AgCGの目的と課題
AgCGが目指すのは農業データのインターオペラビリティ(相互運用性)である。そのためには農業向けのデータフォーマットの策定と、APIが必要になる。
「現在は共通のデータ記述方式がないため、これを策定しなくてはならない。関連情報に関しては、標準規格があるものはそれを使用し、必要となる農業固有の情報のAPIに集中する」これらにより、現在の閉鎖的なデータ流通の状況から、データと解析システムの選択・組み合わせを自由に選択できるようにすることが重要だと木浦氏は指摘する。
AgCGでは、国内外の組織との連携、情報交換を進めることで、農業データの基盤のフレームワーク構築の準備を進めている。「アジア太平洋先端ネットワーク(APAN)第39回ミーティング」(2015年3月4日)での政府のIT総合戦略の「戦略的イノベーション創造プログラム」(SIP)注12との合同セッションや、フランス国立農業研究所(INRA注13)との情報交換と協力によるICT-Asia 2015注14への出席のほか、国内向けにはメーリングリストによる情報交換も進めている。
今後は、国際連合食糧農業機関(FAO注15)やASEANの各国にも協力を仰いでいく。GODAN注16は農研機構もパートナーで、オープンデータを推進しているため有力な協力先である。
農業の多様性がデータ面でも課題に
しかし、農業データの標準化を進めるうえで問題になるのが農業の多様性だ。農業は国や地域ごとに、独自の風土や長い歴史の中で個別に発達してきたため、用語の翻訳などが非常に難しい。グローバルな標準を目指すW3Cでは、このローカル性が問題になる。
たとえば「野焼き」という言葉を海外で説明することは困難だ。東南アジアなどで行われている「焼き畑農業」と形態的には似ていても、目的も方法も異なる。そこで、言葉の概念の規範を設ける必要が出てくる。
これについては、作物や農作業では農業としての根本に共通する部分があるため、多言語のラベル付けで対応するなどの方法が考えられる。この役割を担うのが農研機構 農業技術革新工学研究センター 高度作業支援システム研究領域 高度情報化システムユニット ユニット長の吉田智一氏だ。吉田氏はSIPの1つの研究開発事業のメンバーであり、農林水産省の農作物や農作業の名称表現の概念構築に協力している。農作業は人間の活動なので、地方ごとに名称は異なっていても共通語彙基盤作成が可能だ。SIPが協力した成果物の1つとして「農業ITシステムで用いる農作業の名称に関する個別ガイドライン(試行版)(案)注17」が公表されている。
SIPでは、農業APIをAPI層、データ書式(コンテナ)層、コンテンツ層、頭語・コード体系の4階層構造(図5)で構築し、データ連携や各国対応を実現する。これをもとに農業の各パートである水管理やGPS(全地球測位システム)イメージの使用、ロボットの使用などを国内で1つずつ標準化し、スマート農業を実現していく計画だ。メーカーへのインタフェース開放も考えている。
図5 農業APIの4階層構造
出所 農研機構農革研高度作業支援領域における 情報化システム研究(農業・食品産業技術総合研究機構、吉田智一)より
AgCGにおいてもSIP等の日本の成果をベースに、日本発のデータ交換のガイドラインをW3Cの標準化に向けて発信していく考えだ。
「似通った規格としては、センサーはOGC注18、農機はISO注19など、国際規格も使えるものは使い、これらを連携するための複数のAPIを制作予定だ。日本に合わないものは改変し、字面だと意味が通じないためオントロジー(概念体系。概念と概念間の関係のセット)ベースで組んでいく」(吉田氏)
これらのデータベースはエンドユーザーには見えない形で動き、農業システムの基礎となる。1つの地域で農業を急激に変えるのは歴史的にも困難なため、根本はローカライズで対応できる標準が必要になる。
2017年3月にはCGの活動レポート
AgCGでは、現在の情報収集、ステークホルダーへの参加呼びかけを継続しながら、2017年3月に向けてレポートを提出する計画だ。レポートが評価されればIGへの移行も見えてくるが、レポートの内容が不十分な場合には、CGを継続する。
「将来的にはWGにしたいという希望もあるが、W3Cのメンバーがどこまで興味を示すかは未知数だ」と木浦氏は言う。
しかし、Webベースのデータのやり取りは、農業ビッグデータの構築と活用に必要である。
◎取材協力
芦村 和幸(あしむら かずゆき)氏
W3C/慶應 標準化常務取締役、慶應義塾大学 政策・メディア研究科 特任准教授
木浦 卓治(きうら たくじ)氏
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 農業環境変動研究センター 環境情報基盤研究領域 上席研究員
吉田 智一(よしだ ともかず)氏
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 農業技術革新工学研究センター
高度作業支援システム研究領域 高度情報化システムユニット ユニット長
Profile
狐塚 淳(こづか じゅん)
フリーライター。
PC・IT系出版社の編集者を経てフリーランスに。B2Bソリューションからコンシューマ製品まで幅広く紙媒体、Web媒体でIT系記事を執筆。得意分野はAI、ロボット、ハッカソン、データセンターなど。
▼ 注12
戦略的イノベーション創造プログラム:SIP(Cross-ministerial Strategic Innovation Promotion Program)。総合科学技術・イノベーション会議が自らの司令塔機能を発揮して、府省の枠や旧来の分野の枠を超えたマネジメントに主導的な役割を果たすことを通じて、科学技術イノベーションを実現するために新たに創設するプログラム。
http://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/sip/
▼ 注13
INRA:Institut National de la Recherche Agronomique
▼ 注14
ICT-Asia:フランス外務省がフランス・アジア間のハイレベルの科学協力を支援するため、運営する情報技術分野を対象としたプログラム。
▼ 注15
FAO:The Food and Agriculture Organization of the United Nations
▼ 注16
GODAN:Global Open Data for Agriculture and Nutrition、農業と栄養学のためのグローバルオープンデータ推進組織。
▼ 注17
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/senmon_bunka/nougyou/dai10/siryou1-3.pdf
▼ 注18
OGC: Open GIS Consortium。オージーシーGML(Geography Markup Language)をはじめとした、地理空間に関する情報の標準化などを推進している非営利団体。
▼ 注19
ISO:International Organization for Standardization、国際標準化機構。