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ニュースで学ぶSG最新事情-[第5回]家庭用で世界をリードする燃料電池市場

プレスリリース情報から読み解く
2016/05/30
(月)
中山洋一(なかやま よういち) テクニカルライター

本連載では、直近(数カ月分)の各社プレスリリースをリソースとして、現在のスマートグリッド市場の動勢について製品/サービス動向を中心に短信レポートしていく。今回取り上げるテーマは「家庭用燃料電池」。国内では「エネファーム」という統一ブランド名で2009年から販売が開始され、年々販売台数を伸ばしている。本稿では、家庭用燃料電池に関するこれまでの歩みを振り返りながら各社の最近の動きを追ってみた。

燃料電池の“おさらい”から

 水に電気を通すとマイナス極に水素が、プラス極に酸素が発生する。これを「水の電気分解」と言い、中学2年の理科で習うことになっている。燃料電池はこの原理を反対の向きで利用した装置のことで、水素(プラスイオン)と酸素(マイナスイオン)を化学反応させることで、電気を作り出す(発電する)。

 燃料電池はセル(図1)と呼ばれる基本単位がいくつも積み重なってできており、これをセルスタックと言う。例えば1kWの電気を作り出す(発電する)にはセルが50枚ほど必要になる注1

図1 燃料電池の基本単位セル

図1 燃料電池の基本単位セル

出所 一般社団法人日本ガス協会、http://www.gas.or.jp/fuelcell/contents/01_2.html

 セルはプラスの電極(=空気極)と、マイナスの電極(=燃料極)が、電解質をはさんだ形で並んでいる。電解質とは、水に溶けると電気を通す物質のことで、燃料電池には電解質の違いによっていくつかの種類がある。例えば、固体酸化物形燃料電池(SOFC:Solid Oxide Fuel Cell)、固体高分子形燃料電池(PEFC:Polymer Electrolyte Fuel Cell)などである。

 ちなみに、化学反応によって電気を作り出す電池のことを総称して「化学電池」と言い、化学電池はアルカリ乾電池などの使い捨てタイプの「1次電池」、リチウムイオン電池などの充電タイプの「2次電池」、そして今回取り上げる「燃料電池」がそれぞれ製品化されている。

 燃料電池の場合、燃料として使う水素は、都市ガスやバイオマスなどから取り出して供給することができる。酸素は空気中から取り込めばよい。また、燃料電池から排出されるのは水がほとんどで環境にやさしい。さらに、タービンなどの回転系設備が不要なことから騒音や振動も発生しない。

注1:一般社団法人日本ガス協会「燃料電池のしくみ」参照、
http://www.gas.or.jp/fuelcell/contents/01_2.html

「燃料電池」進化の道のり

 世界で初めて燃料電池の実験に成功したのはイギリスの物理学者ウィリアム・グローブ卿で、1839年のことである。国内では1973年に水素エネルギー研究会(後の水素エネルギー協会)が設立され、1981年には通産省(現・経済産業省)のもとで燃料電池の開発がスタートした。

 これらの計画では、1992年度から1996年度まで「燃料電池発電フィールドテスト事業」に対する補助が行われた。その結果、電気出力50~200kW級の装置がビルや離島など50カ所以上に設置された。さらに90年代に入ると、国内自動車メーカー各社は燃料電池自動車の開発を、国内電機メーカー各社は家庭用の燃料電池の開発をそれぞれスタートさせた。

図2 水素・燃料電池の技術開発の歴史

1839年 イギリスのグローブ卿が世界で初めて燃料電池の実験に成功。
1965年 固体高分子形燃料電池(PEFC)がジェミニ5号に搭載。世界初の実用化。
GM が自動車産業初の走行可能な燃料電池自動車の試作・テストを実施。
1987年 カナダのバラード社が、デュポン社が開発したナフィオン膜を用いた固体高分子形燃料電池を開発。
1994年 ダイムラー社(ドイツ)が、バラード社の燃料電池を搭載した燃料電池自動車(FCV)「NECAR1」を発表。
90年代 国内自動車メーカー(トヨタ、日産、ホンダ)が、燃料電池自動車の開発に着手。国内電機メーカー(三洋電機、松下電器産業、東芝など)が、家庭用燃料電池の開発に着手。
2002年 トヨタおよびホンダが、政府(内閣府および内閣官房)へ燃料電池自動車を納入。
水素燃料電池実証プロジェクト(JHFC)における燃料電池自動車と水素ステーションの実証を開始。
2005年 NEDO・定置用燃料電池大規模実証事業を開始(4カ年で3,307台)。
2008年 民間の燃料電池推進団体である燃料電池実用化推進協議会(FCCJ)が、燃料電池自動車の2015 年からの一般ユーザーへの普及シナリオを作成。
2009年 大規模実証事業を経て、家庭用燃料電池(エネファーム)の一般市場への世界初の販売を開始。
2013年 水素ステーションの先行整備を開始。
2014年 トヨタ自動車、新型燃料電池車「MIRAI」を発表。
2015年 エネファームの普及台数が15万台突破。
2016年 ホンダ、燃料電池車「クラリティフューエルセル」を発表。
   

FCV:Fuel Cell Vehicle、新型燃料電池車
出所 http://www.meti.go.jp/press/2015/03/20160322009/20160322009.html
http://www.meti.go.jp/press/2015/03/20160322009/20160322009-c.pdf

「エネファーム」が燃料電池市場を牽引中!

