進捗めざましい再エネトラッキングの応用
〔1〕ブロックチェーンの実用化:再エネのトラッキング
Event Horizonを見る限り、エネルギー分野のブロックチェーンの応用で最も実用化されているのは、再生可能エネルギー(以下、再エネ)のトラッキングおよび証書であるという印象を受けた。P2P電力取引(後述)と違い、法的な制約が少ないことがその理由の1つと考える。
EWFは、EW Chainの参考アプリケーションとして「EW Origin」を提供しており、すでに2018年のEvent Horizonでデモを行い、フランスのengie社やシンガポールのSPグループなどの企業が応用例を発表していた。
〔2〕注目を集めたのはタイのPTTグループのプラットフォーム
興味を引いたのは、タイのPTTグループのEW Originを用いたデジタルプラットフォーム構築の取り組みだ。同社は、2016年12月に運転を開始したタイ国内の5MWの太陽光発電所を使い、欧州と米国以外の国や地域で普及している国際的な認証システムI-REC(International Renewable Energy Certificate)に則った証書発行・販売の実証を行った。
発行された証書は、買い手である米国企業3Degrees社を通じて、タイ国内の事業者の低炭素化のために適用された(図2)。
図2 タイのPTTグループのEW Originを使ったI-REC証書取引の事例
I-REC:International Renewable Energy Certificate、欧州と米国以外の国や地域で普及している国際的な認証システム。
出所 PTTグループ発表資料をもとに著者作成
PTTグループの代表者は、次の1年間ではさらに再エネの投資を加速させるために投資家にアピールしたいという。既存の発電所が発電した電力の価値を証書化して販売するだけでは、新たな再エネの普及はないが、証書によって付加された再エネの価値をアピールし、新たな投資を呼び込むという理想的なサイクルを実践していると言えるのではないか。
実用化のハードルが高いP2P取引
筆者が本誌2018年4月号に執筆した記事では、エネルギー分野でのブロックチェーン技術の応用で最も取り組みが多い事例は電力取引プラットフォームであり、特にP2P(Peer-to-Peer)電力取引を手がける事例が多いと報告した。
この傾向は現在もまだ続いており、Event Horizonで発表された資料でも、34社のスタートアップ企業の取り組み分野の中でも、P2P電力取引は最多であったし、同会議のポスターセッション注4の発表も、P2P電力取引に関するものが目立った。
しかし、従来の電力の流通モデルやビジネスモデルを大きく革新するような実用事例の発表を会議で見ることはなかった。
世界各国共通の課題としては、家庭の太陽光発電オーナーなどの需要家が別の需要家に電気を販売する法的枠組みがないこと、が挙げられる。また、ターゲットとなる需要家に対してP2P電力取引を行う動機付けが難しい点を挙げる事業者もいた。
P2P電力取引の実施に向けて取り組む事業者の1つに、英国のverv(バーブ)社がある。同社は電力分解技術を手がけるスタートアップ企業で、電力の分解技術をもとにして各需要家の電力需要予測を行い、それをP2P電力取引に応用している。
英国Ofgem(ガス・電力市場管理局)の「規制サンドボックス制度」注5のもと、ロンドンのハックニー(Hackney)注6地区にて行う実証実験では、同地区の約80軒を対象に電力需要予測をもとにしたP2P電力取引のシミュレーションを行う。
P2P電力取引については、規制の壁などによって今すぐに実用化は難しいが、着々と準備を進めている企業は健在である。
▼ 注4
ポスターセッション:発表者が発表する内容を図やグラフ等でポスターとしてまとめ、会場で参加者にそのポスターを使用してプレゼンすること。
▼ 注5
規制サンドボックス制度: Regulatory Sandbox、イノベーションを促進するため、事業者に現行法を即時に適用するのではなく、国が現行法に制約されない実験環境を提供すること。すなわち、子供が砂場(サンドボックス)で遊ぶ感覚で、イノベーションを促進するために設けられた国の規制の特別措置。
▼ 注6
https://www.ofgem.gov.uk/system/files/docs/2019/02/enabling_trials_through_the_regulatory_sandbox.pdfの3ページを参照。