松原 由高(インプレスR&Dコントリビューティング・エディタ/グローバルベンチャーキャピタル 取締役)
≪1≫IPv6サミットの話題
ここでIPv6サミットで印象に残った3つのプレゼンテーションを紹介しよう。
〔1〕NTTコミュニケーションズによるIPv6のロードマップと展開のイメージ
写真5 小島 慎太郎氏
(NTTコミュニケーションズ)
発表に立ったNTTコミュニケーションズの小島 慎太郎氏は、図1のIPv6ロードマップを示しながら、日本のIPv6の現状と今後の展開を披露。
具体的には、図2に示すような、現在のIPv4ベースのクライアント-サーバ型モデルの片方向通信のサービスから、IPv6ベースのm2m-x(Machine to Machine-x)への展開を示した。
このm2m-xによって、オールIP化の環境の下に、モノとモノがエンド・ツー・エンドで、安全にしかも双方向でリアルタイム通信できることを強調した。さらに、m2m-xは、図2のように、ホーム・ネットワーク、モバイル・ネットワーク、オフィス・ネットワークなどを有機的に連携させ、ユビキタス社会の到来にそなえることになるとアピールした。
〔2〕ノキアのアフリカでのIPv6実証実験
写真6 筆者(松原)とチャールズ・パーキンス(Charles Perkins)氏(ノキア)
IPv6に対してもっとも大きな需要をもたらすのは、国際的にも加速度的に普及しているモバイル・アプリケーションであろう。すでに、全世界の携帯電話の加入者は、現在約30億に達している。さらに、4Gに向けた次世代無線携帯電話のIP対応はモバイルIPを駆使したIPv6の具体的なアプリケーションとなると予測されている。
ここでモバイル端末のメーカーの取り組みの例として、ノキアの取り組みを紹介しよう。
プレゼンテーションを行ったノキアのチャールズ・パーキンス(Charles Perkins)氏(研究員)は、「ノキアは、すでにモバイル端末にIPv6を搭載する準備はできており、あとはビジネスチャンスを待っている状態である」と強調。移動通信システムは、携帯性が高く、低消費電力の端末を実現しやすいこと、ネットワークの構築がしやすいこと、アンテナが設置しやすいことなどの利点をもっている。モバイル端末を使ったIPv6では、こうした移動通信システムの利点を活用することができる。パーキンス氏は、図3に示すP2P環境におけるアドホック・ネットワークの例を示して説明。さらにノキアでは、すでにアフリカで現地の住民の協力をえてIPv6を使ったメッシュ・ネットワークの実証実験を行っているが(図4)、これは、GSMに代わる新しいモバイル網となると、熱意を込めて語った。
802.11gにつづく高速無線LAN規格である802.11nによるWi-Fi技術の向上とWiMAX、これにメッシュとアドホック技術が加わって新しいモバイル・ブロードバンドの可能性が広がってきている。その流れはトップダウンではなく、ボトムアップの形で広がっていくのが大きな特徴だ。
〔3〕IPv6移行の現況と課題
一方、IPv4の枯渇問題でも信頼性の高い分析を行っていることで著名なジェフ・ヒューストン(Geoff Huston)氏(APNIC主席サイエンティスト)は、IPv4からIPv6への移行では、当初想定したよりも多くの時間がかかってしまっていることを率直に述べた。現在、IANA(Internet Assigned Number Authority)が管理しているIPv4のIPアドレスが枯渇するのは2010~2011年ごろだと考えられているが、当初の予定では、IPv4アドレスが枯渇する前にIPv6アドレスへ完全に移行できるはずであった。ところが、現況をみると、図5に示すようにIPv6の開発と普及はかなり遅れており、当初の予定どおり進めるためには、今後のIPv6への移行は予想以上の(非現実的な)テンポで行われる必要が出てきていると語った。
≪2≫統括~ラティフ・ラディッド氏の話~
写真7 ラティフ・ラディッド(Latif Ladid)氏
(IPv6 Forum議長)
全体のまとめを行ったIPv6 Forum議長のラティフ・ラディッド(Latif Ladid)氏は、次のように総括した。
「私はIPv4のアドレスがなくなることを強調するものではない。IPv4のアドレス・リソースの枯渇に対応するということだけでなく、IPv6がもたらす大きなメリットを理解してもらえるように努力していく必要がある。
IPv4はイノベーションであったが、IPv6はアップグレードである。IPv4は自然発生的に大きな力となったが、IPv6は、IPv4の問題点を改善させようという動きであり、IPv4とは立場が異なる。IPv4は力強かったが、IPv6はIPv4と同等かそれ以上の力強さをもっている。
IPv4は残りはあと20%しかない。IPv6がIPv4の枯渇に追いつけるか、最後のマラソンレースのような状況となっている。IPv6はこれからのビジネスの成長と継続を実現するうえで必須のものであり、とりわけモバイルへの展開などにおいては、ビジネスへの影響が非常に大きいことを強調したい。
マイクロソフトもWindows VistaでIPv6のサポートを開始したが、これは歴史的にも大きな出来事である。また、今回のサミットの議論を通して、各国でもIPv6の具体的な展開が見えはじめてきた。
このような、いよいよ本格的にIPv6が国際的にテイク・オフしようとする時に、IPv6に献身的な貢献をされた日本の若き研究者であるitojun(編注:萩野純一郎氏のこと)が、37歳の若さで先日亡くなった。彼の死を心よりいたみ、彼の志を受け継いでいきたい。IPv4も歴史的に多くの情熱をもった人々によって開発され、普及してきたが、IPv6も江崎教授を筆頭に多くの情熱をもった人々によってドライブされてきた。その努力に感謝したい」
≪3≫取材後記
IPv6サミットということで、普段聞くことはない各国の技術者、研究者の発表から各国のIPv6への積極的な取り組みを肌で感じ取れた。これまでIPv6に悲観的な印象を持っていたが、このサミットを通してIPv6が世界のうねりになろうとしていることを強く感じさせてくれた3日間であった。
全世界的にブロードバンドが普及し、3Gによるモバイル・インターネットに加え、802.11nの超高速無線LANやWiMAXが登場。また、次世代インターネットNGNやFMCのサービスの展開がスタートしている。さらにP2Pの普及を背景にYouTube、ニコニコ動画など動画配信なども活発化している。今後、身の回りの端末は、これら新世代のネットワーク環境のもとにすべてがユビキタス社会を実現していくことになろう。
その目に見えない中心に、IPv6という日本発の国際的標準が広く普及していこうとする世界の息吹を、今回のIPv6サミットでは強く印象付けられた。
おわり