 その後、2008年には、燃料電池実用化推進協議会 (FCCJ)が家庭用燃料電池の認知度を向上させるために、家庭用燃料電池の愛称として「エネファーム」(ENE・FARM)という名称を使うことを決定し、2009年からエネファームとしての販売がスタートした。

 エネファームは「エネルギー」と「ファーム」という2つの言葉から独自に作り出した新語で、農作物を作る感覚でエネルギーを効率よく低コストで作っていこうという趣旨で名付けられたものだ。なお、エネファームの関連業界(製造メーカー、エネルギー事業者など)では、燃料電池の普及促進を図るために2008年12月に燃料電池普及促進協会を設立し、エネファームの購入費用の一部を支援する国からの補助金制度の運営などを行っている(詳細はhttp://www.fca-enefarm.org/about.html参照)。

 参考までに、昨年(2015年)までのエネファーム普及台数の推移を図3に示す。これによると、累計販売台数は15万台を突破したところだ。

図3 エネファームの普及台数の推移

図3 エネファームの普及台数の推移

出所:http://www.gas.or.jp/user/comfortable-life/enefarm-partners/common/data/20151221_web.pdf

 今後の見通し・目標については、2016年3月22日に水素・燃料電池戦略協議会が公表した「水素・燃料電池戦略ロードマップ改訂版」の中で、2020年に140万台、2030年に530万台を普及させると述べている(図4参照)。ちなみに、エネファームが530 万台(全世帯の約1 割)普及すると、家庭でのエネルギー消費量を約4%削減、CO2排出量を約4%(年間約800万トン)削減する効果があるという。

図4 ロードマップでのエネファームの販売目標

図4 ロードマップでのエネファームの販売目標

「水素・燃料電池戦略ロードマップ」より 水素・燃料電池戦略協議会:発行
http://www.meti.go.jp/press/2015/03/20160322009/20160322009-c.pdf より引用

エネファームの製品ラインナップ

 本稿のまとめとして、現在市販されているエネファームの製品群を図5に紹介しておこう。各社とも、製品の販売開始以降、高効率化・小型化・低コスト化のモデルチェンジが進められ、「マンション向け」や「停電時運転機能付き」などバリエーションも登場するようになってきた。

 例えば、パナソニック(株)では、戸建て住宅向けエネファームのほかに、マンション特有の設置環境や設置基準(配管設置方法の改善や耐震性および耐風性の向上など)に対応したマンション向けエネファームも用意している(http://panasonic.co.jp/ap/FC/index.htm参照)。同社の戸建て住宅向けエネファームなら設置自由度が高く、「別置型」と貯湯ユニット内にバックアップ熱源機を内蔵した「一体型」をラインナップしている。

 一方、東芝燃料電池システム(株)では、都市ガスのほかLPガスや国産天然ガスといったガスの種類や各地の気候に幅広く対応したエネファームを提供している。これらの装置では、家庭のさまざまな生活パターンに合わせて、最適な運転モードを自動的に選択する自動運転機能がサポートされており、省エネ効果を最大限に引き出すことができる(https://www.toshiba.co.jp/product/fc/products/feature.htm参照)。

 このほか、アイシン精機(株)では、家庭用燃料電池で世界最小のサイズ(排熱利用システム含む、2016年1月の同社調べ)を実現している「エネファーム type S」という製品を提供している。type S は、貯湯タンクを内蔵することで、従来モデルに比べてコンパクトなサイズになり、狭いスペースでの設置やフレキシブルな設置が可能だ(http://www.aisin.co.jp/cogene/参照)。

市場拡大のキーポイント・・・燃料電池の海外展開

 水素・燃料電池戦略協議会がまとめた「水素・燃料電池戦略ロードマップ」平成28(2016)年改訂版によると、日本は2009年に世界に先駆けて家庭用燃料電池を市場投入したことに加えて、日本の燃料電池分野の特許出願件数は世界1位で、2位以下の欧米をはじめとする諸外国を大きく引き離していることから、この分野における日本の競争力は高いと述べている。

 しかしその一方で、もう1つの燃料電池市場である業務・産業用燃料電池(SOFC型)については、欧米で市場が立ち上がりつつある状況にあると報告している。SOFC型の業務・産業用燃料電池は熱需要が豊富にある病院やホテルだけでなく、熱需要が少ないデータセンターなどの施設での活用も期待されている。さらに、ユーザーが密集している施設においては、個々の需要家に家庭用燃料電池を配置するよりも、複数のユーザーに電気と熱を供給するSOFC型の業務用燃料電池を配置するという選択肢が最有力候補となる。

 日本では、SOFCとガスタービンを組み合わせたハイブリッドシステムが2017年に市場投入される予定になっているが、これ以上欧米にリードを許さないために、国は業務・産業用燃料電池市場の立ち上がり期において、その後の普及拡大につながる効果的な施策を検討する必要があると指摘している。具体的には機器メーカーとガス事業者などが一体となった推進体制を構築していく。燃料電池市場は海外展開によって、製品の量産効果が生じ、国内製品の低コスト化にもつながると考えられている。

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◎Profile

中山洋一(なかやま よういち) 
 テクニカルライター

アイワ(現ソニー)、技術雑誌「インターフェイス」編集部などを経て独立。「インターネットユーザーズガイド」(オライリージャパン)を皮切りに技術翻訳や「キーマンズネット」(リクルート、アイティメディア)などのICT情報サイト向け取材記事を多数手がけてきた。現在は、技術・マーケティング解説だけでなく、優れた技術系リーダーの自叙伝制作サポートを手掛けるなど幅広く活動中。


 

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