽が聞けるというようなサービスに対して、どのようにお金を取っていくのかというのが、今後このような企業が考えていかなくてはならない課題です。
そうなると単独でそのようなビジネスを行う難しいという企業もあるかもしれません。そのため、今後これに関係する企業の買収といったようなところがいろいろ出てくると予測しています。
〔2〕アップルとアマゾンのクラウドサービス
図10に、アップルのクラウドサービスを示します。以前から、アップルが実は大きいデータセンターをつくっているという話題があり新しいサービスを展開するのではないかと言われてきましたが、そういう中でやはり一番有力なサービスは、前述したデジタルロッカー関連のサービスなのではないかと言われています。この「デジタルロッカー」サービスについては、米国のアマゾンが、2011年3月29日から「Amazon Cloud Drive」という類似のサービスを展開しています。
〔3〕グーグルの音楽サービスと映画レンタルサービス
もう一つ、こちらは2011年5月にあったグーグルの発表ですけが、まだベータ版として米国だけで、しかも招待された人だけに提供されるミュージックベータというサービスのようです。パソコン(端末)にソフトウェアをインストールした後、次にさまざまな情報をクラウドにアップロードして、それをさまざまな端末で聞くことができサービスです。そのサービスは、音楽だけでなくて、図11の右側に示すムービーレンタルズ(Movie Rentals)ということで、映画のレンタルもグーグルとして始めていくと発表しています。まさにクラウドを活用したサービスということで、クラウドは既に参入しているグーグルが新しいサービスを始めたということで話題になっています。
≪5≫今後の展開:日本におけるクラウドの普及を目指して
これまで、スマートフォン/スマートグリッド時代を背景に、世界のクラウドや米国のクラウドという観点でまとめてきましたが、このような国際的なクラウドのトレンドを日本から見てどう考えたらよいかという観点からまとめてみましょう。
まず、図12に示すように、IT全般というところで見まして、日本では「2011年度は、予算を昨年度よりも増加させる」という項目を見ると、世界と比べて少しポイントが低いことがわかります。また、図12の「IT戦略とビジネス戦略が密接に関連している」というところを見ましても、世界ではほとんど80%以上の数字が出ていますが、日本では少しそれよりもポイントが低い(68%)状況になっています。つまりITについては、会社の全体の戦略の中でなかなか優先度が高くないということが予想できます。
次に図13に示す、CIOのクラウド(SaaS)の導入意向から見た場合にその状況はどうかというと、もう少し世界と差が開いています。まず「2015年までに現在の処理の半数以上をSaaSに移行しますか」という項目では、世界的にみると半分以上(53%)が移行する意向ですが、その数字の半分ぐらいの、25%程度が日本の現状になっています。そして、もう少し長く時間をとって、SaaSへの移行は2021年以降もしくはもう移行は不可能ではないのかという形で聞いてみますと、世界では19%という数字であるのに対して、日本では43%ということで、なかなかクラウド(SaaS)に移行することが難しいという印象が出ています。
図14は、クラウド対する6つの誤解というタイトルで紹介されていた海外の記事をまとめたものですが、日本に限らず「(クラウドは)安全でない」という見方は依然として根強いものがあります。これ以外のものも含め、今後、クラウドに対する誤解を解きながら、ユーザーの状況にあったメリットを訴求していくことが重要であることがわかります。
そのような啓蒙活動を行いながら、全体として、企業としてもITの中でクラウドをどう使っていくのかというところを、真剣に考えなくてはいけません。そのためには、開発者の方、あるいは日本の中でよく言われている、インテグレーターと呼ばれる方々が、クラウドの理解を深める、高めるためにどのような役割を担っていくのかということが今後非常に重要になってくると考えています。
(終わり)
プロフィール
新井 宏征(あらい ひろゆき)氏
現職:
株式会社情報通信総合研究所
マーケティング・ソリューション研究グループ副主任研究員
【略歴】
SAPジャパンにて、主にBI(ビジネスインテリジェンス)関連のコンサルティング業務に従事した後、2007年より株式会社情報通信総合研究所に勤務。マーケティング・ソリューション研究グループにて、主に法人関連分野の調査研究、コンサルティング業務に従事。注目しているテーマは、スマートグリッドのほか、クラウドコンピューティングなどがある。東京外国語大学大学院修了。主な著書に『世界のスマートグリッド政策と標準化動向2011』・『日米欧のスマートメーターとAMI・HEMS最新動向2011』・『日米欧のスマートハウスと標準プロトコル2010』(共著)・『スマートグリッド教科書』・『グーグルのグリーン戦略』(以上、インプレスR&D刊)、『情報通信アウトルック2011』・『情報通信データブック2011』(NTT出版;共著)、訳書に『プロダクトマネジャーの教科書』・『アップタイムマネジメント戦略的保守のすすめ』等(翔泳社)がある。ドメイン取得を好むtwitter中毒者(アカウントは@stylishidea)。
【バックナンバー】
スマートフォン/スマートグリッド時代と海外におけるクラウドの最新動向(第1回)
スマートフォン/スマートグリッド時代と海外におけるクラウドの最新動向(第2回)
スマートフォン/スマートグリッド時代と海外におけるクラウドの最新動向(第3回:最終回)