[欧州の風力発電最前線]

欧州の風力発電最前線 ― 第6回 日本のスマートグリッドがガラパゴス技術にならないために ―

2015/08/01
(土)
安田 陽 関西大学 システム理工学部 准教授

スマートグリッドと電力市場

〔1〕電力市場を考えないスマートグリッドなんて…

 まず、(1)の電力市場とスマートグリッドの関係について論じていく。議論のスタート地点として、図1のようなスマートグリッドの概念図を提示したい。

 この概念図の最大の特徴は「電力市場」が明示的に描かれていることである。この図1において、電力市場は「電力系統」とはっきり分離して描かれており、さらに「系統運用者」(TSO:Transmission System Operator)とも分けて配置されている。このように電力市場を意識するスマートグリッドの概念図は、日本ではこれまでほとんど見られなかったのではないだろうか注2

図1 電力市場をも内包したスマートグリッド概念の例

図1 電力市場をも内包したスマートグリッド概念の例

〔出所 J.G. Slootweg et al., “Demystifying smart grids different concepts and the connection with smart metering”, Proc. of 21st International Conference on Electricity Distribution, CIRED, paper 0329, Jun. 2011.(図中文は著者翻訳)〕

 日本では電力市場が成熟していないため、一般の人のみならず、多くの電力研究者・技術者の間でも、市場とTSOの役割が渾然一体となって十分明確に認識されていない可能性がある。スマートグリッドを論じるにあたって市場とTSOの役割分担を認識しないと、要素技術の開発段階で設計が狂ってくることになりかねない。その点が、日本版スマートグリッドの弱点ではないかと筆者は懸念している。では、電力市場が発達した電力システムにおける電力市場と系統運用の役割とはどのようになっているのであろうか。

〔2〕自由化された電力システムにおける電力情報

 電力市場が発達した国や地域では、市場運営者は公平な市場取引の場を提供する責務を負い、系統運用者は系統計画や電力の安定供給に責務を負う。すなわち、現在の日本の電力会社が行っている給電指令とはまったくコンセプトが異なるディスパッチ注3が行われている、ということに留意しなければならない。

 2015年6月17日に参議院で改正電気事業法案が可決され、同法の改正が成立したが、このなかで発送電分離を2020年4月1日に実施することが法的に定められた。この発送電分離にあたって、従来は「発電部門と送電部門を分離すると双方での情報共有がスムーズにできず電力の安定供給に支障を来す」と言われていたこともあったが、両者の情報共有を円滑に信頼性高く実施するには、計測や双方向通信、自動制御技術や自律分散処理などの要素技術が必要で、まさに情報通信技術(ICT)の出番である。そもそも米国型や欧州型スマートグリッドが提唱された背景には、この発送電分離された(当時はされつつあった)電力システムというバックグラウンドがあったということは留意すべきである注4

 発送電分離されていない垂直統合された電力システムでは、ディスパッチは電力会社によって集中的に行われる。日本語で「給電指令」と言えばこのイメージを指す場合が多い。ここでは中央給電指令所をもつ電力会社に情報が集約され、発電所情報のみならず需要家(電力メーター)の情報も電力会社が一元管理している。

〔3〕電力市場とTSOの役割

 一方、電力自由化が進んだ国や地域では、市場参加者同士の相対取引や市場による仲介を通じて、自発的に分散型の取引が行われる注5。ここでは発電事業者や、市場によっては需要者も市場に参加し、市場参加者によるセルフディスパッチが基本となる。これは、市場参加者が自らの判断で取引を行い、自由競争によって市場が経済的最適化を図るという、自由市場の設計思想にほかならない。

 したがって、電力情報はTSOによって一元的に集中管理されるのではなく、すべての市場参加者が市場を通じて平等にアクセスし、情報を入手できる透明性の高い分散型の情報プラットフォームが必要となる。すなわち、このような土壌から必然的に「スマートグリッド」が発生することになる。

