WoT WGへ向けた活動
2016年夏からは、1年半続いてきたIGでの議論を踏まえ、WGへのステップアップを目指し実行すべき事項を洗い出したうえで、WGの設立趣意書であるチャーター(Charter、憲章)としてまとめる作業に移行していく予定だ。IGからWGに移行するためには、400社以上のW3C全会員注7でチャーターをレビューしたうえで、WG設立について、少なくとも20社程度の積極的賛同を得る必要がある。
WGの標準化対象文書については現在IG内で議論中だが、WGでの標準化議論の基礎になるIG自体の最終成果物として以下が挙げられる。
- ユースケースとリクアイアメント(Use Cases and Requirements)
- アーキテクチャ(Architecture)
- テクノロジーランドスケープ(Technology Landscape)
- カレントプラクティス(Current Practices)
「ユースケース」は標準化の最初の動機づけとして必要なもので、誰がどういう状況で使用するものかという例示だ。そして、そのためにどのような技術が必要かを洗い出して「リクアイアメント」(技術的要求項目)を設定する。WoTの場合、ユースケースは広範で膨大になるが、すべてはカバーできなくても典型的な例示は必要となる。リクアイアメントの技術面ではシステムの各構成要素である‘ビルディングブロック’の提示が必要になる。
「アーキテクチャ」ではパナソニックや富士通などのW3C日本会員企業が、エディタとして標準化議論を先導している。サーバとクライアントの両方の機能をもち、Script(スクリプト)でIoT同士のコントロールを可能にするWoT Servient(図3)を作成するとともに、JSON-LD注8などでThing Description(モノの再定義記述)データベースの構築が必要になる。これら技術の連携により、リモートからスマートホーム(スマートハウス)の制御などが可能になる。
図3 基本的なWoT Servient(WoTサービエント)アーキテクチャ
出所 http://w3c.github.io/wot/architecture/wot-architecture.html
「テクノロジーランドスケープ」では、IoT全般をServientにするために、プロトコルやデータ蓄積方法などの基礎技術を各社の取り組みも参考にしつつ洗い出していく。
最後の「カレントプラクティス」では、3カ月ごとのプラグフェストの知見を個別に検討し、実装面の課題を見極めていく。
「IGの成果物としてこれらを網羅したワーキンググループ計画書を作成したい。2016年内をめどにWGを立ち上げていきたいが、WGになるということは、勧告の標準化になるということなので、関係各社が標準化したい部分をすり合わせ、他のIGやコミュニティの意見も聞きながら丁寧に決めていきたい」と芦村氏は語る。
WoT標準化に向けた課題
将来的にWoT標準化勧告が出されても、そのタイミングですでに世の中に商品として存在しているネット家電があるため、すべてがWoT化されるわけではなく、WoT Servientとのハイブリッドで社会実装は進むだろうと芦村氏は指摘する。
芦村氏の考案した「Web観覧車モデル」(図4)を見ると、スマートフォンが世界の入り口になっており、その先のWebは巨大なサービス提供プロバイダとして描かれている。それぞれのサービス規格はWebにはつながっているが、各サービス同士は連携していない。しかし、ここでServientを利用することで多様な規格がつながる。エンドユーザーはその接続を意識することなく、WoTが連携させる広範なサービスを利用可能になる。
図4 Web観覧車モデル:エンドユーザーにとってWebは巨大なサービス提供プロバイダになる
出所 W3C/慶應 芦村和幸氏 提供資料より
また、WoTでは新しいセキュリティが重要になっていくだろうと芦村氏は語る。
WoTによって遠隔から物理的なデバイス制御が可能になると、ネット脅威のリスクは情報流出にとどまらず、クルマが衝突したりエアコンが爆発したりといった物理的なダメージも発生しかねない。しかし、WoTのエコシステム全体のセキュリティを考えていくうえでは、コストパフォーマンスも重要になる。
「コア、カーネルのセキュリティレベルと末端のセキュリティの要求は異なる。2016年6月9日に幕張メッセで開催された、W3Cアジア20周年記念式典注9中のパネルセッションでは、システム全体のコストパフォーマンスを考慮し、全体の8割くらいを占める重要な部分のセキュリティを手厚くし、残りのロングテール的な部分はレベルを変えていいのではないか、という議論があった」(芦村氏)
WoT全体の、(人間で言えば)免疫系を見張るセキュリティを担保するフレームワークが今後は必要になる。
日本発で設立されたAgriculture コミュニティグループ(CG)
次に、2014年10月に発足したAgriculture コミュニティグループ(AgCG)注10を見ていこう。
W3Cと農業という組み合わせは、多くの人にとっては意外なものかもしれない。しかし、見方によっては農業分野もWoTの一部を構成する要素とも考えられるし、農業関連のデータとネットワークについては世界的に多くの課題を抱えている。農業現場で生じる多くのデータについては、現状では共通した観測規約がなく、サーバの通信規約もない。
最近では農薬散布用ドローンも登場したが、操作体系は統一されていない。農業向けクラウドサービスも多数登場してきているが、農機メーカー等と組んで展開していて、それぞれが独自の動きをしており、データ互換性がない。また、農業関連データとしては気象データなどを提供するサービスも複数あるが、これもサービス提供者ごとにデータ取得の方法などがまちまちとなっている。こうした傾向は日本だけでなく、世界的に見られる。
「今後、農業ビッグデータのニーズが増加し、人間の食、生存をサポートするためリサーチデータのオープン要請も高まってくると予想されるが、そうしたデータを作り出し利用していくための規格が存在しない」と、AgCGの共同議長を務める国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構) 農業環境変動研究センター 環境情報基盤研究領域 上席研究員の木浦卓治氏は現状を分析する。
AgCGはこうした問題意識のもと、日本のNPO法人ブロードバンド・アソシエーション注11のメンバーを中心に申請・発足した。
▼ 注7
6月8日現在、W3C会員数は423社。
▼ 注8
JSON-LD:リンクされたデータを記述するためのフォーマット。
▼ 注9
https://www.w3.org/20/Asia/Japan/Overview.ja.htmlを参照。