2050年カーボンニュートラル実現のための風力発電の役割
このように年々増え続ける再エネの導入だが、マニフェストでは、IEA(International Energy Agency、国際エネルギー機関)の「2050年ネット・ゼロに向けたロードマップ(Net Zero by 2050)注5」(本誌2021年8月号参照)などの分析を根拠として、2050年カーボンニュートラルという目標を達成するためには、風力発電が重要な役割を果たすと主張している。それによると、2050年カーボンニュートラルを実現するための電源構成(発電量基準)としては、風力発電が35%ともっとも多い割合を占めるとしており、太陽光発電(33%)や水力発電(12%)などよりも重要な役割を果たすとしている。
ただし、現在の風力発電の導入ペースでは、2050年にそのような理想的な状態に到達するのが難しいことも指摘している。具体的には、今の導入ペースでは2050年カーボンニュートラル実現に必要な発電容量の43%にしか満たないと試算している。そして、目標を達成するためには、2030年までの今後9年間で、毎年、現状の4倍程度の量を導入していかなければいけないと主張している。
現在の4倍の風力による発電容量の導入をしなければならないとなると、導入に関するあらゆる観点を見直し、抜本的な取り組みをしていく必要がある。そのための具体策をまとめているのが、このマニフェストなのである。
マニフェストの主な主張
マニフェストでは、表1のように、大きく8つの主張を示している。
表1 風力エネルギーに関するマニフェストの8つの主張
出所 右記のマニフェストのURLをもとに著者作成、https://gwec.net/cop26-manifesto/
これら8つの中には、国としての目標などに風力発電を積極的に導入することを盛り込むことを進めている1点目や、石炭火力の廃止を求める2点目、あるいは再エネ導入に関する雇用創出を主張する6点目など、わかりやすい内容もある反面、主張の背景を把握していないと理解しにくいものもある。
ここでは、このマニフェストの文言だけでは理解が難しい4点目と8点目について解説をする。
風力発電の導入迅速化に向けた政策変更
4点目の「再エネプロジェクトのための合理的で賢明な許可制度を導入し、導入を加速し、プロジェクトの減少を最小限に抑えること」とは、風力発電を導入するにあたって必要となるさまざまな許可などを緩和し、風力発電の導入の迅速化に向けた政策変更を求めるものである。
マニフェストによると、現在、風力発電設備を導入するためには、場所のプランニングや環境などに与える影響や電力系統への影響の評価とその認可など、さまざまな手続きが必要となる。例えば、陸上風力(オンショア)の場合、導入の許可が下りるまでにスペインやイタリア、ギリシャ、スウェーデン、ベルギー、クロアチアなどでは8年以上、日本では5年の時間がかかるとされている。一方、洋上風力(オフショア)の場合には、平均して6年といわれている。
この期間を3年ほどに短縮させられるように各国の政府等に求めているのが、この4点目の主張である。
パリ協定の6.2条と6.4条に基づくカーボンプライシングに関する協力推進
8点目では、パリ協定の第6条について指摘している。パリ協定の第6条とは、例えば日本における二国間クレジット制度注6など、他国での温室効果ガスの削減量を自国の削減としてカウントする、いわゆる市場メカニズムについて定めたものである。
2015年にパリ協定が採択された後、国際協力などについて定めた第6条の具体的な内容について2018年のCOP24で決定する予定であったが、2018年、2019年(COP25)と合意できず、翌2020年はCOVID-19のためCOP26の開催が延期となり、今に至っている注7。
このうち第6条2項は、先ほどの二国間クレジット制度のような二国間、多国間での市場メカニズムについて扱ったものであり、第6条4項は国連管理型の市場メカニズムについて扱ったものである。
これら2つを含む第6条に関する詳細ルールが決まることで、温室効果ガス削減のための具体的な取り組みが動き出すことになり、国だけではなく経済活動を行う民間企業にも影響を与える。例えば、経団連は10月21日に発表したプレスリリース「COP26に向けた提言」注8において、「パリ協定第6条に関する詳細ルール交渉の妥結」という項目を掲げ、次のように記している。
「日本企業が、海外における排出削減プロジェクトに取り組むインセンティブとして、‘市場メカニズム’の果たす役割が重要となる。これを適切に機能させていく観点から、一昨年(2019年)のCOP25で積み残しとなった、パリ協定における市場メカニズムに関する詳細ルール(第6条)について、COP26での合意を追求すべきである」
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今回取り上げたマニフェストは、あくまでも風力発電推進の立場からの主張となっているが、COP26ではそれ以外のさまざまなステークホルダー(利害関係者)が「2050年カーボンニュートラル実現」という大きな目標を見据えながらも、それぞれの立場での主張をし、すり合わせていくこととなる。COP26での議論やその結果がどうなるか、注目していきたい。
筆者Profile
新井 宏征(あらい ひろゆき)
株式会社スタイリッシュ・アイデア 代表取締役社長
SAPジャパン、情報通信総合研究所を経て、現在はシナリオプランニングの考え方を応用し、事業と組織の両面からクライアントの変革を支援するコンサルティング活動に従事。東京外国語大学大学院修了、Said Business School Oxford Scenarios Programme修了。
インプレスSmartGrid ニューズレター コントリビューティングエディター。
▼ 注5
Net Zero by 2050 − Analysis − IEA
▼ 注6
二国間クレジット制度:Joint Crediting Mechanism(JCM)。日本の低炭素技術や製品、システム、サービス、インフラを途上国に提供することで、途上国の温室効果ガスの削減など持続可能な開発に貢献し、その成果(削減量)を二国間で分けあう制度のこと。以下を参考。
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/jcm.html
▼ 注7
詳細は、「パリ協定第6条に関する議論と今後の動向」などを参照。