 図2に、分散型市場における市場とTSOの役割のフローを示す。まず、市場参加者(発電事業者やデマンドレスポンスを利用する需要家、連系線運用者、揚水発電などのエネルギー貯蔵システム所有者など)が自らの供給・需要計画に基づいて前日市場に入札し、市場運用者がメリットオーダーリストと呼ばれる電源リストを作成する。したがって、この時点ではTSOは供給・需要計画の情報を完全に入手しておらず、これらの情報は前日市場が閉場してから初めてTSOに通知されることになる。

図2 分散型市場における電力市場とTSOの役割のフロー図

図2 分散型市場における電力市場とTSOの役割のフロー図

〔出所 著者作成〕

 上記の市場取引に対して、TSOは電力系統の需給調整に責務をもつため、実供給の1〜2時間前に市場参加者同士の取引が終了した後、需給調整に関わるすべての修正権限がTSOに与えられる。市場参加者同士の自発的な取引だけでは需給にギャップ(インバランス)が生じる可能性があるため、この場合需給調整に必要な予備力は主に需給調整市場(リアルタイム市場)から調達され、さらに緊急時には市場を介さず各発電事業者に対して直接、再ディスパッチ(再給電)や出力抑制の指令を送信することもできる。

 以上のような電力市場とTSOの役割関係や電力情報の授受を考えると、初めて電力自由化時代のスマートグリッドの役割が見えてくる。電力市場とTSOはいわば車の両輪であり、電力情報はどちらかが独占的に一元管理するものではなく、すべての市場参加者にとって平等にアクセス可能な開かれた情報プラットフォーム上で情報が授受される。これが、まさに本来の意味での「スマートなグリッド」ではないだろうか。

〔4〕デンマークのスマートな分散型コージェネレーション

(1)電力市場との双方向通信

 このような市場参加者と電力市場の電力情報の授受を意識すると、スマートグリッド技術の新たな視点も見えてくる。例えば、デンマークでは分散型のコージェネレーション(以下、コージェネ)の普及が非常に進んでいるが、デンマークのほとんどのコージェネは電力市場との双方向通信機能をもち、前日市場や当日市場のスポット価格をウォッチしながら自動運転を行っている。

 図3は、デンマークのコージェネの入札契約例であるが、グラフの曲線のように市場スポット価格に合わせて出力を調整しながらガスタービンを自動運転するため、一度このような契約に切り替えればコージェネプラントの所有者・運用者は、自ら能動的に発電計画を立てる必要はない(もちろん市場価格に依存せず独自に発電計画を立てる契約もあり、また時間ごとにそれらを任意に切り替えることもできる)。デンマークのコージェネは貯熱槽と電気ヒーターをもつことが義務づけられているため、図3のようにスポット価格が安いときは電気ヒーターで消費することによって熱供給を行い、スポット価格が上昇するとガスタービンを起動させ売電を行うことが可能である。

図3 デンマークのコージェネプラントの売買電契約の例

図3 デンマークのコージェネプラントの売買電契約の例

〔出所 Anders N. Andersen, “CHP-plants with big thermal stores balancing fluctuating productions from Wind turbines”, WP4 report of DESIRE project, 2007, http://desire.iwes.fraunhofer.de/files/deliverables/del_4.1-4.4.pdf(図中文は著者翻訳)〕

 デンマークでは大量の風力発電の導入によって、風の強い日に送電混雑が起こりがちであったが、各地に分散しているコージェネが市場連動型で自動運転を行っているため、現在ではTSOが介入せずとも送電混雑の発生がかなりの程度緩和されるようになっている。

(2)TSOとの双方向通信

 また、デンマークのコージェネはTSOとも双方向通信を行い需給調整市場(リアルタイム市場)に参加することが義務づけられているため、TSOの中央給電指令所からデンマーク国内各地に分散しているコージェネを直接ディスパッチすることも可能である。

