第2部 IECにおけるスマートグリットへの取り組み
「交流 vs.直流」ではなく「交流と直流を使い分ける」フェーズへ
─野村さんがIEC会長を務められる際に力を入れるのは、交流から直流に変えていくということでしょうか?
野村:私が議論しているのは、交流でできあがっている電力供給網において、直流も利用する必要があるという点です。
なぜかというと、スマートグリッド時代を迎えて、太陽光発電などが家庭にまで普及し、直流で発電されています。また、パソコンやデジカメなどのデジタル機器はほとんど直流で動作します。ということは、直流を直接、家電機器や設備機器で使えることになるとしたら、変換ロスは低減され、機器によっても異なりますが、10%程度の省エネ効果があるというデータもあります。
しかし、その実現のためには直流の安全を議論しなくてはいけません。直流用のブレーカー(配線用遮断器)などは、今後開発していかなければならず、そうなると、安全な直流ブレーカーを開発するための技術開発にも取り組んでいかなければなりません。その場合、規定を先に作り、実際の開発は各メーカーが行うことになります。
私の代でこれらの内容が終わるかどうかは別にして、実際に電気を使う需要家周辺で交流と直流をうまく使い分けられるようにしていく状況を作っていければと考えています。もともと歴史的には、直流・交流戦争と言われるような時代がありましたが、それを再び持ち込むものではありません。「交流なのか直流なのか」というOR(オア)の話しではなく、IECではそれをAND(アンド)、つまり「交流と直流を使い分ける」世界のほうがエネルギー供給としては正しいし、特に住宅においては、熱ロスでエネルギーが逃げていくのを防ぐことができると考えています。
─IECではどのようにして、実現すべきテーマ(課題)を決めているのでしょうか?
野村:IECでは5年ごとに、次の5年間、IECとしてどういう方向付けをしていくのかということを決めているのですが、それを「マスタープラン」と呼んでいます。最新のものは、2011年に策定された「IEC MASTERPLAN 2011」注4という形で公開されています。この内容を基本としながら、今後の5年間活動していくことになります。また、次のプランが2016年に作成されることになりますので、私の在任中に次の方向付けがされることになります。
要するにIECとしては、「次の分野を主導的に開発していかないといけない」「出された議案を審議するだけではだめだ」という問題意識があります。現在は、それを「システムズ・アプローチ」という概念でひとまず整理して、方向付けをしているのです。
─「システムズ・アプローチ」とは具体的にはどのようなことなのでしょうか?
野村:例えば、スマートハウスのHEMS(家庭内エネルギー管理システム)で冷蔵庫や洗濯機、テレビなどを管理することに加えて、電気自動車をバッテリー(家の電源)として使うというような、家庭におけるエネルギーの使い方をどう制御していくのかというのが、「システムズ・アプローチ」の考え方になります(図3、図4)。
図3 IECでの標準化の今後のあり方 ―システムズ・アプローチ―
〔出所 パナソニック株式会社〕
図4 IEC国際標準化へのシステムズ・アプローチの適用
〔出所 パナソニック株式会社〕
─IECにおけるスマートグリッド関連の取り組みはどのような状況でしょうか?
野村:グリッドという意味では、送電網はすでに完成した技術となっています。一方、需要家側で発電したものを売るという新しい動きがありますが、その場合、配電網についての技術的な課題と、市場を形成しなければならないという課題があります。住宅で発電した電気を売る場合、売るほうの電気が多かった場合、電力会社としてはその余った電気をどう扱うのか、という課題が出てきてしまいます。つまり、スマートグリッドというのは、電気の送電技術というよりも、市場の電力メカニズムをどうするのかという課題です。
IECとしては家庭内の電気安全において、蓄電池などの直流の観点から、どう扱っていくのかということについて取り組んでいかなければなりません。これからは電気を売買するという観点から電気安全の課題に取り組んでいかなければなりません。言い換えれば、送配電のグリッドと家庭のグリッドをどうつないでいくのか、ということを考える際の電気安全について取り組んでいくことになります。
電気安全的には、電気を逆流させるというのはそう簡単な話ではありませんので、慎重に行う必要があります。スマートグリッドについて、電気安全面からの議論はあまり出ていないので、そこは今後必要になってくる話しだと思っています。
そのようなルールが決まれば、それを満たさない機器は採用しないといったような整備が進んでいくことになると思います。ちなみに、IECの中でのスマートグリッドの取り組みについては図5、表2のように整理でき、特に宅内給電については図6のような標準化が進んでいます。そのようななかで、スマートグリッドをシステム全体としてどう見るのかというのが、最初に述べた「システムズ・アプローチ」という観点から重要になってきます。
図5 IECにおけるスマートグリッド関連の標準化
〔出所 IEC各種資料より〕
表2 IECのスマートグリッドに関連する標準のグループ代表番号
図6 IECでの宅内給電に関わる標準化
〔出所 IEC各種資料より〕
─現実に直流が家庭に入っていくということの可能性については、どのようにお考えですか?
野村:直流の活用が一番遅れているのは家庭です。したがって、家庭の直流と交流が電気安全的にしっかりしていて使えるようにするということが必要ですが、今はそのようなルールがありません。そしてルールがないと産業が興らないということにつながるので、そこに取り組んでいかなくてはいけないと考えています。
例えば、離島などで電気を使うことを考えてみると、太陽光などで発電して、それを直流でそのまま使うほうが効率が良いわけです。そのため、IECで直流に関するルールが定められれば、そのような地域で独立した形で生活をすることも可能になります。そこに電力会社のシステムがあれば、非常にロバスト(強靱)な社会になります。このことはもう技術的には実現可能となっているので、IECで電気安全面から取り組まなければいけないのです。
─しばらくは交流と直流の機器が混在していくと思いますが、その場合はどうなるのでしょうか?
野村:例えば、住宅の分電盤のところで一括で交流と直流を変換できるようにすれば、あとは従来の配線システムと同じなので、業界としては大きな問題はないのではないかと考えています。それが一番安全で、コスト的にも現実的なのではないかと思います(図7、図8)。
図7 宅内給電の現状
〔出所 パナソニック株式会社〕
図8 宅内給電の将来
〔出所 パナソニック株式会社〕
─今後、技術的に解決できていくとして、法制度面ではどのようになるでしょうか?
野村:いろいろな議論はありますが、感電をした時に「直流が危険か、交流が危険か」という話は、ある限度を超えてしまえば一緒ということになってしまいます。電気はもともと危険なもので、それを封じ込めるためにさまざまな技術があるわけです。直流になったからといって、その点は何も変わりません。それよりも重要なのは、直流にしたほうがエネルギーロスを抑えられるという点です。電気安全的には大きな差はないので、エネルギー効率という面から直流を選ぶのが良いのではないか、と考えています。
▼ 注4
http://www.iec.ch/about/brochures/pdf/strategy/masterplan.pdf