系統運用への応用事例
表1 調整力入札の課題とブロックチェーン技術による解決可能性
出所 eliaグループ発表資料をもとに著者作成
再エネトラッキングとP2P電力取引以外では、系統運用への応用の事例も発表された。ベルギーに本社をもつ欧州の送電事業者elia(エリア)グループでは、アグリゲータのActility(アクティリティ)社、決済ソリューションを開発するSettleMint(セトルミント)社と3社共同で、調整力(フレキシビリティ)入札のプラットフォームを開発した。
調整力を提供する事業者が少数であれば現状の方式でも問題はないが、蓄電池を備えた需要家や、電気自動車など多数の事業者が調整力入札に参加するとき、現状の方式では限界がある。表1に、現状の方式の課題とブロックチェーン技術による解決可能性を示す。
上記の3社によると、基本機能を備えたプラットフォームを開発し、試験を行ったところ、エスクロー注7の機能の信頼性確認や決済時間の短縮など成果が確認されたという。一方、秘匿性などは今後の課題であるとのことである。
実際のデモを見せてもらったが、典型的な応用では、ポストトレード(清算・決済業務といった取引の後段階)にブロックチェーン技術を適用するのに対し、この3社の場合は、電力の調整力を提供する事業者が入札する情報を、落札決定以前、つまり入札時からブロックチェーンに記録するところが特徴的であった。
業界のグランドデザインを手がけるEWF
〔1〕業界標準となり得る基盤技術の開発を目指して
今回のEvent Horizonで特筆すべきは、やはりEWFの取り組みである(写真3)。
写真3 会議で発表するEWFのJesse Morris(ジェシー・モリス)氏
出所 著者撮影
特定のアプリケーションを完成させるのではなく、業界標準となり得る基盤技術を開発し、これをオープンソース化して普及に努めている。この過程で全世界の100社近くの組織が参加するコンソーシアムを組織し、EWFの基盤技術を核としたエコシステムを形成しつつある。EWFにはフランスのengie社、ドイツのe.on(エーオン)社、米国のDuke Energy(デュークエネジー)社、東京電力ホールディングス、英国のShell社など世界有数の電力会社やエネルギー会社が参加しており、エネルギー分野の情報基盤で影響力を及ぼすことは必至である。
〔2〕注目されるポイント
グローバルに影響力をもつビジネスを形成するという観点でも、スタートアップ企業の方法論という観点でも、また、業界のデファクト標準づくりのアプローチという観点でも、次の点が注目に値するのではないだろうか。
- 基盤技術の開発と、エコシステムづくりを、大企業ではなくスタートアップ企業とシンクタンクの協力と始動によって達成したこと。
- EWF自体は、ブロックチェーン基盤技術の開発と普及を通じてエネルギー業界の分散化・脱炭素化への変遷に寄与することを目的とする非営利団体であるが、非営利というアプローチで技術の普及を達成したこと。
- 業界で影響力のあるエネルギー会社をメンバーに取り込み、実際に用途やサービスを開発することで、ビジネスにおける強力なエコシステムを形成しようとしていること。
- アプリケーションやツールの開発を行うスタートアップ企業なども参加する、魅力的なエコシステムを形成していること。
- さらに、トークンを利用してネットワーク効果を発揮する方法を考えていること。
会議の中で、GSy(Grid Singularity)代表のEwald Hesse(エワルド・ヘッセ)氏の講演があり、EWFのガバナンスやその他の多くのアイデアはEthereumをモデルにしているということであった。これを成し遂げたHesse氏の実行力の高さはもちろんだが、グランドデザイン(全体の構想)に優れている部分が多いことも成功につながった要因ではないかと考える。
◎プロフィール(敬称略)
大串 康彦(おおぐし やすひこ)
株式会社エポカ 代表取締役
1992年荏原製作所入社、環境プラントや燃料電池発電システムの開発を担当。2006〜2010年までカナダの電力会社BC Hydro社に在籍し、スマートグリッドの事業企画などを担当。その後、日本の外資系企業で燃料電池・系統用蓄電システム等エネルギー技術の事業開発に従事。
2017年に環境省ブロックチェーン勉強会講師、2018年には経済産業省 ブロックチェーン法制度検討会構成員を努め、2019年6月現在、IEEE P2418.5ブロックチェーン標準化WGメンバーも務める。
▼ 注7
エスクロー:取引の安全を保証するために電力の売手と買手の間に第三者である金融機関を介して、金額を決済する仕組みのこと。