 TSOにとっては、デンマーク全土に分散している多数のコージェネプラントをひとつのバーチャル(仮想)発電所として見なすことができるため、緊急時には従来型火力発電所と遜色ない(あるいはそれ以上の性能で)応動する柔軟な予備力として利用することができ、大量の風力発電が導入されながらもセキュリティの高い系統運用が可能となっている注6

 このようなデンマークのコージェネの運用例は、日本ではスマートグリッドの範疇として認識されない可能性があるが、デンマークのTSOであるEnerginet.dkはさまざまな形で分散型コージェネの柔軟な運転をスマートグリッドの一技術として位置づけている注7。日本では2014年9月に再エネの接続保留問題が発生し、さまざまな議論の末、太陽光発電の通信設備の具備の義務化がようやく検討されるようになったが注8、デンマークではすでに2005年の段階で、コージェネに対して同様の通信設備の具備に関する法整備を完備していたという事実は、正に慧眼(けいがん)に値する。


▼ 注2
数少ない例外として、ここでは次の翻訳書を取り上げておく。同書ではスマートグリッドと風力発電の関係が一章割かれて解説されており、本文図1も同章に引用されたものである。
・Thomas Ackermann 編著、一般社団法人日本風力エネルギー学会 訳、『風力発電導入のための系統連系工学』、第42章「風力発電とスマートグリッド」、オーム社、2013年11月

▼ 注3
ディスパッチ(Dispatch)は給電、もしくは給電指令(による各発電所の出力制御)のことを指す。ただし、日本語で「給電指令」というと発送電分離・自由化されていない垂直統合された電力会社の中央給電指令所からの指令がイメージされやすいため、自由化された電力市場を取り扱う本稿では「ディスパッチ」とカタカナで表記することとする。

▼ 注4
米国型・欧州型スマートグリッドの基本理念や設計思想に関しては、次の文献に詳しい。これらは原発事故以前の文献であるため情報が若干古くなっている部分もあるが、単なる要素技術だけではなく政策や市場経済も考慮した海外動向の紹介という点では、現時点でも非常に示唆に富む情報が多い。
・山家公雄 著、『迷走するスマートグリッド』、エネルギーフォーラム、2010年8月
・高橋洋 著、「北欧から考えるスマートグリッド〜再生可能エネルギーと電力市場自由化〜」、富士通総研経済研究所 研究レポート、No.366、2011年1月、http://jp.fujitsu.com/group/fri/downloads/report/research/2011/no366.pdf

▼ 注5
市場モデルの説明に関しては、次の書籍に詳しい。本稿の市場モデルに関する記述もこの2冊に負うところが大きい。
・長山浩章 著、『発送電分離の政治経済学: 世界の電力セクター改革からの教訓』、東洋経済新報社、2012年6月
・トマ・ヴェラン、エマニュエル・グラン 著、山田光 監/訳、エァクレーレン 訳、『ヨーロッパの電力・ガス市場 電力システム改革の真実』、日本評論社、2014年12月

▼ 注6
風力発電およびコージェネが大量に導入されたデンマークの系統運用に関しては、次の文献に詳しい。
・Thomas Ackermann 編著、一般社団法人日本風力エネルギー学会 訳、『風力発電導入のための系統連系工学』、第23章「デンマークの電力系統における風力発電」、オーム社、2013年11月

▼ 注7
Energinet.dk, “Denmark opts for Smart Grid- Intelligent power system with more renewable energy”, http://energinet.dk/SiteCollection Documents/Engelske%20dokumenter/Forskning/SmartGrid%20in%20English.pdf

▼ 注8
2014年9月の再エネの接続保留問題については、例えば次の文献を参照のこと。
・安田陽 著、「再エネが入らないのは誰のせい?―接続保留問題の重層的構造」、シノドス、2014年12月20日、http://synodos.jp/society/11922

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